夏の惑星   作:雹衣

17 / 26
第17話

「三枝さん、重くないですか?」

「よいしょっと……大丈夫だ」

 

 次の日の朝、教室でバッグを担いでみる。俺が会社に行くときに使っていたバッグは昨日と見違えるほど随膨らんでいて、ずっしりとした重みを感じる。

 中には大量のペットボトルが敷き詰められてぱんぱんになっている。

 

「重いのを三枝さんにばかり持たせるのは……」

「十市さんの方にも水何本か渡したし、そっちにはパンとか運んでもらうんだからおあいこだよ」

 

 そう言うと近く置かれている十市さんのスクールバッグを見る。彼女のバッグも昨日に比べるとみっちりと詰められている。彼女のバッグの中には元々持っていた物に加えて購買から持ってきたパンが入っている。

 無論、ここから移動するための備えだ。とりあえず水と食料を持てるだけ持つ。それ以外にもタオルなど必要そうなものを2人のバッグに入れた。

 

「とりあえずこれだけあれば3日は持つだろ……それに、何かあったらすぐ戻る」

「はい、私もそれで賛成です。……ところで三枝さん、服はそれで行くんですか?」

「ん?」

 

 十市さんがじろじろと俺を見つめる。俺はこっちに来た時のシャツとスーツを着ている。

 

「なんだ? なんかおかしいか?」

「いえ? ただジャージも似合っていたので、そのままでも良かったんだじゃないですか?」

 

 そういうと彼女はコロコロと笑い始める。余程俺のジャージ姿は可笑しかったようだ。

 そんな彼女もここのジャージを着ておらず制服姿をしている。

 

「ジャージも良いですけど、やっぱり動くとなるとこっちの方がしっくりきませんか?」

 

 なんて言うと彼女はスカートを軽くつまんだり、リボンを軽く触って位置調整をして身だしなみを整える。

 

「俺もそんな感じだ。なんか落ち着かない」

「ふふっ、そうですよね。なんか気持ち分かります。やっぱスーツ姿の三枝さんの方がいいですよ」

 

 そう言うと彼女はまた軽く微笑む。

 今日もまた静かな夏の校舎に俺達2人の声だけがしばらく響いていた。

 

 

 

 下駄箱から自身の靴を取るとそのまま渡り廊下に向かった。渡り廊下は昨日見た時と変わらず海に続く果ての見えない道。

 そこに2人で立つ。靴は既に自身の物に履き直している。

 

「相変わらず果てが見えないな」

「また先は長そうですね」

 

 2人で各々感想を言う。一度落ち着いて外廊下を見ると水平線の先まで地面が見えない様子に正直気が滅入って来る。天井はある分駅からよりはマシだがまた暑い中進まないといけないのか……。

 

「なんか移動が楽になる物ないですかね。車とか」

「車はあっても渡り廊下通れないだろ」

「じゃあ、船? ボートとか」

「あっても運転できないぞ、俺」

 

 十市さんも俺と同じく歩いていくのは億劫だと感じているようで色々提案してくる……とはいえそんなものがあるなら俺も欲しい。

 サイドテールを揺らしながら「えーでも徒歩はなぁ」と呟く彼女見つつ俺は辺りを見る。

 実際、乗り物とかあれば俺も助かる。今回は水や食料も持って移動することになる。水も食料もある程度持つと相当の重さになっている。楽できるならそれに越したものは無い。

 そんな風に考えつつ見ていると校舎の近くにある駐輪場が目に入った。

 

「自転車……」

「え?」

「ほら、あそこ」

「おー」

 

 俺が指さすと十市さんもそちらを向く。そして合点がいったようで分かり易く手をポンと叩く。

 

「なるほどー、自転車はいっぱいありましたね」

「ああ、あそこの自転車ちょっと借りちゃうか」

「あはは、借りちゃいましょう」

 

 俺の言葉に少し笑うと駐輪場へと駆け出す十市さん。そんな彼女を見ながら俺も後ろから付いていくのであった。

 

 

 

