夏の惑星   作:雹衣

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第7話

 ガタンゴトン、ガタンゴトン……。

 

 規則的に続く揺れの中、俺は吊革を握りながら立っている。周囲には俺と同じように立つサラリーマンらしき男や、制服姿の女子高生。私服で髪を染めている大学生らしき男……様々な人間達がスマホを眺めながら立っている。

 俺もその例に漏れずスマホを眺めながら揺れで転ばぬよう立っている。今日も今日とていつもと変わらぬ毎日。仕事に行き、会社の一員として大したことない仕事をこなして帰る……社会の歯車として回り続ける。別に不満なんて大してない。「人生楽していきたい」と思えど、そんなことは起こらないと諦め、黙って働く毎日。

 辛くないといえば嘘だけど、皆似たり寄ったりの気持ちで生きていると思い込む、そんな毎日。

 

(あ、みなちゃとさんの配信だ)

 

 SNSを見てふと思う。自分の気に入っている配信者の配信告知だ。それを見て思わず頬を綻ばす。自分の数少ない楽しみ。これがあることが分かれば仕事の気力も湧くというもの。みなちゃとさんの配信開始時刻は……。

 そう考えてふとスマホを動かす指が止まる。以前も……最近も電車の中でそう考えた気がする。

 

 ガタンゴトン、ガタンゴトン。

 

 何気なく横を見る。何故か電車の中の風景はぼやけ白黒の車内。隣のサラリーマンはスマホでニュースを眺めていた。別に珍しくない。当たり前のような週5は見ている景色。そのはず。

 電車は揺れる。流れていく家屋の屋根達。……そう、いつもの景色。いつもの……なのにどこかここに居たいような……。

 

「あ」

 

 横を見て思わず声が出た。白黒の車内の中に1人の姿……黒い制服を羽織る。サイドテールの少女。彼女も立ちながらスマホを黙って眺めている。

 そう珍しくもない。都内では何処にでも見かけそうなちょっとこじゃれた女子高生。自分にはもう縁無さそうな少女。だというのにずっと見てしまう。

 何処かで見たような……そんな気が……。

 

 

 

「……夢か」

 

 車窓から入る日光に起こされ、俺は目を覚ました。何気なく腕時計を見ると「6」の文字を指している。

 体を起こして外を見てみる。外に見えたのは古錆びた看板と水に浸った線路のみ。水は微かに揺れて、日の光を反射して白く煌めいている。窓の外は昨日の様に清々しい位の晴れ模様。

 ……1度眠ったら元の世界に戻っているかもしれないなんて微かに希望を抱いていたりもしたが、それは無かったみたいだ。

 近くのシートを眺めるとバッグを枕にしている十市さんが見える。彼女もまだここに残っていた。恐らくまだ夢の世界なのだろう。俺は彼女を起こさないように静かに立ち上がり、外に出る。

 ……朝だというのにもう少々暑い。寝起きなせいか喉がカラカラに乾いている。シャツも汗によるものか濡れている……自分ではわからないが、色々匂いとかが気にならないこともない。

 俺は駅舎に入りそのままトイレに。そして洗面台の蛇口をひねる。水がちょろちょろと出てくる。俺は2回顔を洗うと手で汲んで水を飲む。乾いた喉にはこの水が美味しく感じられた。

 

「……」

 

 黙って鏡で顔を見る。いつもの自分の顔だ。

 社会の歯車として動き続けた自分の顔。それはここに来ても変わらない。……1日2日でそう変わるものでもないし当然か。

 

「あっ三枝さん」

 

 トイレから出て電車に戻ると十市さんは起きていた。彼女は車両の真ん中でストレッチのようなことをしていた。背筋を伸ばしている所で彼女は私に気付くと腕を伸ばすポーズをしながら俺に手を振って来る。

 

「良かったぁ。起きた時三枝さんいなかったからてっきり三枝さんだけ帰っちゃったのかと」

「いや、ただ手洗いに行ってただけだ」

「そうだったんですね。あ、三枝さん寝心地どう思いました? なんか私は身体があちこち痛くって……」

 

 そう言うと彼女はわざとらしく自身の腰や、足首などをマッサージするように叩く。

 

「そうだな、俺も少し肩がこった」

「ですよね! うーん……たった一日寝ただけでこうなるなんて……マットみたいなの無いかな」

「残念ながらこの駅には無いな」

「ほんとですよね」

 

 「よっと」と軽く声を漏らしながら体を反らすストレッチを行う。彼女のシャツがめくれ健康的な肌が見える。細すぎる訳ではないが肉も余りついていない腹。それを見てしまい、思わず視線が行きそうになり慌てて顔を逸らす。

 

「っとと……で、今日はどうしましょうか」

 

