夏の惑星   作:雹衣

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第4話

「大丈夫ですか?」

「あ、あぁ……」

 

 目眩から治って数分、ようやく頭が冷静さを取り戻してきた……とはいっても現実離れしすぎてて未だに俺の頭はまだ混乱から抜けきっていない。

 ……ほんと、すぐにでも意識を手放したいくらいだ。水に囲まれた非現実な駅、唯一の出口はまるで飛び石のように連なる石の群れだけ。どこへ行けば家に帰るのか……そもそも人はいるのか。自分たちが暮らしている現実と同じ場所なのかすら分からない。

 これでもまだどうにかしようと自身の頭は必死に考える。

 

「熱中症とかですかね……あぁ、だとすると水とか飲んだほうがいいかも」

 

 俺が黙っているとそれを体調が深刻だと捉えたのか、十市さんはバッグから水筒を取り出そうと探し始める。そんな彼女を見て俺の頭はすぐに思考から脱した。

 

「いや、大丈夫。熱中症とかではない」

「え?駄目ですよ強がりは。安静にしないと……」

「だとしても水は残しておいたほうが良い」

 

 俺がそう言うと十市さんは水筒を取り出しコップに注ごうとしていた手が止める。そして俺と水筒を暫く交互に眺めながら「んー」と悩み始めた。どうやら俺の言葉の通りコップを渡すのをやめるか、自分の判断を貫くか迷っているようだ。

 

「ここは暑い。出来る限り水分は残そう」

「で、でも」

「大丈夫」

 

 俺はゆっくりベンチから立ち上がり、わざとらしく体をひねり問題ないことをアピールする。

 

「何も問題はない」

「……本当に調子悪かったら無理しないでくださいね」

 

 十市さんはなにか言いたそうにしつつも言葉をつぐみ、水筒の蓋を締めていた。

 ……しかし、自分でも勢いで言ったことだが水は本当に大きな問題だ。俺自身は水は持っていない。十市さんも先程出した水筒の分しか持ち合わせてないだろう。

 そんな俺たちの装備に対してこの無人駅は大分暑い。室内にいるとマシではあるが、涼しいとは到底言い難い環境だ。こんな場所で倒れられたら対処のしようがない。

 水自体はないとも言えないが……と駅の外を眺める。水平線まで広がる海のように果てのない水……水だけであれば山程ある。

 俺は何気なく水に近づき、手で掬う。手のひらの水は冷たく、粘り気なども感じない。一見すると不純物も入っていない透明な水だ。鼻を近づけてみてもとりたてて匂いはしない……海に近づくと感じる独特な潮の香りも腐ったような匂いもしない。

 

「やっぱり水を飲みますか?」

「あ、いや飲みたいわけではない」

 

 俺が水に近づいている様子を見て十市さんは勘違いしたようで、再びバッグを漁っている。

 

「ここの水が飲めるか気になっただけだ……もしもの為に」

「もしもの為……」

「ここがどこか分からないからな……もしかしたら」

 

 ――何日もここにいることになるかもしれない。

 そう口にしようとしたが、途中で止める。無駄に彼女の不安を煽るのは駄目だと判断したからだ。とはいえ十市さんも先程の言葉だけで大体察してしまったようで、不安げな表情を隠していない。……そのことを少し後悔しつつも黙って手の中の水をわずかに口に含む。

 口に入ってきたのは暑い外とは対称的な冷たい水だった。塩水ではなく、真水。味も水道水のような塩素は感じず、けれどもとりたてて腐ったような感じもない。ミネラルウォーターのような異様に綺麗な水だった。

 

「冷たいな」

 

 暑い中を歩いていたからかその水の冷たさはとても心地よかった。枯れた砂漠の中に見つけた1つのオアシス……は、言いすぎかもしれないがその時の喜びがなんとなく分かった気がする。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 後ろから十市さんが不安げに声をかけてくる。

 

「ああ、この周囲の水は飲めるようだ」

「確か外の水はあまり飲んじゃいけないって以前テレビでやってましたけど……」

「……分かってる、一応の確認だ。一応の」

 

 とはいえ、水の良し悪しなんて俺の舌ではよく分からない。分かったのはこの水は最悪飲めるということだけ。もしかしたら数時間したら腹を壊す可能性もある。だからあくまでも最後の手段にしておくべきだろう。

 喉の渇きは最悪何とかなることが分かった。大きな懸念材料の1つはなくなったとみても良いだろう。

 

「……とりあえず、どうするか」

 

 そして俺は顔を上げ、飛び石へと目を移す。駅の出入口から続く、水平線の向こうまで続いてるように見える石の回廊。唯一駅の外へと出れる道だが、どこまで続いているかわからないこともあって、ここを踏んで行こうとはすぐに決断できなかった。

 

 

 

「もう少しここを調べてみませんか? ほら、ここにも色々あるかもしれませんし」

 

 暫く待合室のベンチに座り休憩兼これからどうするか考えていたらベンチの端に座り、そわそわとサイドテールを揺らしていた十市さんがそう提案してきた。

 

「色々?」

「はい、えっと三枝さんもまだ行ってないところありますよね? もしかしたらそこに意外な抜け道……みたいなとことかあるかもしれないですし」

「抜け道かぁ」

 

 早口気味な十市さんの提案を聞き、俺は少し考える。確かにまだ駅で探していない場所はある。目覚めた場所と反対側のホームはまだだし、見てきたところも隅々まで調べてきたわけではない。もしかしたら、何らかのヒントはあるのかもしれない。出口とか、ここがどこか分かるような物品とか……もしかしたら来た時みたいに突然ワープして元の場所に戻って解決。みたいな都合のいいことも起こりうるかもしれない……流石にそれは楽観的過ぎるが、彼女の言うとおり調べきってはいない。

