夏の惑星   作:雹衣

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第10話

 しばらく2人で歩き続けていると建物の形が徐々にはっきりしてくる。薄汚れた白い長方形にはガラス張りの窓らしきものが並んでいるのが良く見える。全体的に飾り気のないシンプルな建築物……なんというか。

 

「三枝さん、あれ学校じゃないですか?」

 

 俺の前を進んでいた十市さんがなんとなしにそう口にした。確かに学校の校舎と言われるとしっくりくる。……けれどもなぜこんな水のど真ん中に学校が?

 

(なんて気にしても今更か)

 

 そもそも目が覚めた時点で理解し難い場所で飛び石の先になにがあっても可笑しくはない。とりあえず道の先にゴールがあった事だけは喜ばしい。

 

「体調は大丈夫か?」

「はい、今のところは」

 

 十市さんの調子は言葉通り悪くなさそうだ。やっぱりあのまるで跳ねるようなステップの若さは羨ましい。

 俺は何気なく空を見上げる。太陽はまだ上っているが徐々に傾き始めている。そして空に大きな黒い雲が出来始めているのに気が付いた。

 

「十市さん」

「ん?」

「雨が来そうだ」

「え、うわっ! 本当ですね」

 

 十市さんは振り向くと声を上げる。黒い雲は目に見える程素早く……徐々に大きくなっているように見えた。

 

「濡れちゃいますね」

「それだけならまだいいが……」

 

 視界を下に向ける。顔を出すギリギリのラインまで水に浸かっている飛び石。もしもこれが少しでも水位が上がれば俺達の足場は水に浸かってしまう。もしそうなったら……。

 俺が暫く黙っていると十市さんが不安そうに俺を見つめて来る。

 

「急ごう」

 

 俺はなんとか恐怖心を抑え込んで短く言葉を発した。出来る限り声が震えないように気を付けて。

 

「は、はい!」

 

 十市さんは俺の言葉を聞くと戸惑いつつ首を縦に振る。彼女も雨が降るとどうなるかの深刻さに気付いた様だ。

 

「走りましょう! 三枝さん!」

「え……まじか」

 

 彼女は飛び石の上を軽快に跳ねていく。そんな彼女の後を追って俺もきもち早くかけつつついて行く。

 

 

 

 徐々に空を暗い雲が覆い太陽を遮る。目に見えて周囲は薄暗くなり始め俺達の汗に濡れた頬を生ぬるい湿気の混じった風がじわじわと吹き始める。今まで穏やかだった波が徐々に大きくなっていて、時々飛び石に強くぶつかり、顔を出している表面を濡らす。

 明らかに雨が近づいてきている。俺は前を走る十市さんを見ながら必死に追いかける。

 学校は徐々に近くなり、ハッキリとした形が見えて来る。高さは3階ほど、横一面に並んだガラス。中央には大きな丸時計が置かれていて、2つの針が時間を告げているがその時間は俺の腕時計とは合っていない。

 校舎以外にもいくらか建物が見え、案内板や、大きく育った木が入り口に植えられている。

 なんというか「皆がイメージする飾り気がない公立高校」といった感じ。遊びが無いけどなんだか印象深い……そんな学校が敷地まるごと水の上に浮いている。

 その様子は絶海の孤島を思わせた。

 

「三枝さん! 学校まで続いてそうです!」

 

 十市さんが俺へ振り向きながら指を向く。俺達の前に続いている飛び石はそのまま真っ直ぐ学校へと向かっていた。

 

「ああ、そのまま学校に入ろう!」

「はい!」

 

 俺の言葉に十市さんはこちらを向かずに言葉を返す。

 その時、俺の頭に冷たいものがぶつかった。空を見上げるとすっかり暗雲に呑まれていた。朝の清々しい青空なんて見る影もない。

 そして一気に空から雫が俺達に降り注ぎ始める。

 

「うわっ!」

 

 前方の十市さんから悲鳴が上がる。しかし、その声を掻き消すかのようにどんどんと雨足が強くなる。風も益々吹きすさび、飛び石に当たる波が足にかかり始める。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「問題ない! 早く行こう」

「はい!」

 

