夏の惑星   作:雹衣

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第21話

「人……?」

 

 まるでツチノコでも見たようにポカンと顔を上げる十市さんと俺。その先……階段には1人の少女が立っていた。肩にかかるほどの長さのストレートの髪。目にかかりそうな長さを髪留めで右にまとめている。彼女は膝ほどの高さのスカートをはためかせ俺たちに微笑んでいる。

 彼女は俺達を見下ろしながらきょろきょろと俺達を交互に見た後口を開いた。

 

「そう、人!」

 

 彼女は綺麗な鈴のような声で楽し気に笑う。そして軽快にステップでもするかのように階段を降りて来る。

 そして十市さんの前まで来るとにんまりと口角を上げている。

 

「あ、あなたは」

「私は狭野(さの)香奈(かな)。お姉さんは?」

「私? 私はかえで。十市かえでです」

 

 十市さんと「狭野」と名乗った少女が挨拶を交わす。彼女は十市さんの名前を聞くと「うんうん」と楽しそうに頷くと俺の方へ向き直る。くるっと体全身を回してスカートをはためかせる。

 

「それであなたは?」

「三枝迅だ」

「ふぅん」

 

 俺の言葉を聞くと彼女はまたしても嬉しそうに頷く。なんとなく十市さんと俺をキョロキョロと見渡している様子を見ていると彼女の背後から犬のしっぽのようなものが見えなくもない。けど、それと一緒にどこかミステリアスな感じも備えている。

 ……不思議な子だ。

 

「じゃ、行こ」

 

 狭野さんはそう言うと突然階段を上り始めた。ステップでも踏むように規則正しく石畳の上を跳ねる。突然の動きに困惑して止まっている俺達に振り返る不思議そうに首を傾げる。

 

「来ないの?」

「来ないのって……どこに?」

「旅館、この先にあるの。ここからだとちょっと遠いけどね」

 

 そうあっけからんと彼女は言った。俺と十市さんは一度互いに顔を見合わせると一拍置く。狭野さんは今「リョカン」といったか……?

 

「リョカンって……あの?」

「『あの』ってどの? 温泉あって布団もふかふかのあの旅館だよ。女将さんは居ないけど」

 

 そう言うと彼女はどんどん上っていく。俺達はまた互いに顔を見る。狭野さんのいう事を信じるならば寝泊まり出来る場所がこの先にあるようだ。十市さんの表情はパッと晴れるように明るくなり狭野さんを追い始める。

 

「三枝さんー早く行きましょう!」

「ま、待ってくれ……」

 

そんな二人の後を必死について行く俺。2人の少女の元気さに少しの羨ましさを感じるのだった。

 

 

 

「旅館にはどれくらいで着くんだ?」

「うーん、あと1時間? 日が落ちる前には着くと思うよ」

 

 階段を先導して上る狭野さんにその後を付いていく俺達。3人で階段を上っていく。狭野さんは意気揚々とどんどん進んでいく。ペースとしては十市さん以上。俺は息を切らしながらなんとかついて行く。十市さんはそんな俺の横を共に歩いている……時折心配そうに見ているのを俺はわざと気付かないようにする。

 

「でもおっそーい迅さん。日が暮れちゃうよ。早くしないと由奈が怒っちゃう」

「由奈?」

「私の妹」

 

 そう言うと後ろを向かずに上っていく狭野さん。彼女を見ながら俺と十市さんは見合わせる。

 山道で突如出会った女の子……狭野香奈。俺達にとっては初めてのこの世界にいる他の人だ。彼女に関してまだ何にも分からない。

 

「ねえ」

「ん?」

「狭野さんは」

「香奈って呼んで、由奈と被っちゃう」

「じゃあ、香奈ちゃん。香奈ちゃんもこの世界に迷い込んじゃったの?」

「迷い込んだ……? うんうんそうそう」

 

 狭野さんは十市さんの言葉に少し考えるとかくかくと人形さんみたいに頷く。

 

