「僧侶ちゃん!僧侶ちゃん!大丈夫?」
「うあ…」
あまりに酷いうなされ具合だったようだ。私は勇者に起こされて、間抜けな声を出してしまった。寝汗で湿っているなどと思われていないだろうか。どうやらまだ日の出前らしい。どんな夢を見ていたのかと聞かれたが、覚えていない。ひとつ、わかっていることは。
「勇者は、登場していたわ。いえ、別にあなたが悪いことをしていたわけではないのだけれど」
勇者は不意を突かれたような顔をしていたが、すぐに立て直し、
「夢の中でもあたしが、戦えない僧侶ちゃんを守れたらいいのにな」
なんて言葉を吐いた。私はすぐに反駁する。
「そんなことできる訳ないじゃない。それに、私はひとりでも大丈夫よ」
「えー」
「大丈夫なのよ」
「僧侶ちゃん、それ、本当?」
勇者の純真無垢なまなこが、こちらをじっと見ている。
強がりに決まっているじゃない。
しかし、そんな本音を私が言うはずがない。
「夢は夢よ」
「そっかー。でもさ、僧侶ちゃん」
勇者は珍しくイタズラそうな顔をした。いや、昨日も私を弄んだ時にしていたか。
「勇者~、勇者~って言ってたよ。さっきうなされてるとき」
いやいや。
「そんな嘘に、私が騙されると思う?」
「これが嘘だと?」
「う、嘘よ」
「動揺してる?」
私が転がってそっぽを向いても追撃してくる。背を向けた敵に斬りかかるとは卑怯な。
「わかったわよ。これからも私を助けて頂戴。勇者」
「…うん!」
そう答えると、勇者はまた眠ってしまった。
▼▼▼
門の方が騒がしい。顔見知りの衛兵がこちらに走ってくる。
「勇者パーティーの生き残りらしい!」
「すぐ向かいます」
相手も僧侶でなければ、私の出番だ。
「あの赤い癖毛…!」
向かった先には、私の知り合いである魔女さんがいた。椅子に座らされている。私より少し年上。普段なら丁寧に手入れされている服は血まみれで、手には何か、木の人形?
「何があったんですか?」
魔女さんは顔を上げる。その目があまりに暗くて、私は思わずすくみあがる。
「あなた、腕が…。いえ、それは後ね。わたしたち勇者パーティーは、ヴァンパイアに敗走したの」
「生き残りは!」
「このわたしと勇者の魂だけよ。盗賊も僧侶も死んだわ」
魔女さんは手に持った人形を掲げる。確かに強力な魔力を感じる。
二人が殺されたと聞いた勇者の顔は蒼白だった。彼女は向こうの盗賊とも知り合いだったはずだ。
「形見は、ないの…?」
「あの…」
魔女さんは不快そうに勇者を睨み付けた。勇者が無意識に一歩下がる。
「あるわけないじゃない、勇者。死体を残しても操られるだけよ。それに、彼女は死に物狂いで逃げてきたのよ。そんな余裕はないわ。あなたも少し考えればわかるでしょう」
こういうことを言うのは、私の役目だ。勇者が私を慕ってくれているから、私も無垢な勇者を遠慮なく咎められる。まったく、私は人の好意につけこむ狡猾な人間だ。しかし、
「少し、ひとりにさせて…」
勇者は想像以上に絶望していたようで、宿に去っていく。
「僧侶ちゃん、少し言い過ぎじゃない?憎まれ役を買ってくれたのは、わかるけれど。というか、あなたはそんな子だったかしら?」
私の知り合いである魔女さんは、私の態度に疑問を持ったようだ。
「あ、いえ、これは」
「好きな子には冷たく当たってしまうの?」
「え?」
今、魔女さんはなんて言ったのだろう?急な発言に頭が混線して、対応ができない。端から見て私はそう見えるのか?久しぶりに会った魔女さんからそう言われる程?好き?好き?冗談じゃない。
「動揺しすぎよ、僧侶ちゃん。こういうのはしっかり考えて答えを出しなさい」
「あ、はい…?」
