俺と邪神のクラシック五冠道   作:カニ漁船

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昨日一昨日と仕事が……。


俺と怒りと鞍上

 猛田厩舎は穏やかではない空気が流れていた。

 

「トミィ……」

「……はい」

 

 その発生源は調教師である猛田と、騎手である富永の2人である。

 表情に怒りが見える猛田と伏し目がちな富永。富永の様子はさながら叱られることが分かっているような子供のようである。

 目に見えて怒っている猛田の口が開く。

 

「お前……()()()()()()()()()

 

 ゆっくりと、確認するように。富永に問いかける猛田。

 猛田の問いに、覚悟を決めた富永は答える。

 

「あれは、()()()()()()()()()。タニノムーティエの末脚を、見誤っていました」

 

 嘘偽りなく、馬鹿正直に答える富永。周りもあちゃー、といった表情をしている。

 自分の判断ミスであることが分かっているからだろう。それをしっかりと分かった上で、富永は言い訳せずに己のやってしまったことを告白した。

 だが──それで猛田文男の怒りが収まるわけがない。

 

「ナメとんのかお前はぁ!」

 

 響き渡る怒号。思わずのけぞる富永。周りも始まったか、といった表情を浮かべる。

 興奮気味に富永に詰め寄る猛田。周りは止めない、いや、止められない。

 胸ぐらをつかまんばかりの勢いでまくしたてる。

 

「タニノムーティエの末脚がどんなもんか、分かっとるやろうが!散々注意しろ言うたよなぁ俺は!それを見誤りましただぁ?舐め腐っとんのかおどれは!」

「……返す言葉もありません」

「おどれは自分が凄い騎手や思うてるんか!?おどれのおかげで姫は勝ててるとでも思うてるんか?あぁ!?」

「そんなことはっ!」

 

 思わず反論しそうになる富永だが、黙り込む。自らの騎乗を考えれば、そんな気持ちがないとは言えないからだ。

 猛田の怒りは収まらない。周りはただ黙して見守るだけだ。

 

思い上がっとんちゃうぞ富永ぁ!周りを舐め腐って競馬が勝てるかボケがぁっ!」

「……その通りです」

 

 俯き、自らのやったことを再確認する。悔しさを、自らの行いを恥じていた。

 猛田は面白くなさそうに鼻をならす。そして、富永にとって衝撃的な一言を言い放った。

 

「お前がそんな騎乗するんやったら、姫の屋根は別のヤツに任せるッ!お前なんぞに任せられるか!」

 

 猛田の言葉に今まで俯きがちだった富永は顔を上げる。

 富永の視界に入ったのは、怒りが混じった猛田の表情。そして……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな気持ちが伝わってきた。

 少し言い淀み、だけど覚悟を決めて。富永は猛田に申し立てる。

 

「……嫌ですっ」

「あぁ?なんや、男やったらデカい声で言わんかいっ!」

「嫌ですっ!」

 

 猛田の声に負けず劣らずの声量で富永ははっきりと拒絶した。そして、己の考えを猛田にぶつける。

 

「嫌ですっ!俺は……俺はっ!姫の鞍上は誰にも渡したくないッ!」

 

 ただ黙って富永の言葉を聞く猛田。

 富永からは必死さを感じる。誰にもカミノライザンの鞍上を渡したくない、その一心で猛田に異議申し立てていた。

 

「今回の敗因は全部自分にあります!それは分かっています!だけど……だけど!それでもっ!俺は姫に騎乗したい!」

「……やからどうした?思いだけでどうにかなるわけないやろが!」

「もう二度と舐めた騎乗はしませんッ!だからどうか、カミノライザンの鞍上を継続させてください!」

 

 お願いしますっ!そう土下座しかねない勢いで頭を下げる富永。それを黙ってみる猛田。ハラハラとした様子で見守る周りのスタッフ達。

 短くも長い沈黙。それを切り裂いたのは、猛田の声。

 

