ざわめきに包まれるローレル競馬場。ファンの頭は混乱していた。
「え、え~っと……同着、だよな?」
「あ、あぁ。あんま見たことねぇけど、どういうことなんだ?」
「同着、ってことは、どっちも1着ってこと……だよな?」
ファンは少し前まで凄まじいレースを観ていた。日本からやってきたマンノウォーの子孫であるカミノライザン。そして、同じく日本から来たカミノライザンのライバルであるタニノムーティエ。その2頭が繰り広げた、最初から最後まで競り合い続けたデッドヒート。誰もが息をのみ、目を奪われていた。
その勝負に視線を逸らすことができず、最後の直線は全ての人が2頭によるデッドヒートに注目していた。一体どちらが勝つのだろうか?最後に笑うのはどちらなのだろうか?歓喜の瞬間が訪れるその時をずっと待っていた。
その結果は……同着、という結末だった。滅多に見れないその表示に、ファンは混乱するしかなかった。
それはファンのみならず、保茂や谷瑞達も同じである。
「ど、同着?それは、また……凄いね」
「ど、同着やと……?そないなことが……」
明らかに困惑した様子の両陣営。観客達と同じ反応をしていた。
富永と廉田。お互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべていた。
「まさか、お前らとの対決がこないな結末になるなんてな」
「俺もビックリですよ、この結果は。滅多にお目にかかれるもんじゃないですし」
お互いに肩をすくめる。同着というのはそれだけ珍しい。それがこの舞台で起こるとは思ってもいなかった。
「にしても……こっちはアメリカで必死こいて適応したっちゅうのに、そっちは少ない期間で、しかもアメリカとは全然ちゃう欧州やったのにす~ぐ適応するんやもんなぁ」
「それだけ姫が凄いってことですよ」
「威張るなや」
軽い冗談の言葉を交わし合う2人。その表情には笑みが浮かんでいた。
「やけど……ここまでやって、ようやっと並べたっちゅう感じやな。ホンマにえげつないわカミノライザンは」
「まぁ、冷静に考えて遠征やその他諸々の要素を考えたら姫の方が圧倒的に不利ですもんね。ただ確実に言えるのは、
「富永先生のお墨付きやったら間違いないな。こら、えらい自信になりますわ!」
「止めてくださいよ、なんですか先生って」
様々な要素こそあれど、今回のカミノライザンは好調だった。これまでのレースでも上位で入るぐらいには。レースの適性や調子などといった外的要因はないに等しい。
「んで、富永はなんでずぅっと競り合っとたんや?退こうなんて考えんかったんか?」
廉田の疑問。富永は間を置くことなく答える。
「退いたらそのまま逃げられたので。そういう廉田さんこそ、どうして競り合い続けたんですか?」
疑問に答えると同時に、富永も廉田に質問する。こちらも間髪入れずに答えた。
「決まっとるやろ、それが最適解やったからや。あのペースが最適解やった、その結果ずっと競り合い続けた……それだけの話や」
「考えてたこと、一緒でしたか」
「やな。おまけに、仕掛けのタイミングまで完璧に一緒ときたもんや。えらいことやでこれは」
談笑をする富永と廉田。お互いに物思いに耽っていた。
廉田はこのレース、絶対に勝つという気概で挑んでいた。これまで大舞台で苦汁を舐めさせられ続けた相手に今度こそ勝利する……その一心でここまで来た。
折れかけたこともあった、それでも立ち上がってまた挑んだ。全てはカミノライザンと富永紘一という、素晴らしいコンビに勝つために。
(それがまさか、同着なんてな)
リベンジを果たせた、と言われると少し厳しい。こっちも勝って、相手も勝っているわけだから。これで目的達成、とは言えないだろう。
今後のことは谷瑞との相談になる。それでも廉田の気持ちは──晴れやかだった。
(今回は互角やった、か。それも完全な互角、滅多にお目にかかれんでこれは)
そう、思っていた。
富永は驚いていた。この結末に。
(でも、それだけタニノムーティエが凄かったってことだ)
本来、異国の芝に適応するだけでも大変なことだ。すぐに順応するカミノライザンに騎乗しているせいか勘違いしがちになるけども、これまで海外遠征をしてきた名馬達が証明している。
