城壁に立つ兵士の傷を治療していると、森の中から視線を感じた。今、勇者はヴァンパイアが感知できないぎりぎりの所にいる。これは、勇者とヴァンパイアの速度がほとんど等しいという分析による。勇者を見た瞬間にヴァンパイアが逃げたら失敗。勇者の剣が最初にