片隅の英雄譚   作:浅葱 沼

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なんでこうなった?

 

「どこで間違えたんだろう?なんで俺はこんなところで忙殺される日々を過ごしてるんだ......」

 

 受付が笑顔で対応している窓口の裏側。決して冒険者達からは見えないギルドの奥にある職員の事務室にて、積まれた書類をこなしながらため息を吐く。

 

 冒険者になるべく都市に出てきた俺は、冒険者にはなれたもののこれといった功績を残すこともなく冒険者の別名でもある<なんでも屋>の名の通り、街の住人からの手伝いの依頼や、一般人が対応するのは少し厳しいモンスター討伐の依頼、ダンジョンの調査依頼なんかを受けて生活していた。

 

 リスクも高いがリターンも高い依頼を受けれる上級冒険者にはなれる見通しも立たずのうのうと過ごしていたそんなある日、冒険者仲間だった一人が冒険者ギルドのマスターに就任したことから、ギルドの仕事の手伝いをしてくれないかと頼まれた。

 

 最初は一時的な手伝いのつもりでやっていたのだが、なんでも屋と言われる冒険者以上になんでもしなければならないギルド職員の仕事と、俺の相性が想像以上に良く給料もそれなりに良かったので続けていると、いつの間にやら正規のギルド職員として働いていた。

 

(別に仕事が嫌いってわけじゃないんだ。やりがいはあるし楽しいけど...俺が思っていた未来像とあまりにもかけ離れてないか?)

 

「ディアントさん。またため息ですか?そんなに暗いと余計疲れちゃいますよ?」

 

 ふと現状を振り返って頭を抱えていると、テーブルに積まれた書類の山から顔を覗かせて話しかけてくる女性と目が合う。

 彼女は、同僚のクララ・ガーデン。

 クリーム色の長い髪に澄んだ碧い瞳が映える彼女は、そのルックスの良さからギルドの受付嬢もやっているのだが、今の彼女はその澄んだ瞳にどこか濁りがあり、目の下には深いクマが刻まれている。

 

「クララ。違うんだ。俺はこんなところでギルド職員なんてやるつもりじゃなかったんだ。もっと輝かしい世界でめくるめく冒険を......」

 

「はいはい。そうですねー。最近は繁忙期で忙しかったですから、現実逃避したい気持ちも分かりますけど。今日さえ乗り越えれば一段落つきますから頑張りましょう。あ、これもお願いしますね」

 

 俺の話に耳も貸さず、机の僅かなスペースに追加の書類を乗せながら生返事を返すクララは、また書類の山に顔を引っ込めて仕事を再開してしまった。

 

 季節は夏の少し前、作物によって種まきや収穫を迎え、冬を越した動物達が騒がしくなるこの時期、なんでも屋とも称される冒険者のギルドには畑の手伝いの依頼や、動物の狩猟依頼が山のようにやってくる。

 

 そのせいで、連日依頼の申し込みや依頼達成の報告、依頼の受注報告が殺到するのだが、ここ冒険者ギルド『キャンテラ支部』の職員は万年の人手不足により休めない日が続く。

 

「やっと新しい依頼は減ってきたと思ったら、今度は依頼達成の報告でこれだもんな」

 

「毎年のことじゃないですか。さっさと終わらせて打ち上げにでも行きましょう」

 

 一向に終わる気配のない書類と格闘しながらぼやいていると、隣にいるのに見えないクララから返事が返ってくる。

 

「......だな」

 

 こんな俺を慰めてくれるのは仕事を終えた後の一杯だけだと心の(うち)で自嘲しつつ、もう一度目の前にある書類の山へと立ち向かう覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

「「......終わったーーーーー!」」

 

「はー疲れました。今日も帰れないんじゃないかと思いましたよー」

 

「これ以上の徹夜はポーション飲んでてても命の危機を感じたからな」

 

 正直仕事をしている時の記憶が曖昧になるくらいには限界を迎えていたので心の底から安堵する。

 

「お、お前らも終わったか」

 

「あ、ハイルドさん!お疲れ様でーす」

 

「ハイルドも終わったのか?」

 

 もうすっかり日が暮れた頃、ついに山積みの仕事を終わらせた俺とクララは手を合わせて歓喜の声を上げていると、横から声をかけられた。

 クララがハイルドさんと呼ぶその人物は、短く切った茶髪にがっしりとした体つきの見るからに戦士といった風貌のこの男は、かつての冒険者仲間であり、今の上司でもある ハイルド・シェルン この冒険者ギルドのギルドマスターである。

 

「ああ、こっちもやっと終わったところだ。丁度いいし、打ち上げがてら今から飲みにでも行くか?」

 

「いいですね!ディアントさんとも飲みに行こうかって話してたところなんですよ」

 

 ハイルドの提案に元気よく賛成したクララは酒が飲めると分かった途端、今朝はまだ濁っていたクララの目に輝きが戻ってきている。

 冒険者達にはまだバレていないが、彼女の異常なまでの酒好きはギルド職員内では有名な話である。

 

