ネオユニヴァースの娘。   作:宮川 宗介

5 / 5
第五話

五月初めの、新緑の季節は一年の中で最も過ごしやすい時期だと私は思う。

 

この季節でしか感じられない心地よい風を全身に浴びながら、私はウッドチップのコースを駆け抜けていた。

 

トレーニングメニューに好き嫌いをいうのは褒められたものでないが、私はウッドチップコースで行う走り込みが好きだ。

 

チップを踏みしめる感触が好きだったし、地面を蹴り上げたときにわずかに感じる木片の香りに、なんともいえない安らぎを感じる。

 

季節によって木片に若干の違いがあるのも良く、私のように普段ビルに囲まれているようなところに住んでいる者は、こういう日常の些細な変化で四季を感じるのである。

 

「よーし、レイ。今日はこの辺にしておこうか」

 

ストップウォッチを見ながら、トレーナーであるお父さんが今日のトレーニングの終わりを告げた。

 

「ふぅっ……了解。今日のタイムはどんなものだった?」

 

私が息を整えつつ、受け取ったタオルで汗を拭いている間、お父さんは手元のタブレットに視線を落とした。

 

「可もなく不可もなしって感じかな。レース直後だし、まぁこんなものだろう。ダービーに向けて、これから少しずつ調子を上げていけばいい」

 

お父さんの見解に、私は「そうだね」と返事してうなずく。

 

「お父さん、明日のトレーニングメニューは?」

「ん、ストレッチに軽い筋トレ、それにダート2本と坂路1本の予定だ。ダービーが近づいたら、もう少し強度を上げていくつもりでいるよ」

 

とこんな感じで、お父さん組み立てるのトレーニングメニューは非常にオーソドックスだ。

 

トレーナーの中には、担当のウマ娘に非常にハードなトレーニングを課す人もいる。

山籠りや滝行など、変わったメニューを取り入れるトレーナーも珍しくない。

 

そんなトレーナーたちの中にあって、お父さんが私に課す練習量は平均的なものだったし、そのトレーニングもすべて学園内にある施設を使って行う。

 

あの皐月賞の夜、お母さんに聞いたところによると(お母さんと夜通しお話したなんてことは、初めてのことだった)、お母さんが現役時のトレーニングも『他の娘と比べて厳しいということはなかったし、特別なこともしなかったよ』とのことらしい。

 

レースの処理を終えて帰ってきたお父さんも会話に入ってお母さんの証言に首を振り、いつもの優しい父親の目ではなく、プロのトレーナーの目になってウマ娘のトレーニングについての考え方を聞かせてくれた。

 

『俺が思うに、トレーナーの仕事はウマ娘という【器】に、トレーニングでスピードやスタミナといった能力を【うまく注ぎ込んでやる】ことだと思うんだ』

 

『残酷な話をすると未勝利の【器】しかないのに、どんなに激しい練習メニューを課してトレーナーが能力を注ぎ込んだつもりになっても、それは器から溢れ出すだけになってしまう。最悪、器が壊れてしまうなんてことにもなりかねない。結局、その娘のためにならないんだな』

 

『あくまで私見だが、トレーナーに最も必要な資質は【相マ眼】、つまりウマ娘の素質を見抜く力だと俺は思っている。もちろんその素質を完全に開花させるための試行錯誤は必要だが、俺の受け持ったウマ娘で特別な特訓が必要な娘や、ハードトレーニングが必須って娘はいなかったな』

 

お父さんのトレーニング理論の正しさは、お母さんのあとに育てたウマ娘にも度々重賞を制覇させ、常にリーディングトレーナーのトップ10にいたことからも証明されていると思う。

 

「ダービーかぁ……。レースの祭典って言われている、天皇賞とも有マ記念ともまた違った独特な雰囲気のあるレースだよね。そのレースを走るっていうのは楽しみなような、不安なような……。お母さんは、どんな感じでダービーの日を迎えたの?」

 

私がそんなことを聞くと、お父さんは少し遠い目をして夕暮れの空を見上げた。

そちらの方向にダービーが行われる東京レース場があったのは、きっと偶然だったのだろう。

 

「お母さんは知ってのとおり、あまり感情を大きく表に出すタイプのウマ娘じゃなかったからね。表面上はいつものレースと変わらない感じだったよ。でも……」

「でも?」

「覚えているのは、ユニが控室から出ていこうとしてドアノブに手をかけたときのことだ。右手がわずかに震えていて、勝負服につけていたバッジがカタカタと小さな音を立てていたのが印象的だった。お母さんもやっぱり、ダービーというレースの歴史と重みに緊張していたんだと思うよ」