「……このボケがっ!姫の方がまだ競馬を理解しとるわ!」

「はいっ!仰る通りです!」

「次ぃッ!姫の次走は中山の3歳牝馬ステークスや!舐めた騎乗しとったら今度こそぶっ飛ばすで!」

「分かりましたっ!」

 

 はよ調教に行ってこいや!そう怒鳴りつける猛田。富永は頷いた後調教場所へと走って向かっていった。

 まだ興奮冷めやらぬといった様子の猛田。そんな猛田に話しかけに行く粟田である。

 粟田は苦笑いを浮かべながら猛田へと近づいていった。

 

「派手に怒りましたね、猛田さん」

「……アイツが舐めた騎乗しとるからや」

 

 そう答える猛田に同感です、と答える粟田。

 

「ですが、タニノムーティエの末脚は凄かった。不良馬場でもあれだけ伸びてくるなんてね」

「それはそうやな。ごっつい末脚やった」

 

 その後2人でレースの感想を言い合う2人。粟田と話していくうちに、徐々に怒りを鎮静させる猛田。

 そんな猛田に粟田は冗談交じりに言う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 えっ?という反応をする周りのスタッフと。フン、と鼻を鳴らす猛田。面白くなさそうにしながらも猛田は反論する。

 

「返答次第では外す予定やったわアホが。やけど……()()()()()()()()()みたいやからな」

 

 本気で外す予定ではあったこと。しかし富永の言葉を聞いて、鞍上を継続させることを決めた。

 

「言葉以上の気迫、やろうな。アイツ、姫に惚れ込んどるわ」

「誰にも鞍上を渡したくない!って言うぐらいですからね」

「目も本気やった。やから鞍は継続する。そんだけや」

 

 それに、猛田は富永の未来のことを思っていた。

 

「アイツは将来有望な騎手や。才能に胡坐をかかせるわけにはいかん」

「……そうですね。アイツの将来のためにも、誰かがガツン!と言わないと」

「分かっとるやないか」

 

 笑い合う猛田と粟田。それによって、ようやく雰囲気が元通りになった。

 その後、2人は姫の次走について話し合うのだが。2人とも同じ感想を抱いていた。

 ()()()()()()、だと。

 

「京都3歳ステークスの後に中山開催の3歳牝馬ステークス……どういうこっちゃ?連闘にしても他のレースがあるやろ」

「さぁ……?カミノライザンの体調は万全どころかむしろ闘志がみなぎっているから行くことになりましたけど、不思議なローテですよね」

 

 何を考えてるんだろうか?と口を揃える2人である。

 

「保茂さんのことやからなにか考えがあるんやろうけど……さっぱり分からん」

「ま、まぁ。カミノライザンなら大丈夫だと思っているんじゃないですか?」

「それはそうやろうけど……ホンマに分からん」

 

 馬主である保茂とはそれなりの付き合いがある2人だが、このローテに関しては疑問を残している。

 今度聞いてみるか。そう考える2人だった。

 

 

 

 

 

 

 ムッキ~!なんだなんだあの野郎タニノムーティエ!レース後も俺のことジッと見やがって!

 

『俺の方が速いぜ?アピールでもしてんのかってんだ!次こそは勝ってやるわあの野郎!』

「随分とご立腹だねぇ。そんなに負けたことが悔しいのかい?」

『当たりまえだろうが!俺の初敗北だぞ!?』

 

 あの野郎絶対に許さん!

