夏の惑星   作:雹衣

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第19話

 夜、ふと目を覚ました。俺は鉄の階段に座りながら壁に身を預けていたが、なんとなしに体を起こす。俺よりも少し下の段で十市さんが横になって眠っている。

 彼女を起こさないように気を付けつつ俺は階段を上がる。理由は特にない。ただ夜風に当たりたいと思っただけだ。それにすこし考え事……というより少し落ち着きたいと思ったから。

 螺旋階段をゆっくりと登り、塔の頂上に着く。

 

「灯りは点いてないのか」

 

 塔の頂上には中心に巨大なレンズのようなものが付いている。灯台の灯りだろう。しかし点灯はしておらず光は出ていない。

 頂上の柵に手を置き、なんとなしに外を見る。

 特に明かりらしい明かりが無いため塔の下は良く見えないが、強く生ぬるい風が吹いている。とはいえ空を見上げれば大量の星空が輝いている……無人駅で十市さんと見た時と同じ空。

 呆然と空を見上げる。そういえば無人駅に迷い込んでからもう5日近く経っている。

 あの時はみなちゃとさんの配信の事とか仕事の事とか色々考えていたが、今では帰る術の事ばかり考えている。

 

「……仕事か」

 

 そういえば会社の人達はどうしているのだろうか……ふと考える。自分で言うのも少し変だが俺は無断で欠勤をしたことは無かった。仕事も……すごい優秀という訳では無いがまぁ悪く言われる程不真面目では無いと思う。そんな俺が5日近く急に来なくなったのだ。どうなっているだろうか? 上司や先輩が慌ただしく安否の確認をしたりしているのか、後輩たちは不安がっていたりするのだろうか? 最早警察沙汰になっているかもしれない。

 ……もしくはたかが人間1人が消えた所で特に気にされずいつも通り仕事をしているかもしれない。社員が1人減ったら困るが特に大したことない。むしろいい迷惑だと文句をいいつつ働いているかも。

 そう思えばもしもなんとか元の世界に戻れたとしてもどうするのだろうか。警察なんかが動いていたとしたら「何処にいたのか」とか聞かれても説明出来る気が全くしない……というか説明を幾ら懇切丁寧にしても狂人扱いされるだろう。

 一際強い風が吹き俺の体に勢いよくぶつかる感覚でぼうっとしていた頭がハッと覚める。

 

「こんなこと考えていてもしょうがないだろ……」

 

 そう自分に言い聞かせる。元の世界がどうこうなんて考え始めるネガティブな気持ちしか湧いてこない。でもそんなこと考えたって意味が無いんだし……。

 夜風に当たりながら柵に頭を置く。……大したことを考えずに仕事に行っていた毎日に戻りたい。

 そう思えど返ってくるのは風のみだ。

 

 

 

「どうしたんですか? 寝不足?」

「いや、大したことは無い。流石に寝付けなかっただけだ」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫。早く進もう」

 

 そう言って欠伸を1つ。結局夜風に当たりに行ったが色々考え事をしてしまったからか寝付けずそのまま朝になってしまった。

 

「十市さんはどうなんだ? 腰とか痛くならなかったか?」

「いや、めっちゃ痛いですよ。バッグだけじゃ駄目ですね。クッションとか欲しい……」

 

 そう言うと腰をわざとらしく叩いて俺に微笑む。

 

「ほんとだな。布団とかベッドとかが恋しい」

「今度行った先にホテルとか旅館とかありませんかねー」

「あればいいけどな。学校でシャワーは浴びたがちゃんとした風呂とかにも入りたい」

「ああ、そうですねえ……私も入ってさっぱりしたい」

 

 そんな軽口をたたきながら俺達は灯台から出ると自転車に向かう。まだ日が昇ったばかりだから昼に比べれば大分涼しい。

 

「よし、レッツゴー!」

「ああ、行こう」

 

 2人でまた自転車に乗り先を急ぐ。いい加減暑い世界も慣れたもの……と言いたいがやはり汗まみれになるのは避けたい。涼しい内に良い感じの建物が見つかれば良いのだが……。

 

