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どれだけ傷ついても。
どれだけ苦しくても。
その先にきっと、栄光のゴール板が待っている。
これは
少女が描いた星の軌跡
ノヴァスターダストとは、1980年生まれの競走馬、繁殖牝馬。
【流星の貴公子】テンポイントと【女神】カミノライザンの子であり、ファンからの多大な期待に苦しみながらも走り続け、目覚ましい繁殖成績を残した【神の一族】の偉大なる名牝。
(記事では旧齢表記で記述。現表記は1歳マイナスで数えてください)
この記事では実在した競走馬について記述しています。
この馬を元にしたアプリゲームの方の記事はこちらをご参照ください。
→ノヴァスターダスト(ウマ娘)
44戦6勝2着10回
主な勝ち鞍
1983年:報知杯4歳牝馬特別(GⅡ)
1985年:有馬記念(GⅠ)、日経新春杯(GⅡ)、毎日王冠(GⅡ)
■多大な期待
1980年4月7日。北海道の五十嵐牧場で生まれる。父テンポイントは1976年クラシック世代の競走馬であり、現役時代はそのルックスから【流星の貴公子】と呼ばれた名馬。母カミノライザンは言わずと知れた、日本競馬で知らない者はいないレベルの名牝。そんな2頭の子である「星姫(ほしひめ)」は、父親譲りの流星に母親譲りの青毛の馬体が眩しく見える牝馬だった。
星姫は生まれた時からかなりの期待を寄せられていた。というのも、この頃のカミノライザンの繁殖成績はお世辞にも良いとはいえず(活躍したのは海外のWild Huntぐらい)、中央の未勝利戦も勝ちあがることができずにいた。ほとんどの子が地方に流れ、血を繋ぐことに暗雲が立ち込めていたところに生まれた星姫は、当歳馬の頃から非凡な才能を見せており、これはようやく中央で勝てるような馬が出てきた!と大はしゃぎ。ただ、ノヴァスターダストは気性が荒く、幼駒時代は女王様のような馬だったらしい。血統を考えるとあながち間違いではないが。
何事もなく健康に育った星姫はカミノライザンの馬主である保茂元春が購入。「ノヴァスターダスト(由来は冠名+星屑)」と名付けられ、栗東の神木厩舎へと預けられることになった。気性の荒さから馴致には苦労したものの、調教では良い動きを見せる。
迎えた9月のデビュー戦。鞍上に富阪隼人(とみさかはやと)を迎えいざ出陣。1番人気で出走した新馬戦は道中一度もハナを譲らない逃げ切り勝ちを収めた。
この鮮やかな逃げ切り勝ちにさらに期待は高まる。「テンポイントとカミノライザンの子がクラシックを取る!」、「この馬はきっと期待に応えてくれる!」、「ノヴァスターダストは素晴らしい!」……新聞各社は大々的に報じ、ファンも新馬戦の逃げ切り勝ちから「クラシックの1つは固い」と期待に胸を高鳴らせる。それが後に、主戦騎手である富阪を苦しめ、追い詰めることになるとも知らずに。
その後のノヴァスターダストは10月の条件戦も勝ち勢いに乗る。10月後半にはもう一つ条件戦に出走したものの、こちらは最後に差し切られ2着。11月にもう一つレースに出走し3着。4戦2勝2着1回と順調な滑り出しを見せた。
■立ち込める暗雲
すでに関西でも期待の星として名前が挙がるようになったノヴァスターダスト。ここらで1つ重賞に挑戦しよう!ということで阪神3歳ステークス(現・阪神ジュベナイルフィリーズ)に出走。1番人気に支持される。
しかし、この阪神3歳ステークスでは精彩を欠き、7着と初の掲示板外に沈む。この結果にファンは落胆の声を漏らす。しかし次は頑張ってほしい!と声援を送った。3歳時の最終戦績は5戦2勝2着1回。
ノヴァスターダストはデビュー時からの課題としてスタートの遅さがあった。テンポイントもカミノライザンもどちらも抜群のスタートセンスを持っていたが、ノヴァスターダストは出遅れ癖が酷かった。そのため、先行策や中団で控えさせる競馬をこの時から学ばせようとした。幸いにも切れる末脚はあるし、これで先行策や差しの競馬ができるようになれば重賞を勝つことはそう難しくない、そう思われていた。
しかし、いざ覚えさせようとすると今度は気性の問題が立ちはだかった。ノヴァスターダストは他馬が自分の前にいることが気に食わないのか、控えさせると必ず掛かってしまう。暴走ペースで走り出してしまうのだ。年明け初戦にシンザン記念に出走するが、勝ち馬メジロモンスニーから大きく離された8着大敗。最下位である。このレースから控えさせることを覚えさせるために富阪は抑えつけようとしたがノヴァスターダストは暴走ペースで走り出す。道中は2番手を7馬身近く離したが第3コーナーを超えた辺りで失速。後続に抜かされていき、最下位に沈んだ。
