カミノライザンの新馬戦3日前──
「はぁ!?姫が体調崩したぁ!?」
驚きの声を上げる猛田。
カミノライザンの体調不良を報せに来た厩務員はその声に委縮する。
だが、すぐさま経緯を報告した。
「は、はい。元々新馬戦が近づくたびに不調気味になってて……今日はかなり体調を崩してるみたいで」
「こん前の調教ではそんな素振り見せんかったぞ!?」
「おそらく、姫は我慢してたんだと思います。調教後の馬房でいつもよりぐったりしてましたから」
報告を聞いて猛田は頭を抱える。
(なんたってこんな時に……!)
カミノライザンの新馬戦はもう間近だ。京都競馬場のデビューなので長距離輸送の心配はないが、体調を崩した状態で出走して良いものだろうか?
程度にもよるだろうが、あまり好ましいことではない。
(最悪、出走停止を考えるか……?)
新馬戦をずらすことも視野に入れる猛田。
目の前にいる厩務員は次の指示を待っている。1つ息を吐いて、猛田が導き出した結論は。
「……ひとまず、保茂さんに連絡や。あん人やったら姫のことよう分かっとるやろうしな。それに保茂さんに会うことで姫の体調も良くなるかもしれん」
馬主である保茂も呼んで、新馬戦に出走するか否かを共に考えるということだった。
実は保茂、ほぼ毎日のようにカミノライザンに会いに来ていた。保茂は他にも競走馬を所有しているが、カミノライザン程頻繁に会いに来る馬はいないだろう。
それだけ保茂という男はカミノライザンに惚れ込んでいるのかもしれない。それが猛田厩舎の認識だった。
加えて、カミノライザンも表面上は邪険に扱っているものの、保茂と会うと楽しそうにしている。
(気ぃ許してんやろうなぁ。保茂さんに)
そう考えている猛田であった。
間近に控えた新馬戦。カミノライザンをリラックスさせる目的でもある。もしかしたら、保茂に会うことで体調も回復するかもしれない。
元々姫はプレッシャーに弱い馬だ。知らない人間に囲まれて体調を崩したこと、初騎乗の騎手が乗る時は決まって不調になり気味だったことから見てとれる。
それに賢い。もしかすると、レースが近づいていることを感づいているのかもしれない。体調不良の原因はプレッシャーが原因だろうから。
「わ、分かりました。では保茂さんが来るまでは?」
「俺も状態を確認しに行く。トミも呼んで来い」
「はい!」
厩務員は部屋を退出。猛田もすぐに部屋を出る。
(どれくらい体調悪いんか分からんけど……無事でおってくれよ、姫!)
無意識のうちに急ぎ足になる。猛田はカミノライザンの馬房へと向かっていった。
数時間待つと、慌てた様子の保茂がこちらへと走ってきた。
息を切らしている。顔には汗が浮かび上がっていることから余程急いできたのだろう。
「た、猛さん!ライザンちゃんの容態は!?」
必死な様子の保茂。
余程カミノライザンのことが心配だったんだろう。
そんな保茂を安心させるよう猛田は笑顔で告げる。
「そんな重ないんで大丈夫ですよ。やっぱ、プレッシャー負けやったみたいです」
結論から言うとカミノライザンの体調はそんな重いものではなかった。
確かに不調気味ではあるが、新馬戦の出走を止めるほどか?と言われたらちょっと疑問が残る程度。
やはりプレッシャー負けだろう。猛田はそう判断した。
猛田の言葉に保茂は安堵していた。ホッと胸をなでおろしている。
「やっぱレースが近づいとるのが分かってるんでしょうね。こっから体調が悪化するようやったら、ちょい考えなあかんですけど」
ただ、予断を許さないのは確か。
レースが近づいていく度に体調が悪化していく可能性もある。出走を止める選択肢も1つとしてあるだろう。
しかし、馬主である保茂の意見も聞かなければいけない。出走するか、否か?猛田は保茂の言葉を待つ。
保茂は少し考え込んだ後、口を開く。