 プレハブの天井しかない簡素な駐輪場には自転車が数台置かれている。毎日誰かが乗っているような気配はない。夏休み前に置いて行かれそのまま主人を待っている。そんな健気な風情を見せる自転車たち。俺達はそれに近づくとハンドルなどを軽く動かしたりしながら見て回る。

 

「あ、鍵かかってる……こっちは……」

 

 自転車はそこまで長年放置されているようには見えない。多少砂を被っていたりするものの錆も少なく、タイヤの中の空気も充分入っている。まるでちょっと忘れていったような感じ。突然校舎から持ち主が現れても可笑しくはない程の日常的に使用された形跡がある。

 とはいえここはそんな人の居ない場所なのだが。

 

「あ、三枝さん! この自転車鍵かかってないです」

 

 俺から少し離れた所の自転車を触っていた十市さんがそう言うと駐輪場から1台持ってくる。赤い自転車で錆の無い銀の前かごが輝いている。

 

「三枝さんはどうですか?」

「ん? まだ探して……お」

 

 ふと、停まっている黒い自転車が目に付く。鍵は掛かっていない。前に籠もあって物を置けそうだ。

 

「こいつは使えそうだな。高さも問題ない」

「よかったぁ、これなら移動が楽になりますね」

 

 そう言って「すみません借りますね」と小さく呟く十市さん。「借りるとは言うけどこの自転車の持ち主は本当にいるのだろうか?」という疑問は口に出さず俺も自転車を駐輪場から出して軽く押したりして確かめる。

 

「こっちも走れそうだ」

 

 バッグを籠に置く。水も入っているせいで大分重くなっているからかガツンと大きな音が響く。

 

「よし、行くか」

「はい!」

 

 

 

 渡り廊下を自転車で走る。ペダルを踏んで、簡素な壁で水と仕切られたコンクリートの道を警戒に進む。無人駅から飛び石を伝っていた時に比べればその速さはなんだか気持ちよくなってくる。

 

「本当にずっと海が続きますねー。あ、塩水じゃないし湖?」

「あまり横向くなよ危ないぞ」

「はーい、でも前から来る自転車も人もないから大丈夫ですよぉ」

「その油断は危ないぞー」

 

 後ろから俺に付いて来る十市さんからのんびりとした返事から届くので釘をさす。とはいえ俺もそんな危険はないだろうとは思っている。

 十市さんの言う通りここを走っているのは俺達だけ。学校から走り出して10分程経っているが今のところ建物も、人の気配も微塵もない。気を付けなきゃいけないのは後ろから十市さんと自転車でぶつからないようにすること位だろう。自転車が走る事なんて想定してないのでこの道じゃ自転車を避けたりなんてできやしない。

 なんとなしに俺も左を向いて渡り廊下の外を眺める。

 相も変わらずの果ての無い水世界。そう言えば今どこに向かっているのだろうか?とふと思った点……が一瞬で無駄だろうと思考を放棄する。

 どこに向かっていようと今は一本道しかない。分かれ道になってから色々と考えよう。

 それに正直、こんな滅茶苦茶な世界じゃ人間の常識なんて通用し無さそうだ。

 

「十市さんは自転車よく使うのか?」

 

 大してすることも無い為十市さんに話を振る。

 

「自転車? 朝は自転車で家から駅まで行くので毎日使ってますよ。私の家って徒歩だと駅までちょっと遠いので。三枝さんはどうですか?」

「俺、俺は正直久々だな」

「そうなんですか?」

「ああ、今暮らしてるアパートが駅にちょっと近いからな。1人暮らししてからはずっと徒歩生活だ」

「へぇ、一人暮らしなんですか?」

「言ってなかったっけ?」

「はい」

 

 まあ、そんな身の上話する余裕はそこまで無かったか。

 

「でもやっぱり自転車はいざあると便利だな。こうやって使ってると欲しくなってくる」

「ふふ、良いですよー、自転車。何処に行くのもスイスイです」

 

 そういうと楽しそうに笑う十市さん。その声を聞きながら俺は先の見えない廊下を走っていく。

 2人っきりのサイクリングはまだまだ続きそうだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。