今度は月末の京都牝馬特別へと出走。ノヴァスターダストは母親同様頑丈な身体をしており、ほとんど怪我も病気もしなかった。また回復力もすさまじく、レースから1週間も経てば疲労が抜けきるほどである。これが後の産駒に遺伝したのかもしれないその結果、競馬界のバグが生まれるとは……。
話は逸れたが京都牝馬特別へ。ここでもレースを覚えさせるために控える競馬をする……が、ノヴァスターダストはまたも暴走。6着と掲示板入りを逃した。
この頃からノヴァスターダストのクラシックには暗雲が経ちこみ始めていた。「期待していたほどじゃない」、「せっかく勝ち上がったのにもったいない」、「陣営の作戦が間違ってるんじゃないか?」との声が上がるようになる。神木調教師は「ここから挽回できるように頑張ります」とコメントを残す。富阪も同様のコメントを残した。
2月に入って次はきさらぎ賞。1週間挟んでのレースだ。中京競馬場へ遠征することになったが、意外にもノヴァスターダストは遠征を苦にしない馬だった。母であるカミノライザンの血かもしれない。
2番人気で迎えたきさらぎ賞。試行錯誤しながら臨んだが、結果はニホンピロウイナーの7着。これで4戦連続掲示板外。さすがの競馬ファンも苦言を呈し始めた。この敗戦で陣営もようやく控えさせるのは無理だと判断。ノヴァスターダストは逃げ一本に絞ることにした。
次走は桜花賞のトライアルレースである報知杯4歳牝馬特別(後のフィリーズレビュー)。大きく人気を落とした5番人気での出走となる。ここにはシャダイソフィアにダイナカールも出走しており、後を考えるとかなり豪華なトライアルレースである。
迎えた本番はというと珍しく出遅れずに好スタートを切って先頭を奪う。道中2馬身のリードを保ちながらレースを展開し、リードを保ったまま最後の直線を迎える。そのまま力で押し切り、見事に報知杯4歳牝馬特別を制した。初重賞制覇である。
この勝利にはファンも大喜び。手のひらを返したかのように絶賛した。「やっぱりノヴァスターダストは逃げてこその馬だ!」、「これまでのレースも逃げさせれば勝ってた!」等、陣営の気も知らずに言いたい放題である。ただ、逃げで勝ったというのは事実。陣営は自信を深めてクラシック戦線へと臨む。ここからが、本当の苦難の始まりだった。
■惨敗のクラシック戦線
報知杯4歳牝馬特別を制し、その後は桜花賞へと挑む。トライアルレースを勝ったことからファンの期待は高まり、桜花賞では1番人気に支持された。
「親子2代の桜花賞制覇を!」そう望むファンが多い中迎えた出走の時。ノヴァスターダストは──出遅れた。年明けの連敗から抑えるのは無駄と分かっていた富阪は無理矢理ハナを奪う。しかし、誰の目からも明らかなオーバーペースであり最後まで持つわけがなかった。
案の定最後の直線でスタミナが切れて捕まり、1番人気に支持されながら桜花賞は8着と大敗する。敗因は明らかで、序盤の出遅れだった。
この敗北を引きずっていても仕方がない。陣営は次走のオークスに向けて調整を進める。トライアルレースのサンケイスポーツ賞4歳牝馬特別(後のフローラステークス)に出走し、3着と好走。初の東京競馬場も問題なく走ることができた。
迎えた本番、オークス。またも1番人気で出走したノヴァスターダストだが、ここは枠番に嫌われる。なんと外の26番からの出走となったのだ。
ただでさえ29頭が出走するオークス。しかもノヴァスターダストは逃げ馬。加えてスタート下手、控える競馬もできない。圧倒的不利を背負ったこの状態で勝てるはずもなく、ダイナカールら5頭がもつれた【世紀の大激戦】の遥か後ろ、11着に沈んでいた。
オークスの敗戦はさすがに運が悪かったとファンも割り切っていたのか、牝馬三冠の最終戦に位置付けられていたエリザベス女王杯はなんとしても!という気持ちに駆られるクラシック三冠はどうしたって?バカ言うんじゃありません。
その後は函館記念に出走するも出遅れが響いて5着。続いて京都新聞杯に出走したが、カツラギエースに差し切られて2馬身差の2着。そこそこの結果を残していた。
迎えたエリザベス女王杯。3番人気で出走し、体調も万全、気合も十分ということで陣営も太鼓判。しかし、またも出遅れてしまいいいとこなしの8着に沈んでいる。この出遅れ癖だけはどうにもならないものか……と競馬ファンも呆れ果てていた。