「……今後もこういうことが起こるだろうし、今のうちに慣れておかなきゃいけないことだ。だから、出走でいきましょう」
新馬戦への出走。猛田と同意見だった。
◇
はいどーも、ごりっごりに体調を崩している俺であります。
「君さ~、ほんっとーにプレッシャーに弱いよね」
『め、面目ねぇ……新馬戦までには体調整えるから』
クソ神はうっすらと汗が見えている。かなり急いできたんだろうな。ここに来た時めっちゃ息切らしてたし。うん、すげぇ申し訳ねぇわ。
1つ言い訳させてもらうと、新馬戦ってめっちゃ重要なレースなんすよ。ここで結果を出せるかどうかで今後の進退が決まるような。
ぶっちゃけ未勝利戦があるといえばそれはそう。でも不安な気持ちはあるわけでして。
勝てるかどうかという不安、厩舎からの期待とか諸々が重なった結果、体調不良という形で訪れましたとさ。
ついでに言えば、俺は昔っからプレッシャーに弱いこともあるんだろうなぁ。
『自慢じゃねぇが部活の大会は体調不良は当たり前、合唱祭なんかはトイレにこもりっきりで出場すらできない、受験は腹痛との戦いだったからな』
「本当に自慢にならないよソレ。実際大丈夫なの?」
『な、なんとか』
この調子なら3日後に控えた新馬戦は何とかなるだろう!……多分な。
「しっかりしてよ?クラシック五冠を取ることが大目標とはいえ、早めに未勝利戦を抜けておくに越したことはないんだから」
『わ、分かってるよ!』
クソ神の言う通りだ。
俺の目標はクラシック五冠を取ること。最終的にクラシックへ出走して勝てればそれでいいのだが、未勝利戦を早い段階で抜けておくに越したことはない。
未勝利戦を抜ければ使えるレースは増えてくる。使えるレースが増えるということは、クラシック競走へ出走するような強い馬との対決もできる。
そして強い馬との対決ができれば……
(実践に勝る経験なし、だからな。でも……)
『は、早めにこれ克服しないとこの先絶対大変だからな……だから慣れておかねぇと』
「本当だよ。しっかり頼むよ?」
『ぜ、善処します』
クソ神の呆れた視線を受け止めながら、俺は新馬戦に向けて体調を整えることにした。追い切りもまぁ、何とかなった。
そして迎えた新馬戦の日。俺の体調は──可もなく不可もなく、である。
◇
京都競馬場のパドック。
人々はその馬体に思わず見惚れた。
「ほう……これはこれは」
視線の先にいるのは青毛の牝馬。思わず視線が釘付けになった。
「こら凄い馬体や。牡馬と比べても遜色あらへん」
「あれがシンザンの娘……カミノライザンか」
「こらええわ!カミノライザン軸で間違いナシやな!」
五冠馬シンザンの娘であるということ。カミノライザンは大注目されていた。
その視線を受けてカミノライザンは──堂々と佇んでいる。全く問題がない、とばかりに佇んでいた。
なお内心。
(めっちゃ注目されてるぅぅぅぅ!あ、ヤバい。お腹痛くなりそう……)
あまり穏やかではないようだが。
パドックから競走馬達がターフの上へと入場してくる。今回の新馬戦は13頭、続々と姿を現す。
《京都競馬場第4R、3歳新馬戦。芝1200m、天候は晴れ、絶好の良馬場日和であります。競走馬達の晴れ舞台、果たしてどの馬が勝ちぬけるのでしょうか?1番人気はやはりこの馬を置いて他にはいないでしょう!青毛の馬体が輝いて見えます、3枠3番のカミノライザン!五冠馬シンザンの娘が鳴り物入りでデビュー戦を迎えます!どのような走りを見せてくれるか、非常に見物であります。2番人気は2枠2番のフジノタカヒメ、3番人気は8枠13番のイツポウです》
新馬ということもあってか、ゲート入りを嫌う馬もチラホラ見受けられる。
そんな中、注目のカミノライザンはというとすんなりとゲートに入った。
非常に落ち着いている、新馬戦を迎えても緊張している様子などみじんも感じられない雰囲気を纏っていた。
