夏の惑星   作:雹衣

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第25話

 「はぁ」

 

 昼休み。何気なく会社の外へ出て近くの公園でコンビニで買ったパンを頬張る。暦的にはもう春ではあるがいまだに肌を寒さが突き刺してくる。

 外がとりたてて好きというわけではない。ただずっと会社の中にいるのが嫌だから外に出れるときは外に出ることが多い。

 会社が嫌いというわけではない……好きでもないが、愛社精神なんてものは大してなく、給料や仕事の忙しさへの人並みの不満に溢れている。お金があればすぐに仕事を辞めて悠々自適に暮らすだろう。将来への不安なんて常に満ちていて……。

 

「いや、やめておこう」

 

 悩みが積もりに積もったため一度リセットする。そんなこと考えたってしょうがない……無駄なことだ。今はやるべき午後のことだけを考えよう。そう考えて空を見る。雲に覆われた灰色の空。今の気持ちを反映したように薄暗い。

 そう思い立ち上がる。すると視界は一瞬にして赤く染まる。周りを見るといつのまにか季節外れの紅葉に囲まれていた。

 

「いつのまに……いや、」

 

 そうだった。俺はよくわからない世界に迷い込んでいたんだった。なんで会社にいると思い込んでいたんだ。異世界から抜け出さないと……。

 そう思いとりあえず歩き出そうとする。紅葉まみれの世界――階段が延々と続く秋の世界。そうだ……俺はこんな世界にいたんだ。なんとなく駆け足で階段を上る。地面に落ちてる紅葉を踏みしめどんどん上がる。1人で上っていく上っていく上っていく。景色は変わらない。赤と黄色に染まった世界をなぜか走り回る……そうだ、俺は誰かと一緒に。

 

「三枝さん」

 

 後ろを振り向くと少女がいた。舞い降りる赤い葉の中で黒いブレザーの制服を着ている。その表情は紅葉に隠れ――。

 

 

 

 目を覚ますと丸い蛍光灯のある照明が見えた。真っ白な天井。体にかかる柔らかい布団の感触。俺は呆然としながら思考が明瞭となり始める。

 そうか、夢か。

 俺は布団から出ると辺りを見る。狭い畳の客室だ。そうだ、ここは狭野姉妹のいる旅館だ。4人で夕飯を食べた後、すぐに眠ることとなった。

 

「部屋?」

「まあ、好きなところで寝ればいいんじゃないかな?」

「部屋は幾らでもあるし」

 

 狭野姉妹のその一言で了承を得て、十市さんとともに旅館で寝どまりすることとなった。俺は2階の一室。十市さんはその隣の部屋に泊まることにした。

 そして部屋に入って布団を敷いて寝た途端から記憶がない……久しぶりにちゃんとした寝具で寝たせいかすぐに眠ってしまったようだ。

 

 俺はゆっくりと起き上がり、辺りを見渡す。部屋は畳のシンプルな部屋で窓際にテーブルと椅子の置かれている広縁がある。俺はゆっくりと窓に近づきカーテンを開けて外を見る。す日は上っており朝の陽ざしが部屋に差し込む。外は一面赤かった。紅葉の森が茂っている山の斜面がよく見え、それが遠くまで広がっている。俺たちがやってきた夏の海はその赤い水平線に埋もれてしまっていて見えない。

俺はしばらく外を眺めていると下で何かが動いているのを見かける。そこには黒いストレートの髪をはためかせている。彼女は旅館を周りをゆらゆらと歩いていた。

 

「狭野の……どっちだ?」

 

 狭野姉妹のどちらかが外を出歩いているようだ。彼女はゆらゆらとスキップ交じりに歩いている……散歩だろうか。

 なんとなしに俺は部屋から出て彼女のもとへ向かう。旅館の中はいまだ静かだ。時折風に揺れる木の音が中にも聞こえるほどで時々ほんとに人がいるのかすら分からなくなりそうだ。

 旅館の玄関から外へ出て彼女がいたところ……旅館の裏手へ向かう。

 旅館の裏手へ向かうとガサガサという音が聞こえてくる。裏手に着いたとき彼女はぼうっと紅葉の森を眺めながら靴で紅葉を踏みしめていた。俺の足音に気づいたのか俺が近寄ると彼女は俺に向いた。

