ワシントンDCインターナショナルが終わって数日。カミノライザン陣営は日本へと帰国した。
「やー、久しぶりに帰って来たねぇ」
「こっから栗東までまだまだ気張らなあかんですけどね」
帰ってきたらやることが色々とある。カミノライザンの着地検査もそうだし、手続きなどが色々とあった。
……そして、今一番重要なことも。
「とりあえず保茂さん……発表はいつにします?」
「そうだねぇ」
顎に手をやって考える保茂。しばらく考え込んだ後──口を開いた。
「11月の中旬、かな。20日辺りに発表しよう」
「分かりました。まずはどの社に?」
「卜部さんのとこで。あそこは信用できるからね」
マスコミにとある情報を発信させる。そのための準備があった。その後、色々な人に連絡を済ませて、保茂達の一日が終わった。
富永はこちらに帰って来てから早速他の馬への騎乗だ。フランスやアメリカではカミノライザン以外に騎乗していないが、それでも確実に成長したといえるだろう。
特に菊花賞。富永は二桁人気のニホンピロムーテーに騎乗。このニホンピロムーテーは適性はマイルまでの馬だと言われており、菊花賞は長すぎると判断されていた。
さらには、この年の菊花賞には
当初ニホンピロムーテーは菊花賞を回避する予定だった。ヒカルイマイの存在があったのもそうだが、なにより適性距離が合わないと判断されたため当初は見送る予定だった。だが、一度しか出走できない夢舞台。出走させてやりたいという思いもある。
そんなニホンピロムーテーの陣営は、少しでも勝つ確率を上げるために富永紘一に騎乗してもらえるように手を尽くした。【女神】と称されるカミノライザンの主戦騎手。天才と呼ばれた若きジョッキー。彼ならばと思いアプローチをかける。菊花賞で1つでも上の着順を!という藁にも縋る思いでお願いしたのである。
富永は陣営に申し出を、二つ返事で了承した。
「やってみます。ただ、
富永の言葉に陣営は首を縦に振る。
ここのところ成績が振るわないニホンピロムーテー、前哨戦もダメダメだった。掲示板は言い過ぎだが、少しでも上の順位に……そう思っていた陣営の予想は、あっさりと裏切られる。
《最後の直線でヒカルイマイが伸びてくる!ヒカルイマイが伸びてくるがっ、これはどうか!?いや、さすがに苦しい苦しい!ヒカルイマイこれはさすがに苦しい!なんということだ!これが富永紘一の魔法なのか!?ヒカルイマイを完全に封じ込めた!先頭はニホンピロムーテー!距離適性の壁を乗り越えて!今最後の冠を手にしましたぁぁぁぁぁ!ニホンピロムーテー1着!ニホンピロムーテー1着です!2着はスインホウシュウ!3着にヒカルイマイ!ヒカルイマイは三冠ならず!》
なんとニホンピロムーテーは菊花賞を優勝したのだ。二桁人気の穴馬が、クラシック最後の冠を獲ったのである。しかも、三冠に王手をかけ、体調も万全だったヒカルイマイを相手にしてだ。会場は歓喜よりもどよめきに包まれていた。
「は、はぁ!?マジかいな!」
「どないなっとんねんこれぇ!」
「ま、魔法や……ほんまもんの魔法みたいやないけ……っ!」
優勝者インタビューにて、富永はこう語っている。
「陣営がマイルに自信を持っていたので。なら、
長距離でマイル戦をする。言わんとしたいことは分かるが、それを実践でやってのける度胸には大口を開けて驚愕するしかなかった。しかも、この菊花賞が初コンビかつぶっつけ本番で、である。
ヒカルイマイの対策を完全にし、他の馬達を出し抜いて、マイルまでの馬と言われていたニホンピロムーテーを勝たせた。この勝利を以て、富永は【天才】という立ち位置を不動のものにしたのである。
そんな菊花賞も終わって世間が落ち着きを取り戻した頃。保茂によって、
「……え?い、今、なんて言ったんですか?」
思わずペンを落としてしまう卜部。落ちたペンは床を転がっていく。
卜部の表情は驚愕、というよりは信じられないという表情に染まっていた。それほどまでの情報が、保茂によってもたらされたのである。
保茂はもう一度、淡々と事実だけを告げた。
「ライザンちゃんは有馬記念を最後に引退する。引退後は生まれ故郷の五十嵐牧場で繁殖牝馬になる予定だよ」
カミノライザンの引退。その情報は、卜部にとってあまりにも信じがたいものだった。
◇
カミノライザンの引退。その情報は瞬く間に広がっていった。全国のみならず、世界中に波及するほど。どの新聞も、一面にでかでかと載せている。
【カミノライザン引退発表!世界に蹄跡を刻んだ六冠馬】
【カミノライザン引退!?今後は繁殖牝馬として】
【一つの終わり。現役最強馬カミノライザン引退】
競馬ファンも信じられない気持ちでいっぱいになっている。
「嘘だろ!?カミノライザンが引退!?」
「そんなぁ!まだまだ走ってるところいっぱいみたいのに!」
「まだまだ走ってくれよ!」
「海外のレース、映像でしか見れてないのに……もっと走ってるとこ見せてくれ!」
引退しないでほしい、もっともっと走ってほしい。その気持ちがあるのは確かだが……それと同じぐらい、
カミノライザンの引退理由。それは、奇しくも父と同じ、走るレースがなくなったというものだった。日本で走るのは厳しいし、海外でも一定の結果を残したので出走する意義は少し薄い。なにより、カミノライザンの血を繋げていくためには仕方のないことだった。
引退となるレースは有馬記念。これもまた、父であるシンザンと同じだった。
「絶対に、絶対に見に行くぞ!」
「なんとしてでも見る!これは見なきゃいけないレースだ!」
競馬ファンはこのレースを観るためにこぞって集まる可能性が高い。なので中央競馬会も万全の対策をしていた。中山競馬場の内馬場を解放することにした。それでも溢れた場合は、近くの会場を貸し切ってそこで映像を流すように手配する。苦しいが、そうするしかなかった。
今回の有馬記念に出走するメンバーはかなり豪華だ。アカネテンリュウに加え、天皇賞馬のメジロアサマ、着実に結果を残し今度こそは栄冠をと意気込むメジロムサシが出走を表明している。その中でもとりわけ話題を呼んだのは、同じ父を持つトウメイとヒカルイマイの参戦だった。
菊花賞は敗れてしまったヒカルイマイ。しかし、二冠馬の実力を示すために有馬記念に出走を表明。
「ファン投票に選ばれたら、になりますけど。それでもカミノライザンに挑んでみます。そして……勝ってみせます」
最強馬カミノライザンに勝つ、そう意気込んでいた。
それは、トウメイ陣営も同じである。
「調子が上がってきていますし、仕上がりもどんどん良くなってる。今度の天皇賞でそれを証明します」
この頃のトウメイは【マイルの女王】と呼ばれていた。長い距離は不安視されていたのである。それでも陣営は自信をもってトウメイを天皇賞に送りだした。
結果は──2着のスピーデーワンダーを半馬身差に抑え込んで優勝。トウメイはカミノライザンと同じ、天皇賞馬となった。
「有馬でカミノライザンに勝ちます」
その宣言とともに、トウメイ陣営は有馬記念へと乗り込む。
有馬記念の時は、刻一刻と近づいていた。
さらっと参戦するじゃん君…。