夏の惑星   作:雹衣

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第2章 秋の連星
第20話


 徐々に涼しくなっていく風を感じながら俺達はやっと陸地に到着した。コンクリートの地面はそのままに広い駐車場のような、ちょっとした港みたいなスペースに繋がっていた。

 俺達はそのスペースに入るとゆっくりと自転車で走りつつ辺りを見渡す。

 

「……山?」

「ですよねぇ」

 

 俺の言葉を十市さんも肯定する。巨大な湖?をずっとわたってきた俺達の前には堂々と聳え立つ山が待っていた。

 その山は鬱蒼と木々が生い茂っておりいかにも人の手が入っていないかのようだ。しかし、山の一か所だけ開けており石畳の階段が真っ直ぐ、山を両断するように伸びている。

 

「今度は山登りか?」

「えぇ……ハードぉ」

 

 十市さんからうんざりといった声が上がる。俺も同意である。ずっと自転車を漕いで来た上でこれである。どうしても気が滅入ってしまう。

 

「流石にここから自転車は無理だよな」

「ですよねぇ。あの階段何段あるんですか?」

「……分からん」

「ふへぇ」

 

 十市さんはため息をつくと自転車を停める。そして自転車を椅子代わりにして足をパタパタさせつつ俺を見つめて来る。

 

「行くしかないですかねー」

「そうだな道は……」

 

 他に道はないかスペースの端に向かう。しかしスペースの端は青々とした水が広がるのみ。道のようなものは何処にも見えない。山の方も少し観察してみるが木々が余りにも深くて先は真っ暗だ。少なくとも木々の中を無理矢理上るのは得策だと思えない。

 となれば進む道はやはり階段だけ。

 

「行くしかないな……」

「ですねぇ」

 

 十市さんの元に戻った後、2人で嫌そうな顔をして見合わせる。

 

「頑張りましょっか、山登り」

「だなぁ……また暫くは足か」

 

 階段の前まで自転車で移動してその前に停める。丸2日間の付き合いになった。短い間ではあったが、これだけで移動が大分楽になったことを考えるとなんだか名残惜しい。まるで相棒のロボットを失うかのような感慨深さがある。

 

「悪いな。元の所には戻せなくて」

「……? ああ、そうですね」

 

 俺の声を聞いた三枝さんは一度不思議そうにすると、自身の乗っていた自転車のサドルに触れる。

 

「ありがとう、お疲れ様です」

 

 彼女はそう言うと自転車を撫でるように触れ、そして少しだけ目を閉じる。静かで、まるで大切な物を慈しむような動きだ。近くの森もあってかなんとなしにお祈りをする巫女を幻視してしまう。

 

「さ、行きましょ。三枝さん」

 

 俺が見惚れていると彼女は直ぐに切り替え階段へと歩き出す。その姿は無人駅で会った時と変わらぬ1人の少女に戻っていた。

 

「ああ」

 

 俺も彼女に付いていき階段へ向かう。少し見上げただけでは先が見えない程の段数。それに少し臆するも、十市さんは躊躇なく段に足を踏み入れる。

 

「ささ、どんどん行きましょう! なんか建物見つけないと!」

「ああ、そうだな」

 

 俺も彼女の後に続いて階段を上り始める。先程まで水しかなかった景色は一瞬で深い木々に囲まれる。開かれているのは真っ直ぐな階段とその上から覗く青空だけ。

 そんな道を彼女の背中を見ながら進むのだった。

 

 

 

 横に広がるのは静かな森だった。背が高い木や影を作り薄暗いため中を見ることは出来ない。人が出入りしてそうな道も獣道もない。まだ日が出ているのにただただ暗い。先の見えない闇が広がっている。

 ……もしここから誰かが覗いていても可笑しくないな。なんて思わず考えてしまう。

 そんな異界染みた森を横目に俺達は階段を上り続ける。石畳の階段はずっと上まで続いており数分歩いただけでは先は見えない。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ……」

 

 そんな階段を上っている途中で足を止め、俺の口から声が漏れた。遥か前の段を進んでいた十市さんが足を止め、俺に向き直る。

 

「遅いですよぉ。三枝さん。はやくはやく」

「……なんであんな元気なんだ」

「むしろ三枝さんが疲れすぎなんですよぉ」

 

 そう言いながらピョンピョンと軽快に階段を進む十市さん……無人駅の飛び石の時もだが彼女の方が体力がある事に少々ショックを受けつつなんとか付いていく。

 ……若さっていいなあ。

 乳酸が溜まってそうな足をなんとか動かし十市さん背中を見ながら進む。彼女のサイドテールがゆらゆらと大きく揺れている……彼女の方はまだまだ元気みたいだ。

 少し安心しつつなんとか上り続ける……ゴールの無い階段は心に来るものがある。今までの先が見えない道よりも果てが無いからだろうか。

 今までよりも涼しいのだけは救いだった。これでさっきまでの夏みたいな暑さが合わせればもうダウンしていただろう。

 

「三枝さーん! はやくはやく!」

「分かった!」

 

 数段先を行く十市さんが手を振っている。彼女の余りの元気さに励まされながら俺は一段一段上っていくのだった。

 

「ふぅ」

「お疲れ様です」

 

 

 

 暫く歩き続けもう何段上ったか分からなくなった頃。一度階段に腰を下ろして休憩をすることにした。疲れ果てたように肩で息をする俺に上から少し降りてきて十市さんはにやにやと笑いながら隣に腰を掛ける。

 

「大丈夫ですか。まだ歩けます?」

「だ、大丈夫……十市さんはまだ平気そうだな」

「マネージャーは意外と力仕事ですからね」

 

 そう言うと「えっへん」と分かり易く胸を張る。額とかに汗はあるが、全然息が上がってない辺り空元気ではなさそうだ。

 そんなまだまだ元気な彼女とは対照的に息絶え絶えの俺は呼吸を整えつつ階段の先を見る。

 

「大分歩いた気はするがまだまだ続いてるな」

「ほんとですねー逆に下見てみてくださいよ」

 

 十市さんに言われ俺は階段の下を見る。見下ろした視界には真っ直ぐに伸びている階段。その先に青い水面が煌めき白い線の様なものが引かれている。

 

「あれ、俺達が来たところか」

「はい、私達が来た道があんなに小さく見えますよ」

「マジか」

「マジです……多分」

「分からないことをそこまでマジ顔でよく言えるな」

 

 テスト勉強でもしてるかのように眉を寄せた顔で曖昧なことを言う十市さんに思わず笑みを零してしまう。そんな俺の顔を見て彼女もくすくすと笑いだす。

 

「綺麗ですね」

「こうやってゆっくり眺められるとな」

 

 その後暫く2人で階段に座り景色をぼうっと眺める。

 深い森の中に伸びる階段に座り時折木々を揺らして吹く涼しい風に当たる。行楽シーズンのハイキングだったりすれば最高のロケーションだったかもしれない。残念ながら俺達はここが何処かもわからずに遭難しているようなものなのだが

 でも少し位はこうやって休んでも良いだろう。

 

「ずっとこれくらい涼しいと良いですね」

「涼しいよ、ここ」

 

 十市さんの言葉に返答があった。鈴のような声だった。声のした方……俺達よりも上の段へ2人で振り向くとそこには少女が立っていた。

 

「人!?」

 

 十市さんが目を見開きながら驚きの声を上げる。上の段の彼女はそんな俺達を見下ろしながら小首を傾げつつ楽しそうに笑っていた。

 

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