夏の惑星   作:雹衣

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第6話

 夜、時計の短針は「8」を指している頃。俺と十市さんは電車の座席に横になっていた。電車の窓からは微かな電灯の光が漏れているもののさびれた電車の中は床が見えない程に暗い。俺の近所の真夜中でもここまで真っ暗にはならないだろう。

 俺はなんとなしに電車の天井を見上げる。電灯の明かりでかすかに見える吊り看板。そこに写るどこか分からない観光地らしき山の風景を呆然と眺める。

 ……どこか分からないのはここも同じか。

 ため息を吐いてシートに横になる。いつも寝ているベッド程柔らかくはなく寝心地はあまり良くない。とはいえここを除いて眠れるスペースはベンチと床くらいしかないのだから選択肢の余地はない。

 それに電車の中で寝ていたらここに来たのだし、電車で寝てれば元の場所に戻れるかもしれない……なんて淡い期待に期待していたりもする。

 

「……」

 

 何気なく十市さんの方を見てみる。彼女は脱いだブレザーを毛布代わりに羽織り、学校指定らしきバッグを枕代わりにして目を閉じている。彼女のバッグの傍には髪を纏めていたシュシュとスマホが置かれている。

 ……なんとも奇妙な状況。打ち捨てられた電車の中で女子高生と2人きり。それだけ聞けばロマンティックと言えなくもないがそんなムードは皆無。……当事者としちゃ頭の中は不安ばかりだ。

 単純にここが何処なのか、自分の家に帰れるのか。

 

「明日の食料とかもどうするかな……」

 

 思わず考えていたことが口に出た。十市さんの持っていたあの弁当が2人の持っている最後の食べ物だった……まあこの真夏のような暑さじゃ明日まで保たないだろうから食べて正解だったと思うが、ここに食料らしきものは見当たらない。

 

「はあ……考えるのは止めだ」

 

 今の自分の状況を考えても悪い事しか想像が思い浮かばない。これでは気が滅入る一方だ……。

 ふと自分のスマホを眺める。勿論画面には圏外の表示が出ていて、どこにも繋がっていないことを示している。それを気にせずにSNSを開き、朝から動いてはいないタイムラインを眺める。友人のしょうもない愚痴や、好きなアニメキャラのイラスト。ちょっとした豆知識。それをゆっくり遡っていく。

 

(そういえば今日みなちゃとさんの配信あったんだったな)

 

 みなちゃとさんの配信告知を見つける。これを見かけて1日の頑張る糧としていた朝がもう遥か遠くに思える。満員電車で見た時はまさかこんなことになるだなんて思っていなかった。

 ……駄目だ何やっても思考がネガティブになる。

 

「……どうしたんですか?」

「あ、いや。少しお手洗いに」

 

 気持ちを切り替えるためにシートから立ち上がると電車を出る。そしてそのまま暗闇のホームを進んで駅舎に入り、そこにあるトイレへと入る。正直こんな半ば廃墟染みた無人駅でまともにトイレが動いているとも思えないが、長年文明で生きていた現代人の習性みたいなものだろうか、そこら辺で用を足す気にはなれなかった。

 トイレもまたある意味イメージ通りのものだった。タイル張りの床に木製の壁に仕切られた洋便器と和式便器が1つずつと立小便の便器が2つ。天井に取り付けられた蛍光灯がチカチカと点滅しながら点灯していて薄暗い。なんというか田舎のおんぼろトイレといった感じだ。

 俺はトイレに入りそのまま小便器で用を足す。……夜中に薄暗いトイレ。シチュエーションだけならかなり恐怖感漂うものの筈だが、正直何とも思わない。

 というか今日は驚きの連続過ぎて少しの感情が動くのも疲れた感じだ。頭がもう色々どうでもいいからと全てほっぽり出して休みたい感覚。一時期のとんでもない繁忙期で何日も夜遅くまで残業をしていた頃に近いかもしれない。