 そんな俺に気付かずに十市さんは姿勢を戻しながら俺に聞いてきた。

 

「今日?」

「はい、夜にも少し話しましたけど、どうしましょう? もう少し駅を探索しますか?」

「そうだな……」

 

 俺は彼女の言葉を聞いて顔に手を置いて考える。夜は先延ばしにしたものの、結局今判断しなければならない。

 そして期限はあまりない。俺達はもう食料らしい食料はないのだ。なんとかして元の場所に戻るか……最悪スマートフォンの電波が届く場所に行かなければならない。

 

「とはいっても、もう駅には出口らしい場所は無いと思う……もしかしたら、電車に乗っていればいつのまにかって可能性もあるとは思ったが」

「無かったですね、そんな都合の良い事……流石に2日もここで待機してたら干物になっちゃいそうですよ」

 

 そう言うと車窓から空を見る十市さん。空は昨日と変わらず青々とした空をしているのを見て少しうんざり気に呟いた。

 

「とはいえ、あの飛び石の先に何があるか分からないぞ」

「でもここには何もないですよ」

「……まあ、そうだな」

 

 瞬時にそう返されてしまった。……どうやら、彼女としては飛び石の先に進みたいようだ。俺としてはもう少し慎重に行きたいが、彼女の言う通りここには目ぼしいものは無さそうだ。

 

「……じゃあ」

「じゃあ?」

「十市さんの準備一通り終わったら行くか」

「はい、あ、じゃあ、準備するので待っててくださいね」

 

 一度体を伸ばすと、彼女はバッグを抱え、駅舎に向かう。俺はそれを見ながら自身のバッグを掴んだ。

 

 

 

「お待たせしました、三枝さん」

 

 駅舎のベンチで待っていると十市さんはトイレの方から慌てながらやってきた。寝る時にほどいた髪をまとめサイドテールにしており、彼女の動きに合わせて揺れている。

 

「水は通ってて助かりましたね。とりあえず水筒に水を入れておきました」

「ま、水道の水が安全かは疑問だけどな」

「それはそうですけど……湖か、池みたいなところから直接飲むよりは大丈夫そうじゃないですか」

「そうだな」

 

 俺が呟くと彼女も微笑み返す。そして2人で駅の入り口へと目を向けた。視線の先にはこの駅から続く唯一の道である飛び石の列。先の見えない……果てまで続きそうなその道。それをこれから進んでいく。そう思うと少し足踏みしかけてしまう。

 

「よいしょ、三枝さん。こっち」

「え、」

 

 十市さんに呼ばれ振り向くと彼女は俺と自身が入るように手を伸ばしながらスマホを構えていた。

 

「はい、チーズ」

 

 状況が分からぬうちに十市さんはパシャとスマホで撮影を行う。

 

「いきなりなんだ、びっくりした」

「あはは、記念……じゃないですけど、リラックスですよ。ほら、三枝さん、どうですかこの写真」

 

そう言いながら十市さんはスマホの画面を向ける。彼女の画面には笑みを浮かべると十市さんと戸惑う俺のツーショット。……見れば見る程全然似合わぬ2人組だ。冴えない俺には彼女の姿は輝かしい。

 

「これもメモスタにあげるのか」

「そうですね、ここから脱出出来たら脱出記念にあげようかな。あ、メモスタにあげても良いですか?」

「出れたらな」

 

 そう言うと「よしっ」なんて短い言葉と共に手に拳を作っている。こんな事態でもメモスタか……なんて少し呆れつつも彼女のマイペースさを見ていると少し緊張がほぐれる。

 

「……じゃあ、行くか。多分相当大変だぞ」

「はい、承知の上です」

 

 そう言うと俺達は飛び石の前に立つ。飛び石同士の距離はそこまで離れていない。足を延ばすか少し跳べば届く距離だ。

 

「よし、じゃあ行くぞ」

「はい」

 

 俺が先に進み、十市さんはそれに続く。1個乗ると少し歩いて次の飛び石に跳んでいく。

 こうして俺達は進み始めた。空はどこまでも青々として、白い雲は行く先も決めずに彷徨っている。

 まるでこの星から夏以外無くなってしまったような。蒸し暑くも爽やかな果てない景色。

 

「夏の惑星か」

「三枝さん、何か言いましたか?」

「いや、なんでもない」

 

 俺がなんとなしにぽつりと呟いた独り言に十市さんは首を傾げる。

 

「清々しくなるくらい夏模様だと思ってな」

「ほんとそうですね、最近は春でも暑く感じますけど、ここまでではないと思います。なんでいきなり夏っぽくなったんですかね」

「本当にな」

 

 軽い雑談としながら俺達は駅を出る。飛び石の先に何かあるのを信じて。

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