《日本の牝馬が!この大舞台で見事な逃走劇を見せてくれた!他を寄せつけぬ圧倒的な走り!あのミルリーフすら完封した、鮮やかな勝利です!そしてなんと!この時計は……レコードだレコードだ!新記録を樹立したカミノライザン!コリーダ以来の4歳牝馬の勝利!しかもそれが日本の牝馬による勝利!さらにはレコードでの勝利!これが日本の女神だ!日本の女神カミノライザンが、レコードタイムで勝利したぁぁぁ!》
現地ファンの悲鳴、日本のファンの歓声。同時に湧き上がるロンシャン競馬場。そんな空気の中、荘厳に佇むカミノライザンと富永紘一。
ミルリーフの騎手であるガリア・ロイスは、カミノライザン達の姿を見つめていた。その胸にあるのは──心からの賞賛。
(……考えてみれば、彼らは恐ろしいことをやってのけた)
レースが終わり、冷静になって彼らの行動を振り返ると……見事としか言いようがなかった。
彼らは日本からやってきた。しかも、この凱旋門賞がぶっつけ本番だ。前哨戦も何も挟んでいない。それだけでも凄いことなのに、彼らは
一応、ロイスも資料程度は確認していた。その中に記載されていたのは、カミノライザンは王道の競馬を好むというもの。レース中好位置につけ、最後にラビットを抜き去るという王道の競馬。それがカミノライザンの勝ちパターンだった。
(彼らはこの状況で、初めて取る作戦で挑んできた。なんと大胆な……)
遠い異国でのレース、一度も取ったことのない作戦、芝に対応できるかも不明、欧州競馬の経験が0の騎手、それでも寄せられる偉業への期待……騎手である富永にかかるプレッシャーは途轍もないものだろう。そんなプレッシャーを跳ね除けて、カミノライザンと富永は見事に逃げ切ってみせた。
(それに比べて、私は何たる醜態を晒したのだッ!)
相手を軽んじ、侮った。競馬後進国が相手だからと、勝負にもならないだろうと気にも留めなかった。だからこそ、カミノライザンが欧州の芝に適応していることも知らなかったのだ。この敗北は自身の慢心が招いた結果。そのことをガリア・ロイスは深く胸に刻んだ。
騎手の中には、ロイスと同じように今回の敗北を胸に刻んだ騎手がチラホラといる。彼らもまた、今回の敗戦を重く受け止めているのだろう。格下に見ていた相手に、まんまと逃げ切りを許してしまった。その事実が重く圧し掛かっている。だからこそ、自戒する。次は同じ過ちをしないようにと。
……しかし、その中でも。
「ケッ、
「……なんだと?」
「そうだろ?この勝利だって、俺らが本気で追ってればアイツは負けてたじゃねぇか」
「そうだそうだ。あ~あ、油断し過ぎちまったな」
「最後明らかに垂れてたしな。こんなまぐれの勝ちを喜べるなんて、日本人ってのはおめでたい人種だな」
その騎手に同調するように、周りにいた数名の騎手が声を上げる。明らかな侮蔑の感情がこもった言葉、聞いていて不快でしかない。
全員が全員、そう思っているわけではない。事実、この騎手達の言葉に不快な表情を浮かべる騎手もいた。
「……けど、俺達が負けたのは事実だろ」
「だーかーらー、それも油断したからだろ?」
「そうそう、俺らが本気を出せばアイツらだって「その本気とやらは、どこで出すつもりだったんだ?」はっ?」
もう我慢ならない。そんな気持ちを胸にロイスは不快な発言を並べる騎手に異議を唱える。その瞳にあるのは侮蔑の視線。同じ騎手として、目の前の暴言を吐いている人間を心底軽蔑していた。
「先程から聞いていれば、今回の敗北に言い訳を並べるのみ……素直に勝者を讃えることはできないのか?」
「は、はっ!あんなまぐれ勝ちの、どこに讃える要素があるんだよ!」
ロイスが発する怒気に気圧されるものの、すぐに反論する。周りの数名の騎手が、それに同調するように声をあげた。
「そ、そうだそうだ!あんなのただのまぐれ勝ちだろ!」
「そ、それに!あんなの何かズルしたに決まってる!そうじゃなきゃおかしいだろ!」
彼らの言い訳がましい言葉に、さすがの現地ファンも難色を示す。ロイスの肩は怒りで震えていた。
「ドーピングでもやってたんだろ!じゃなきゃ「もういい。十分に分かった」な?だろ?普通なら俺らが……」
騎手は何かを言い終える前に、ロイスの怒号が飛んだ。
「これ以上!どれだけ醜態を晒せば気が済むのだ!貴様らは!」
「「「ヒィッ!?」」」
静かに佇んでいたカミノライザンと富永が驚いてロイス達の方を向いているが、そんなことは関係ないとばかりにロイスはまくしたてる。
「本気を出せば勝ってた?まぐれ勝ちに決まってる?挙句の果てにはドーピングだと?どこまで彼と彼女を愚弄すれば気が済むのだ、貴様らはッ!」
「け、けど!そうでもしなきゃ説明が」
「あれは彼らの作戦勝ちだ!そして!その作戦を見抜けなかった我らの敗北だ!その事実は……絶対に覆ることはない!」
ロイスの怒号に同調するように、他の騎手達も自分達の意見を述べる。
「……あぁ。レースを思い返せば、あれは見事な騎乗だった」
「まさか、こっちでは常識的なラビット戦法を逆手に取られるなんてね」
「俺は競りかけていたのに、なんで気づけなかったんだ……!恥ずかしいったらありゃしねぇ!」
この土壇場で、あの騎乗をする勇気。そして、その騎手の思いに見事応えたカミノライザン。どちらも讃えられてしかるべきだと同調する。
