夏の惑星   作:雹衣

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第3話

「……つまり、今絶賛浸水中の謎の無人駅に私達はいると?」

「まあ、そういうことだ」

「満員電車で眠っているうちにいつの間にか?」

「うん」

「はー……」

 

 一先ず彼女を電車の座席に座らせ、状況を説明する……とはいえ、俺も今の状況なんてほんの僅かしかわかっていないのだが。

 彼女は俺の話を黙って聞いたあと、しばらく目を閉じた。

 深く考えるような沈黙をした後

 

「すみません、さっぱりです」

 

 そう言って白旗を上げた。当然と言えば当然なのだが。

 

「まあ、俺にもさっぱりだが……とりあえず、後ろの窓見てみろ」

「後ろ? うわ、本当に水に浸かってる」

 

 俺の言葉を聞くと、彼女は電車のソファに膝をつき車窓から外の景色を眺める。

 窓の外に広がるのは、ボロボロな反対側のホームだ。少し下に目を向けると、線路をゆらゆらと歪ませるホームに入りそうな程に嵩のある水が見える。彼女はそれに気づいた瞬間、まるで野良猫でも見かけたかのような短い驚きの声をあげた。

 

「え、えぇ……どうやってここまで来たんですか、この電車」

「分からない。ホームの端まで行ってみたが、駅の外もずっと水が広がってる」

「……本当ですか、それ」

「本当だ、さながら孤島状態だ」

 

 俺がそう言うと、彼女は「マジですか」なんて呟きながら鞄を漁る。左にまとめた髪を揺らしながら、緑色のケースに入れているスマホを取りだした。

 そして、そのスマホを車窓に向けだす。

 

「水の上の無人駅。これ撮ってメモスタにあげたらバズるかな?」

「……どうだろうな」

 

 スマホを構え写真を撮っている女子高生に俺は適当に相槌を打つ。

 メモスタ……確かSNSの一種だったはずだ。主に画像や短い動画なんかを投稿するアプリで、女性層を中心に人気を博しているらしい。あまり興味がなかった俺は利用してはいない。

 しかし、今の状況を気にせずにメモスタのことを考えるとは、なんというかお気楽というかなんというか……と一瞬呆れるも、パニックにならないだけマシか、なんて自分の中で納得する。

 彼女は俺のそんな内心を気にせずに髪をゆらゆら揺らしつつ真剣な顔でスマホとにらみ合いっ子をしている。

 

「えーっとこうで……あ、圏外だ」

「えっと、とりあえず俺はもう少し駅を調べたいと思う。君はちょっとここで待っててくれ」

 

 それを邪魔するのもどうかと思い俺はそう告げると電車から出ようとする。よく思えば今は改札口を調べに行こうとする途中だったのだ。一先ず状況を調べたい。彼女も電車の中にいればひとまず熱中症とかで倒れる心配はないだろう。

 そう思っての提案だったが、彼女はそれを聞くと「あ、ちょっと待って下さい!」と声を上げ、スマホをバッグにしまい慌てて立ち上がる。

 

「……? 別にまだ調べてない改札口の方を見に行くだけで、すぐ戻ってくる予定だけど」

「でも戻ってくるのも手間じゃないですか?」

「……まあ、そうかも」

 

 女子高生の言葉に曖昧に返事をする。確かに改札まで行って何らかの成果があったとき、それを持って戻るのは手間ではおる。

 

「けど、改札の方に何にもないかもしれないぞ」

「それでも何か探すなら2人のほうが効率いいと思いますよ」

 

 俺の言葉に女子高生はビシッと言葉を返してくる。その言葉に俺は思わず納得してしまった。

 確かに1人だと見落としがあるかもしれないから、2人で行動するほうが良いかもしれない。

 

「……確かにな、じゃあ一緒に改札まで行ってみるか」

「はい、よろしくおねがいします。あ、えっと……」

 

 彼女は俺の言葉に明るいハキハキとした声を上げるも、その後言葉を濁らす。

 

「……どうかしたか?」

「あ、いや、お名前聞いていなかったなぁって」

 

 彼女の言葉を聞いて俺はずっと名前を名乗っていないことに気が付いた……しかも彼女の名前もずっと知らなかった。説明のときも「俺」や「君」で済ましてしまっていた。

 

