夏の惑星   作:雹衣

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第14話

「……」

 

 駅、灰色に染まった曖昧な駅に立っていた。周囲の人は皆乱雑に塗られた曖昧な輪郭。顔なんて分からず、皆一様にスマホを眺めている。

 灰色。向かいのホームすらまるで火山灰にでも埋もれてしまったかのように変化のない色をしている。これでは何処から人で、どこからが建物か分からず仕舞いだ。

 俺はそんな一色の世界でその世界と同化して電車を待っていた。

 ペンキでもぶちまけたような俺には理解できない抽象画のような世界。

 ここはスライムか何かだ。自分と他人なんて大して差は無い。顕微鏡で見た微生物の集合体の如く明日誰かが1人消えた所で誰も気にしない。ひょっこりそのポジションに誰かが居座り何の変化もなく時が流れていく。個人の価値を捨てる効率的で残酷な世界。

 

「けれども」

 

 曖昧な輪郭の顔を上げる。駅の味気ない天井を見上げる。曇りっぱなしのつまらない世界。

 だけれども自分の居場所はここにしかない。

 ――だって

 

「でも、自分が自分として見られる。そんなのはまっぴらごめんでしょ? 私達。色々斜に構えてみるけど、自分が目立って自分が世界を回すなんて考えたくもない」

 

 質素な部室で聞いた言葉を思い出す。懐かしい後輩の声だった。

 

 

 

「……」

 

 目に光を浴び、目を細めながらゆっくり開く。

 教室の大きな窓から太陽の光が差し込み、俺の体に朝が来たことをこれでもかと主張していた。段ボールの固い感触ながら俺の体はそんなことを気にしない位疲れ果てていたようだ。 

 俺はなんとなしに横を見る。横では十市さんが目をつむって少し微笑みながら未だに寝ていた。……電車の時も俺が先に起きたし彼女は朝に弱いのかもしれない。

 段ボールか起き上がり外を見上げる。窓の外は昨日の嵐など無かったのように青い空へと戻っており、朝っぱらから燦燦とした日の光が入っている。窓から下を覗くと中庭は雨のせいで大きな水溜りが出来ている。

 相も変わらず真夏の暑さだ……腕時計を見るとまだ朝っぱらだというのにうだるような暑さになっている。

 

(クーラーとか動かないかな……そういうのって職員室とかか?)

 

 なんて考えつつ俺は起き上がると教室から出て近くの水道を目指して進む。

 教室の外の廊下も大分蒸し暑くなっている。廊下の外から窓を見て学校から外の景色を眺めてみる。……無論見えるのは遥か先に水平線が続く水の世界。学校によくある植えてある木や倉庫らしきもの、教師や来客の為の小さな駐車場の間を縫って無人駅の時にもよく見た青が顔を覗かせていた。学校の敷地から一歩でも踏み出した途端ぽっかりと海へとほっぽり出される。学校というノスタルジー溢れる空間から非現実へと一転する境目。……この学校は日用品が充実していたり、電気や水が通っていることもあり少し薄れるが、ここは異世界でまだ俺はあてのない探索をしている事を思い起こされる。

 廊下を渡り、端に水道を見つける。横に長く蛇口が五つ付いている銀色のステンレスの水道。俺の記憶にもよくある学校の水道だ。

 蛇口をひねり水が流れる。一応軽く確認してみるが水は透明無臭。変な濁りや異臭はしない。俺はさっと水を掬い、顔を洗う。顔に触れるとあごなどがざらつく……ヒゲが伸びてきている。普段であれば毎日朝剃るのだが……ここで剃る勇気はない。髭剃りはないし、たとえ刃物があっても自分の顔に当てるのは少々勇気がいる。少しみっともないがしょうがない。

 俺が教室に戻ると未だに十市さんは段ボールに寝っ転がっている……随分と長く眠っているが、寝息は落ち着いているので問題ないだろう。

 俺はダンボールに腰かけ彼女の寝姿をよく見る。

 段ボールに体を預け、バッグを枕代わりに使う少女。ときおり静かな教室の中に彼女の穏やかな寝息が聞こえる。

 ……綺麗な寝相をしていてあまり乱れた様子はない。

 

「こうして見ると……」

 

 眠っている彼女の顔は昨日見ていた時よりも幼く見えた。

 ……いや、そもそも彼女はまだ高校生。俺よりも一回りは年下。幼いのは当然なのだ。

 それなのに彼女はいつも弱音なんて全然吐かずに……。

 

「――」

 

 思わず自身の唇を噛む。分かっていはいたことだけれどもこうやって彼女を眺めていると彼女の細い体が際立ってくる。

 ……なんとしてでも、彼女を助けなければならないと。

 そのために俺もしっかりしないとな。

 

 

 

「ん……ううん、あぁ、三枝さんおはようございます」

 

 十市さんは俺が起きてきてから数分後にゆっくりと体を起こす。眼をしょぼしょぼとさせ大きな欠伸を1つ。

 

