夏の惑星   作:雹衣

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第18話

「……まだまだ見えないですね」

「だな」

 

 渡り廊下の途中で自転車から降り休憩をする。コンクリートの床に座り込みバッグの中のミネラルウォーターの蓋を開けて勢いよく飲む。冷え切っている訳では無いが、まだまだ冷たさの残る水が気持ちいい。

 十市さんも自転車から降りると俺の隣でシャツをパタパタを揺らしながら水筒に口を付けている。

 

「出発してからどれくらいですか?」

「大体1時間だな」

「まだそんなものなんですか」

 

「もう半日は走った気分……」なんて言いながら床に手をつく十市さん。

 

「それは早すぎだろ」

「そうですけどー」

 

 十市さんのサイドテールが揺れ俺に向くと不満げな愚痴が聞こえてくる。そんな彼女の額には大粒の汗が浮かんでいた。

 実際俺も体感よりも時間が経っていなくて驚いていた。それに反して暑さによって体がすっかり汗だくになっている。

 自身の額に浮かんだ汗を拭うともう一度ペットボトルを飲みつつ、なんとなしに立ち上がり渡り廊下の横から水を眺める。

 相変わらず先の見えないだだっ広い果ての無い湖面。水から渡り廊下の床にぶつかる「ちゃぷちゃぷ」とした音以外静寂に満ちた場所。太陽もまだ上に浮かんでおりまだまだ昼間であることを示していた。

 綺麗ではあるけれど、あまりにも代り映えのしない景色。

 

「もう少し進んだら、お昼にしよう」

「はーい……」

「十市さん、陸上部なんだろ、頑張って頑張って」

「私はマネージャーですって」

 

 軽口を言い合いつつ俺達は気怠そうに立ち上がり自転車に跨るとまた駆け出す。

 渡り廊下を2人の自転車の音だけが響く。

 

「三枝さーん」

「ん、なんだー」

「こんなに暑いとプールとか行きたくありません?」

「どうしたいきなり」

「いやあこうやって走ってるとちょっと昔を思い出しちゃって」

 

 なんて言うと「あはは」と笑う十市さん。

 

「中学の頃とかよくこうやって自転車に乗ってプール行ってたなあってちょっと思っちゃって」

「プールか……夏休みとか?」

「そうそう。なんかこうやって自転車で走ってるとなんだか懐かしくなってきちゃって」

 

 俺も中学とかの頃は友人たちと共に自転車に乗ってプールに向かうのは確かに珍しくなかった。とは言っても取り立てて運動神経良い訳でもなく、高校、大学時代は色恋沙汰とは無縁だったので人の多いプールや海なんかに行ったことは皆無だ。

 けどたしかにこうやって暑い中自転車で駆けているとあの時の事を思い出してしまう。

 風景は全然違うのに、不思議なものだ。

 

「十市さんは良く自転車使ってるのか?」

「そうですねぇ、私の家の周りはそこまでお店とか無いので何かするときは基本自転車です。歩きだとそこそこ時間かかるので。三枝さんは普段徒歩ですか?」

「そうそう……ん?」

「どうかしました?」

「いや、あそこ」

 

 一度自転車を止めて、道の先を指さす。後ろから付いて来ていた十市さんも自転車を止めると俺の指の先を目を細めつつ眺める。

 

「……あれは、灯台?」

「だよな、俺もそう見える」

 

 渡り廊下の先に1つの建物がポツンと見える。何もない水平線にポツンとそびえるのっぽの建物。シンプルでその頂点はガラス張りのようだ。

 それは海などの近くで見かける灯台だった。

 

「行く先々に建物がありますね……あの建物に人いると思います?」

「いたら良いけどなぁ」

 

 明言はしなかったが、意味をくみ取った十市さんが「ですよねー」と俺の言葉に同意する。

 

「とりあえずいったん近づいてみるか、引き戻すか進むかはその後決めよう」

「はーい、了解です」

 