 用を済ませ、トイレの洗面台の蛇口をひねる。すると水がちょろちょろと流れ出す……何気なく蛇口をひねったが水道も通ってるのか、ここは。とはいえこの水が何処から来てるのか見当もつかないが。俺は手を洗いハンカチで拭くとまた電車へと戻る。

 この駅は夜になっても暑かった。肌に刺さるような陽光は無くなれど、うだるような熱気はなくならない。俺はYシャツを軽くパタつかせつつホームを歩く。

 

「……あ、三枝さん」

「十市さん」

 

 ホームを歩いていると十市さんが外に立っていた。解かれた髪が風に吹かれ、肩程の長さの髪がゆらゆらと揺れている。

 

「どうした? あー……眠れないのか?」

「まあそうですね。中々寝付けなくて」

 

 そう言って「あはは」と困ったように笑う十市さん。

 

「疲れてはいるし頑張って眠ろうとしてるんですけど……全然」

「だよなぁ」

「三枝さんもですか?」

「あぁ……まあ、そんな感じかな」

「ですよね……」

 

 十市さんはそう言うと俺から目を逸らし視線を落とす。俺も思わず彼女から視線を逸らし駅の外に広がる真っ暗な水面を眺める。

 何とも言えない沈黙が俺達の間に満ちる。こういう時に彼女に対して話す話題が思いつかない。

 下手に彼女が不安になるようなことはあまり言ったら駄目だろうし、家族のことを聞いてみるか? でもいつ帰れるか分からないこの状況でそういう話をするのも……。

 

「でも、もしかしたらまだ寝るには早すぎるだけかもしれない」

「え?」

「だから、中々寝付けない理由」

 

 俺の言葉を聞いて十市さんは「ポカン」みたいな擬音が似合う口を開いた不思議そうな顔をしてしまった。色々彼女を不安にしないようにしようと考えるあまり意味のない励ましをしてしまったことを少し後悔しつつも言葉を続ける。

 

「ま、まだ8時くらいだし」

「あ、あぁー、……普段10時くらいに寝るのでそうかもしれませんね」

「そうそう、俺も普段は11時くらいだ」

「へぇ、そうなんですね」

「だから、まあ、あまり悩まずにな。案外こう……すっと眠れるかもしれないし」

 

 ……口から出たのはなんとも拙い励ましだった。なんとか「絶対に助かる」とか「安心して欲しい」とかもっとうまい事言って彼女を安心させるべきなのに……そう思えど口は全く動かなかった。

 なんというかそれを口出すと俺自身がそう思っていないことを彼女に見透かされそうで口にすることが出来なかったのだ。

 ……状況が芳しくないことは彼女も分かっているだろう。けれども俺が悲観しているとは何故か思って欲しくなかった。

 

「そうかもしれませんね。案外すっと眠れるかも」

 

 俺の言葉を聞いて十市さんは微笑むと、「んんー」と声を出しながら軽いストレッチを始める。

 

「ところで三枝さん、流石に電車のシートでずっと寝てるとちょっと体が痛くなりませんか?」

「ああ、確かに。柔らかいとはいえベッドとはちょっと違うから――」

 

 俺がそう言いながら彼女を見て思わず言葉が止まる。彼女がストレッチで動かすたびに彼女のシャツ越しの膨らみが目立ち、思わずそこに目を向けてしまいそうになり慌てて視線を逸らす。彼女の上はシャツだけで薄着な分、色々意識が向いてしまう。

 

「あっ!」

 

 ふと、彼女が小さく声を漏らした。俺はゆっくりと……あまり彼女の体の方に意識を向けないようにしながら視線を向ける。

 十市さんは上を見上げていた。口を微かに開け、少し驚いた様に目を見開いている。

 俺も釣られて彼女の視線の方をゆっくりと向く。視線の先は空だった。

 

「綺麗……」

 

