夏の惑星   作:雹衣

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第2話

「はあ」

 

 思わずため息をつく。今日で何度目かわからないため息をつきつつ駅の一角にあったベンチへと座り汗をハンカチで拭う。

 駅に置かれたベンチの上にはトタンで作られた簡素な日除けがあったので直射日光を避けるためにベンチに逃げ込むとスーツの上着を横に置いてひとまず状況を整理する。

 

 1.電車でうたた寝していたらいつの間にか無人駅に着いていた。

 2.無人駅の駅名は今のところ不明。電車も動いていない。

 3.線路と駅の周りは水で取り囲まれている。見た限り陸地らしき場所はない。

 

 状況としてまとめるとこんな所……目が覚めたら水に囲まれた無人駅。今でも現実に起きた出来事だとは信じられない、もしかしたら夢か何かではないかと今でも思っている。

 

(眠って目が覚めたら、見知らぬ場所……まるでファンタジーの導入だな)

 

 半ば逃避するように考える。学生の頃はそういったファンタジー小説や漫画を読み漁っていたものだ。そして未知の世界を冒険したり、仲間たちと魔物を退治したり……そんな危険だけどロマンあふれる生活がしたいだなんて思っていたものだ。

 なんなら大学の頃は創作サークルに入って小説を書いていたこともあった。講義を右から左に聞き流しながらノートに小説のアイディアを書き溜めて、文化祭などのイベントに自分が書いた小説を配る。一時はそこそこ本気で小説家を夢見て賞に応募したこともあった……精々1次審査通過が最高記録だったが

 

(今は読む暇も書く暇もないからな)

 

 大学を卒業して就職をした後は、仕事が忙しくてそういったことを考える暇がなくなってしまった。残業も少なくはないし、定時で帰ったとしてもすぐに寝てしまう。休日も半日は寝ることもザラだ。そんな不健康生活だからか本を書く機会はめっきり減り、以前はよく通っていた本屋にも足が向かなくなっていた。

 

(って、そんなことどうでもいい。とりあえずここがどこか情報を集めないと)

 

 思い出に浸りかけていた意識を無理やり戻す。こんなところで現実逃避したところで何も変わらない。まずは情報を集め、出来ることを考えなければならない。

 ぼやきつつもベンチから立ち上がる。天井から日の当たるホームへ出た瞬間、太陽の熱にさらされ、額から汗が滴り落ちる。暦としてはまだ春だったはずだが、ここはまるで夏のようだ。

 さらに線路や駅の外には水は並々とあるせいか少々湿気がある。この暑さは春の気温に慣れきっていた俺の体には堪える。とはいえ、ここで動きを止めても好転はしない。俺は意を決すると駅のホームを歩き始める。

 ひとまず目的地は駅のホームの真ん中。この無人駅はいくらかトタンの屋根があるだけだが、真ん中の方にだけ木造の屋根のようなものが見える。おそらくあそこは改札口だろう。

そこなら駅員室や待合室なんかもあるかもしれない……そうすれば何らかの情報があるかもしれない。駅名とか、ここがどの辺りかとか。

 憶測ばかりだが、希望を持ち俺は歩き出す。

 穏やかな波の音ばかりの世界に地面を蹴る足の音が響いていた。

 

 電車を横目に見ながら歩みを進める。電車は10両編成であった。俺が目覚めたのは先頭の方の1両目。そのため駅の真ん中まで少々距離があり、その間のホームは殆ど日に晒されている。

 

「……こっちを通るか」

 

 俺は日光から逃げるようにおんぼろの電車に乗り込む。

 電車内も外と大して気温に差は無かったが、肌をヒリヒリさせる日光が遮られている分涼しく感じられる。ずっと扉が開けられているからか熱が籠もっているようにも感じられない。

 

(電車なんて見飽きたものだが、こうして見ると風情なんてのも感じられるんだから不思議なものだな)

 

 明かりの付いていない薄暗い車内を歩いているとふとそんな感想が浮かぶ。

 ひっそりと音のしない車内に俺が歩く靴の音だけがコツコツと大きく響く。

 車内にかけられた吊り広告を見上げる。広告には文字らしきものは書かれておらず、どこか山の中の景色が映っているだけだ。

 そんな広告の下を歩きながら車両と車両の境目の扉を開ける。大きな鉄の音が静かな車内には一層大きく響いた。

 そして次の車両に足を踏み入れた時、

 

(……ん?)