「そうだった。俺は三枝迅。まあ、えっとサラリーマンです」

「あ、えーっと、私は十市かえでと言います。高校生です」

 

 俺が挨拶をしつつ頭を下げると、慌てて彼女も頭を下げる。

 ……別に職業言う必要なかったなと慌てて挨拶した後に少し内省するもそれを表に出さずに「よし」と意気込むように呟く。

 

「じゃあ、十市さん。とりあえず改札口に向かってみよう」

「はい、えっと三枝さん。よろしくお願いします」

 

 俺の提案に彼女は言葉と共に頭を下げる。そして、ローファーを少し気にしたあと、俺の方を真っ直ぐ、大きな目で見つめてきた。

 その瞳に思わず、動きが止まる。

 見惚れた……というわけではない。なんだか彼女に見つめられると、まるで悪いことしているのを見られたような、なんとも言えないバツの悪さのようなものが湧き上がってくるのだ。

 

「? どうしたんですか?」

 

 不自然に動きを止めた俺を見て不思議そうに首を傾げる十市さん。

 

「いや、何でもない。じゃあ、行ってみよう」

「? はい」

 

 慌てて意識を戻した俺に十市さんは不思議そうな気持ちを隠さない表情のまま付いてくる。

 人気のない電車の中に2つの足音が響き始めた。

 

 

 

 電車の中を2人で通っていく。俺は黙って歩いていたが後ろを歩く十市さんは時々感嘆するような声を漏らしたり、スマホで何かを撮る音などが聞こえてくる。

 

(なんか気まずいな)

 

 内心そう思う。元から俺は口が達者な方ではないし、目立たないタイプの人間だ。そんな人間が異性……さらに女子高生との接点なんてあるはずがない。

 つまり、会話の取っ掛かりがないのだ。女子高生の間のブームなんてわからないし、下手なこと言って相手の気分を害したくもない。彼女と一瞬の関係……数分後に別れられる程度ならまだいいが、ここがどこか分からない以上しばらく一緒に行動することになる。

 そう思うと彼女にどう接すればいいか考えあぐねてしまう。

 

「そう言えば三枝さんも電車の中で眠ってたら、ここにいたんでしたっけ」

 

 車両から車両へと移った時、十市さんがそう言った。俺は歩みを少しゆっくりにしながら十市さんへと顔だけ向ける。

 

「あー、そうだと思う。最後に覚えてるのは満員電車の座席で船漕いでたこと。目が覚めて気づいたらもうここだ」

「へー、なるほどなるほど」

「どうした?」

「いや、私と状況で言えば似た感じだなぁと」

「似た感じ?」

 

 俺は思わず十市さんに聞き返す。彼女は何処か恥ずかし気に笑みを浮かべる。

 

「えーと、私も電車の座席で寝てたんですよ。いつもなら英語の単語帳とか軽く眺めてるんですけど、今日は夜まで映画見ててついウトウトと」

 

 「えへへー」と恥ずかしそうにまとめられた髪を彼女は触りながら説明してくれた。

 ……俺と同じように十市さんも電車に乗り、座席で眠っていたらここに迷い込んだ。同じ状況といえば同じ状況だ。

 とはいえ、電車の中で眠るなんてそう珍しくはない。俺と同じ時間帯の人に眠っている人は他にも見かけた気はするし。

 

「共通点といえば共通点か……」

「ま、まあそれだけじゃ、今の状況の説明にはなってないですよね……」

 

 そう言うと十市さんは乾いた笑みを浮かべている。俺もそれを聞きながら上を見上げる。

 年季の入った電車の天井。そこに吊り下げられた広告は、どこか分からない砂浜が広がっていた。

 

 

 二人で車内を歩き続けて、ようやく車両の真ん中辺りに辿り着いた。

 開いている電車の扉を見ると、瓦みたいな屋根が作られた簡素な木造の建物が見える。そして中には見慣れた自動改札らしきものが3つほど置かれている。

 改札口だと目処をつけていたが、その予想は当たったらしい。

 俺は電車から降り改札へと向かう。青空にさんさんと輝く太陽の日差しの眩しさに一瞬目を細める。

 

「あっつー」

 

 十市さんも続いて車両から降りてくる。ホームへと降りる靴の音と彼女の間延びしたうだる声が聞こえる。

 そして、後ろからボタンを外す音と共にバサバサとはたくような音が耳に入る。彼女へ視線を向けると、十市さんはブレザーのボタンを外し、ブレザーをはためかせ、うちわ代わりに仰いでいた。

