片隅の英雄譚   作:浅葱 沼

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期待の新人

 

「ハイルド。ちょっとこっち」

 

 動揺する気持ちを抑えながらハイルドに手招きをして首に腕をかける。ハイルドの体が大きいせいで側から見れば俺がハイルドの首にぶら下がっているようにしか見えないが。

 

「なんだディアント。新人の前では威厳を保ちたいからそんなにフランクにくるな」

 

「大丈夫だ。お前に威厳は元々無い。そんなことよりあれだよあれ!」

 

 威厳が無いと言われてショックを受けている様子のハイルドは無視して、ステラに聞こえないよう小さい声だが語気は強く話しかける。

 

「ん?ステラ君のことか?お前、彼女の冒険譚も読んでたから知ってるだろ?」

 

「はいー!今この瞬間、あの人が同姓同名のそっくりさんじゃなくて本人なのが確定しましたー!」

 

「なんなんだ騒がしいやつだな、それがどうかしたのか?」

 

「それがどうかしたのか?じゃねーよ!なんでそんな今をときめくトップ冒険者のステラさんが、こんな辺境の冒険者ギルドの職員としてここにいるんだって聞いてんだよ!」

 

「辺境とは失礼な。それにギルド職員になりたいって言ったのは彼女本人なんだぞ?」

 

「は?なんで?」

 

「詳しいことは俺も聞いてないが、元冒険者が引退してギルド職員になるなんて話、珍しくはないだろ?」

 

 確かにそれ自体は珍しくない。冒険者はその仕事柄自分の身一つで生計を立てる訳なので、ひょんな事から精神的もしくは肉体的にもう冒険ができなくなってしまうなんて事はよくある話だ。

 

 しかしだ、

 

「ステラ・ジェットに何か問題があるなんて話、聞いた事ないぞ?」

 

「だろうな。彼女は心身共に健康そのものだ」

 

「じゃあなおさらなんでだよ!?」

 

「もういいだろう。威厳のないギルドマスターから話せるのはこれぐらいだ。そんなに気になるなら自分で聞くんだな」

 

 威厳がないと言われたことを根に持っているらしいハイルドはそこまでで話を終わらせると「さっさとステラ君に仕事を教えてやれ」とだけ言い残すと自分の仕事部屋へと戻ってしまった。

 

 事務室に取り残された俺とステラの間に一瞬の沈黙が流れる。

 

「あの、私何か失礼をしてしまったでしょうか?もしそうならすいません」

 

 何故か謝られてしまった。

 

「いや、ステラさんが謝ることないですよ。ちょっと仕事のことでハイルドに用事があって聞いてただけなんで」

 

 申し訳なさそうに謝るステラにときめいてしまいつつ、すぐに我に返って弁明する。

 

「そうですか。なら良かったです。それと、私は後輩ですし是非呼び捨てでステラと呼んでください。それに敬語もこちらが緊張してしまいそうなので砕けた話し方で大丈夫です」

 

 早速気を使わせてしまった。しかし、さすがトップ冒険者こちらが話しやすい方に持っていくのが上手いな。

 

「じゃあ、早速簡単な仕事から始めようかステラ」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 

 

 

  ◇◇

 

 

 

 

「で、こっちの棚には採取系のクエストの書類。そっちが討伐系。街の人からの雑用系はこの棚に保管しておく感じだな」

 

「なるほどです」

 

 しがない元中級冒険者である俺の説明に相槌を打ちながらメモを取るトップ冒険者を見て、どう言う状況なんだこれはと心の中でツッコみつつも、声には出さずに話を続けることしばらく。

 

「そろそろ休憩しようか。あんまり詰め込みすぎても良くないだろうし」

 

 書類関係の説明を一通りし終えたところで一休みすることにした。

 

「職員さんの仕事ってこんなにたくさんあるんですね。私も冒険者をしていたのでお世話にはなっていましたが、改めて感謝しないといけないですね」

 

 コーヒーの入ったコップを両手で包み込みながらにこやかに話すステラは、見れば見るほどただの優しい少女にしか見えず、本当にこの子は<黒の戦乙女>と呼ばれ冒険譚も作られているほど活躍している本の中でしか呼んだことのない人物。冒険者 ステラ・ジェットなのかと思ってしまう。

 

「差し支えなければ聞きたいんだけど、なんでステラは冒険者をやめたんだ?」

 

「え?」

 