「飲っみ会っ♪飲っみ会っ♪」

 

「上機嫌だなクララ」

 

「当たり前ですよ!お酒ですよ!?ここ最近忙しくて飲むことすらできなかったんですから、ディアントさんもうれしいでしょ?」

 

「確かに、もうしばらくあんな書類の山を見ないで済むって考えると自然と涙が出てきそうだよ」

 

 スキップをしながらもう疲れなど無くなっているように見えるクララを先頭に、ハスターと俺が後に続きギルド職員行きつけの酒場へと向かう。

 

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 店のドアをくぐると、グラスを磨いていた店主が優しい低い声で挨拶をする。酒場『グリフォンの止まり木』の中は、暗めの色の木をベースに店内が作られており、五人ほど横並びに座れるカウンターとテーブル席が二つほどある小さいがどこか落ち着く酒場である。

 

 大所帯で飲むことの多い冒険者が来ることは珍しい店なので、いつしかギルド職員たちの行きつけになっていた。

 

「エールを三杯頼む。今日は俺が奢るから二人とも遠慮せず飲んでくれ」

 

「さっすがハイルドさん。太っ腹です!」

 

「じゃあ、ありがたくいただくよ」

 

 出されたエールのジョッキはひんやりと冷えており、仕事で疲れた体の熱をとってくれるようだった。三人でジョッキを合わせて乾杯を済ますと、ごくごくと口をつけて飲み始める。

 

「うまい!やっぱりここのエールは最高だな!」

 

「かーっ!やっぱり残業後の一杯は格別だな」

 

 ハイルドと俺が最初の一口に感動を覚えながらジョッキを置いてふと横を見るとクララはまだジョッキから口を離さずそのままどんどん顔が上に向いていくかと思うと、次に置かれたジョッキの中になみなみ入っていたエールの姿は綺麗さっぱり無くなっていた。

 

「ぷはー!店主(マスター)おかわりー!」

 

「「はやっ!?」」

 

「何言ってるんですか二人とも、最初の一杯は一口でいかないと失礼でしょ?」

 

「どこに対して!?」

 

「それはもちろんエールに対してですっ!今日はハイルドさんの奢りみたいですし、飲みますよー!」

 

「ほ、ほどほどに頼むぞ?」

 

 自慢げな顔を浮かべて謎の持論を展開するクララの相変わらずの飲みっぷりに驚愕しつつ、横でお金が足りるか心配そうに財布を開いているハイルドに多少は俺も出してやるかな、などと考えて夜の楽しい時間は過ぎていった━━━。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゔー。頭いてぇ。でも支度しなきゃ...」

 

 翌朝、自室で目が覚めた俺は激しい頭痛と胸のむかつきを覚えながら、顔でも洗おうと体を起こして洗面所に向かうと、ふと鏡に映る自分と目に入った。

 そこには、華々しく活躍している冒険者になっている自分の姿はなく。二日酔いのせいで顔色が悪いだけのいい歳こいた男がこちらを見ていた。

 

 

「ほんとになんでこうなった?」

 

 

 

 

  ◇◇

 

 

 

 

 ギルド職員の朝は早い━━━、

 

 と言うわけでもなく、出勤時間はその日によってまちまちである。今日は昼前ごろの出勤のため、午前中に最近発売された冒険譚を少し読む時間はある。

 冒険者稼業はやっていないが、冒険譚や英雄譚は新しいのが発売される度に買って読む習慣は続いている。

 

(最近のはタメになるけど地味な話ばっかりだな)

 

 今回読んだのは周辺のダンジョンから魔物が溢れかえって暴走し街に迫り来るのを防ぐといった話だったが、如何せん罠を張ったりだのいかに魔物を分散させて確実に倒すかなどといった話が描かれており、特定の人物が大立ち回りすると言ったような話ではなかった。

 

 実際に身近に起これば使えそうな話ではあるが、ダンジョンから魔物が溢れかえるなんて現象は定期的にダンジョンに潜って魔物を討伐しておけば、そもそも起きることの方が珍しくそれが起きたという事はギルド側の職務怠慢になってしまう。

 

 そんなことが起きないようにするのもギルド職員としての仕事の一つである。

 

「やっぱりここ最近で一番良かったのはこれだな」

 

 今しがた読んだ本を棚に戻しつつ、別の本を取り出して中を開く。

 

『ステラの冒険譚』

 

 現在トップ冒険者の一人として活躍している<黒の戦乙女>の二つ名で知られる ステラ・ジェットの活躍を記した冒険譚である。この内容はまさに自分が子供の頃、目を輝かせながら読んだ冒険譚や英雄譚と同じようにたった一人で龍に立ち向かい討伐する話や、まだ踏破されていない大型ダンジョンの攻略の話が並べられており、読んでいるだけでその場にいたような臨場感を味わいながら楽しめた。

 