 ブレザーに隠れていた白いシャツがあらわになり、首元のリボンも緩められバサバサと動かすブレザーにぶつかって元気に跳びはねている。

 

「日のあるなしで大分変わりますね」

「暑いなら電車で休んでたらどうだ?」

「いいえ。一人でいたって暇ですから、スマホも圏外だし、落ち着いて勉強もできません」

 

 言うやいなや彼女は後ろから俺より前に駆け出し、改札へと近づいていく。待つのも嫌だが暑いのも嫌なようでとっとと日陰へと避難しに行っていた。

 

「急ぐと危ないぞ」

「別にこれくらいで転びませんよー」

 

 俺の忠告を気にせずに十市さんはとたとたと進む。静寂に満ちている無人駅の中にローファーの靴音が駅に響く。彼女の軽快なステップは制服のスカートを揺らし、健康的な白い足が覗く。

 思わずそれを凝視しそうになり、反射的に視線を上に向ける。見上げた先にはいくつかの白い雲が青空を流れていた。そんなに大きな雲ではなく、太陽の光を遮らずに悠々と泳いでいる。恐らくしばらく雨などが降る気配はない。

 

「三枝さん、三枝さーん」

 

 しばらく雲を眺めていると十市さんの声が聞こえてくる。声の方を向くと薄暗い建物の中で手を振る姿が確認できた。

 俺は彼女に軽く手を振って返事をしたのち歩き出すと、建物の下に入る。建物の中は明かりがついておらず、薄暗かった。掲示板やポスターなどが確認できるが「痴漢撲滅」という大きな文字からしてあまりここのヒントになるようには思えない。

 自動改札も取り立てて特徴のないよくみかけるものだった。切符を入れる差込口とICカードなどをタッチするパネルのあるタイプが3つ並んでいる。ただし、電気が通ってないのか明かりはついておらず自分のICカードを触れさせても反応はない。

 思わず駅員室の方へ目を向けるが、そこも暗く、人気はなかった。

 機械は置かれているがその全てが沈黙していた……まるで「死んだ」なんて表現がよく似合う静寂に満ちていた。

 俺は黙って改札を通り抜ける。もちろん無賃乗車を咎められることはなく、素通りすることが出来る。

 十市さんはそんな俺の様子を何やらじっと見つめて待っていた。大人しく待っているように見えるが、彼女の髪はゆらゆらと左右に忙しなく揺れている。

 

「三枝さん、三枝さん、あれ、あれ見てください!」

「ん?」

 

 十市さんは俺が改札を抜けるやいなや出口に駆け足で向かう。俺もそれに付いていく。

 改札から駅の外までは少々距離があった。とはいえそう大したものはない。改札と出口の間に簡易的な待合室のようなスペースがあり、その先には青々とした景色が見える。駅の中で見たときと変わらない青い空が垣間見えた。

 しかし、近づいてみるとそれだけではないものが見えてきた。

 水平線まで水しか見えない海面に何かがポツンポツンと浮かんでいる。それはある程度等間隔に並び、まるで海の果て……水平線に向かってひたすら進んでいくかのように真っ直ぐ伸びている。

 十市さんはそれを指さして興奮か、驚きか「これ、これですよ!」なんて声を上げていた。

 俺はしばらく頭で考えとりあえず思いついたものを口にした。

 

「……飛び石?」

 

 日本家屋や庭などで見る砂利を敷き詰めたところを通るための石の足場……飛び石に俺は思えた。

 とはいえ、水の上に……海の上に浮かぶ飛び石など聞いたことがない。

 それに真っ直ぐに続く飛び石の先は遠すぎて俺の目では何があるのか分からない。どこまでこの石は続いているのか……。

 そう考えてると思わず、自分の意識が遠くなるような感覚に見舞われる。

 目が覚めたときから感じている奇妙な世界に迷い込んだ違和感。それが大きくなったような気がしたのだ。限界を迎えたいってもいいだろう。

 

 気がついたら体はふらついていた。思わず倒れかけるのを必死にバランスを取り、近くにあったベンチに座る。

 揺らぐ視界の中で俺を見て目を丸くする十市さんの姿が目に焼き付いた

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