「いや、やっぱり忘れてくれ」

 

 さすがに踏み込みすぎだなと考えてすぐに否定するも、ステラは笑顔で首を振った。

 

「いえ、突然だったので少し驚いただけです。大丈夫ですよ。と言っても、ほんとに大した理由ではないので面白くないですよ?」

 

 思った以上にあっさりとステラが冒険者を辞めた理由を聞けそうなことに心の準備もできないまま彼女は話し始めた。

 

「私、幼い頃から引っ込み思案で周囲の子達と打ち解けられずに一人でいることが多かったんです」

 

 意外だ。彼女の冒険譚では幼少期のことは書かれておらず、彗星の如く突如として冒険者業界に現れスターダムに駆け上がったと言われているので、てっきり幼少の頃からその才覚を発揮して冒険者になるべくしてなるような人生を送ってきたのだとばかり考えていた。

 

 そんな彼女の冒険譚でも描かれていない過去の話に多少興奮しつつも黙って耳を傾けるとステラは続きを話し始める。

 

「そんな時、私を助けてくれた人がいるんです」

 

「へぇ」

 

「その人は冒険者になることを夢見てたくさん努力している人で、いつも一人でいる私によく冒険譚なんかを話して聞かせてくれました。そんな彼に少しでも近付きたくて、私も冒険者になろうと思ったんです。そして、いつかあなたのおかげで強くなれました、と本人に伝えようと考えたんです」

 

 彼女が冒険者を志すようになった憧れの人物がいたとは初耳だ。

 

「ですが、上級冒険者になって彼を探しても、どこにも彼の姿が無かったんです」

 

 上級冒険者ともなれば死と隣り合わせのクエストも珍しくない。そのため、冒険者は世界で最も死亡率の高い職業としても知られている。

 

「てことはその人は......」

 

 俺がそこまで言いかけた所で彼女は首を振る。

 

「いえ、亡くなってはいません。......ですが、どこにいるのかは分からないので私がいつ命を落とすか分からない冒険者を続けるより、ギルド職員として働いていればいつか彼と再会できればいいなと思いまして...」

 

 ステラはそこまで話すとにこりと笑ってコーヒーに口をつけた。

 

 そんな経緯があったとは。トップ冒険者として活躍していた彼女にここまで言わせるとは一体どれ程の男なんだろうかと自分の中でイメージを膨らませつつ、

 

「いつか会えるといいな。俺にできることがあったらなんでも言ってくれ。できる限りのことはするよ」

 

 なんともありきたりな返答をして自分もコーヒーを一口啜るとステラが何か言いたそうにこちらをじっと見つめてきた。

 

「どうかしたか?」

 

「あの...えっとですね..........さっきの業務内容で質問してもいいですか?」

 

「ああ、なんでも聞いてくれ」

 

 

 質問するのに随分口籠ってたなと感じつつ軽く仕事内容のおさらいをした後、まだまだある他の業務についての説明をしていると終業時間を迎えてしまった。

 

「まぁ、今日はこんなとこかな。続きはまた明日にしよう」

 

「はい。ディアントさんの説明、とても分かりやすかったです。また明日からもよろしくお願いします」

 

 相変わらず丁寧な挨拶をして、彼女はそそくさと帰っていった。

 

「お疲れ様ですディアントさん。教育係初日はどうでした?」

 

 ステラが事務室から出ていったのを見計らったようにクララが事務室にやってきた。

 

「うーん。どうなんだろうなー」

 

「なんですかその生返事。いびったりしたらダメですよ?」

 

「いびってねーよ。ただ、なんかあの子と話してると、なんか懐かしい感じがするんだよなー」

 

「なんですか。いびるんじゃなくて口説こうとしてるんですか?」

 

 どういう勘違いをしているのか分からないが、いつもどおりのクララを見て緊張からか思ったより自分が疲れていることをその時初めて自覚した。

 

「しょうがないですね。あたしが女の子の正しい口説き方を教えてあげますよ?飲みながらで良ければ」

 

「それはお前が飲みたいだけだろ。しかも口説こうとしてねーっての」

 

「あはは、まぁそう言わず飲みにいきましょ!お酒が私達を待ってます!」

 

 軽口を言いつつも気を遣ってくれているクララに感謝しつつ、自分より年下の後輩に気遣われるなんてまだまだだなと心の中で自嘲しつつ、さっさと仕事を終わらせて飲みにいくことにした。

 

 

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