勇者は、朝に弱い。
私は常に気を張っているから、すぐに目覚めることができる。対して勇者は、警戒を完全に私任せにしている。今も無防備な寝顔を晒している。私がどんな悪戯をしても起きなさそうだ。
そういえば、勇者は寝てばっかりだ。馬車での移動中にもほぼ必ず寝る。夜は私より早く眠り、朝は私より遅く起きる。
だから背が伸びてるの?
いや、私には、彼女のように気楽に眠るのは無理だ。私たちは、民衆からの犠牲者をなるべく減らすために立ち回らなければならない。勇者パーティーの責務だ、気を抜いてはならない。他の勇者たちもそう思っているはずだし、そうであるべきだ。でも勇者だけは特別。つい甘やかしてしまう。
このパーティーに、『盗賊』や『魔法使い』など普通の冒険者を加えて、私の困難を分割するという考えもある。しかし、それを考えると、私はなぜだか少し不愉快になってしまう。
勇者を独り占めしたい。
いや、いや、違う。私はそんな事考えてはいない。これは無意識に他の事がひっかかっているからこその不愉快さだろう。そんな、非合理的なことじゃないはず。
▼▼▼
今日は、この街周辺に根付いた凶悪な魔物を退治する。とはいえ、人型魔物の中でも特に強力な魔族ほど厄介な敵ではない。そういえば、この街に入ったときの気配はやはり魔族だったのだろうか?
「レイスだね!任せて!」
私は危なげなく相手を追い詰める勇者を見守っていたのだが。
『イリュージョン』
「うっ…」
レイスが苦し紛れにかけた幻覚の魔法が、勇者に効いてしまった。レイスも心なしか驚いているような気がする。いやはや、かけた張本人もかかると思ってなかったらしい。たぶん、勇者が私程度にでも心が強ければかかることはなかっただろう。
そして、精神系の魔法の解除は私に任せてほしい。とはいえ、私自身も、ここまで追い詰めた後に攻撃されるとは思っていなかったのだ。慌てて魔法を使う。
「ディスペル」
勇者は正気を取り戻したようだ。
「はっ!レイス、お前の仕業だな!成敗!」
▼▼▼
勇者の
私が、『彼女を傷つけたくなかったからこそ、今まで過保護に立ち回ってきた』からだ。
だから。『物体系』の魔法を使う魔物には強いが、『精神系』の魔物にはとことん弱い。そして、その穴を埋めるのが私。
私は、勇者を育てないことで、勇者を私に依存させようとしているのかもしれない。
回復魔法は、私と勇者が旅ができる理由。
「勇者、どうかした?」
レイスと戦ってから勇者の調子がおかしい。心なしか、青ざめている気がする。
「幻がね、その」
勇者の割にはやけに歯切れが悪い。
「あの、さっきのレイスの幻で、私、僧侶ちゃんが…!」
両腕を失ってたの。消え入りそうな声で勇者は呟く。そう話すだけでも苦痛そうだ。
「僧侶ちゃんがあまりにもたくさんの血を肩から流して…。私、僧侶ちゃんを失いたくないよ」
でも、僧侶ちゃんは今も元気だよね。腕なんて失ってないよね。
最近、僧侶ちゃんが片腕をなくす夢を見たけど、それは嘘だよ…ね?
勇者の眼は不安定に揺らいでいる。それは私の肩から下を見ようとしない。
「勇者、現実から逃避するのは止めなさい。最後のは夢じゃないのよ」
あのレイスめ。随分と的確な攻撃を加えてくれる。
…そう。
勇者は現実と想像の区別がつかなくなっている。
「今日は街に戻りましょう」
▼▼▼
「いい?私たちは、先日リッチー(黒魔導師)と交戦し、相手のあまりに卑怯な戦法に苦しめられた」
「それって、本当に現実…?夢じゃない?」
「現実よ」
「嘘…」
「いいえ。そして、あなたを庇った私は」
私は右の肩を出す。
「右腕を…」
勇者の目線を優しく誘導する。
「あ、れ?」
勇者は混乱しているようだ。
「あれ、ない?じゃあ、これも夢…?そうか、あなたは僧侶ちゃんの幻ね!退治してやる!」
勇者はあろうことか私に拳を振るってきた!いや、これは好都合だ。もう一人の私が囁く。私は肩に拳を受ける。
「痛っ…」
顔に。
「っ…」
「やめて、偽物め、こっちに来ないで!」
私は錯乱している勇者に必死に近づいて、拳を避けてからそっと抱きしめた。
「あれ?幻なのに、なんで温かいの?」
「落ち着きなさい。これは現実よ」
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「あれ?おかしいな…」
勇者は泣いていた。私はぎゅっと抱きしめてあげるだけ。勇者の体の微かな震えを私は心地よく、痛々しく感じる。
「落ち着いた?」
ようやく離してあげる。勇者は私の顔を見て衝撃を受けていた。
「あれ、その腫れ?あたしが?」
「ええ、そうよ」
「あたし、なんてことを…どうかしちゃってる…」
可哀想に、勇者はまたぐすぐす言い始めた。私は、これを機に彼女の精神力を上げなければならない!心を鬼にして、言葉を放つ。
「魔物の魔法は幾らでも解いてあげる。でも、でもよ。あなたがおかしくなっちゃったら、私はどうしようもないのよ」
「グスッ、あたし、レイスのせいで錯乱してたのね」
「今更…?成長しなさい、勇者。私をあなたの弱点にはしたくないわ」
「あ、そうだ!」
勇者は何か思いついたらしい。
「僧侶ちゃんは僧侶なんだから、自分でその傷を治してよ!ね!」
「駄目よ。この私の痛みはあなたへの罰よ。今日は私を見るたびに自分が錯乱した結果を思い出しなさい」
(本当は、あなたを悲しませたいだけなのだけれど)
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勇者は俯いて、しばらく啜り泣いていたが、ふと顔を上げる。
「ごめんね、僧侶ちゃん。あたし大分参ってたみたい」
「そう、やっとわかったの?だったら今後はもっと大人になりなさい」
「でもさー?」
「何?」
「こんなにあたしの心が辛い方法じゃなくてもいいじゃん!あたしが錯乱した時、僧侶ちゃんはあたしを眠らせられたよね!そんな怪我しなくても」
げっ、ばれたか。
「私だって少しは悪いと思ってるわよ」
「ええー、すこし?そんなイジワルな僧侶ちゃんはこうしてやる!」
勇者の方が力が強いから、くすぐられた私はしばらく逃げられなかった。く、苦しい…。
ああ、調子が戻ったようで、本当に良かった。