「こんな人が同じ時代にいるなんて、他人事なのに誇らしいな。一度でいいから会ってみたいもんだ」

 

 『ステラの冒険譚』の中身を思い出しているとそろそろ出勤しなければいけない時間になっていることに気付く。

 

「やべっ、そろそろ行かないとな」

 

 『ステラの冒険譚』を本棚に戻しつつ、昨日の酒が残っているせいか、少し体に気だるさを感じる体を動かしてギルドへと街を歩き始める。

 

 

 ギルドの支部名にもなっているここ、キャンテラは人口6000人ほどの中規模都市で、中級の冒険者たちが多く拠点としている街である。街の外に出れば少し強めの魔物に出会うこともある、かもしれない、程度であり。街の周りは壁で囲まれているので中は安全そのものである。

 

「あ、おはよーディアント!」

 

「おーっすディアントー なんだよ重役出勤か?」

 

「普通だ普通。お前らのせいで昨日まで大変だったんだからな?」

 

「わりーわりー。今度なんか奢るよ」

 

 出勤の道中に出会った顔見知りの冒険者たちと他愛ない会話を交わしながらギルドに到着する。

 

「ディアントさん!おはよーございます!」

 

 中に入ると冒険者用の受付口から朝から出勤していたクララが元気に手を振っている。

 

(あいつ、昨日俺より飲んでたよな?なんであんな元気なんだよ...)

 

 クララに畏敬の念を感じつつ、受付の横の職員用入り口からギルドの事務室へと入り自分の席に着く。

 

「よし、始めるか」

 

 ギルド職員の業務は多岐に渡る。今クララがやっているような受付としての仕事はみんなに周知の通りだが、それ以外にも冒険者の持ってきた素材の鑑定、ギルド内で冒険者に売るポーションや冒険に必要な道具の仕入れ、ギルドに併設された食堂で使う食材の発注、依頼の書類整理、等々。数え上げればキリがない。

 

 今日はギルド内の各部署から届く要望書の選定から始めることにした。

 

「えーっと?「食堂にてジャガイモフェアを行いたいのでジャガイモを毎日500個仕入れてください。一緒に大地の偉大さを噛み締めましょう!」 「古今東西ポーション比べを行いたいので全国からポーションを集めて欲しい。噂によるとスズリナ国のポーションは色んな意味でトベるらしいので多めに」......ってもうちょっとマシなのねーのか!」

 

 ギルド内の各部署から送られてくる要望の紙を読みながら内容に呆れてゴミ箱にでも捨ててやろうかと考えていると、ギルドマスターの仕事部屋からハイルドが出てきたのが目に入る。

 

「お、ディアントおはよう。ちょうどお前を呼ぼうと思ってたんだ」

 

「おはようハイルド。繁忙期のストレスのせいで変な要望ばっかりきてたからみんな休ませたほうがいいぞ」

 

「すまんすまん。この時期はいつものことだからな。だからこその新人が今日から入ってくれることになった」

 

 万年人手不足の我が冒険者ギルドキャンテラ支部に新人が入るという情報についテンションが上がってしまう。

 

「マジか!?前回の新人は確かクララだったはずだから、もう何年も前だろ?ありがたいな!」

 

「そうだろう?本当は昨日言うつもりだったんだが、すっかり忘れててな。ついてはその新人の教育係をディアントに頼もうと思ってたんだ」

 

「教育係を?副ギルド長じゃなくて?」

 

 ギルドの仕事を教えるとなるとその仕事量から中々時間がかかる。本来は副ギルド長などがゆっくり教えていくものなのだが......。

 

「ベーゼは今別件で忙しくてな、頼まれてくれんか?」

 

「まぁ、俺でいいならいいけど。で、その新人の子って?」

 

「やってくれるか!じゃあ呼んでくるからちょっと待っててくれ。お前も喜ぶと思うぞ!」

 

 嬉しそうに俺の肩をバシバシ叩くハイルドはそう言うと、また自室に戻っていった。

 

(俺が喜ぶ?なんで新人教育で俺が喜ぶんだ?)

 

 ハイルドの言葉に違和感を覚えながら待っていると程なくしてハイルドが後ろに人を連れて戻ってきた。

 

「じゃあディアント。今日から我がキャンテラ支部の新しい一員の ステラ・ジェット君だ。よろしく頼むぞ」

 

 ん?今なんて?

 

「ステラ・ジェットと申します。ご迷惑をかけると思いますが誠心誠意頑張らせていただきますので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」

 

 ハイルドの後ろから顔を出した女性はペコリと頭を下げて丁寧に挨拶してきた。

 

 腰まで伸びたその髪は瞳と同じ吸い込まれそうなほど深く綺麗な黒で、すらりと長い手足は白く触れれば壊れてしまうんじゃないかと思うほど華奢に見える。

 

 そんな、さっき本で読んだばかりの<黒の戦乙女>ステラ・ジェットと特徴が完全一致する女性が、ギルド職員の制服を着てそこに立っていた。

 

 

 

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