タニノムーティエの遠征も長かったというわけではない。夏に遠征して、こちらでは数戦走れたかどうか。それでここまで来たのだ。
(やっぱり、タニノムーティエと廉田さんは油断ならないな)
最大のライバル、カミノライザンを唯一負かした相手。この結末は意外ではあったが、同時に納得の結果でもあった。これほどまでに強い相手と戦えたことに、富永は笑顔を浮かべる。
「そろそろインタビューやな」
「2人揃ってインタビューに向かうのってなんか新鮮ですね」
「俺かて初めての経験や」
勝利者インタビューの時間。
「『凄かったぞぉぉぉぉぉ!!日本人ー!』」
「『素晴らしいレースだった!君達に最大の賛辞を!』」
「『君達のレースを、我々は一生忘れない!とても感動するレースだったよ!』」
勝者を讃えるように、カミノライザン達の名前がコールされる。そのコールを受けながら、富永達は勝利者インタビューへと向かっていった。
◇
勝利者インタビュー。富永達が目にしたのは。
「ウチのムーティエが先にゴールラインを割った!俺はこの目で確かに見たんや!」
「は~?ウチのライザンちゃんに決まってるんですけど?ライザンちゃんが先にゴールした!」
「ムーティエや!」
「ライザンちゃん!」
いい年した大人2人の醜い小競り合いだった。
「「……」」
「あんま見るんやないでトミ、廉田。見るとアホが移るわ」
猛田は2人を視界から外すように指示する。その目は呆れ果てていた。心なしか、カミノライザンの視線も呆れているように思えた。実際、運営が判断した公正なジャッジであり、最も信じるべきは運営の判断である。その運営が同着と判断したのだから文句はない。それが富永達の見解だった。もっとも、保茂と谷瑞は違ったようだが。
大人2人が醜い小競り合いをしつつも、猛田達は華麗にスルーをしてインタビューに答えていた。
「『勝利おめでとう!それにしても同着なんて……かなり珍しいね!』」
「『ま~そうですね。滅多に見れるもんやないですし。こっちも驚いてます』」
「『廉田騎手、終始カミノライザンと競り合っていましたがこれは示し合わせてたりは?』」
「『してませんよ。お互いに最善手で動いとったらあぁなっただけです』」
「『それにしても同着!富永騎手、お気持ちの程は?』」
「『やっぱりタニノムーティエは怖いなって。ずっとライバルだと思っていましたから』」
富永達は新鮮な気持ちに駆られる。先程まで競っていた相手と並んでインタビューを受けるなど、ない経験だったから。それでもインタビューに答えていた。
ようやく小競り合いが終わった保茂と谷瑞。インタビュアー達に茶化されながらもインタビューに答えた。
「『保茂さん!カミノライザンの次走は?』」
「『ひとまず日本に帰って有馬記念ですかね。知ってますか?日本のグランプリレース』」
「『初耳ですね~。でも、凄く面白そうだ!』」
興味が駆られるインタビュアー。もしかしたら、このインタビュアーと同じ気持ちになった競馬ファンが日本にやってくるかもしれない。そんな気がしていた。
「『谷瑞さん!タニノムーティエの次走は?』」
インタビュアーの言葉に唸る谷瑞。次のレースを決めかねていた。
「『有馬、って言いたいとこやけど……ムーティエの体調と相談ですわ。ただでさえ今回は激走でしたし』」
「『もし有馬になれば、またライバル対決ですね!』」
明らかに興奮した様子を見せるインタビュアーに、谷瑞はただ淡々と答える。
「『やけどムーティエの体調第一ですわ。それに、どちらかといえば回避の可能性が高いです』」
「『う~ん残念。ライバル対決はなさそう、と』」
タニノムーティエは有馬記念回避濃厚。それが谷瑞の出した結論である。
その後、インタビュアー達はこぞって保茂を見つめる。その視線に耐えかねたのか、保茂は両手をあげて答えた。
「『いや、こっちもダメそうなら回避するからね?さすがに体調と相談だからね?まぁ今んところ大丈夫そうだけど』」
「『なんでお前んとこのカミノライザンは平気そうやねん』」
「『回復力が桁違いだからでしょ』」
その後もインタビューは続いていく。主にカミノライザンとタニノムーティエのライバル関係についてだった。
「『2歳馬の時点からライバルと思っていたと!?』」