 

なんとなくそのシーンが想像できて、私はなんだか神妙な気持ちになってしまった。

お母さんはお父さんの言った通り、あまり大げさに感情表現しないだけで、実はわりと感情豊かな人だ。

私とかお父さんとちょっとしたケンカをしたときは少しだけ眉をハの字にして肩を小さく落として落ち込んでいるし、誕生日にサプライズプレゼントなんかをしたときは口元に手を当てて、小さく笑っていつもより少し弾んだような声で『ありがとう』と言ってくれたりする。

 

「お母さんでそれだったんなら、私だともっと緊張してしまいそうだね」

「そうかも知れない。でも、緊張するのは悪いことじゃないと知っておくのが大切なんだよ。緊張して心臓が激しく動き回るのは、これからに備えて全身にエネルギーを送ろうとしてくれているからだし、緊張は注意力や集中力を高めてくれる。大切なのは『自分は怖くて緊張してしまっているのだ』という負の感情に囚われて、縮こまってしまわないことなんだ」

 

お母さんの過去話から思わぬ方向に話の流れが変わってしまったが、大きなレースの前に、私は大切なことを教わった気がする。

真剣な表情で教えを説くお父さんに、私も真摯に傾聴してうなずいていた。

 

*

 

『ダービーのトライアルレース、青葉賞もいよいよ最後の直線を迎えました!』

 

『最初に立ち上がったのはプラチナシップ、プラチナシップが先頭!東京の直線は長いが、後ろははるか後方。後ろの娘は間に合うのか』

 

『プラチナシップが先頭!差が五バ身六バ身と開いていく、これは強い!プラチナシップ今一着でゴールイン!いやあ、強かった!プラチナシップ、皐月賞の二着がフロックでもなんでもないことを、GⅡ青葉賞の大舞台で見事証明して見せました!』

 

*

 

パチッと、駒を盤に打ち付ける小気味の良い音がリビングに響き渡った。

私とお父さんは将棋を指しながら、今日のメインレースである青葉賞を自宅のテレビで観戦していた。

 

トレセン学園では『将棋はワーキングメモリを鍛えるのに良い』とされていて、知力トレーニングの一環に組み込まれていることもあり、学園にいる生徒なら強弱はあれどみんな将棋を嗜んでいる。

 

「プラチナシップさん、強かったな」

「そうだね。皐月賞の最後、走って出た汗よりあの娘に追い込まれてかいた冷や汗のほうが多かったぐらいだったもん。これぐらいのレースは見せてくれるよ」

 

私は皐月賞ウマ娘の余裕を見せながら平然を装ってそう言ったが、あのレースのゴール前を思い出すたび未だに少し嫌な汗を背中にかく。

 

「最近じゃレイとマリアージュローズとプラチナシップで【この世代の三強】と言われるようになったね。その煽り文句に負けないよう、しっかりとトレーニングを積んでダービーではファンのみんなに良いレースを見せないとな」

「…………」

 

そういうお父さんに私は盤面を睨みつけて考慮しているふりをして、わざと返事しなかった。

 

三強、ねぇ。

 

そう言われることを、正直私は面白く思っていなかった。

今年に入って弥生賞・皐月賞と王道路線のレースを制したのは私であるわけだし、朝日杯フューチュリティステークスを制したリアフレアさん、ホープフルステークスを制したマリアージュローズの両ジュニアチャンピオンを完封したのは私しかいない。

 

その上私の戦歴はデビューしてから六戦五勝二着一回、連対率は100%だ。

 

例年であればレース関係のマスコミたちに【三冠確実!】【今年はこの娘の一強ムード!】なんて騒がれていてもおかしくないぐらいの成績のはずなのだ。

 

それでも三強、なんて言われたりするのはやっぱり二人の血統背景があるんだと思う。

皐月賞・ダービーと二冠を制した私のお母さんも、もちろん人気のあるウマ娘だったけど……。

 

まるで映画の主人公のようにドラマチックな競争生活を送ったライスシャワーさんや、漫画の主人公にしたら物語が破綻するレベルに破天荒な競争生活を送ったゴールドシップさんと比べると(昔ほんとにゴルシさんを主人公にした漫画があったらしいが)、どうしても印象が薄くなってしまうのは否めないだろう。

 

そんな【濃いウマ娘】の子どもたちを持ち上げたい、と思うのは数字を出すことに躍起になっているマスコミからすれば当然のことなんだろうし、血統の因縁話が大好きなファンにその手の話に需要があることは分からないでもない。

 

そんな理屈で感情が納得するぐらい賢かったら、私ももう少しスマートな生活をしていると思うんだけどねえ。

 