たじたじになるカミノライザンを冒涜した騎手達。その中の1人が、思いついたかのように声を上げる。
「で、でも!最終的にアイツはスタミナが切れてたじゃねぇか!やっぱりただのフロックなんだよ!」
そうだそうだ!と同調する彼ら。その言葉をロイスは──鼻で笑って一蹴した。
「驚いたな……まさか、本当に気づいてないのか?」
「な、なにがだよ?」
全然堪えた様子を見せないロイス。彼は事実を淡々と述べていく。
「あれはスタミナが切れたのではない……
その言葉に、騎手達の顔が驚愕に染まる。信じられないことを耳にしたとばかりに、狼狽えていた。
「確信があったのだろう。あの騎手は、もう追いつけないだろうと踏んで最後は流して走っていたのだ。だからこそ、私は1馬身差まで迫ることができた……もし彼らが流して走っていなければ、今頃大差で負けていただろうな」
「う、嘘だ……、嘘だッ!そんなの、信じられるか!」
「なら、映像でも見返すといい。嫌でも気づく羽目になるからな」
ロイスは日本の勝利を讃えている。それは、心からの言葉だった。
その思いは、観客にも波及する。
「まぁ……確かに、凄かったよな」
「えぇ、負けたのは信じられないけど、レース自体は……」
「日本のレベルも侮れない、って思ったよ」
少しのざわめき。その数瞬の後──歓声が上がった。カミノライザンを祝福する声が、ロンシャン競馬場を支配する。
「凄いレースだったぞー!」
「見事なレースだったー!」
勝者を讃える当たり前の光景。その光景に富永は。
「……ありがとうございます!」
一礼をして、応えた。
明らかに自分達の旗色が悪くなったことを察する、富永達を冒涜していた騎手達。ロイスを始めとした周りの騎手から睨まれた彼らは、すごすごと引き下がっていった。
それを見届けた後、残ったロイス達は富永の勝利を祝福する。
「『おめでとう、日本から来た若き騎手よ』」
「え、えぇと……あ、『ありがとうございます!』」
英語での賛辞。なんとか英語で受け答えしようとする富永。もっとも、少したどたどしいが。
周りの騎手達も富永を称賛する。
「『凄い騎乗だった!今度一緒に話そうぜ!』」
「『日本のレベルを侮っていたよ!君達は凄いな!』」
「『日本では国際レースはないのかい?クッソ~、そっちでも出走してみたいな~!』」
戸惑いながらも富永は褒められていることだけは分かっていた。1人1人にお礼を述べ、笑顔を浮かべる。
《それでは!これより表彰の方へ移りたいと思います!》
そのアナウンスとともに、他の騎手達は引き上げていく。カミノライザンと富永、そして猛田と保茂、ジョエルが表彰される。その後、フランスの舞台で日本の国歌が流れたのだった。
……そして、これは後に富永達が知ったことなのだが。
「え!?今日のレースってフランスの大統領が見に来てたんですか!?」
「らしいで。俺もレース中に教えられたわ」
「いや、僕だって途中で知ったんだからね?そんな恨みがましい目で見られても僕は知らないよ?」
「『大統領は今回のレースをとてもお気に召したようだ!こりゃ、欧州中にカミノライザンの名前が広がるだろうね!』」
どうやら今回の凱旋門賞、フランス大統領が来賓していたらしい。その結果、欧州にカミノライザンの名が知れ渡ることになる。それを知ってカミノライザンの胃はさらに痛くなったのはここだけの話だ。
◇
凱旋門賞が終わった夜。とあるホテルにて祝賀会が開催されていた。
「え~、それでは!カミノライザンの凱旋門賞勝利を祝って──乾杯!」
「「「かんぱ~いッ!」」」
カミノライザンの勝利を祝ってのパーティ。豪華な料理に飲み物と大騒ぎしていた。
ステージでは、早速今回の凱旋門賞のレースを振り返る映像が流れている。その映像にファンのテンションは上がっていた。
「くぅ~!やっぱすげぇなこのレース!」
「後で販売されるらしいぜ!俺は勿論買う!」
「私もよ!今から日本に帰った後が楽しみだわ~!」
そんなファンの様子を見て、保茂は満足げな笑みを浮かべていた。
保茂に近づく影が2つ……埜平と輪田だ。2人とも、カミノライザンの勝利を祝福するかのように笑みを浮かべている。
「おめでとうございます、保茂さん」
「うん、ありがとうございます埜平君に輪田さんも」
「まさか……こんなにも早く日本馬が凱旋門賞を勝つとはな」
遠い目をする輪田。海外とのレベルの違いを痛感し、日本の馬が勝てるのはまだまだ先だろうと思っていた矢先にこれである。少し苦笑いを浮かべていた。
保茂は、表情を引き締める。
「……けど、まだ日本競馬のレベルが低いのは事実ですね」
保茂の言葉に、埜平と輪田は頷いた。確かに勝ったものの、日本競馬のレベルは海外に比べてまだまだ低い。それを理解していた。
これから先、日本の警戒度は跳ね上がるだろう。そのためにも、現状で満足するわけにはいかない。もっともっと、上を目指すべきだろう。
「今回の勝利で、日本の競馬界も海外へと目を向けるでしょう。そうすれば……日本での国際レースや海外挑戦、今までよりもさらに意欲的になるかと」
「そうだねぇ。これに続いて、頑張っていこうか」
「はい。日本の競馬レベル向上のため……我々も力は惜しみません!海外に負けないような日本の競馬を、作っていきましょう!」
そう誓いあう3人だった。
地味にとんでもないことが明かされた今回の凱旋門賞である。