 俺はバッグを上に掲げ、雨からなんとか身を守ろうとしつつ前へ進む。けれども勢いの増した雨風と飛び石の不安定な足場に四苦八苦し、中々うまく進めていない。水に濡れた飛び石は乾いていた時よりもかなり滑りやすくなっておりいつ転んでも可笑しくない。

 俺の前の十市さんも制服の上着を被り傘代わりにしているものの風に煽られて体をぐらつかせている。

 

「十市さん!」

 

 ひときわ強い風が吹いた瞬間、それに引っ張られるかのように彼女の体がぐらつく。飛び石から足から離れかける。

 俺は慌てて彼女へ駆ける。水に沈みかけている飛び石に足を踏み入れる。水飛沫が体にかかるのも気にせずに彼女の元へ向かう。

 十市さんは身体が大きくぐらついて姿勢を崩し、水の中に倒れかける寸前に彼女の右腕を掴む。

 そしてそのまま彼女の体を引っ張る。

 

「大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます」

「飛び石が滑りやすい。気を付けて進もう」

「は、はい……」

「立てるか? 足とか怪我は」

「あ、大丈夫です」

 

 そう言うと2人で足元を見る。水位はますます上がっており俺の革靴が完全に浸かってしまっている。もう水に完全に浸かっており、少々足元は冷たく何とも言えない気持ち悪さがある。

 

「十市さん」

 

 俺は雨に濡れた手を伸ばす。十市さんはそれを一瞬キョトンとした目で見る。

 

「どっちが滑ったらすぐに引き上げよう」

「あ、なるほど! はい!」

 

 俺の言葉を聞いた途端、十市さんは分かり易く納得の表情を見せると彼女も手を出す。白く細い女性らしい手だった。

 

 

 

 雨足は一向に収まる気配が無い。むしろますます強くなっている。もはやちょっとした滝位の量の雨が降り注いでいる。

 俺はそんな雨の中十市さんの手を引きながら進んでいく。もはや足どころか全身びしょ濡れ。朝の暑さはどこにいったのか。もはや体は雨に濡れて寒さすら感じ始めている。

 足元の飛び石はもう水で見えないので慎重に片足で確認しつつ進む。

 ただただ必死に歩む。薄暗い雨の中……「一寸先は闇」なんて言葉を想起させる。もはや前後不覚になりそうになりつつも目の前に唯一見える建物を目印に進む。

 それでも決して十市さんの手だけは離さない。そしてどれくらい経ったか分からない頃。

 

「……ようやくだ」

 

 俺達は学校らしき建物の校門へとようやくたどり着いた。校門の古めかしいプレートには文字らしきものは見えない。

 

「十市さん、大丈夫か?」

「はい」

 

 振り返ると十市さんもびしょ濡れになっていた。髪も制服も水に濡れている。文字通り全身びしょ濡れだ。

 

「とりあえず校舎に入れるか確認してみるか」

「そうですね、ちょっと体も冷えてきちゃって……」

「だな。出来れば着替えがあれば良いが……」

 

 最後の飛び石を跳び、学校の校門を通り抜ける。校門を抜けるとアスファルトで舗装された道があり、駐輪場と玄関に繋がっていた。

 俺達は足早に玄関へと進み校舎の屋根へと入る。

 

「すごいびしょ濡れになっちゃいましたね……」

「だな……バッグの中身とか大丈夫か?」

「え……あぁー」

 

 十市さんは自身の持っているバッグを開く。そして軽く中の物を確認すると苦笑いしながら困ったような声を漏らす。

 

「大分びしょびしょですね。教科書とか……あ、筆箱も」

「だ、大丈夫か?」

「まあ、どこかで乾かせば大丈夫かと……三枝さん。ここって開きますか?」

「ここ?」

 

 2人視線は校舎の玄関に向く。校舎はガラス張りの横開きの扉によって閉じられている。

 俺はその扉を軽く横に押す。その扉は重く、大分つっかえるものの横に開いた。鍵などは掛かっていないようだ。

 

「開いたな」

「開きましたね」

 

 2人で校舎の中を見る。玄関なのだから無論繋がっている先は下駄箱であった。

 中は明かりが点いておらず薄暗い。下駄箱の近くに傘置きが置かれており、そこに傘が何本か乱雑に置かれている。

 

