片隅の英雄譚   作:浅葱 沼

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『切り札』のお仕事 酒場編

 

 夏前の繁忙期を終え、しばらくはギルドに依頼が来ることは減る。

 そんな中、繁忙期で忙しく働いていた冒険者達の懐に、ちょっとした小金ができるわけであるが、しっかりと将来の事を考えて貯蓄するなんて奴が冒険者稼業を生業にするはずもなく、しばらくは働かずに自堕落な生活が送れるぜ!と意気揚々に昼間から酒を飲みに来る輩が増えるわけである。

 

 ━━するとどうなるかというと...

 

 

「すいませーん!注文お願いしまーす!」

 

「はい!すぐお伺いします!」

 

「おーい!さっき頼んだエール、まだきてないんだけどー!」

 

「す、すいません!すぐお持ちしますね!」

 

「よっしゃ!飲み比べで勝負じゃー!」

 

「「「やれやれー!」」」

 

 普段はちらほらと客が入っている程度の酒場は、日がな一日満席になり終日どんちゃん騒ぎである。

 

 

「うんうん。頑張っとるねぇ」

 

「......お前も働けよ」

 

 ホール中を慌ただしく行き来するウェイトレス姿の元トップ冒険者という世にも珍しい姿を見ながら親父臭い事を呟いて頷いているクララにツッコミつつ、厨房にいるディアントは包丁を握り食材を切っていた。

 

 十分に熱したフライパンに油を引き、そこに次々と切った食材と調味料を放り込み小刻みなテンポでフライパンとヘラを動かして炒めていく。片手間に煮込み料理の出来を確認し、次に作る料理の食材の準備もしておく。

 

「はい。できたぞ」

 

 完成した肉と野菜を炒めた料理をホールと厨房を繋ぐ、壁をくり抜いたような受け渡し口に置く。

 

「前から思ってたんですけど、ディアントさん、良いお嫁さんになれますよ」

 

「なりたくねーよ」

 

「やはりお前はギルド職員にしておくには惜しいな。ぜひうちの副料理長として...」

 

「だからならねーよ!」

 

 いつもの軽口を叩くクララと、どこからともなく現れた酒場の手伝いに来る度勧誘してくるロンドールをあしらい、さっさと料理を持って行くよう促し持ち場に戻る。

 

 

 酒場に手伝いとして来てから三日が経つが、ステラは相変わらずの飲み込みの良さでウェイトレスとして完璧に仕事をこなしている。完璧すぎるせいでクララが少しサボっているのが気になるが...。

 

「新人の子、なかなか優秀みたいだな」

 

「優秀すぎて教えることがないぐらいだ」

 

 厨房では戦場の如くコック達が動き回っているが、ロンドールは涼しい顔のまま手際良く次々と料理を完成させながら話しかけてきた。

 

 どことなく掴みどころがなく、普段はチャラいだけの印象のこの男は、この忙しいギルドの酒場を切り盛りする料理長でもある。

 そんな彼ほどではないにしろ、ディアントも手を動かしながら返事をする。

 

「はは、そりゃ嬉しい悩みだ。まぁこの調子だと、あと三日もすればあいつらの財布はすっからかんになるだろうから、もうちょっと頑張ってくれ」

 

 冒険者の懐具合まで把握しているらしいロンドールに尊敬を超えた恐怖を感じていると、受け渡し口に空いた食器を持ち帰ってきたステラが目に入った。

 

「ステラ。大丈夫か?」

 

「あ、ディアントさん。大丈夫です。忙しさに少し驚いてはいますが...」

 

「上級冒険者が多く所蔵するギルドなんかじゃ、みんな外の豪華な店に行くだろうから併設されてる格安酒場を使う奴はいなかったかい?」

 

 一息つきながら汗を拭うステラを労いながら食器を受け取っていると、隣にいたロンドールがにこにこと笑いながら悪戯な質問を投げかけた。

 