陣営としても対策をしていないわけがなく、スタートが良くなるように調教を進めている。だが、一向に改善の兆しが見られなかった。じゃあ控えさせるか?と考えても気性の問題から控えさせるのは無理。地道に調教をしていくしかなかった。
桜花賞8着、オークス11着、エリザベス女王杯8着……ノヴァスターダストのクラシック戦は惨敗という結果に終わった。この結果を受けて、ファンは陣営を非難する。これほどまでに惨敗したのは陣営の責任だ!と謂れのない批判をしていたのだ。また、そもそもノヴァスターダストはそこまでの馬じゃない、才能があるわけではないと心ない批判をするファンも出始める。
デビューから持て囃されていた少女は、ファンから厳しい目で見られていた。
■差し込んだ光明、しかし
その後は年内休養……かと思われたがなんとファン投票の結果で有馬記念に出走できることになった。厳しい目で見られてはいたが、それでもファン人気はある方だったノヴァスターダスト。陣営としてもこの大レースに出走しない手はない、として出走を表明。ただ、競馬ファンは記念出走枠で勝ち負けには絡めないだろうと誰も期待していなかった。
ところがどっこい。蓋を開けてみるとなんとなんとリードホーユーの2着に入線。ここにきて覚醒か!?なんて言われたりもした。驚愕に包まれた中山競馬場だが、ファンの期待は再度高まる。思いは1つ、ノヴァスターダストにGⅠ勝利を。
4歳の総合戦績は10戦1勝2着2回。重賞は勝ったものの……その重賞勝利のみ。古馬戦で巻き返しを図ることにした。
年明け初戦は京都金杯へ。ここではまたも出遅れてしまい、掲示板外の9着に沈む。新年早々不安な幕開けである。次走は日経新春杯へ。しかしこの時の日経新春杯はダートかつ距離は2600m。陣営は迷走しつつあったが、なぜかエリモローラの3着に入り込んでいる。ダートも走れるのか……。
その後は1ヶ月の休養を挟んで3月の鳴尾記念へ。ここには京都新聞杯で敗北したカツラギエースが出走しており、雪辱を果たしたいところだった。
迎えた鳴尾記念。好調なスタートを決めるとそのままハナを切ってレースを展開。最後の直線を先頭で入り、これはいける!と思われたが最後にハシローディーとスズカコバンに差し切られての3着。ただ、有馬記念のレースっぷりから距離が長いほどいけるんじゃないか?という陣営の目論見は当たっており、今後は長距離路線を視野に入れることになる。エリザベス女王杯じゃなく菊花賞に出走すればよかったのでは?は禁句
長距離路線と言えば、走るレースは1つ。父も母も制した春の天皇賞である。長距離ならば輝けると判断した陣営は出走を決意。当日は3番人気に支持される。
同期の三冠馬であるミスターシービーは蹄の状態が悪化したことにより春シーズンは全休、カツラギエースとニホンピロウイナーは距離不安から出走してこない。他の4歳牝馬も出走を回避しているため、ノヴァスターダストにとっては絶好の機会だった。ただ、それでも天皇賞に出走してくるのは強敵ばかり。特に鳴尾記念で差し切られたハシローディーとスズカコバンをはじめ、菊花賞をレコードタイムで勝利したホリスキーがいる。万全の態勢で臨んだ。
迎えた本番天皇賞・春。またも好調なスタートを決めると、そのままハナを切ってレースを展開。逃げのスタイルも板についてきたというところだ。快調に飛ばして逃げるノヴァスターダスト。ファンの期待はいやがうえにも高まる。今度こそGⅠ制覇なるか!?とワクワクしていた。
しかし最後の直線。モンテファストが外から急襲。粘るノヴァスターダストだが、モンテファストの末脚の前に屈してしまう。モンテファストの兄弟天皇賞制覇(全兄に春天を制したモンテプリンスがいる)を許してしまう2着敗戦だった。ただ、圧倒的1番人気のホリスキーを抑えての2着なのでかなり評価は高めである。
強敵揃いだったとはいえ、勝ちたかったノヴァスターダスト陣営。しかも、敗因は単純な力負け……そう目されていた。
次走は宝塚記念を見据えての京阪杯。調整を進めて出走の準備を進めるが、ここにはカツラギエースが出走予定だった。
本番は逃げるノヴァスターダストを後ろでカツラギエースら先行勢が見る展開。必死に逃げるノヴァスターダストだが、最後の直線で差し切られて5着に沈む。掲示板内なだけ、マシかもしれない。
続く宝塚記念だが、こちらもカツラギエースの前に敗戦。4着だった。
長距離に光明を見出すも、あと一歩が届かない。じゃあ中距離で挑んでも、強大なライバルが立ちはだかる。ノヴァスターダストに、打つ手はあるのだろうか?