飛車先の歩を交換して右に回れば悪くならないか……と考えて飛車をつまむと、階段から誰かが降りてくる足音が聞こえてきた。

 

「あ、将棋をやってるんだね」

 

二階から降りてきたのは、日曜日にも関わらず自室で仕事をしていたお母さんだった。

 

「よかったら一局……」

「いや、いいよ。ありがとう」

 

私はお母さんがなにか言い終わる前に言葉を遮って、対局のノーサンキューを伝えた。

そんな私にお母さんは少し寂しそうな微笑を浮かべ、お父さんは苦笑いをしている。

 

……だってお母さん強すぎるんだもん。

 

私とお父さんはだいたいいい勝負で、【将棋大戦】という日本将棋協会が主催しているネット将棋でどっちも初段ぐらいの腕前だ。

 

で、お父さんが言うにはお母さんはこのサイトでなんと【六段】の腕らしい。

六段っていえばだいたい各都道府県の代表になれるレベルの強さである。

 

平手では当然相手にならないし、なんなら飛車角落としてもらっても勝った記憶なんてほとんどない。

 

お母さんに将棋のルールを教えたのは、トレーナーだったお父さんだ。

お母さんはルールと駒の並べ方や動かし方を、一度教えただけで完璧に全部覚えたらしい。

 

まぁこの辺は頭のいいお母さんらしいエピソードだし、そういう人もきっといるだろう。

 

で、その日の対局は当然お父さんが全勝したわけだけど、三日後『少し勉強したから、対局お願いしたい』と言ってきたお母さんは、その三日間で初段のお父さんを圧倒する棋力を身につけてきたそうだ。

 

将棋やチェスはIQの高さがそのまま上達速度につながるとはいえ、お父さんは自分の玉が詰まされた目の前の局面が、現実のものとは思えなかったと言っていた。

 

お母さんの将棋に関しては、トレセン学園に伝わる伝説がもう一つある。

お母さんがシニア一年目だったある日、将棋のプロ棋士がトレセン学園に表敬訪問にやってきた。

 

勝った負けたを生業にしている職業だからなのか、棋士にはレースファンという方も結構いらっしゃるようだ。

 

その棋士が『トレセン学園では知能トレーニングとして将棋を取り入れているのでしょう?よろしければ指導将棋しましょうか』と厚意で申し出てくれたので、腕に覚えのある五人のウマ娘が多面指し(今回なら棋士一人で五人の相手をするわけだ)で挑戦することになった。

 

メンバーはお母さん・アグネスタキオンさん・シンボリルドルフさん・エアシャカールさん・エアグルーヴさんと、なんというか当時の学園の頭脳派が勢ぞろいしたようなメンツである。

 

ハンデキャップはそれぞれが対局前に申し出た(プロ棋士が相手なのだから当然だ)。

アグネスタキオンさんとエアシャカールは【飛車落ち】。

シンボリルドルフさんとエアグルーヴさんは【飛車香落ち】。

 

これぐらいのハンデが腕に覚えのあるアマチュアがプロに指導を受けるとき、失礼のないハンデの申込みである。

でも、お母さんだけが空気を読まずに平然と『ネオユニヴァースは、角落ちを【所望】するよ』と申し込んだ。

将棋を指したことのある人なら、飛車と角に結構な差があることはご承知だと思う。

 

腕自慢のアマチュアが、少々無謀なハンデキャップを申し込むということはままあること。

だからそのプロ棋士も、別に嫌な顔はしなかったらしい。

 

それでもお父さんはプロ棋士とお母さんのやり取りを、どきまきしながら見守っていたそうだ。

 

私は、その時のお父さん手書きの棋譜を見せてもらったことがある。

 

対局者:上手 ◯◯八段

    下手 ネオユニヴァースアマ六段

場所:日本ウマ娘トレーニングセンター学園

手合:角落ち 

持ち時間:各30分 切れたら30秒

 

という記録から始まる将棋は大激戦だった。

振り飛車党のお母さんは定跡を無視して飛車を三間に振り、プロ棋士の方も雰囲気で油断ならない相手と感じ取ったのか、持久戦に構えて負けない形を構築する。

 

お互い持ち時間を使いきり、秒読みに入ってから1時間以上ものねじり合いが続いたが、これを制したのがお母さんだった。

 

プロ棋士が投了を告げた瞬間、いつのまにか集まっていた将棋好きのウマ娘や学校の先生達から大きな拍手が沸き起こったという。

 

飛車落ちならともかく、多面指しの指導将棋だったとはいえ角落ちでプロに勝ってしまったというのは、我が母親のことながらちょっと信じられない。

 

