夏の惑星   作:雹衣

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第9話

「あ」

「どうしたんですか?」

「いや、水中に」

 

 まだまだ先行きの見えない飛び石を歩き続けている。ふと後ろを向いたがもう無人駅は見えなくなっており、果ての無い飛び石の道が続いているだけとなってしまった。

 そんな時、ふと俺は水の中を眺めた時にある事に気付いた。

 

「あ、色々落ちてますね」

 

 俺の言葉を聞いて十市さんも水中を見る。周囲の水はかなり澄んでいて浅い水底まで良く見える。そんな水の底には様々な人工物が見えた。

 

「あれは……道路標識?」

「あっちの方には自販機らしきものも見えるな」

「え……あ、本当だ」

 

 十市さんの言うように透明な水の底には道路標識が立っていた。標識自体はそう珍しいものでは無い。赤い丸の中に「40」の数字が書かれている。それにここから少し離れた所に自動販売機が横に倒れていた。どちらも日常的に見るものだ。けれどもそれが「水の中に立っている」というだけでなんというか奇妙な感覚に陥って来る。

 

「自販機……中に飲み物とか入ってるかな?」

「あそこまで泳ぐのか?」

「……流石に厳しいですかね?」

「やめといたほうが良いんじゃないか? あそこまで泳いだところで中になにかある保証はないしな」

「そうですよねー」

 

 十市さんはそう呟くと自動販売機を一瞬名残惜しそうに見た後、また飛び石を進み始める。

 その後も2人で歩き続ける。時々、どちらかが軽く話しかけるもすぐ無言になり、またしばらくしてどちらかが話しかける……。そんな感じで短い会話を断続的にしながら進み続ける。

 別に空気が悪いという訳では無い……とはいえこんな炎天下の中を歩き続けているのだ。自然と会話は無くなっていく。

 そして会話が無くなってしまうとどうしても「これから」のことを考えてしまう。「これから」というのは無論食料、着替え、寝床、脱出のすべetc……もっと目下のことといえばこの先になにかあるのか。

 意を決して進んではみたもののもしかしたらこの先には何も無いかもしれない。未だ視界には飛び石の先には影も形もない。もし何処にも辿り着かぬまま途切れ、海が広がっているだけなのではないか……。もし駅に戻るにしても数時間かかる。そうなれば本当に飛び石の途中で行き倒れし兼ねない。

 

「?」

 

 ふと振り向くと額に汗をかいている十市さんが不思議そうに首を傾げる。その更に先……駅はもう見えなくなっている。

 

「三枝さん、どうかしましたか? 何か気になることでも」

「いや、大したことない……疲れてないか? そろそろ休憩しよう」

 

 不安にさせぬよう半ば遮るように俺は提案する。

 

「そうですね、休みましょうか」

 

 そう言うと2人で暫く進み、手ごろな飛び石に腰を下ろす。俺はバッグと上着を飛び石に置くと汚れとかを気にせずに座り込む。飛び石は強い日差しのせいか少々温かい。そんな俺の様子を見てか十市さんもゆっくりとスカートを気にしつつ座り込んだ。

 

「大分進んだ気はするけどまだ先は見えませんね」

「そうだな……体調は大丈夫か? 頭がふらつくとか……」

「うーん、とりあえず今は大丈夫で」

 

 そう言った途端「くぅ~」なんて音が聞こえてきた。

 

「……」

 

 その音を聞いて十市さんの顔を見ると顔を逸らしながら赤くしていた。

 当然だ、今日は朝起きてから口にしたのは水だけ。昨日だって俺と分け合った弁当が最後に食べたもの。お腹がすかない方がおかしい。

 けれども彼女にとってはお腹の音が聞かれてしまったのは相当恥ずかしい行為のようだ。いや、俺だって他人に聞かれたくはないがさすがにこの状況じゃしょうがないものだろう。

 

「と、とりあえず。水を飲め。熱中症になったら大変だ」

「そ、そうですよね!」

 

 慌てながら水筒を取り出す十市さんは恥ずかしさをごまかすように水を飲み始める。そんな彼女を見つつ俺は横を見る。

 透き通った奇妙な位穏やかな水面。水底も見える程の透明度を誇り、水の中に所々人工物が沈んでいる。俺達が座っている飛び石の近くを覗くとなんと乗用車が1台丸々水の中に沈んでしまっている。

 思わずそれを見て閉口しそうになってしまったのでなんとなしに空を見上げる。空から降り注ぐ光は未だに強く。日が沈むまでまだまだ時間がかかりそうであった。

 

 

 

「三枝さん」

「んー」

 

 休憩してから更に数十分。俺達は再び歩を進め始める。先行きの見えない中ひたすらに飛び石を跳ねる……正直俺の体は大分悲鳴を上げ始めていた。主にふとももと股関節。

 飛び石から飛び石に移るのが地味にキツいのだ。ぴょんと跳ねる動きは大したことないのだが、それを何時間も続けているのだ。それがなんというか……膝に来る。

 

「どうした?」

「大丈夫……じゃなさそうですね」

「ああ、元々運動不足気味でな……」

「運動不足は健康に悪いですよ」

「だな……少し後悔してるところだ」

「後悔?」

「運動してこなかったことに」

「成程」

 

 そんな俺に比べて十市さんは疲れが見えない訳では無いがまだまだ元気そうだ。

 

「十市さんは部活動をなにかやってるのか?」

「部活? ああ、私は陸上部ですよ」

「どうりで」

「マネージャーですけど」

「……じゃあ、違うか」

「?」

 

 どうやら十市さんに疲れが見えないのは運動しているかより年齢の差のようだ。実際働きだしてからまともな運動をしていない。一時期はジムにでも行こうと思ったが、ズルズルと決断を先延ばしにしていた。まあ、後悔しても後の祭りだが。

 思わず一度ため息を零す。歳の衰えというのをなんとなしに感じでますますからだが重くなりそうになった所で俺の視界にあるものが見えて思わず足が止まった。

 

「どうかしましたか? 三枝さん」

「……建物が見える」

「え?」

「ほら、あそこ!」

 

 俺は十市さんにも見える様横にズレながら飛び石の先を指さす。指の先にはうっすらとまるで陽炎のように揺らめいていて何やら四角いものが見える。あまりにも遠すぎて具体的な大きさは分からないがなにやら横に長い長方形だ。

 十市さんも俺の隣まで飛び石を跳ねながら来る。

 

「え! ど、どこですか?」

「飛び石の先だ。見えないか?」

「んー?」

 

 目を凝らしながら見る十市さん。真剣に飛び石の先を見つめた後、「わっ」と小さく呟く。

 

「ありましたよ!」

「ああ、こっちに来て間違いなかったな」

「はい、急ぎましょう!」

 

 そう言うとぴょこぴょこと跳ねるように跳び石を進み、俺の前を歩き始める。その足取りは先程に比べてとても軽い。実際俺自身も気持ちは前向きになって少し浮足立ってしまうのでその気持ちはよく分かる。

 

「三枝さん? 早く行きましょう!」

「ああ、大丈夫だ」

 

 十市さんの跳ねるサイドテールを暫く見てから俺も歩き始めて後を追い始めるのだった。

 

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