■勝ちきれない日々
必死に頑張るノヴァスターダスト陣営。なんとしてもGⅠを取らせたいという思いが伝わってくるほどだ。次走に選んだのは金鯱賞。しかしこの金鯱賞も8着敗戦。その後も関屋記念に小倉記念、オールカマーと走るが……4着、7着、7着と振るわない。最早ピークすら過ぎたといわれる日々である。
この頃、というよりはノヴァスターダストの4歳時の頃からだが、主戦騎手だった富阪はあることに悩まされていた。それがファンからの白い目である。
ノヴァスターダストにかけられていた期待はかなりのものだった。GⅠは確実、父と母もかなりのファン人気を誇った2頭なのだから当然!……なんて言われるのも当たり前だったのである(実際にはGⅠを勝つだけでもかなりの偉業。4歳馬の限定戦とはいえ、重賞を勝っているノヴァスターダストは上澄みも上澄みである)。しかし現実のノヴァスターダストはGⅠで勝ちきれないレースを続け、他の重賞でも凡走を繰り返す。気性的に抑えが効かず、惨敗するレースは決まってノヴァスターダストの暴走だった。その責任の矛先がどこに向いたか?……主戦騎手である富阪である。
「富阪が下手なのが悪い!」、「もっとマシな騎手を雇え!」、「ノヴァスターダストからとっとと降りろ!」、この罵倒はほんの一部であり、実際にかけられた言葉はもっと多いだろう。ファンからの心ない言葉は、富阪の心身を確実に蝕んでいた。
次走は秋の天皇賞へ。グレード制の導入、またジャパンカップの創設に伴い、この年から秋の天皇賞は距離短縮で2000mになっていた。そしてここには、同期の三冠馬であるミスターシービーが出走してきていた。
親的にも因縁があるこの2頭。レース前から大盛り上がりだったが……まぁ勝つのはミスターシービーだろうと言われていた。ミスターシービーは三冠馬、対するノヴァスターダストはクラシック惨敗。どちらが勝つかなど火を見るよりも明らかだったとも言われた。
始まる本番。逃げるノヴァスターダストを追う先行勢。ミスターシービーは最後方で控える。第3コーナーを回った頃からミスターシービーが進出を開始し、前を走るノヴァスターダストを捕らえんとギアを上げる。ノヴァスターダストは追いつかれまいと必死に粘る。
しかし、最後の最後に差し切られる。ミスターシービー1着、ノヴァスターダストは2着だった。五分のスタートだっただけにもう少しで……と悔やまれる。
次走にはマイルチャンピオンシップを選択。距離は長いが、相手が悪いジャパンカップよりもこちらの方がまだマシと選択したのだろう。だがこの時のマイル戦には──【マイルの皇帝】ニホンピロウイナーがいたのである。
始まるマイルチャンピオンシップ。ノヴァスターダストは最近になってようやく出遅れ癖を改善。スタートもそれなりになり、逃げ馬として板がついてきた。快調に飛ばして逃げるノヴァスターダストをマイルの皇帝は虎視眈々と狙っていた。
最後の直線。粘るノヴァスターダストを躱してニホンピロウイナーが先頭に立つ。なんとか差し返そうとするも、全く歯が立たない。ニホンピロウイナーが優勝し、ノヴァスターダストは後続にも躱され6着に敗れた。なんとしてもGⅠを勝ちたいという陣営の意欲は認めたいが、いかんせん生まれた時代が悪かったのかもしれない。
その後は12月初頭の阪神大賞典に出走。長距離のレースはノヴァスターダストにはもってこいであり、行けるのではないか?との判断から出走を決意した。
だが、現実はそんなに甘くはなく。シンブラウンに敗北することになる。この時の敗因は明らかであり、逃げのペースを乱されたのが原因だった。一応2着に入線したものの、それでもファンからは厳しい言葉を投げかけられる。
年末の大一番、有馬記念にも出走が決定。しかし、本調子となった1歳下の無敗の三冠馬、【皇帝】シンボリルドルフに全く歯が立たず。良いとこなしの7着に沈んだ。
5歳時の戦績は14戦0勝2着3回。ついに、勝星すら消えた。
■対称的なアメリカの弟、期待の重圧はさらに重く
実は1984年のクラシック世代には、ノヴァスターダストの1つ下に弟がいた。弟とは言っても、向こうはアメリカで走っているのだが。その馬の名は「Enterprise」。アメリカが誇る三代目ビッグ・レッドである。
Enterpriseは三代目ビッグ・レッドと呼ばれるだけあり、輝かしい実績を残していた。2歳時には不利を受けて負けたことがあったものの、10戦9勝で挑んだアメリカクラシック戦。ケンタッキーダービーを10馬身差圧勝、続くプリークネスステークスを17馬身差の圧勝、最終戦であるベルモントステークスを24馬身差で圧勝、しかもセクレタリアトの記録にあと一歩というところまで迫る2分24秒1という記録で勝利した。
