夏の惑星   作:雹衣

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第12話

 ザーと大きな降り注ぐ水の音。体に降りかかる温かい水を存分に浴びる。

 

「はぁ、生き返る……」

 

 思わずそう呟く。実際、雨に冷え切った体にこの水はまさに天の恵みだった。

 俺はシャワーの近くに置かれていたシャンプーのボトルに触れて液体を髪に馴染ませた後、泡まみれになった髪をシャワーで洗い落とす。

 普段は毎日の様に行っていた行為なのにこれだけで何もかもさっぱりしたような感覚になる。

 それに食事も、真新しい着替えも今日はある……なんというか「生き返ったよう」という表現がぴったりだ。

 シャワーを止め、一度辺りを見渡す。タイル張りの床に8台のシャワーが付けられたスペース。所々にボトルやタオルも置かれている。

 

「まさかシャワー室も本当にあるとは……」

 

 シャワー室を見渡しながら俺は呟く。シャワーから漏れる水滴がピチャンと音を立てていた。

 

 

 

 シャワー室から出ると更衣室で着替える。学校指定らしきジャージを開け、それを着る……残念ながら下着などは見つからなかったため、素肌にジャージを通すことになるがそこには目を瞑る。

 購買の後、暫く歩き回るとシャワー室を見付けることが出来た。購買から更に歩くと更に別校舎に部活棟らしきものがあり、その一角にあったのだ。

 シャワー室は男女別であった為そこで十市さんと1回別れ、シャワーを浴びていたのだ。

 更衣室から出る。部室棟は2階建ての大きな建物だった。そこはちょっとしたアパートみたいに区分けされている。外の雨は未だ止まずに降り注いでて勢いは未だに停まらない。

 

「あ、三枝さん。先に出てたんですね」

 

 俺が外を見ていると更衣室から十市さんが出てくる。彼女も青いジャージを着ている。

 そして彼女は俺を見て何故かいきなり笑い出していた。

 

「な、なんだ?」

「いや、なんだか三枝さんの格好おかしくって……」

 

 クスクスと俺の格好を見て声を上げる十市さん。それを聞きつつ俺も自身の格好を見下ろす。いい歳した男が学校指定のジャージを着てる。その様は彼女にはすごく可笑しく奇妙なものに映るようだ。いや、俺からしても奇妙な格好だし普段ならこんな格好で人前でなんて着たいとは思わない。家の中でなら……まあ、ありかもしれない。

 

「しょうがないだろ。これしか無いんだから」

「分かってますよ。でもなんだか……ふふ。イメージが変わりますね」

 

 そう言うとまた笑い出す。何がそんなに彼女のツボにハマったのがよく分からない。……まあ、変に落ち込まれているよりはマシか。

 

「まあいいや、飯でも食べよう」

「そ、そうですねぇ。私もお腹すきましたし。ただちょっと待ってください……お腹痛い」

「笑い過ぎだ」

「す、すみません……」

 

 もはやお腹を押さえてる十市さんに呆れながらも俺は廊下を見る。

 

「どこで食べましょうか?」

「……そうだなぁ。適当な教室にでも入るか」

「はい、そうですね」

 

 まだ笑っている十市さんと共に廊下を歩き始める。でも、彼女がここまで笑えるのは飛び石の時よりは余裕が出来たのかもしれない。

 

「ならいいか」

「? どうしたんですか」

「いや、なんでも」

「そんな格好つけても、その恰好じゃ格好よく見えませんよー」

「いや、格好つけてるわけでもないが……」

 

 

 

「机をこっちに持って来ましょう」

 

 蛍光灯の白い光に照らされている教室に2人で入り、教室に置かれた机を1つ運び別の机と合わせる。まるで小学校の給食のようだ。そして合体させた机の上に購買から持ってきたパンが幾つか。それとミネラルウォーターのペットボトル。こちらも購買で見つけたものだ。

 

「さあさあ、食べましょう!」

 

 十市さんは嬉しそうにしつつ席に座る。俺もその向かい側に座る。

 

「なんか奇妙な気分だな」

 

俺は何気なく座りつつ辺りを見渡す。人の居ない教室の中央に女子高生と2人だけで向かい合う……正直、居心地が良いとは言えない。

そんな落ち着きのない俺に反して十市さんは俺の事をあまり意識せずに食べ物の方に目を向けていた。

 

「そうですか? まあ確かにこんなに静かな教室は奇妙ですよね」

 

 いや、そう言う訳では無いんだか……とツッコミを入れようと思いつつも黙り込む。変に深掘りされても墓穴を掘るだけだ。

 

「とりあえず食べてみるか」

「はい」

 