今の私が対応できることではない。好きだなんて。というか、仲間であり勇者の知人を喪ったというのに、こんなことで悩んでいるだなんて、私は身勝手ではないだろうか。
(注
吸血鬼:日光に当たらない限り不死身。勇者の魔力で対応可能。
魂の封じ込め:魔女のみ可能。直前に死んだ肉体の魂を封じ込める。魂を適切な容器に移せば復活可能)
▼▼▼
「どうしてそちらの勇者はヴァンパイアを殺せなかったんですか?」
「連戦でみな魔力が枯渇していたからよ。わたしたちは、オーガを殺したわ。でも、その直後にヴァンパイアに襲われて…」
敵となる魔族はこちらの勇者と同数と言われている。相討ちが前提で、しかし全員が相討ちになった場合、魔王を倒すものがいなくなるため、こちらは何人かの勇者を生き残らせなければいけない。
私たちも、あれほど犠牲を出しながらリッチーを取り逃がしている。右の肩が不意に痛んだ。
あの忌々しい苗による洗脳の悪夢が、今もどこかで繰り返されているのかもしれない。また私の勇者が傷ついてしまう。そんなことは許されない。仲間を斬る痛みは…
いいえ、落ち着きましょう。気を引き締める。
「冷静に対応するわよ」
この街に潜んでいる魔族がいるとなれば、勇者二人でもって、ヴァンパイアと謎の魔族に対応しなければいけない。リッチーも襲ってきたら一巻の終わりだが、奴は手駒がないと動けない。今は勇者から遠くに住む人間を洗脳している最中だろう。
「私たちも、つい先日魔族の気配を感じています」
「はやくこの勇者を戦える状態にしないと、まずいわね」
魔女さんは手元の人形を見る。
もし、私の勇者のからだが人形になってしまったら、どうだろうか。私はまともでいられる気がしない。あの勇者のしなやかな身体が失われてしまったら、私はきっと発狂してしまう。
だから、勇者を守るためなら、私はどんなことでもするだろう。
▼▼▼
「勇者、入るわよ」
「どうぞ!」
勇者は元気を取り戻していた。私が勇者の精神力を鍛えたのが効いたのかもしれない。
「もう立ち直ったよ」
「それは、良かったわ」
しかし、私の口から出た言葉は、思ったより心が込められていなかった。自分でも驚く。
私は、もっと勇者に悲しんでいて欲しかったのだろうか?
泣きながら、怯えながら抱きついて来て欲しかった?
「あたし、僧侶ちゃんだけは、絶対に守り抜くからね!」
「そう」
「だから、僧侶ちゃんも、もう絶対あたしより前に出ないでね!あたしより先に傷つかないでね!約束して」
約束。
「それは、場合によるわ。私を見捨てなければ魔王が倒せないというのなら、私は囮になるため前に出るわよ」
現実主義者のふりをして、約束をしない。私が傷つけば勇者が悲しんでくれるとわかっているのに、どうして傷つかないでいられようか。
「僧侶ちゃん」
勇者は断られると思っていなかったらしい。あまりに悲しそうな顔をしている。
ごめんなさいね。
私は、理解しているつもりだ。この勇者を悲しませたがる傾向が本当に不味いということ。
このままだと、私たちは最悪の結末を迎えることだろう。それでも、やめられなかった。
(おまけ
読まなくてもいい設定(魔王)
魔王は魔物が殺した人間の魂が多いほど強化されるので、発生直後はそれほど脅威ではない。勇者が強襲に成功した代は魔王から先に倒せている。
それを防ぐため、勇者に対して敵となる魔族をマンツーマンでつけるのが魔王側の習わし(定石)となっている。
つまり、魔族未討伐の勇者が集まると…
また、魔物側の目的は人間の魂を定期的に徴収することである。魔族が人間を支配した時代には生贄が捧げられていた。)
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