その後もEnterpriseはトラヴァーズステークスを11馬身差圧勝。そしてこの年から創設されたアメリカ競馬の祭典「ブリーダーズカップ」。そのダート戦であるブリーダーズカップ・クラシックを歴代2位の着差である16馬身差で圧勝したのだ。合計78馬身差……まさに圧倒的な強さである。
そのせいもあってか、ノヴァスターダストは余計に比べられた。1つ下のEnterpriseはこれだけ輝かしいのに、こちらはGⅠすら勝てない日々。期待はさらに重く圧し掛かる。主戦騎手の富阪も、かなり追い詰められていた。
年明けはまた京都金杯へ。2着に滑り込み、まずまずなスタートを切る。その後は昨年と同じローテで日経新春杯へと出走。こちらは鮮やかな逃げ切り勝ちを収め、実に報知杯4歳牝馬特別以来となる勝利を収めた。
これにはファンも大歓喜。「今年こそGⅠを勝てる!」……期待はさらに重くなった。
続く目黒記念は3着、3月の鳴尾記念は2着と好調っぷりを見せる。今度こそGⅠを取れる!そんな彼女に立ちはだかったのは……あまりにも巨大な皇帝の影だった。
好調で迎えた春の天皇賞。距離不安はない、しかし。ここにはシンボリルドルフも出走してきていた。
始まったレース。ノヴァスターダストはスタートダッシュを決めて逃げるが、後ろでシンボリルドルフが悠々とついてくる。富阪にかかるプレッシャーは凄まじいものだった。それでも何とか勝利のために手綱を握る。
だが、最後の直線。まるで用済みだとばかりにシンボリルドルフはノヴァスターダストを躱し、そのまま後続を突き放して勝利した。ノヴァスターダストは掲示板外の8着。皇帝の前に、敗北した。
続いては安田記念。陣営はさらに血迷う選択をした。分が悪すぎる上に、相手は【マイルの皇帝】。ハナから勝てるはずもない……と言われていた。
ただ、蓋を開けてみればニホンピロウイナーの2着に入り込む大健闘。ローテを考えればかなりやっている。身体も強ければ距離も選ばない、ノヴァスターダストの才能だろう。
もっとも、競馬民からはなおも厳しい目で見られる。その厳しい目が、主戦騎手の富阪をさらに追い詰める。その結果──宝塚記念後に事件が起こる。
迎えた宝塚記念。シンボリルドルフは出走取り消し、ミスターシービーも現役続行を表明したものの直前になって回避。またも秋の復帰を目指すことになった。この宝塚記念は本命不在であり、ノヴァスターダストが勝つには絶好の機会だったといえる。
その期待が現れたように、宝塚記念はノヴァスターダストが1番人気。これは勝てる!と思われたが……最後の直線でスズカコバンに捕らえられ3着敗戦。絶好の機会で、ようやく勝てるかと思われたGⅠ。結果は最後に差し切られて3着である。
この結果にファンは怒号を飛ばした。「鞍上が悪い」だの「下手クソ」などと富阪を罵倒する。そして富阪は、我慢の限界を迎えてしまった。
■どん底からの這い上がり
かねてからファンの罵倒には耐えかねていた富阪。それがこの宝塚記念の敗戦でついに我慢の限界を迎えてしまったのだ。宝塚記念後に彼は遺書を書き残し、首つり自〇を図ろうとする。
しかし、間一髪のところで彼の妻が気づいたことで未遂に終わる。その後も富阪は少しの間錯乱状態に陥り、とても騎手を続けられる状態になかった。それでも調教師である神木と馬主である保茂の必死の説得により、なんとか騎手として復帰。これが後のレースに大きな影響を及ぼす。
この自〇未遂の一件以降、富阪は吹っ切れたようにレースをするようになる。ノヴァスターダストの逃げを、さらに磨きをかけるようにした。
まずは七夕賞。ここで富阪は──破滅逃げを選択する。逃げは逃げでも、玉砕覚悟の大逃げのスタイルを選んだのだ。
結果はというと、そんなにうまくいくはずもなく掲示板外に沈む。ファンからはまたも怒号が飛ぶが、富阪の表情に陰りはない。むしろ、吹っ切れたような表情をしていた。
続いては関谷記念。こちらも破滅逃げのスタイルで挑み、今度は4着に入る。小倉記念を2着、オールカマーを3着と安定するようになった。そして毎日王冠でついに破滅逃げで1着を取ることに成功する。天皇賞・秋に向けて、準備を万全に整えていた。
天皇賞・秋。二連覇を目指してミスターシービーが出走、また怪我から復帰したシンボリルドルフも出走。かなり豪華なメンバーとなっていた。レースが始まると、ノヴァスターダストが破滅逃げでハナを奪ってレースを進める。シンボリルドルフは付き合わずに4番手追走、ミスターシービーは最後方からのレースだった。
スタミナは持ちそうだったが、あと一歩のところで伏兵ギャロップダイナに差し切られる形になる。さらには後続にも躱されて5着。掲示板は確保したが、厳しい状況。それでも富阪の目に焦りはなかった。