 ロンドール自身は悪気がないのだが、受け取り方によっては怒られるぞと思いながらもステラを見ると、質問をまともに受け取ったらしい彼女は唇の下に人差し指の背を付けて少し考えるような仕草を取った後、口を開いた。

 

「そうですね。確かにこんなに賑わっているところは見たことがないです。でも、私はいつも使っていたので格安で美味しい料理を出してくださる酒場の方には感謝しかないです」

 

 なんという出来た子でしょう。ほんとに冒険者なんかやっていたのか今でも疑いたいぐらいである。

 

「ディアント...この子は神の使いか何かか?」

 

 店の客からは滅多に聞くことのない感謝の言葉に目を潤ませながらこちらを見てくるロンドールに、

 

「大袈裟なやつだな。それに言っとくけど...」

 

「神なんていないぞ」

「神なんていません」

 

 昔から思っている言葉を口にすると、ステラと言葉が被った。

 

「ははは、気も合うみたいだし、良い後輩じゃないか」

 

 ロンドールは、そんな俺たちを見ながら大きな笑い声を出して仕事に戻っていってしまった。

 

「ステラも神を信じてないのか?」

 

「はい。神なんて都合の良い偶像だと思っています」

 

 普段の大人しい感じとは違い、力強い口調で話すステラを見て、神聖魔法を扱える彼女でも昔神様なんてものを信じれなくなることがあったんだなぁ、この世の中じゃ珍しい無神論者というちょっとした自分との共通点をうれしく思いしみじみ感動してしまう。

 

 

 

 

 

   ◇◇

 

 

 

 

「いやー、今日も大変でしたね」

 

 営業時間が終了し、誰もいなくなった酒場で溜め息を吐きながらテーブルを拭くクララに、

 

「なんでどいつもこいつもこんなに汚すかな...ったく」

 

 床にモップをかけながらブツブツと文句をこぼすディアント。

 

 どこからどう見ても雑用係が愚痴っているようにしか見えない二人に、そんなことを言えばまた怒られるので口をつぐみながらテーブル掃除を手伝っていたステラの肩が叩かれる。

 

「なぁステラさん。明日は厨房の手伝いもしてみるかい?」

 

 振り返ると料理長のロンドールが立っていた。

 

「私が厨房のお手伝いをですか?」

 

「別に無理にとは言わないんだけど、もうホールの方は完璧みたいだから厨房の仕事も覚えておけば、もしもの時に手伝ってもらえるからね。指導係にはディアントを付けるし、どうだい?」

 

「なんで勝手に俺が教えることになってんだよ」

 

 話を聞いていたディアントが文句を付ける中、ステラはふと考える。

 

(確かにクララさんも厨房の仕事は一通りできると言ってましたし、何よりこれはディアント君との距離を縮めるチャンスなのでは...)

 

「...分かりました。やらせてください!」

 

「お、やる気十分で大変よろしい。じゃあ、とりあえずステラさんはどの程度料理ができるか聞いてもいいかい?」

 

「そうですね。冒険者の頃に何日もかけてダンジョンに潜るときは自分で作っていた程度なので、そこまで得意というわけでは...」

 

「いやいや、料理を作ってるだけで偉いよ。普通は保存食を持っていってそれだけで過ごす冒険者の方が大半だからね」

 

 ステラの受け答えに好感触のロンドールは、「それじゃあ」と彼女を誘って厨房に入ると、

 

「今日のまかない料理を頼んでもいいかな?僕たちは締めの作業を終わらせてくるから、食材はここのを好きに使っていいからさ」

 

「今からですか?」

 

「そ、ちょっとしたテストも兼ねてね。でも本音は厨房の男連中もたまには美人に作ってもらう料理が食べたいってだけなんだけど」

 

「は、はぁ」

 

「じゃあよろしくー」

 

 ロンドールはそう言って、風のように厨房から去ってしまった。

 

(料理は久しぶりですが、ディアント君も食べてくれるなら頑張るしかないですね!)

 

 気合を込めて袖を捲るステラは、早速料理を始めた。

 

 




ステラの料理の腕前やいかに...
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