 

 俺は電車のシートの一角に人がいることに気づいた。

 なんとなくいつもの癖で音をできる限り出さないように気を使いながら扉を閉めるとその人の元へ近寄る。長い髪の影が車内で揺れている所からその人は女性だと分かった。

 彼女のシートの前までゆっくり歩み寄る。……別に彼女になにか危害を加えるわけでもないが、なんとなく驚かせないよう音を立てないことを意識して歩いていた。

 その女性はシートに腰掛けていた。髪は長く、シュシュらしきもので左に纏めている。服はどこかの学校のものと思わしき校章が入っている黒いブレザーを羽織り、首元に赤いリボンを巻いている。スカートはブレザーと同じく黒く、中から日焼けをしていない白い足が伸びていた。

 そんな彼女は大事そうにバッグを抱えながらシートの端に体を預け目を閉じている。よく見ると彼女の肩はゆっくりと上下に動きブレザーをわずかに膨らましている胸が動いている。口元は少し開いていて微かな呼吸の音が聞こえてきた。……どうやら眠っているようだ。

 

(女子高生?俺と同じ電車に乗っていた人か?)

 

 彼女の格好から推測する。俺が乗る時間帯の電車には制服を着ている学生も珍しくはない……都内の高校に通っているのだろうか。それなら、俺と同じように電車に乗っていたらここに着いてしまっていたのかもしれない。

 彼女は俺が前に来ても眠り続けていた。彼女の髪は微かな寝息に合わせてゆらゆらとおぼつかないように揺れる。それがまるで猫のしっぽのようでなんだか可愛らしいと内心一人ごこちる。

 ……いや、そんな変なことより、彼女を起こさなくては。

 思わず見惚れる……というよりは可愛らしいものをずっと見るような感覚に陥りそうになったところで俺は気持ちを切り替える。彼女の安眠を邪魔したくないという気持ちは無きにしもあらずだが、このままにしておけば彼女も危険だろう。放置しておくわけにはいかない。

 

「……おーい」

 

 周りに人がいないというのに俺は何故か小声で話しかける……大声でいきなり話しかけて驚かせるのが嫌だったなんてしょうもない理由だった。

 

「んー……」

 

 俺の声に反応するように彼女は声を漏らしたが、目を開ける気配はない。むしろ朝起きるのを拒否するようにまぶたをきつく閉めた気がする。

 ……どうやら相当眠りが深いようだ。俺と同じ電車に乗っていたとするなら朝は相当早いだろうからしょうがないのかもしれない。

 

「起きてくれー」

 

 周りに人の目などないのにどこか気恥ずかしさを感じつつ声量を上げて声をかける。

 

「んー、うん……」

 

 何が「うん」なのだろうか。思わず寝言に返したくなるも大声でツッコみたくなる気持ちを抑える。

 彼女は先程と変わらずスヤスヤと眠っている。今の現状がそこそこ大変だというのに呑気なものだ、なんて考えるも先程までの自分も傍から見たらこんなものだったのだろうと思い至り口には出さなかった。全部自分に返ってきてしまう。

 

(しかし、なんというか絵になるな)

 

 眠っている女子高生をどうやって起こせばいいのか悩んでいるとふとそんなことを思ってしまう。

 人気のない古さびた電車の車内、その中で一人眠る少女。白いながらも健康的な彼女の肌は電車の窓から差す光と青い空に映え、どこか儚くも美しい清流の水を思わせる。別に取り立てて古いわけではないが、ボロボロな電車はどこかレトロな趣を持たせ、その中でいまだ成長を続ける彼女を際立たせる。