続いてはジャパンカップ。怪我から完全復帰したシンボリルドルフが立ちはだかり、あと一歩及ばずの2着に敗れる。それでも、世界の馬相手に2着に入ったのだから褒めるべきだろう。なおこのレース、本来ならばEnterpriseが出走する予定だったのだが、Enterpriseは怪我により現役引退。出走は叶わなかった。
安定するようになったノヴァスターダストだが、この頃すでに6歳馬。引退が見えてくる頃。重賞も取れたし、GⅠに拘らなくてもいいんじゃないか?とも思い始める。それでもと陣営は有馬記念への出走を決意。年末の大一番に向けて、調整が進められた。
■魂の激走、少女が描いた星の軌跡
この年の有馬記念。大本命はやはりシンボリルドルフだろう。いまだ敗北は2回、その2回も敗因が明確故にこの有馬記念で皇帝の勝利は揺らがないとファンは確信していた。
さらには同期の三冠馬ミスターシービーも出走。天皇賞・春はルドルフとスターダストから離された5着に沈み、天皇賞・秋も見せ場なく終わった本馬だが、この有馬記念で巻き返しを図る。そして、この有馬記念がミスターシービーの引退レースともなっていた。さらには4歳馬から二冠馬ミホシンザン、天皇賞・秋を制したギャロップダイナも出走。ノヴァスターダストは6番人気だった。
体調も万全、身体に異常もなし。迎えた本番、ノヴァスターダストは──玉砕覚悟の破滅逃げを打つ。
シンボリルドルフは天皇賞・秋を思い出してか、無理には追わない。2番手で追走。ミスターシービーは最後方、ミホシンザンは中団に控えた。騎手達だけではなく、ファンもが最後には落ちるだろうと判断し期待していなかった。その間にもノヴァスターダストは、先頭に立って逃げる。かなりのペースで飛ばしていた。
そんな中、観客の1人が異変に気付く。「差が開きすぎてないか?」と。
事実、第2コーナーを回った段階で2番手シンボリルドルフにつけていた差はなんと15馬身。しかも、向こう正面でさらにつこうかという勢いだった。この明らかな玉砕覚悟の逃げに、観客は驚きの声を上げる。しかし、この2500mでスタミナが持つわけがないとバカにするファンもいた。
向こう正面でも飛ばして逃げるノヴァスターダスト。ノヴァスターダストを逃げさせる富阪。思いは1つ、ノヴァスターダストにGⅠを。
向こう正面半分を過ぎてなおも逃げるノヴァスターダスト。ここでなにか不味いと判断したのかミスターシービーが追い上げてきた。シンボリルドルフはまだ動かない。ミスターシービーは第3コーナー中ほどで2番手に浮上する。そして、シンボリルドルフに騎乗していた岡戸もさすがに不味いと判断したかペースを上げる。三冠馬2頭が競り合い、その後ろにミホシンザンらが並んでいた。この時点で先頭ノヴァスターダストとの差はまだ10馬身はあった。
迎えた最後の直線。ノヴァスターダストは──誰の目から見ても分かるぐらいにスタミナが切れていた。それでも彼女は、必死に脚を動かして懸命に粘る。中山の短い直線を、最後まで駆け抜ける。
その姿に、ファンは気づけば声援を送っていた。
「頑張れー!ノヴァスターダストォ!」
「後もうちょっとだぞー!」
「獲ってくれ、GⅠー!」
じわりじわりと差を詰めてくるシンボリルドルフとミスターシービー。中山の急坂が立ちはだかり、ノヴァスターダストとの差はさらに縮まる。
──だが、ノヴァスターダストが驚異の粘りを見せる。母親譲りのスタミナに、父親譲りの根性が彼女を動かしていた。
懸命に逃げるノヴァスターダスト。シンボリルドルフとミスターシービーは届かず。ノヴァスターダストが5馬身差で勝利を収める。中山競馬場は揺れたと錯覚するほどの歓声に包まれた。
これまで何度挑んでも届かなかったGⅠの頂。そしてなにより、富阪が最も欲していたタイトルがこの有馬記念。三冠馬2頭を相手に玉砕覚悟の破滅逃げを打って、見事に勝利を掴んだのだ。
富阪はノヴァスターダストの上で涙を流す。人目も憚らず号泣していた。その背を岡戸と嘉永が優しく叩いた。勝利を祝福するように。その後のインタビューでも富阪はずっと泣いていた。
これまでファンから多大な期待を寄せられていたノヴァスターダスト。届かなかったGⅠに、ついに届いた瞬間である。
■その後
有馬記念を制したノヴァスターダスト。今度は海外へ……なんて話が上がっていた。というのも、シンボリルドルフとシリウスシンボリの帯同馬として一緒に来てくれないか?という話があったのだ。元々血統的にも重い馬場の方が得意なノヴァスターダスト、是非!ということで海外遠征へ。
しかし、海外遠征の直前に右前脚を骨折。幸いにも軽かったが、無論海外遠征は白紙となった。
復帰プランも考えられたがこれ以上無理はさせられない、なにより年齢的にもかなり厳しい。陣営はそう判断し、同年にノヴァスターダストは引退。五十嵐牧場で繁殖牝馬となることが決定した。総合戦績44戦6勝。凄まじいほどの頑丈さと、驚くべき回復力によりかなりのレースに出走していた。GⅠは1勝のみにとどまっているが、その1勝に万全の状態のシンボリルドルフとミスターシービーがいたことで本馬の評価はかなり高い。引退式も中山競馬場で行われ、華々しく引退した。