「ここも人気は無いな」

「ですね……」

 

 俺はゆっくりと玄関に入る。それに続いて十市さんもゆっくり入る。何故か2人して忍び歩きだ。

 下駄箱の中には幾つか上履きが置かれているが大半は何も入っていない。

 

「三枝さん、下履きのまま上がるんですか?」

「え、うーん……」

 

 十市さんにふとすっごく当たり前の質問をされた。俺はそのまま革靴で上がろうとしていたが、普通であればここで脱ぐべきなのだろう。学校の下駄箱なんだし。

 

「でも、ここの上履き履きたいか?」

「ま、まあ……それに関しては私も同意しますけど……」

 

 俺の言葉に困ったように呟く十市さん。十市さんのとっても常識的なマナーを語ってくれたが、俺達はそう言った履物を持っていない。履くとすれば下駄箱にあるものを借りる必要があるだろう。ただ単純にこのよく分からない場所の履物に抵抗があるだけだ。

 

「まあ、廊下を汚すのもなんか嫌だしな」

 

 とはいえ学校の廊下を汚すというのも個人的に抵抗があるのも確かだ。変な所で生真面目な気もするが十市さんにそう言われてしまうと俺も靴で上がりたくなくなってしまった。

 

「あ、こっちにスリッパありますよ!」

 

 いつの間にか十市さんが下駄箱の中を探しており俺に向けて手を振っていた。近づいてみると端の下駄箱に丁寧にスリッパが並べられている。恐らく来客用のものだろう。

 

「ま、上履きよりはいいか」

「あはは、まあ上履きは他の人のもの感あって嫌ですよね」

 

 なんて言いながら彼女はスリッパを掴み自身のローファーと入れ替える。

 

「うぅ、びしょびしょ」

 

 なんて呟きながら彼女は一緒に黒い靴下も脱いで素足でスリッパを履く。俺もそれに続いて靴を脱ぐとスリッパを履いて校舎に上がる。

 校舎から外を見る。外は未だに雨が強く降っていて校舎のガラス窓を強く打っていた……ちょっとした台風程の豪雨に思わず驚いてしまう……こんな外をさっきまで歩いてきたのか。もう少し外に居たら本当に危なかっただろう。

 

「そうだ、体は大丈夫か? 寒かったりは……」

 

 そう言いつつ後ろから付いて来る十市さんへ振り向く。その時、思わず言葉が止まってしまった。

 

「? どうしたんですか……」

「いや、ちょっと……透けててな」

「?」

 

 俺の言葉に十市さんは不思議そうに1度首を傾げる。そしてゆっくりと下を向く。彼女の水に濡れたシャツはすっかり体にへばりついており、その下にあった薄桃色の布を浮かび上がらせていた。薄桃色で中心にシンプルなリボンが付けられている。その布は彼女の形の良い胸元をしっかりと守っている。

 まあ、つまるところ下着である。

 

「わ、わぁ!?」

 

 十市さんはすっとんきょんな声を上げて胸元を隠す。そして暫くして恥ずかし気に困った笑みを浮かべる。

 

「あ、雨のせいですね。そ、そのお見苦しいものをお見せしました」

「いや、お見苦しいって別に……と、とにかく上着でも羽織れ」

「そ、そうですね……」

 

 そう言いつつ手に持っていた上着を着始める。ジャケットを着て下着が見えないようにボタンを付けてきっちりと着る。

 

「こ、これで大丈夫ですよね」

「いや、俺に聞かないでくれ」

「そ、そうですよね、ごめんなさい」

 

 そう言いつつ恥ずかしそうに俯く十市さん。その初々しい反応になんだか俺も顔が赤くなりそうだ。それに彼女可愛らしい薄桃色の……。

 

(いや、そんな邪念を考えるな……!)

 

 思わず考えてしまったことを首を横に振って振り払う。女子高生の少女下着を見てよからぬことを考えるなんて……今も困っている十市さんに申し訳ない。

 

「ふぅー……」

 

 必死に先程見たものを振り払おうとする余り思わず大きな息を漏らす。それを聞いて十市さんは一度ビクッとすると不思議そうに首を傾げていた。

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