 ……俺がカメラマンであれば思わず勢いで写真を撮ってしまうかもしれない。四角い世界にこの瞬間を閉じ込め永遠に眺めていたい……なんて気持ちに一瞬させる程この風景は絵になっていた。

 

(ってアホか、なに考えている)

 

 ふと気づき、俺は思わず首を横に振る。

 映えだのなんだの考え、彼女に見惚れるのは流石にだめだ。流石に1回り程歳が離れてる女の子に一目惚れなんて洒落にはならない。ひかえめにいってお巡りさんに連れて行かれても文句は言えない……ここにお巡りさんがいるから甚だ疑問だが。

 

「……おーい、起きてください」

 

 意識を切り替え、3回目の挑戦をする。声は先程と変わらず、しかしそれと同時に肩を軽く揺する。

彼女の体は俺の力に抵抗らしい抵抗はなく、ゆらゆらと揺れる。

 

「起きろー」

「ん、んー?」

 

 流石の彼女も深い眠りから目を覚ましたのかゆっくりと目を見開く。そして一瞬呆然としたように動きを止め、大きな目を俺にゆっくりと向ける。

 

「えっとぉ、なんですか」

 

 寝ぼけているようで俺の顔を不思議そうに見た後、自分の肩を揺すっていた俺の腕へと視線へと向ける。そして視線がゆっくりと横に……電車の駅へと目が向くと彼女は分かりやすく更に目を丸くした。

 

「あ、え、寝過ごした!」

 

 そう叫ぶと彼女はすぐ慌て始める。覗き込んでいた俺に一度ぶつかりそうになりながら、立ち上がり電車から降りようとする……も、律儀に1回俺に向いて頭を下げ、綺麗に左回転して駆け出す。

 

「あ、ちょ、ちょっと待って!」

 

 あまりの勢いに某けてしまった俺は慌てて彼女を呼び止めようとする。外は謎の無人駅……別にそう広くはなさそうだが、恐らく俺と同じ状況の彼女を、見失うのは良いとはいえない。

 とはいえ彼女は電車からまるで人の手から離れる猫のごとく飛び出したが、すぐに異変に気づいたようでピタリと動きを止める。

 

「え、えぇ〜……」

 

 キョロキョロと辺りを見渡し困惑する声が俺にも聞こえてくる。

 俺は立ち止まってくれた彼女を見て一先ず安心しつつ、歩いて近づく。

 

「あの」

「あ、ひゃ、ひゃい!」

 

 俺が後ろから話しかけると体全体がビクッと跳ねた。そして恐る恐る後ろを振り向く。まだ出会って数分だが、コロコロと表情が変わる明るい子……そんな印象が強く残った。

 

「あ、えっと、大丈夫ですか?」

 

 とりあえず一言尋ねる。俺は色々と聞きたいこともあるのだが、とりあえず落ち着かせようとした。ただ、あまり良い言い回しは思いつかなかった。

 とはいえ彼女はそれを聞いて目をパチクリさせる、少し考えるように視線を左に向ける。それに合わせて彼女の纏められた黒い髪も思案するように弧を描いて揺れている。そしてその揺れが収まり始めた頃、彼女は恐る恐る俺に尋ねる。

 

「あ、あのー……ここは何駅ですか?その、私寝過ごしてしまったみたいで……」

「……うん、それは俺も分からなくて、なんかよく分からない変な駅に今いるんだ」

「え」

 

 俺が正直に状況を話す。それを聞いた女子高生は動きをピクリと止め、目を丸くする。

 

「え?」

 

 そして再び彼女の口から一言声が漏れる。その声は遠くに聞こえる波音の中へとすぐに消えていってしまった。

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