彼女のレース生活は、偉大な母に比べるとおよそ華々しいとは言えないだろう。ファンからの重圧、期待、それらに押しつぶされそうだった。泥に塗れ、地面を這いつくばる日々だった。母親のような輝かしさとは無縁、何度折れそうになっただろうか?何度諦めそうになっただろうか?もう走るのを止めた方が楽なんじゃないか?そう思う日もあったはずだ。
それでも彼女は諦めなかった。どれだけ泥に塗れようと、どんなに辛酸を舐めさせられても、彼女は自らの道を進み続けた。この道こそが自分の道だと、自分を貫き通してみせると。そして彼女は証明してみせたのだ。三冠馬2頭を相手に逃げ切ることで、彼女は己の血統を、己の強さをファンに見せつけた。その時確信したはずだ。
■引退後~繁殖牝馬として
引退後、1987年からは五十嵐牧場で繁殖牝馬として生活することになったノヴァスターダスト。当然、彼女にかけられる期待はここでも大きかった。
カミノライザンの産駒の中で、GⅠどころか中央で勝利したのはノヴァスターダストのみである。海外ではWild HuntにEnterpriseがいるが、日本では彼女のみ。そのため、カミノライザンの血を繋ぐことができるのかとノヴァスターダストにはかなりの期待が集まっていた歴史は繰り返す。
果たして名牝の血を繋ぐことができるのか……そう思われていたが全く心配する必要はなかった。
まず初年度は往年の競馬ファン絶頂もんのミスターシービーと配合なおこの時ミスターシービーがノヴァスターダストから中々離れなかったため引き剥がすのに苦労したというエピソードがある、無事に受胎する。この時の子は1988年の3月に無事に産まれた。牝馬である。
ノヴァトップスターと名付けられた本馬は2歳馬の頃から頭角を現す。朝日杯を制すると、日本の調教馬で海外のクラシックを勝ちたいという馬主の意向からクラシックシーズンは海外へ。見事に英オークスと愛オークスを制して日本へと凱旋した。その後は日本で走り続け、トウカイテイオーが奇跡の復活を遂げた有馬記念にも4着に入線している。
初年度からGⅠ馬を輩出したノヴァスターダスト。次はシンボリルドルフと交配。無事に受胎し出産。今度は牡馬だった。
カムイホープと名付けられ、今度は日本のクラシックを走ることに。朝日杯、皐月賞とミホノブルボンに阻まれ続けたが日本ダービーにて雪辱を果たす。また、長距離でも強く、菊花賞をライスシャワーの2着、天皇賞・春もライスシャワーの2着に入るなど特に中・長距離で強かったなお肝心の勝ち鞍はない模様。長距離のライスが強すぎんねん。しかし、天皇賞・春後に屈腱炎を発症し引退。その後は種牡馬に。サンデーサイレンス全盛期の日本競馬界で結果を残し続けた。
この2頭だけにとどまらず、今度は1990年にアメリカのSpectacular Bid(スペクタキュラービッド)と交配。ノヴァトライスターと名付けられた本馬はクラシックこそ出走できなかったものの、後にドバイワールドカップとBCクラシックの同一年制覇を成し遂げる「砂の女王」として君臨した。また、ホクトベガの親友である。
さらには1995年にSadler's Wells(サドラーズウェルズ)と交配。カムイチェイサーと名付けられ、黄金世代と呼ばれた98世代において朝日杯をグラスワンダーの2着、ジャパンカップでエルコンドルパサーを下し、そのレーススタイルから【黄金世代の
そして1996年……日本どころか世界中の競馬ファンに笑いを届け、あらゆる競馬関係者(自陣営も含む)を恐怖のどん底に叩き落した競馬界のバグことアンカデキメルゼが誕生する。ついにやってきちまったか……。詳細は省くが、このアンカデキメルゼは強かった。いや、もう強かったという次元じゃすまない。イカれている。なお、父は世紀のアイドルホースにして【葦毛の怪物】オグリキャップである。
最終的に15頭の子を輩出したノヴァスターダストだが、中央に登録した全ての馬が勝ち上がり、その半分が重賞ウィナーとなっている。繁殖牝馬として、凄まじい結果を残した。カミノライザンの血が現在に繋がっているのも、ノヴァスターダストによるものが大きいだろう。まさしく偉大なる名牝である。
ノヴァスターダストが母カミノライザンから受け継いだ突出した心肺機能や遠征での強さ、父テンポイントが持っていたとされる競り合いに強い勝負根性はもれなく産駒に遺伝し、これが国内外問わず産駒が活躍できた要因であるといわれている。しかも重馬場に対しても滅法強かった。
……まぁその後にとあるバカが考えた配合理論によってUMAが生まれるのだがそれは割愛。詳しくは→アンカデキメルゼ