 十市さんは呆然と呟いていた。

 人気のない無人駅の上には雲一つない空。その空には小さな月が1つ。周りを囲うように浮かぶ沢山の星々。星の密集した灯りの束……天の川がハッキリと見え、白き輝きが溢れている。地上の駅には灯りが少なく、周りに高い建物が無いからか彼らの輝きを邪魔するものがいない。視界一面に美しい星が満ち満ちと輝いていた。

 

「こんな星空初めて見ました」

「……俺もだ」

 

 十市さんの言葉を聞き俺も自然と同意の言葉が浮かぶ。

 どちらかといえば都会で生まれ育った人間の俺からしてみれば夜景なんて月が浮かんでるか否かで真っ暗なのがほとんど。祖父の家の近くでなら多少は星が見えたが、ここまで沢山の眩しい位の夜空は見えなかったはずだ。

 

「いつのまにこんなに綺麗な空が」

「夕方までは星なんて全然無かったですよね」

「ああ……多分、そのはずだ」

「ほんと不思議ですね、ここ。周りが水に満ちてたり、電波も通じてない。けど電気がついていたり……」

「そうだな」

「けど、この空が見れたのはここへきてちょっと良かった……なんて思えてきちゃいますね」

 

 彼女は空を見上げながらそう呟いた。まるで子供らしく頬を綻ばせていた。

 ……明るいというかなんというか、どこか能天気にも聞こえる十市さんのその言葉を聞いて俺は思わず笑みを浮かべる。

 

「まあ、確かに景色は綺麗だな」

「はい」

 

 2人で無人駅の上に広がる空を眺める。黒い絨毯に宝石を散らばっているかのような天の川の光の波。その中から自分の知る星を探してみる。

 ――星の位置は見る場所によって僅かに変わる、それによっておおまかな位置を理解する――

 なんてことを以前読んだラノベのキャラクターがやっていたことを思い出しそれが出来るか試すも……直ぐに諦めた。

 精々12星座の名前と学校で学んだ程度の知識しかない。専門家やマニアみたいに星々の名前と星座を覚えてなくて常日頃から星々にロマンを見出していた人間じゃないのだからそんな都合のいいこと出来る訳が無かった。

 なので、星空の美しさを単純に楽しむことにした。

 

「……すみません、三枝さん。明日どうしようと思っていますか?」

 

 暫くしたら十市さんがそう尋ねてきた。

 

「明日?」

「はい、明日です。今日この無人駅を調べましたけど元の場所に戻る手掛かりは見つからなかったですよね?」

「ああ」

「だから、その、この後はどうしましょう? またこの辺りを調べますか? それとも――」

 

 そう言うと彼女は視線を駅舎の方へ移す。

 

「駅から出て進んでみるか……だな」

「はい」

 

 昼の探索で見つけた出入り口……駅の入り口から伸びる飛び石の列。そこしかまともな通路は見つからなかった。

 けれども

 

「あの先に何かあれば良いけどな……」

 

 入り口を思い出し思わず軽くため息を漏れてしまった。駅から延々と続く飛び石の先には青い水面しかなく街や、家と言った人工物はおろか島らしきものも見えていなかった。そんなゴールの見えない道を進んでいいものなのか……どうしても即決することは難しかった。

 

「ただ、ここに残っていてもしょうがないですよね」

 

 俺が黙ったのを暫く見ていた十市さんはそう呟いた。小さな声ながら俺の耳にも届く声だった。

 

「……まあ、どうするかは明日決めよう。もしかしたら寝ていたら何時の間にか元いた電車に戻ってるかもしれない」

「そうですね。とりあえず、今日は休まないと」

 

 俺がそう結論を先延ばしにするようなことを呟くと十市さんは大人しくいう事を聞いて廃電車の中へと入り、先程と同じ場所に体を横にする。俺もそれに続いて電車へと入り、シートに横になる。

 静かに流れる波の音だけが俺達の間で鳴り響いていた。

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