 

「うわっびっくり。まだ8時くらいだし起きないと思ってたのに」

「8時で『まだ』はちょっと遅くないか?」

「でも由奈はまだ寝てるよ?」

 

 そう言うと2階を指さして可笑しそうに笑う少女。どうやら彼女は香奈さんのほうのようだ。そういわれても見た目だけじゃさっぱり見分けはつかない。嘘つかれていても気づけそうにない。

 

「それは……まあ十市さんも寝てるしそこはいいか」

「かえでさんも寝坊助さんだね」

「で、君は何してるんだ」

「私? 私はまあ遊んでるかな」

 

 そう言うとくるくる回る香奈さん。ひらひらと落ちる紅葉の中を長い黒髪が舞うように揺れる。

 

「ここにいてもすることないからね。山の中を探検したりするか、旅館の中でゴロゴロしたりするだけ」

「……退屈はしないか?」

「退屈といえば退屈かな……けど危なくはないしね」

 

 そう言うと香奈さんがピタッと回転を止める。

 

「ここは涼しいし、食事も水もある病院とかはないけど……辛いことはないよ」

「そうみたいだな……随分と過ごしやすい」

「うん」

「……ここから帰りたいと思ったことは?」

 

 ふと聞いてしまった。香奈さんは俺にスッと向き直り、黒い目がこちらをジッと見る。その感情は読み取れない。が、しばらく見つめた後「んー」と言葉を発しながら悩みだす。

 

「帰りたくないわけじゃないよ……パパママもいるし、友達もいるしね」

 

 「けれども」と言葉を続ける。

 

「ここから遠くに行ってもね……迅さん達が言うには結構大変だったんでしょ?」

「まあ、そうかも」

 

 香奈さんに言われ俺は今までの旅を思い返す。化け物に襲われているといった分かりやすい脅威はないが、夏の暑さと一歩間違えたら水に落ちるのは危険といえば危険だ。今いる旅館に比べれば命の危険があったといっても過言ではないかもしれない。

 

「そんな危険な事とここでの生活を天秤にかけるとね。安全なほうが良いってこと」

 

 そう言うと彼女は微笑んだ。ミステリアスな彼女の笑み。だけどその中にどこか諦念のようなものも混ざっているように見えた。

 彼女だって帰りたくないわけではないのだろう。両親も、友達も学校だってある。けれども危険な目にあってまで戻る勇気はない……といったところだろう。実際俺だってあんな何もない無人駅じゃなくてホテルにでもいたら……更に俺1人だけであれば動く気は失せてただろう。

 

「確かにな……じゃあ、2人はここ以外のことは知らないんだな」

「由奈から聞かなかったんだ。私たちは紅葉の山と神社があることくらいしか知らないよ」

「山の中には何かないのか?」

「うーん、なんか公園みたいな場所や変な小屋を見つけたことはあるけど大したものはないよ。ここから出られるような所は……」

 

 そう言うと「あ」と1言香菜さんは呟く。

 

「一か所だけ……ここをどんどん上っていくと神社があるの。けどそこが山のてっぺんじゃなくてもっと上に行くとすごい橋が架かってるんだよね」

「すごい橋?」

「うん。すごい橋。見たらびっくりするよ。一度ちょっと進んでみたけど怖いし、すごい先行きが見えないから戻ってきちゃった」

 

 そう言うとなにやら白い手を大きく広げて大きさとかを表現する香奈さん。俺たちが今まで通ってきたような道みたいなのは山の上にあるみたいだ。

 

「……じゃあ、その先は知らないんだな」

「うん、私と由奈は知らない」

「なるほど」

 

 俺は手を顎に乗せ考える。ここから先はどうするべきか……すぐ行くかはともかく香奈さんの言う神社や橋は見ておいたほうが良いかもしれない。狭野姉妹が半年間動き回って無かったのだから実際森の中には大したものはないのだろう。

 

「今日見に行くの?」

「ん? まあ、そうだな……行こうと思う」

「ふうん」

 

 俺の言葉に香奈はにんまりと微笑む。

 

「ん、なんだ」

「付いていこうかなぁと思って」

「別にいいしありがたいが……何かすることとかないのか?」

「何もないよ。むしろ2人が来てくれて面白いことが久々にある感じなんだから」

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