俺と邪神のクラシック五冠道   作:カニ漁船

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事件の後。


俺と影響と京都記念

 俺の馬房に不審者共が侵入しようとしていた事件から数日が経ち。目にクマを作った保茂が土下座しかねん勢いで俺のところにやってきた。

 

「ゴメン!ほんっと~に、ゴメンライザンちゃん!僕達の警備体制が甘かったせいで!」

『いや、大丈夫だ。ぶっちゃけマジで怖かったけど』

 

 さすがに知らん大人が複数人で明らかに悪いこと考えてますって顔しながら近づいてきたのは恐怖でしかない。こんなもん誰でも怖いだろ。ただ、これに関して保茂達を責めるというのはお門違いというものだ。

 ここの警備は厳重だ。基本部外者は立ち入ることができないし、警備に穴があるということはほとんどない……今回は、その警備の穴を突かれたかもしれないのだが。

 

「ごめんよ~ライザンちゃ~ん。怖かっただろう?」

『まぁ怖かったが……今更気にしなくてもっ!?』

 

 な、なんだ!?足音!?だ、誰だ!()()()()()()()()()()()()()()()

 姿を現したのは──なんだ、トミーか。びっくりして損した。トミーの表情はというと心配しているような表情だ。おそらく、俺の事件のことを聞いたのだろう。

 

「怖かっただろう?姫。大丈夫だったか?」

 

 おうよ、大丈夫だよ大丈夫!もう問題なしよ!……多分。

 

 

 トミーが来たところで、保茂が今回のことの顛末を話し始める。

 そもそもの話、アイツらは()()()()()()()()()()()()()()()?それを明らかにする必要がある。

 ここの厩舎、当たり前だが警備は厳重だ。あくまでこの時代基準でだけど。そんじょそこらの素人が雑なことをした程度で突破できるもんじゃない。さすがに監視カメラの類とかはないが、それでも警備員が配置されている。その包囲網を突破するのは至難の業だろう。現に、アイツらの身元はすぐに割れたみたいだしな。

 じゃあどうやってアイツらは侵入したのか?という話になるが。保茂は肩をすくめた。

 

「やられたよ。あの人達は()()()()()自体はちゃんととっていたんだ」

「取材の許可は取っていた?なら、なんで逃げるような真似を」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……はは~ん、なんとなく読めてきたな。

 さっきも言った通り、ここの警備は厳重だ。()()()()()まずできないだろう。アイツらいかにも頭が足りてなさそうだし。

 じゃあどうしたか?答えは見えてくる。

 

彼らは別口で取材した後にライザンちゃんのところに来たんだ。取材の許可自体はあったんだよ」

「……つまりは。他の調教師に取材した後、馬房に残って姫の写真を撮ろうとしていたと?」

「そんなところだね」

 

 取材のついでに俺の写真を撮りに来た、あるいは元から俺を目的にして取材をでっち上げた。ま、こんなところだろう。写真を撮るためにご苦労なことである。そのせいで、業界全体の首を絞めることになっているとも知らずに。

 保茂もトミーもめちゃくちゃ怒っている。トミーなんか拳を強く握りしめてるからな。俺のために怒ってくれるとは……嬉しいじゃねぇかトミー。保茂は表面上は分かりにくいが俺には分かる。めっちゃ怒ってるわコイツってな。

 

「ま、今後はこのようなことがないように対策するよ。ライザンちゃんだけじゃなく、他の馬でも起こらないとは限らないからね」

「そうですね。しっかりと取り締まるべきだと思います」

「ただ……あんまり厳しくしすぎるのもよくないからねぇ。良い塩梅を見つけないとだ」

 

 苦にはならないけどね、と締める保茂。

 これにて話し合いは終了。この後は調教だ。頑張らねぇとな。

 

 

 

 

 

 

 春の京都記念*1が近づいている今日。カミノライザンの調教が進められているのだが。

 

「……あっかんわこれ。ホンマにどうしようもあらへん」

 

 猛田の表情は芳しくない。いや、猛田だけではなかった。

 騎乗している富永の表情も微妙である。カミノライザンの調教が()()()()できたのだが、あまりにも時間が足りない。

 富永も言いにくそうにしている。このままではまずいと思っているのだろう。

 

「やっとまともな調教ができましたけど……京都記念には間に合わないですね、これ」

「ホンマにようやってくれたわあのクソどもっ!」

 

 カミノライザンの調教が上手くいっていない原因。やはりというか、あの事件が関係していた。

 

 

 関係者からは【カミノライザン事件】として知られているあの一件。事件は終息したかのように思えたが……ことはそう単純に終わらなかった。

 あの事件からしばらくの間、カミノライザンは()()()()()()になっていたのである。今までは気にしてこなかった足音にも過剰に反応してしまい、気を張り詰めてしまっていた。姿を確認してようやく、緊張が解けるほどである。

 加えて、調教中も何かを警戒するように動いていることが多く、つい先日までまともな調教ができないでいた。昨日になってようやく張りつめていた緊張の糸が切れたのか、はたまた気にしても仕方がないと思ったのか。警戒することはなくなったのだが……今度は時間という問題が立ちはだかった。

 今日は──もう最終追い切りの日である。

 

「太め残り……むしろ良くここまでやれましたよ」

「ホンマにな。一時期気が散りすぎて調教どころやなかったし」

 