 

「はい、三枝さん、どうですか?」

「そうだな、探してみるか……」

 

 俺は十市さんの言葉を聞きゆっくりと重い腰を上げる。十市さんはそんな俺とは反して軽快そうに制服のスカートを揺らして構内へと歩きだした。

 ……いちいち重く思い悩む自分とは対照的な軽やかな動き。

 

「……若いな」

 

 なんて感想を思わず呟いてしまった。いや、自身も社会的には充分若者の括りの筈なのだが、高校生の元気さに思わず眩いものを感じてしまっていた。

 

 

 

「うーん、あっちのホームに行くのはぁ……」

 

 駅のホームへと2人で戻る。水に浸かっている線路を眺めつつ反対側のホームへ行く方法を探す。とはいえ

 

「無いですねぇ」

「……ああ」

 

 十市さんが手を双眼鏡の形にして反対側やホームのあちこちを見る。俺もその様子を眺めつつ見渡すが、駅の向こう側行けそうな場所は見当たらない。

 

「何というか上で繋がってたりしないんですね。ここ」

 

 十市さんの言葉の通りこの無人駅は橋でつながっていない。ホームとホームの間に電線のようなものは見えるが……。

 

「十市さん、あそこ伝って行ける?」

「いや、無理ですよ。三枝さん」

 

 俺が指さしたところを手のひら双眼鏡で眺める十市さん。

 そしてそのまま私に半眼で視線を移す。

 

「むしろなんでいけると思ったんですかー?」

「いや、俺より身軽そうだし、頑張れば行けるかなーと」

「なんですかそれ。でも最悪下は水だしいける?」

「……危ないしやめとこう。地下に続く道とかないか探そう」

「連絡通路みたいなものですか? ありますかね?」

 

 視線を下に移し通路探しを続行する。この無人駅のホームには遮蔽物らしきものほとんど無いから、ここからでも端まで良く見えるが地下につながる道なんてどこにも無い。

 

「もし駅の外にあったら下手したら水の中だな」

「……だ、ダイビング?」

「そこまでするならホームからホームを泳ぐよ」

「あぁ、確かに」

 

 十市さんはポンと手を叩いて納得の声を上げる。そして向こう側の駅の方へ目を向ける。駅と駅の間はそう離れてはいない。恐らく10m……から15m程。深さも見た感じ普通のホーム程。泳ごうと思えば泳げるだろう。

 ただ、泳ぐとなると……。

 

「あー、もし、もしだ」

「はい」

「どうしても向こうに行く道が無くて泳ぐしか無かったとして」

「はい」

 

 俺がどう聞こうか悩んでいると十市さんは少し見上げて俺の顔をジッと見つめて来る。

 ……正直こう、真剣に見られるとこれから聞くこととのギャップに凄く言いづらくなってくる。知り合って間もない人にこういうこと聞くのは少々問題ではなかろうか、会社とかでも色々コンプライアンスに関する研修は受けていたし、異性の同僚などにはいつも気を遣っていた。

 今回は、更に相手は女子高生だ。下手な聞き方をしたら、セクハラだって怒られてしまうかもしれない……いや、怒られるならマシだな。泣かれたりしたら正直、どう対処していいか分からない。

 

「……」

「どうしても泳ぐしか無かったら?」

 

 俺の質問を反復しながら首を傾げる十市さん。それにつられ彼女のサイドにまとめられた髪が俺に催促するかのようにユラユラと揺れる。

 

「あー、水着とか持っているのかと、聞きたくて」

「あ、なるほど」

 

 俺の言葉を聞くと三枝さんは得心がいったと言わんばかりに声を上げて手をポンと叩く。

 

「でも、水着は持ってないですよ」

「そうなのか?」

「はい、だってもう冬じゃないですか。プールの授業はもう終わってます」

 

 ……そうだった。この無人駅の暑さと光景のせいで勘違いしかけていたが、迷い込む前の季節は冬。俺だって上着を羽織って出社していたんだ。

 そんな夏の熱気とは無縁の時期に水着を持っている学生なんて熱心な水泳部員位なものだろう。

 

「そうだった。今日は冬だったな……」

「そうですよ。まあ、私もここにいると今が冬だって忘れそうですけどね」

「本当だな」

 

 そう言うと十市さんと見つめ合う。一瞬の沈黙のうち、何だか可笑しくなって2人で軽く笑い合う。

 

「しょうがない、俺が泳いで渡るか」

「え、大丈夫ですか? 服とか……」

「服脱いで泳いでみる」

「え?」

「ああ、だから、ちょっと離れててくれないか?」

「あ、は、はい!」

 

 俺の言葉に十市さんは慌てながらそっぽを向いて少し離れる。……なんというか初々しい可愛らしい反応だ。あまり俺が見ない新鮮な反応に俺は思わず驚いてしまう。そもそも女子高生となんて殆ど関わらない人生……どころか俺のいる会社は殆ど男所帯。女性社員は数えるほどしかいない。だからか彼女の動き1つ1つがなんだか目を引いてしまう。

 ……いやいや、それではまるで邪な感情を抱いているみたいだ。彼女も今ここに迷いこんでいるのは不安でたまらないはずだ。真剣にここを脱出する事を考えないと。

 

「あ、あのー……まだ脱いでる途中ですか? そっち向いても大丈夫ですか?」

「あ、まだちょっと待ってくれ」

 

 十市さんの当惑声に促され、俺は服を上のシャツから脱ぎ始める。

 わざわざびしょ濡れになるんだから、何かヒントになるものがあればいいんだけどな……。

 

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