 俺の言葉を聞き、彼女をパンの1つを手に取る。透明な袋から見えるのは白い円形に網のような線が入ったクッキー生地に包まれたパン。所謂メロンパンという奴だ。俺も適当にコッペパンらしきものを手に取る。

 なにも書かれていないこと以外ありふれたパン。包装越しに軽く触ると少し凹み、離すとゆっくりと元の形に戻る。腐っていたりなどはしてなさそうだ……むしろ腐っていないというのがおかしいはずなのだが。

 いつ作られたのかも分からないパンを少々警戒しつつ袋を開ける。……なんとなしに香りを嗅ぐが腐ったような匂いはしない。

 

「大丈夫そう……か?」

「ん? 何してるんですか?」

 

 俺がゆっくりとパンを取り出していると既に十市さんはメロンパンをかじっていた……警戒心がないのか勇気があるのか。

 

「ん、なんか馬鹿にしてますか?」

「いや、全然全然」

「本当ですかあ?」

 

 パンをかじりつつ俺をジト目で眺める十市さん。彼女のその姿は少々可愛らしい。なんというかリスや子猫を彷彿とさせる。

 

「なんか変な感じはしないか?」

「変な感じ?」

「そう、メロンパンらしくないとか……なんか不味いとか」

「んー、普通? ですかね」

 

 口の周りに付いた砂糖を指でとなりながら十市さんはパンを味わうとそう呟いた。彼女の反応からすると至って普通のメロンパンのようだ。

 自身の持っているコッペパンを一度見つめる。至って普通の茶色で棒状の細長いパン。それと睨みした後、意を決して口に含んだ。

 ……普通のパンだった。何の変哲もない中にイチゴジャムの入ったコッペパン。怪しい苦みも、とりたててパサパサしているような感覚もない。なんというか一番の感想としては……。

 

「こういうパン高校生の頃よく食べてたな」

 

 懐かしい。そんな感覚だった。

 「学校の校舎」という今となっては用なんて全然ない場所だからか、そこで女子高生の十市さんと共にいるからか……その全てのせいなのか。そんな気持ちが俺の心の中に満ちていた。

 

「三枝さん、高校生の頃どうしてたんですか?」

 

 俺の呟きを聞いた十市さんが何気なくそう聞いてきた。

 

「どうしてた? うーん、例えば?」

「部活とか」

「部活かあ」

 

 十市さんの言葉を聞き、俺は窓から未だ雨が降り続ける外を見ながら思い返す。

 

「文芸部だったよ」

「へぇ、文芸部……」

 

 俺が答えると十市さんが少し目を丸くしつつ声を上げた。

 

「小説とかですか?」

「書いてもいたけど大体は読んでいただけだな」

 

 俺の高校の文芸部はほぼ名ばかりの部活と化していた。部室はあるが狭い一室のみ。活動らしい活動は文化祭の際に冊子を作るだけ。そんな活動内容の少なさの為部活強制参加だったが、運動やらしたくない自堕落な生徒たちが入る。そんな場所と化していた。

 そんな文芸部の中でも俺は活動している部類に入っただろう。部室に毎日の様に通い本を読んだり、創作のアイディアをノートに書いていたりとしていた。そんなに部室に足しげく通っていたのは3年間の中で数えるほどしかいなかった。

 ま、その努力に反して文章はうまくならなかったのだが……。

 

「へえ、本好きなんですか」

「まあな、最近は仕事が忙しくてなかなか読めてないけど……十市さんは本読んだりしないのか?」

「わ、私ですか? 私はー……雑誌くらい?」

 

恥ずかしそうに笑う十市さん。

 

「まあ、そんなもんだろ。俺も漫画とかよく読んでたしな」

 

 コッペパンを頬張りつつ言葉を返す。彼女も笑いつつメロンパンを口にする。

 

「クラスの男子もよく漫画持ってきますよ。三枝さんもそんな感じだったんですか?」

「うーん、まあそんな感じだな」

 

 そんな風に会話しながら2人で食事を続ける。シャワーに食事に着替え……この世界に迷い込んでようやく真っ当な生活らしきものが出来ている気がする。

 とはいえ、まだまだ解決の糸口は見えない。

 

「ん、三枝さん。メロンパン美味しいですよ。食べてみます」

「いや、別に欲しいと思っていた訳じゃない」

 

 彼女を見ていたら、食べかけのメロンパンを俺に向けて来る。

 

「そうですか? 美味しいんですけどね」

「そうなのか。なら明日はメロンパンを食べてみるか」

「ふふ、そうした方が良いですよ」

 

 メロンパンを食べつつ微笑む十市さん。……俺だけならともかく、彼女は早くここから抜け出させないとな。

 そう思いを固めつつ残りのコッペパンを口に放るのだった。

 

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