私は将棋でもレースでも負けるのが大嫌いなので、お母さんとはあまり対局したくないわけだ。

 

そうだなぁ……。

私がレースを引退して将棋を勉強する暇ができて、かなり腕が上がったらまた勝負をお願いするかもしれない。

 

そんな日は一体いつになるのやら、と遠い未来に思いを馳せつつ、私はとりあえずお父さんの玉に王手をかけた。

 

*

 

私は自宅から通学しているので、朝の通勤ラッシュというものにはほとほと嫌気が差しているのだが、密度で言えば同じぐらい混んでいるであろう昼食時のカフェテリアにはなぜかそれほど嫌な感じがしない。

 

その差は、そこにいる人達の表情や満ちている感情によるものなのかもしれない。

 

満員の通勤電車の中で楽しそうにしている人はほとんど見かけないが(死にそうなくらい表情の暗い人は結構いる)、カフェテリアには友人たちで語り合う声や明るい笑い声が溢れかえっている。

 

私もどちらかといえば人混みは苦手な方だけど、お祭りとかのそれはあまり気にならないもんな……などと自動思考の赴くままに脳内で独り言をいいながら、ある人物を探していた。

 

母譲りの金髪をしている私も人のことを言えたものではないが、彼女の髪は非常に目立つものだったので、混んでいるカフェテリアにあっても目的の人はすぐに見つけることができた。

 

ハンバーガーを食べていた彼女の肩をトントンと叩き、ちょっと怪訝そうな表情を浮かべながらこちらに振り向いてくれた彼女に、昨日覚えたばかりの手話で【こんにちは】とあいさつする。

 

昨夜タブレットで手話のことを調べている時に、『手話なら少しできるから教えようか』と言ってくれたのは、なんとあのお母さんだ。

お母さんは大学時代、色々な人と【コネクトしたい】という理由でボランティアサークルに所属し、ハンデキャップのある人達とも交流があったそうだ。

 

その活動の一環として、手話も一通り覚えたらしい。

手話を覚える時間があったのなら、普通に人と会話できるようなコミュニケーション術を学んだほうが良かったのでは……というツッコミが喉まで出かけたが、教えてもらう手前さすがにそんなことは言えなかった。

 

彼女――プラチナシップさん――は笑顔で【こんにちわ】と手話を返してくれる。

そうして彼女はスマホを取り出すと、目にも止まらぬ速さで画面をタップし始めた。

 

するとそこから、女の子の声が聞こえてきた。

 

『わたしとお話するために手話を覚えてきてくれたんだね、ありがとう。わたし、読唇術が身についているから、普通にお話してくれて大丈夫だよ。お返事は、これになっちゃうけどね』

 

ああ、なるほど。

聴覚にハンデキャップがある人のために、そういうアプリもあるんだ。

スマホから聞こえてきた彼女の【返事】は、なんの違和感もなくなめらかだった。

まぁ、今は動画のニュースもAI音声やアバターがやってくれる時代だしねぇ。

昔はアナウンサーなんて職業があって、人がニュースを読み上げていたらしい。

 

閑話休題。

 

「あ、そうなんだ。皐月賞の時ゴールドシップさんと手話でやり取りしてたから、普段からそうしているのかと勘違いしちゃったんだ。ごめんね」

『わたしは生まれつき耳が聞こえないから、読唇術が身につくまでは手話で会話してたんだけどね。今はこのアプリを使ってお話することが多いかな。でもお母さんは今でも「アタシと喋るときは手話でな!」と言って聞かなくて』

 

読唇術が身についていて、今使っているような便利なアプリがあるなら、別に手話は必要ないような気がするけど……。

そんな疑問が顔に出てしまったのか、プラチナシップさんはお母さんとの【会話】の理由を説明してくれた。

 

『たぶん、普段から手話を使っておけば、スマホが使えないような状況でもコミュニケーションに困らないだろう、って考えがお母さんにはあると思う。あと、やっぱり手話には気持ちも乗るから、わたしのその時の心情とか体調とかも察しやすいというのもあるんだろうね』

 

なるほど。

ゴールドシップさんの現役時代の逸話を何度も聞いているせいか、彼女にはどうしても【破天荒】とか【型破り】ってイメージがついて回るけど、子供の教育に関しては割と常識的なことをしているらしい。

 

というか、普通にいいお母さんだと思う。

 

うちのが悪い、とは言わないけどねえ……。

 

それにしても、彼女はスマホに文字を打ち込むのがむちゃくちゃ速い。

さすがに普通に会話しているのと同じテンポ、とまでは言わないが、スマホに文字を打ち込んでいる時間を待っている、という感じはほとんどしない。

 