 

 

 2人で自転車を駆けていく。目標は遠くに見える灯台。辺りには高い建物どころかまともな建物が無いため、高い灯台だけが良く見える。

 その灯台へ向かって2人で進んでいく。道に迷うことは無い。そもそも直線しか無いのだから当然ではあるのだが。

 1時間程したら延々と続いていた渡り廊下に変化が起きる。横の壁と天井がなくなり一気に視界が開ける。コンクリートの道だけがまだまだ先に続いていて、灯台へと続いている。

 

「気を付けろよ、間違って横に落ちたら終わりだからな」

「はーい」

 

 十市さんの返事を聞きながら前を見て走り続ける。夏のような日差しが肌を焼く感覚に思わず目を細める。

 その日が徐々に沈みかけ、辺りが暗くなり始めてきた頃に長々と続いた廊下から突然広い空間が出現する。

 周囲は腰ほどの簡易な柵で囲われており、広場の真ん中には白い無機質な灯台が立っている。文字通り灯台しかない単調な空間だ。

 俺達は灯台の傍に自転車を止める。

 十市さんは日差しを手で覆いつつ灯台を見上げ、「おお」と感嘆の声をあげている。

 

「おっきいですね」

「今日はここに1回泊まるか」

 

 空を見上げつつ尋ねる。空の太陽は徐々に沈み始めている。まだ明るいが後数時間もすれば辺りは暗くなってしまうだろう。

 俺は辺りを見渡す。俺達が来た外廊下の対称の位置に更なる道が見える。その道は外廊下のような天井は無く、灯台の周りにある簡素な銀の柵が海との間を隔てている。

 ……あっちの道を夜進むのは少々危険そうだ。

 

「そうですね。雨風しのげる場所もありますし……ここ、開きますかね」

 

 十市さんは軽快な足取りで灯台へ進む……運動不足なせいかふとももの辺りの疲労が馬鹿にならない俺とは違い。彼女はまだまだ気力充分といった感じだ。

 若いなぁ。なんておじさんみたいな事を言いつつバッグから水を取り出す。

 ずっと運動していた体に水は大変浸みる。

 

「しかし、灯台か……駅、学校の次はこれ?」

 

 正直繋がりがよく分からない。いや、スタートが水浸しの駅の時点で考えるだけ無駄な気がしなくもないが、どうしても法則性のようなものを考えてしまう。

 

「あ、扉ありますよ! 扉!」

 

 俺が考えていると大きな金属が動く音と共に十市さんが大声で俺を呼ぶ。彼女の方を向くと灯台の扉を開けている十市さんがいた。

 彼女は大きな金属の扉を開けつつ俺に大きく手を振っている。

 彼女は俺が来るまで扉を開けながら待っており、俺が近づくと中へ入っていく。

 灯台の中は洞窟のようにひんやりとした空気に満ちていた。

 中はコンクリートの床の円形の空間となっており、壁には手すりしかない螺旋階段が取り付けられ灯台の上に続いている。

 

「三枝さんって灯台に入ったことありますか?」

「ないなぁ」

「私もです。昔家族と旅行に行ったときにちょっと見たくらいかな」

 

 そう言いながら十市さんは螺旋階段の1段目に腰かける。

 

「涼しいのは良いけど、椅子とかは無いですね、ここ」

「そうだな……」

 

 軽く見渡すも辺りには日用品などはなく、部屋らしいものもない。涼しいのは助かるがここで寝るのはしんどそうだ。

 

「うわぁ、明日とかお尻カチカチになってそう」

 

 そんなのんきな事を言いながら階段をぺちぺちと叩く十市さん。そんな彼女の楽観的な言葉に聞こえる言葉だが、彼女はまだ余裕がある……正直こっちは足に結構キているのに。

 

「若いって良いなぁ」

「え、何ですかいきなり……」

 

 俺が呟いた言葉に十市さんは不思議そうな顔をしているのだった。

 

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