「おお、おはよう」

「三枝さん、ちょっと待ってください……今から準備してきます……」

 

 そう言うと若干ふらつきながら教室を出る。彼女は思った以上に朝に弱そうだ。

 外へ出ていった十市を見送った後朝食を教室の机に出す。

 購買にあったパンを出して彼女が戻って来るのを待つ。……別に先に食べていても良かったが、なんとなしに抵抗感があり彼女を待つ。

 人の居ない夏の校舎で椅子に座って待つ。廊下の方から水道の水の音が響いている……顔を洗ったり、髪を結ったりという準備をしているのだろうか。

 暫く待つとパタパタという足音がして教室に十市さんが戻って来る。髪を左にまとめている何時もの髪型をしている。

 

「あ、すみません。待ってたんですね。先に食べてても良かったのに」

「先に食べるのは悪いと思ってな」

「三枝さん真面目ですね」

 

 なんて何故か感心したような声を上げる十市さん

 

「まあいいや食べ始めよう。今日も歩くことになりそうだからな」

「そうですね。今日こそは」

 

 十市さんは「いただきます」と挨拶をしつつコッペパンを食べ始める。

 俺もそれに続いてコッペパンを手に取ると口に入れる。二食連続のパン……正直

サラダとかも食べたい欲求はあるが贅沢は言えない。

 

「とりあえず、学校の見てない所を見回ろう」

「ここで戻る手がかりが見つかればいいんですけどね」

 

 パンを食べながら十市さんは呟く。俺も同意しつつパンをかじる。

 実際、なんらかのヒントが見つかれば良いが……。

 

 

 

 

 朝を食べた後、2人で校舎を歩く。日の入る明るい校舎、空は昨日の雨なんて無いように青々とした空に戻っている。

 

「とりあえず教室を1個1個見て回りますか」

「そうだな」

 

 言葉少なく俺達は廊下を歩くと適当な教室に入る。俺達が寝た教室から少し離れた、廊下の端にあった教室だ。教室の扉の近くに取り付けられた教室札は空白でここが何年生の教室なのかは読み取れなかった。

 2人で教室に入る。人気がなく、電気が点いていない為薄暗い。静かな無音の教室。歩く2人の足音だけがやけに響き渡る。

 

「うーん、廃校になってるとかそういう感じじゃないんですよね」

 

 十市さんは教室に入ると黒板や棚、教室の机などを見て回る。

 俺もそれについて行き彼女の見ている先を見る。十市さんが見ていた机の中には教科書やノートなどが入っていた。十市さんはノートの1つを取り出す。

 

「ほら、三枝さん。見てください」

 

 そう言うと俺に見せてきたノート。それは黒いリングノートだ。表紙は真っ黒でなにも書かれていない。十市さんはノートをパラパラとめくる。

 

「中はなにも書かれてないです……紙の感じからしてそんな古くは見えないんですよ。新品って感じです」

「新品なのか」

「はい、それに教科書らしきものもあるけど……ん?」

 

 十市さんは更に机から教科書を取り出すもその時に不思議そうに首を傾げていた。俺も彼女に近づく。その表紙には幾何学的な物体が表紙に描かれている。恐らく数学の教科書だろうか?

 

「これ、私も使ってる教科書です、ほら」

 

 そう言うと彼女は自身のバッグから本を取り出す。表面に「数学Ⅰ」と書かれた同じように幾何学的な物体が描かれた教科書。一見すると同じようなものだ。

 

「……似てるけど、なんか違うんですよね」

 

 そう言うと彼女は教科書をぱらぱらとめくって比較を始める。どちらもイラストなどはそのまんま同じ位置に描かれている。けれども文字は。

 

「ほら、見てください。表記が違うんですよ」

 

 文字をなんとなしに眺めると十市さんが一か所を指さす。それはとある方程式を説明しているページだった。けれどもその表記は十市さんの持っているものと違う。細かい表現の違いというようなものでは無く……。

 

「なんだこの文字……」

「……さあ?」

 

 漢字のような文字だが、それは俺達の知らない文字だった中国語の簡体字というのとも違う。なんというか「漢字を知らない人がそれっぽく書いたオリジナルの文字」というような感じの違和感のある文字。それが教科書の所々にあるのだ。それによく見ると微妙にひらがなも使い方が間違えていたりする。

 そっくりなのに、何かが違う。まるでドッペルゲンガーのような奇怪な教科書だ。

 

「新品みたいな感じなのに、なんか色々変な教科書ですね」

 

 十市さんは首を傾げているが、俺はそれを見て背筋が冷える感覚がしていた。暑い学校の中であるのになぜか汗は止まっていた。

 

「三枝さん?」

 

 俺が黙ったのに対して十市さんは心配そうに声を掛けた。

 

「どうかしたんですか?」

「いや、なんでもない……」

 

 俺がそう呟くも十市さんは心配そうな顔をしていた。

 

「本当に大したことではない……他の教室も見に行こう。生活に助かるものがあるかもしれない」

 

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