 学校を出てから自転車で2日目。今日もまた十市さんと2人で朝から自転車で進む。灯台から続く道には柵のようなものは無く無機質なコンクリートの道が真っ直ぐに続くのみだ。学校からの道には簡素ながら天井があったため日陰が出来て大分マシだったが、今日は太陽からの光をじかに浴びているためまだ朝だというのにそこそこ暑い。

 今日は十市さんが前を走り、俺が後を付いていく。

 

「相変わらず景色は綺麗ですね……次はちゃんと休憩できる場所があれば良いんですけど。三枝さーん」

「ん、なんだー」

「次、何があると思います? 駅に学校に灯台。この次です」

 

 そう言うと後ろを向いて来る十市さん。

 

「前を向いてくれ、ここで水に落ちたら助けられないぞ」

「あ、はいはい。流石にここ落ちたら戻れないですよね……それでどうだと思います? 次」

「次ねぇ」

 

 時々時間が出来ると考えていた話を十市さんに振られ俺は頭を捻る。

 

「とはいってもあまりパターンというかルールみたいなのは分からないしな……」

「じゃあ、どんな所行きたいとか」

「行きたい場所?」

「そうそう、旅館とか、ホテルみたいな」

「旅館かぁ」

 

 ……そういえば旅行とか働き始めてからあまり行っていないな。精々数回だ。休んでも精々近場の観光名所や博物館とか程度。ゆっくりと丸1日何も考えずに休むなんて機会無かったな。

 

「旅館だと良いな」

「そうですね……って私の意見そのまま持ってこないでくださいよ。三枝さんの意見が聞きたいんです」

「俺も良いなって思ったんだよ。1回思いっきりお風呂に入って布団とかに入って眠りたい」

 

俺がそう言うも「もー」と納得しないかのように不満顔を俺に向けてくる。前を向くように言おうとした瞬間、俺は思わず「あ」と声が漏れた。

 

「ん?」

「前前」

「ああ、はいはい。大丈夫ですよそんな簡単に落ちたりは」

「いや、違くて」

「?」

 

 俺の焦り方に不思議そうに首を傾げた後前を向く十市さん。そして彼女もおれと同じように「あ」と声を漏らし、一度自転車を止める。

視線の先……俺達が走っていた直線の先。水平線の中にふくらみが見える。

 

「島? いや、あれは陸?」

 

 十市さんが手を分かりやすく双眼鏡にしながらその正体を呟く。実際、俺もその通りだと感じる。

 まだ全貌は良く見えないけど、学校、灯台よりもかなり大きな陸地に見える。

 

「行こう」

「はい!」

 

 俺の言葉に十市さんは明るい声と共に頷く。そして2人で自転車のペダルに力を込めてまた自転車で駆け始める。

 そこから1時間。相変わらずただただ真っ直ぐな道を2人で走り続ける。

 

「あの、三枝さん」

 

 その途中でふと彼女は走り続けながら話しかけて来る。

 

「どうした?」

「なんか、涼しくありません? 風が冷たくなったと言うか……」

 

 十市さんのその言葉を聞き、俺はなんとなしに辺りを見渡す。……確かに、さっきまでというかここに来てからは何もしなくても汗が出る位暑かった。けれどもあの陸地に向かう道をここまで駆けてきている間に若干体感気温が下がった気がする。もう真昼に近いというのにだ。

 

「また雨が降るんですかね」

「あまりそういった湿気みたいなのは感じないけどな」

 

 不安そうに呟く十市さんに釣られ俺も意識する。駆けている間に体に当たる風は涼しい。熱気の様な物は籠っていない。寧ろさっぱりとした涼しい風だ。かといって乾燥している訳では無い。それに空を見上げても厚い雲は見当たらない……雨が降る気配は無さそうだ。

 なんとなしにまるで秋風の様だと俺は思った。

 

「でもまあ涼しくなるのは助かる……ずっと暑すぎるくらいだったからな」

「ですねえ。ずっと汗だくなのは勘弁です」

 

 そう言うと彼女は笑う。俺もそれに同意する。2人の自転車はまだしばらく水と水の狭間を走り続けるのだった。

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