「『まぁそうですね。初対決からずっと意識してました』」
「『こっちは最初そうでもなかったですね。意識し始めたんは皐月賞……日本の2000ギニーの頃ですね』」
「『はぁ~……!それが続いて、今この時まで来たと!』」
インタビュアー達は興奮しっぱなしだ。2頭の関係にフォーカスしている。
「『2頭による交配なんかは!?』」
「『それもいずれは「『絶対にごめんですわ』」……そんな嫌そうにしないでも』」
谷瑞は保茂を指差しながら食い気味に答える。
「『カミノライザンとの交配なんか絶対にごめんや!俺らがどんだけ苦汁を舐めさせられたと思うてんねん!』」
「『えぇ~?でも人気出ると思うよ?谷瑞さん』」
「『知らんわ!俺の目の黒い内は絶対にさせへんで!』」
カミノライザンとタニノムーティエの交配に断固として反対する谷瑞。それほどまでに嫌なのか、はたまたただの意地なのかどうか。
それからかなりの時間が経ってインタビューが終わる。記者達はほくほく顔で解散した。
保茂達はせっかくだからと一緒にご飯を食べることになる。谷瑞は特に拒みはしなかった。今はその食事中である。
「それにしても……同着とはねぇ。僕としても意外だったというか」
「あんな結末予想できんわ。ちゅーか、ホンマにあんたのとこのカミノライザンはどないなっとんねん」
「ま~ライザンちゃんは凄いからね!」
「なまじ事実やから否定できんわ」
お互いに酒を飲む2人。少しの沈黙が流れた後、保茂は──頭を下げた。
「すいませんでした谷瑞さん。その節は」
その節、というのは安田記念のことだろう。明らかな挑発行為だったあのインタビュー、保茂としても封印したい黒歴史だった。そのせいで谷瑞や周りの人達に迷惑をかけてしまったのだから。
谷瑞は鼻を鳴らす。
「謝らんでもええわ。確かにホンマにコイツぶん殴ろうかと思うてたけど……あれで俺らのケツに火が付いたんも確かやからな。その結果がこれや」
「た、谷瑞さん」
「お前のこと嫌いやけどな」
「ドストレートに言うじゃん……」
明らかに落ち込んだ様子を見せる保茂を谷瑞は笑う。およそ仲が悪いとは思えない2人だった。
猛田達は笑いながら酒を飲んでいる。一番年下の富永は苦笑いをしながら猛田達に付き合っていた。その表情を微笑ましく思う保茂と谷瑞。
「……ま、今日はお互いにお疲れさんってことで」
「そうですねぇ。谷瑞さんもお疲れ様でした」
お互いにグラスを傾ける。そして、お互いに気になっていることを聞いた。
「ところで……タニノムーティエの現役はどうするんですか?確か、最初は秋までって聞きましたけど」
「あ~、それな」
頬をかいて、谷瑞は答える。
「タニノムーティエ次第、ってとこや。もしかしたら、来年も現役続行するかもしれんな」
「おぉ、現役続行と」
「続行言うても、多分夏までやけどな。それに、アメリカも11月までは滞在する予定やし」
どうせ有馬も出走せんしな、と締めくくる谷瑞。どうやら、本当に有馬に出走するつもりはないようである。保茂は少し落ち込んだ。
「……んで?そっちはどうなんや?もう考えとるやろ?」
谷瑞の言葉に保茂は頷く。保茂の腹積もりは決まっていた。
「ライザンちゃんは──有馬を最後に引退かな」
「……ま、当然の判断やな」
酒を飲む谷瑞。保茂は淡々と語る。
「有馬を勝ったら日本で出走できるレースもないし、かといって海外に~とはならないね。それに、次世代に繋げるのも大事なことだ」
「当然ですわ。あれほどの名牝、血を残さなそれこそ罪や」
「どうやら、これでタニノムーティエとのライバル対決も終わりかぁ……」
「同着、っちゅうなんとも締まらん結果やけどな」
仕方ないことやけど、と続ける谷瑞。ただ、どこか満足げな表情を浮かべていた。
また流れる沈黙の時間。沈黙の後、谷瑞は保茂を茶化すように笑いながら告げる。
「
「
「……改めてトンデモローテやな。他の馬やったらできひんでこんなこと」
「ライザンちゃんだからこそやるんですよ。ライザンちゃんならできますから」
「否定できひんのが悲しいとこやなぁ」
酒を飲んで語り明かす。アメリカの地で、楽しい時間が過ぎていった。
地味に今回、大きく運命が変わる発言があったりします。