 いまだに負けたことを根に持っている俺だが、そんな俺に確認するようにクソ神は言う。

 

「それで?()()()()()()()()()()()()()()()

『……ま~、()()()()()()。さすがは二冠馬タニノムーティエ』

 

 肌で体感してみて分かった。アイツは強いと。

 まず、今の俺じゃスピードじゃ絶対勝てん。よーいドンはほぼ詰みだ。この先アイツと戦うことになると思うと気が滅入るぜ。

 だけど、まだ良かった。

 

『俺らの目標はあくまでクラシック五冠……無敗じゃねぇ。そういう意味じゃ、ここで負けたのは良かったってことだ』

 

 そりゃ走っている以上は勝ちてぇし勝つ気で走っている。

 だが、俺の大目標はあくまでクラシック五冠だ。そこで負けなければいい。そう自分に言い聞かせる。

 

「……で?本音は?」

『メッッッッッタくそに悔しいわクソが!ムッキー!あの野郎!』

「君も随分負けん気が強くなってきたね~。良いことだ」

 

 馬に転生してからというものの、負けん気が強くなった気がする。

 しかしこの鬱憤をどう晴らそうか?……おあつらえ向きに次のレースが近かったな。

 

『この恨みは3歳牝馬ステークスで晴らしてやるわ!』

「タニノムーティエいないけどね」

 

 知ったことか!この鬱憤、晴らさないと気が済まん!

 その後クソ神は帰り。それと入れ替わる形でトミーがやってきた。あ、富永さんね。

 富永さんは俺を見るなり申し訳なさそうな表情をする。おいおいどうしたよトミー?んな顔しちゃってよ。

 

「この前のレースはごめんね、ライザン。俺のせいで君が負けてしまった」

 

 あ~、京都3歳ステークスのこと気に病んでんのか。

 ぶっちゃけあんまり気にしないで欲しい。そういう意味を込めてトミーに頭をぐりぐり押し付ける。言葉が通じるのってクソ神だけだからこうするぐらいしかできん。許せトミー。

 困惑しつつも、俺の意図を把握してくれたのかトミーは朗らかな笑みを浮かべている。

 

「慰めてくれるのかい?優しいね、君は」

 

 そうだそうだ!気にすんじゃねぇトミー!

 一回の負けがなんだ!次勝ちゃいいんだよ!後クラシック五冠全部勝てばいいんだよ!

 そんなトミーは覚悟の決まった表情。

 

「……君の鞍上は誰にも渡さない。渡したくない。だから、次は俺頑張るよ。姫」

 

 お?なんだ?実質プロポーズか?人と馬だけど。

 ま、俺も一鳴きして応える。トミーは笑顔を浮かべて去っていった。

 こうして休んじゃいるが、すぐに次走だ。今度は長距離輸送、体調面はどうなるか?

 

(知るか知るか!京都3歳ステークスの鬱憤は、ここで晴らす!)

 

 そう決意を込めてレースを待つ。

 

 

 そして迎えた中山の牝馬3歳ステークスだが。

 プレッシャーよりもやる気の方が勝ったのかプレッシャー負けはせず。しかし長距離輸送でキツい面があったのか絶好調とは言えない状態だった。

 それでも好調。西から東に殴り込んできたという触れ込みで、関東の人達は関東馬を応援していたものの。

 

《西のカミノライザンこれは強い強い!最後の直線残り200mでスルッと抜け出した!そのまま先頭を維持し続けるカミノライザンだ!カミノライザン先頭!2番手はシャダイセンターが突っ込んできた!突っ込んできたがこれはもう届かない!カミノライザン先頭で今牝馬3歳ステークスを制しました!西のカミノライザンが東の牝馬をねじ伏せる!これが西の強さだカミノライザン!2着は1馬身差シャダイセンターです!》

 

 結果的にレースを制したのは俺だった。京都3歳ステークスからの連闘。それを全く問題にせずに勝利。関東の人達もビックリしてた。

 

「京都3歳ステークスからの連闘だろ?凄くねぇか?」

「あぁ、これは凄いわ」

「良いぞー!カミノライザーン!」

 

 そして猛田さんもビックリ。

 

「長距離輸送もそこまで問題にしてへんし……こらホンマにえらいわ」

 

 フフン、せやろ?得意げに鳴く。多分意図が伝わってるのはクソ神だけだが。

 そんなわけで牝馬3歳ステークスを制した俺だった。




カミノライザン怒りの3歳牝馬ステークス勝利。輸送は特に問題なさそう。
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