「気が付いたらここにね。かえでさん達も?」

「うん、私達もいつの間にか……ねぇ、香奈ちゃんは」

「ん?」

「香奈ちゃんはどうやってここに?」

「降りてきただけだよ。旅館は階段の上った所にあるし。暇だったし」

「ん?」

「ん?」

「いや、どうやって私達と会ったかじゃなくて……」

 

 そしてどこか噛み合わない様子で首を傾げ合う2人。そんな2人の様子を見守りながら俺はもくもくと上る……狭野の年齢は分からないが、恐らく彼女は十市さんと同い歳か少し下位。歳が近い十市さんの方が話しやすいだろうから彼女に任せる事にした……正直俺が上るのに精いっぱいで大変話す気力が無いだけともいう。

 

「あ、見て2人共」

 

 狭野さんが十市さんの話を遮り森を指さす……少し面食らう十市さん。けれども彼女は気にせずに「ほらほら」と指をさす。

 

「ここから突然色合いが変わるんだよ」

「……わぁ」

 

 彼女がそう言うように森の景色が一変した。益々気温は涼しくなり、先程まで緑色の葉が生い茂っていた森が赫々とした葉に変わる。階段には風に吹かれて落ちた紅葉か積もっている。

 

「綺麗!こんな赤い紅葉初めて見た!」

「いつのまに」

「すごいでしょ? いきなりひょんと変わるの」

 

 狭野さんが赤い葉を拾いクルクルと回しどこか自慢げに呟く。どうやら彼女はこの山に関して色々詳しいみたいだ。

 

「こんなことを知ってるってことは長いのか?」

「んー? 長いって?」

「……この世界に来たのは」

 

 楓の葉を拾いながら楽し気に笑う狭野さんはまた首を傾げる。

 

「んー、どれくらいだろ? 迅さん達はいつ来たの?」

「一週間くらい前か」

 

 俺が指折り数えた後言うと狭野さんが「わぁ」と声を漏らした。

 

「私達より最近だね」

「なら、もっと前からいるのか」

「そうっぽいね。でも詳しいお話は後にしよ」

「え、なんでですか?」

 

 「こういうお話は由奈と一緒にしないと由奈が怒っちゃう」そう言うと狭野さんは階段を駆け上がっていく。枯葉を踏みカサカサと小気味のいい音が聞こえる。3人の大きな足音が秋一色となった道に鳴り響いていた。

 

 

 

「どうぞー、ここがー!私達の暮らしている所だよ」

 

 階段を歩くこと1時間した所で突然横道が出て来る。その横道を少し進んだ所にその建物はあった。5階建ての建物で入り口は瓦で出来た屋根があるが、ちょっとしたマンションのようにも見える。そのマンションの表面は薄汚れておりどことなく長い年季の様なものを思わせる。ただそれは「歴史を重ねてきた」というより「すっかり風化した」なんて表現が似合ってしまう。廃旅館一歩手前といった風情だ。

 それでも紅葉した木々に囲まれたこの旅館は喧騒とは無縁の静謐さに溢れていて物思い耽るにはもってこいだろう。もしも仕事の最中にこの旅館を見つけたら1人旅で泊まりに来たくなったのは想像に難くない。

 

「うわぁ、しっかりした旅館」

「でしょでしょ」

 

 十市さんの感想に狭野さんは自慢げに胸を張っている。「自分で建てたわけではないのでは?」なんて疑問に思わなくもないが、彼女は意気揚々と旅館へ歩を進める。

 

「香奈、おかえ――」

 

 旅館の入り口に向かっていると旅館の自動ドアが開いて中から1人の少女が出て来る。格好は狭野さんとそっくり……どころか顔つきも髪型もそっくりだ。彼女は狭野さんを一度見た後、私達を見渡す。そして一度親指を顎に当てると。

 

「――え?」

 

 ぽかんと口を開けて驚きの声を漏らした。

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