そんな様子に、観客は否が応でも期待する。
そして今、最後の馬がゲートへと入った。
観客が静かに見守る中、ゲートが開いて馬達が一斉に飛び出す。最初に飛び出したのは──カミノライザンだった。
《ゲートが開いて今スタートしました。5番と11番がわずかに出遅れたか?しかし誰よりも綺麗なスタートを決めたのはカミノライザン!カミノライザンこれは好スタート。気持ちの良いスタートを切りました。後続12頭を引き連れてカミノライザンの巡行が始まります。先頭に立ったのはカミノライザン》
カミノライザンは逃げに打って出る。
掛かりか?と思われたが、騎手も馬も非常に落ち着いてレースを運んでいた。
レースはカミノライザンが先頭に立ち、2番手はその2馬身離れた位置につける。そこからは団子状態であり、2番手から最後方まで10馬身あるかないかといった状態。
新馬ということもありまだまだ粗削りな部分がある。それを上手くコントロールするのが騎手の腕の見せ所だ。
カミノライザンに騎乗する富永は舌を巻く。
(凄く落ち着いてるな。レース前の緊張が嘘のようだ)
カミノライザンの状態についてそう評した。
レースは2番手以下は順位が入り乱れていたが、先頭を走るカミノライザンには関係なく。カミノライザンは先頭を保ったまま第4コーナーを曲がって最後の直線へと入ってきた。
2番手以下もペースを上げ始める。騎手の鞭が入り、先頭を走るカミノライザンを捉えんと押し上げ始めた。
「いけいけー!」
「お前に賭けてんだー!負けんじゃねーぞー!」
だが先頭を走るカミノライザンは
その時観客は直感した。
このレースはカミノライザンの勝ちだと
そう思わずにはいられなかった。
実況も興奮気味でレースを見ていた。
《さぁ最後の直線へと入りました!先頭で入ったのはカミノライザン!カミノライザンです!神が讃えた馬の娘が、この京都競馬場で逃げている!悠々と逃げているカミノライザン!2番手以下も必死に追う!2番手はバンブーカーン!しかし後方からタニノタマナーも突っ込んできた!残り200m、カミノライザン先頭カミノライザン!これは凄い馬だ!これはモノが違ったカミノライザン!タニノタマナーが抜け出して突っ込んでくる!突っ込んでくるがこれはもう届かないでしょう!》
京都競馬場に馬券の紙吹雪が飛ぶ。それはカミノライザン以外の馬券だろう。
番狂わせはない、強い馬が勝つのだ。そういわんばかりに、カミノライザンは先頭で京都競馬場のゴール板を駆け抜けた。
《今カミノライザンが先頭でゴールイン!これは凄い馬だ、これは凄い馬だ!シンザンの娘が新馬戦を制した!まさに横綱相撲、どっしりとした安定感!2着は3馬身差タニノタマナーです!》
カミノライザンはゴール後すぐに走るのを止めた。
無駄な力は使わない。ゴールを駆け抜けたらそこでレースは終わりだ。そう語るようにカミノライザンは堂々と佇んでいる。
その様子に観客達は興奮冷めやらぬといった様子だ。
「ええやんかカミノライザン!次もお前に賭けるからなぁぁぁ!」
「ええ走りやったぞー!」
「こんまま親父と一緒に三冠やぁぁぁ!」
一部気が早い者もいたが、それだけ期待されているというもの。
その期待を受けてカミノライザンはというと。
(やめろォ!俺にプレッシャーかけんじゃねぇ!あ、ヤバい。またお腹痛くなってきた……)
プレッシャーに負けそうになっていた。
その後鞍上の富永に励まされながらカミノライザンは歩を進める。なお、富永に褒められてカミノライザンは心なしか嬉しそうにしていた。
レースが終わった後にもカミノライザンには余裕が見られる。まだまだ力を残している、そう感じずにはいられなかった。
──カミノライザン、新馬戦勝利
新馬戦を楽勝のカミノライザン。