現在に繋がるカミノライザンの血。その血が残っている理由は、間違いなくノヴァスターダストによるものが大きい。一時は血が繋がることが心配されていたカミノライザンだが、ノヴァスターダストによってその心配は完全に無くなったといえる。彼女の功績が、【神の一族】の隆盛を極めた。
■神の一族
カミノライザンの血統を指して使われる言葉。
名前の由来はカミノライザンの父であるシンザンが【神の馬】と呼ばれることがあったのと、カミノライザン自身が【女神】という名称で呼ばれることがあったから。また、その血統背景も理由の一つとして挙げられており、成田の御料牧場の集大成ともいうべき血統だったから。某アプリゲームにおいてはメジロ家やシンボリ家以上の名家とまで称されており、皇族の関係者とも言われている。詳しくは→神の一族(ウマ娘)
この一族の特徴は突出した心肺機能と長距離輸送を苦にしない強さ、そして重馬場に対して滅法強いことである。ほぼ全ての産駒が長距離輸送による影響がほとんどなく、現地でも変わらない強さを発揮することができる。加えて長命であり、怪我などの例を除いて30歳を超えて存命なこともざらにあった。
そして長距離輸送に強いということは、海外遠征も問題なくできるということであり、産駒は国内外問わず活躍した。ノヴァトップスターやノヴァトライスターはその最たる例だろう。牡馬に関しても愛チャンピオンステークスと英チャンピオンステークスを2着に入線したカムイチェイサーがおり、その子達も海外で結果を残していることからいかに海外遠征に強いかが分かる例のバグに関しては最早言葉は不要だろう。
【雨の月友】の血が流れている故か、重馬場においてもその実力をいかんなく発揮する。悪路における強さは圧倒的である。
2023年現在でも活躍馬が出てきており、その血が衰えることを知らない。この偉大なる血はどこまで行くのか?
■エピソード
何かしら感じるものがあるのか、千明牧場のミスターシービーにはかなり気に入られていた様子。レースでも一緒になればシービーがスターダストの方をチラチラと見ているのが確認できる。
繁殖牝馬時代は母であるカミノライザンと過ごすことが多かった。カミノライザンには非常に懐いており、いつもべったりとくっついていた。カミノライザンも拒まなかった。
気性の荒かったノヴァスターダストだが、歳を重ねるにつれて気性は軟化。また、カミノライザン同様子供好きという一面もあった。
大好物はリンゴ。リンゴであれば特に拘りはないらしく、露骨にテンションが上がっていたらしい。
人に撫でられるのが好きなのか、よく撫でてと言わんばかりに甘えていたとのこと。五十嵐牧場のスタッフの証言から分かる。愛嬌のある馬だった。
Spectacular Bidとの交配の際、半弟のEnterpriseに会っている。お互い何かしら感じるものがあるのか、仲は良かったようだ。ただ、大柄(現役時500kgオーバー)なEnterpriseが小柄(現役時の平均は450kg)なノヴァスターダストの後ろをついて歩いている、となんとも微笑ましい光景だったらしい。
■代表産駒
※GⅠを勝利した産駒のみ記述
ノヴァトップスター(父ミスターシービー):1991年英オークス(GⅠ)、愛オークス(GⅠ)
カムイホープ(父シンボリルドルフ):1992年日本ダービー(GⅠ)
ノヴァトライスター(父Spectacular Bid):1995年フェブラリーステークス(GⅠ)、1995年・1996年東京大賞典(GⅠ)、1998年ドバイワールドカップ(GⅠ)、1998年BCクラシック(GⅠ)
カムイチェイサー(父Sadler's Wells):1998年ジャパンカップ(GⅠ)
アンカデキメルゼ(父オグリキャップ):たくさん
■血統表
| テンポイント | ||
| コントライト | ||
| Never Say Die | Nasrullah | |
| Singing Grass | ||
| Penitence | Petition | |
| Bootless | ||
| ワカクモ | カバーラップⅡ世 | Cover Up |
| Betty Martin | ||
| 丘高 | ||
| セフト | ||
| 月丘 | ||
| カミノライザン | ||
| シンザン | ||
| ヒンドスタン | Bois Roussel | |
| Sonibai | ||
| ハヤノボリ | ハヤタケ | |
| 第五バッカナムビューチー | ||
| 月海 | セントライト | ダイオライト |
| フリッパンシー | ||
| 月波 | ||
| オートキツ | ||
| ミスマルサ |
(4代血統表:なし)
■その他
随時更新予定です。
主人公適性こっちの方が高い。