 そう嘆息する猛田達。落ち込んでいる原因が自分にあると思ったのだろう。カミノライザンは申し訳なさそうに鳴いた。

 

「ブルル……」

「大丈夫だよ姫。姫が悪いわけじゃないんだ」

「せやせや。悪いんはあのアホンダラ共や。姫は悪ない、むしろようやっとるわ」

 

 そう宥める猛田達。だが依然として状況はまずいままである。

 今回の京都記念にはタニノムーティエが出走してくる。他にもダテテンリュウが出走するとはいえ……カミノライザンはトップハンデが課せられる。当たり前だ。クラシック五冠馬なのだから。

 

「斤量確か……62kgでしたよね?」

「せや、富永。今度は間違えるんやないで」

「間違えませんよ!」

 

 間違いなく風向きは悪い。出走回避も考えたが……カミノライザンの体調自体は問題がないこと、何より春天を見据えるなら必ず1つはレースを使っておきたいという考えのもと、京都記念への出走が決まった。プレッシャー負けは今回もあったが、問題はない程度だったので出走となった。

 

 

 そうして迎えた京都記念。やはりというか大勢のファンが見に来ていた。年明け最初のカミノライザンのレース。見たいというファンは多いだろう。

 ただ、ファンも一連の騒動を知っているためか心配そうにカミノライザンを見ていた。その心配は、パドックを見た瞬間吹き飛んだが。

 

「おぉ……!調子良さそうやんか、カミノライザン!」

「ホンマや!マスコミのクソみたいな事件があったけど、これは問題なさそうやな!」

「買いで間違いはない……いや、もしかしたらムーティエが来るかもしれんな。こっち賭けとくか」

 

 パッと見た感じ、カミノライザンには問題は見受けられなかった。……まぁ、パッと見ただけではだが。

 カミノライザンは調整に失敗していた。調子を落としているのである。しかし、それをファンに悟らせるわけにはいかない。

 自身の調子が悪いことが分かれば、ファンはきっと心配するだろう。そうさせないためにも、強く見せなければならない。問題はないことを示さなければならない。いつだってそうしてきた。それこそが、カミノライザンの在り方である。

 

(あ~あ、油断してくれねぇかな~。無理なこと分かってるけど、油断してくれねぇかな~)

 

 ……内心はかなり俗っぽいことを考えているのだが。

 

 

 そうして始まる京都記念。カミノライザンは変わらず前目の位置につけていた。逃げ馬を見る形でレースを展開する王道のスタイル。いつものカミノライザンだった。

 

《ケイシュウだ、ケイシュウが逃げます。ケイシュウがハナを切って逃げています。それを見る形でダテテンリュウとリュウメイン。そしてカミノライザン。五冠馬カミノライザンはこの位置だ。斤量62kgも苦にしていないか?カミノライザンの後ろは2馬身離れてケイタカシ、ヒロシゲ、セブンオーと続きます。タニノムーティエは今回は追い込みだ。タニノムーティエは追い込みを選択します。第1コーナーのカーブへと入ります。先頭はケイシュウです》

 

 レースを進めるカミノライザン。しかし富永は察していた。いつものカミノライザンとはわずかに違うと。

 

(さすがに苦しそうだな……普通なら分からない些細な差だけど、ここまで乗ってきたからこそわかる)

 

 走る分には問題ない。斤量が堪えているわけではない。ただ、調子がよろしくない。全力を出せないこともないが、あまり出さない方がいいだろう。後の影響が怖い。

 今回の目的はあくまでレース勘を取り戻すこと、春の天皇賞に向けて調子を整えること。これに尽きる。なので無理をさせない範囲で頑張ろう。富永はそう決めてレースをすることにした。

 

 

 

 

 

 

 そして京都記念。結果は──

 

《さぁ残り100を切ってカミノライザン先頭!五冠馬カミノライザン先頭!しかし大外からタニノムーティエ突っ込んできた!タニノムーティエが突っ込んできた!ムーティエ街道は今日も絶好調!あっという間に並んでカミノライザンを躱したゴールイン!勝ったのはタニノムーティエ!ムーティエ街道は今日も絶好調でした!カミノライザンは惜しくもタニノムーティエの前に敗れました。しかし今日はこれで十分だ、今日はこれで十分でしょう!》

 

 タニノムーティエに1馬身差敗戦。年明け最初のレースを落とす形になった。

 

「しゃーないわ!切り替えてけー!」

「あんな事件があってよう調整できたわ!次は頑張れよ~!」

「ムーティエもこん調子で大レースを勝つとこみせてくれや~!」

 

 ファンは声援を送る。その声を受けながら、カミノライザンは引き上げていった。

 

 

 レース後。富永と猛田は振り返る。

 

「んで、どうやった?姫の状態は」

 

 富永は嘘偽りなく答える。

 

「今日は過去最悪レベルの調子でした。さすがに日本ダービーとまではいきませんが、調整の時間が取れなかったのが響きましたね」

「やっぱ痛かったよなぁ……ま、ええわ。切り替えていくで」

「はい。幸いにも、もう問題がないレベルまで回復していますから。天皇賞は万全の態勢で臨みましょう」

 

 当たり前や、と答える猛田。その後は予定を詰めていく。

 カミノライザンの年明け始動戦は2着に終わった。

*1
1984年までは春と秋の2回開催だった




影響がないわけもなく。始動戦は2着。
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