……きっと幼い頃から、こうして人とコミュニケーションを取っているうちに身についた技能なんだろうな。

 

『ところで、なにか用事があって声をかけてくれたのかな?』

「ん、ああ。青葉賞優勝のお祝いを言いに来たのと……皐月賞で私をG1初出走ながらハナ差まで追い詰めてくれた娘に興味があってね。普段どんなトレーニングしているかとか、ダービーに向けて探りを入れに来たわけ」

 

私がそんなことを言うと、彼女は笑って再びスマホに文字を打ち込む。

 

『そういうこと。せっかく偵察に来てもらって悪いんだけど、別に変わったことはなにもしてないよ。普通にトレーニングして、精一杯がんばっただけ。わたしは周りにとても恵まれたから、皐月賞で好走できたのはそのおかげかな』

「周りっていうのは、ご家族とか?」

 

私の質問に、彼女は静かに首を縦に振った。

 

『それももちろんあるけど……トレーナーとか、学校のスタッフさんにもかな。別にわたしは自分のことを特別なハンデキャッパーだとは思ってないけど、やっぱり周りの人には普通の娘と比べて、手間かけちゃうことがあるのは事実だから』

 

正直、そういう環境で生まれ育つということがどういうことなのか、私には想像もつかなかった。

安易に『そうなんだ』とか、『それは大変だよね』というのもなんか違う気がした私は、プラチナシップさんの【言葉】に静かに耳を傾ける。

 

『今のクラスの娘達にも、とっても良くしてもらってるしね。みんなわたしにいろんなことを話してくれるし、授業で板書を見るだけじゃ理解できないところとかを教えにもらいに行ったら、何人も集まってすごく丁寧に教えてくれたりするんだよ』

 

私はこうして話しかけるまでに、何度か彼女の様子を教室の外から見かけたことがある。

プラチナシップさんはいつもグループの中にいて、穏やかに微笑んで相槌を打っていたのが印象的だった。

 

『まぁでも、個人的な【お友達】となると、また別なのかなあ……ご覧のとおり、今日もぼっち飯です』

 

私が座るまで空席だった椅子を指さすと、彼女はさみしげに微笑んだ。

彼女のような、少し普通の人と違う環境で育った人とコミュニケーションを取るのが難しく感じる、というクラスメイトたちの気持ちも分かる。

 

でも私は『コミュニケーションを取るのが難しいと思われているウマ娘』との会話には、少しばかり自信があった。

 

だって私のお母さんはあのネオユニヴァースで、私は物心ついたときからお母さんとなんとかコミュニケーションを取ってきたのだ。

 

「あ~……実は私も友達少なくてね。今日は天気がいいから中庭で一人寂しく食べようかと思ってお弁当持ってきたんだけど、ここで食べてもいい?」

 

私がそんなことを言うと彼女はキョトンとした表情を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべてくれた。

 

『どうぞどうぞ。お弁当って、お母さんが作ってくれるの?』

 

彼女の質問に、私はわずかに顔をしかめざるを得なかった。

 

「いや、自分で作ってるんだよ」

『自分で!それはすごいね。料理得意なの?』

「得意というか、自分で作らざるを得ない状況にあるというか。知ってるかもしれないけど、うちのお母さんってあのネオユニヴァースでね……」

 

プラチナシップさんはとても聞き上手な娘で、私の家族……というか、お母さんへのグチみたいなつまらない話を、明るい笑顔で時に面白そうに、そして時に神妙な表情を浮かべて真剣に聞いてくれた。

 

私が普通なら初対面の人にそんなことまで話さないだろう、ということも思わず話してしまったのは、ただプラチナシップさんがただ聞き上手ということだけでなく、彼女の壁を作らない、柔和な雰囲気もあったと思う。

 

だからどちらからというわけでもなく連絡先を交換して、今度私の友だちのマリアも誘ってどこかに遊びに行こう、となったのも自然の成り行きだった。

 

『学園に来てから友達とどこかへ出かけるなんて初めてだから、本当に楽しみ!連絡、心待ちにしているね』

 

彼女の言葉に、私はウインクとサムズアップを飛ばして肯定してみせた。

 

人生を懸けてレースで勝った負けたを争うウマ娘同士の友情には、切ない一面がある。

昔大レースに勝った直後のインタビューで、泣きながら『レースなんて、ただの友情破壊装置だ』と言って捨てた先輩もいた。

 

でも友情をつなぐレースというものも、確かにあるのだ。

 

皐月賞というレースで芽生えた友情を祝うかのように、二人の間に新緑の季節の心地よい風が駆け抜けた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。