結論から言うと手掛かりになりそうなものは無かった。
向かい側はホームも待合室も殆ど一緒の構造であり、唯一違いがあるとすれば外に続く飛び石が無い事位。
正直、全身びしょ濡れになった程の見返りは無かった。皆無と言っても良い……ただ、「ない」という情報が分かっただけよしとしよう。と自分の心の中で無理矢理納得する。
そして向かいのホームを調べたり、十市さんと2人で元のホームを調べている内に日が沈み始め、青々とした空は夕暮れの赤と夜闇の黒に変わり始めていた。
「……」
「……」
俺達2人はホームに設置されているベンチに座って互いに黙っていた。十市さんはベンチの右端に座り、時折スマホの画面を眺めては閉まう動作を繰り返している。泣いたり、あからさまに落ち込むような姿勢は見せないが、彼女の顔に疲れが見えていた。
……それは俺も同様だろう。流石にわざわざ向こうのホームまで泳いで収穫0は心身ともにキツい。夏の様な熱気によってすぐに乾いた髪をいじりつつ俺はゆらゆら揺れる線路の水を眺める。というか眺める事しかもうできない。
その時、「ぐぅ~」というどこか2人の重い沈黙には似合わない音が鳴り響いた。
「あ……」
その音が鳴り終わった後十市さんが微かな声を上げる。横を見ると彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめつつお腹に手を当てていた。
何気なく腕時計を眺めると時計の針は7を指していた。考えてみれば無人駅の探索に夢中になって朝から何も食べていない。彼女のお腹が鳴るのも当然だろう。
「あ、あのぅ、ちょっとお弁当食べて良いですか?」
「いいけど……というか別に俺は上司とかって訳じゃないしそんな伺わなくていいよ」
「そ、そうですよね。ただちょっと緊張しちゃって……」
そう言いつつ学校指定らしきバッグを開ける十市さん。学校の教科書らしきものやノートが覗きつつ、ピンクの包みを取り出して膝に乗っける。
その包みを出し蓋を開ける。中から出てきたのは二段立てのシンプルなお弁当で、彼女の細い膝に「ちょこん」なんて擬音が似合うものだ。女子高生らしい慎ましやかなお弁当である。
「あ、あのう……」
「あ、いや、気にせずに」
思わず彼女の弁当を凝視してしまった為、十市さんが困ったように俺を見ていた。よく思えば俺も朝以降食べていないのだからかなりお腹がすいている。だけど……。
「……とりあえず、食べてる間俺は電車の方調べて来るから」
「あ、三枝さん、待ってください」
俺が見てたら食べづらいだろうと思い席を立とうとすると止められてしまう。彼女の方を向くと少しおずおずとしながら弁当を見せて来る。
「三枝さん、今ご飯無いんですか? その、一緒に食べませんか?」
「いや、だが……」
「我慢して三枝さんが倒れても大変ですから」
そう言うと俺が何か言う前に弁当の中身を分け始める。入っていたご飯に卵焼き、2つに分けられたウインナーやブロッコリー……恐らく彼女の母親が作ったであろう学生の弁当らしい中身を開けた蓋の上に置いていく。そして蓋ごと半分に分けた中身を俺に渡してきた。
「はい、三枝さんどうぞ」
「……すまん」
「いえいえ、私が作った訳じゃないですし」
「ほらほら」と言いながら俺の前にぐいと蓋を前に出す。……女子高生1人分のそこまで量の多くない弁当。それを更に半分に分けられた。十市さんとしても満足な量とは言えないだろうに、そんなことおくびにも出さない。
「それに昼は三枝さんが頑張ってたじゃないですか。泳いで向かいのホームまで泳いでくれましたし」
「とはいっても全然手掛かりは無かったけどな」
「まあまあ、気にせずに。とりあえず色々考えるのは後にしましょう」
そこまで言われ俺は蓋を受け取った。ついでにどこからか割りばしも取り出して俺に手渡してくる。
「いただきます」
「い、いただきます」
俺が不思議そうに割りばしを眺めていると十市さんはそれを気にせず礼儀正しく挨拶をし弁当の中のきんぴらごぼうを食べ始める。俺もそれに続きウインナーから口にする。恐らくスーパーとかでよく見る有名なメーカーのウインナーだろう。高校時代に母が入れてくれたものをなんとなしに思い出させる。
……そう、彼女はまだ高校生なのだ。弁当を食べながら頭の中で考える。彼女はこの奇怪な状況に戸惑いこそすれ、泣いたり、パニックになるようなことはせず、俺についてきてくれている。あまり彼女の事を良く知らないが気丈に振る舞ってくれている。けれども内心は不安になっている事だろう。
(俺も頑張らなくちゃ)
ブロッコリーを口に入れつつ俺は決意する。前を見れば線路の水が空の景色を映して赤と黒の狭間でゆらゆらと揺らめいている。
その景色を見ながら食事をしていた俺達の近くで「カチッカチッ」と音が鳴り始めた。
「……何の音ですか?」
突然鳴り始めた異音にウインナーを口にほおばっていた十市さんの動きが止まる。俺もその音に少し驚くも音の方を向いてその正体にすぐ気が付く。
「あれだ、あの電灯」
俺が割りばしで音源を指す。俺達が座るベンチの傍。そこに一本の電灯が立っていた。なんというか住宅街とかでも見かける、とりたてて珍しくない形の電灯。それの表面は禿げていて長い歴史を思わせる。その先端に取り付けられている蛍光灯が心許なく点滅しながら明かりを点けていた。
どうやらすっかりここは夜になってしまったようだ。
「ここ、電気通ってるんですね」
俺の隣で十市さんが目を見開き少し驚いたように呟いた。……言われてみればそうだ。一瞬当然の様に考えてしまったが、こんな水場のど真ん中にある無人駅に電気が通っているのは少々可笑しい。少なくとも昼に見た範囲に陸地のような物は見えなかったはずだ。昼間の時は自動改札だって動いてはいなかった。
そんな俺達の驚きを余所に電灯は少々眩しいくらいの白い光が点滅している。そして電灯の明かりにつられたかのように反対側のホームに取り付けられている電灯、改札口などのほうも次々と明かりが点き始める。まるで夜が来たことを電灯たちが告げ始めたかのようだ。
夕暮れの世界に突如出現した人工物の明かりが目には眩しく俺は目を細める。少々点滅しているものの灯りは美しい。
「なんか不思議な気持ちになりますね」
そんな灯りを2人で見ていると十市さんは呟いた。
「え?」
「私の近所にこんな人気のない場所ありません。だから暗くなってもこんなに静かになる事って中々無いんですよね。だからちょっと新鮮です」
「そうか……俺もあまりないかもな」
「三枝さんもですか?」
「ああ、祖父の家は田舎だったが、逆に田舎過ぎて電車もなかった。こんな無人駅に夕方までいるなんて初めての経験だよ」
「初めて同士ですね」
そう言うと何がおかしいのかクスクスと笑いだす。俺もそんな彼女の笑みに少し釣られて笑みを浮かべる。
「なんだそれ」
「本当になんでしょうね。私もよく分からない事言っちゃいました」
そう言って2人で笑い合う。黄色い電灯の明かりに照らされ俺達の影はゆらゆらとホームに満ちた水に映っていた。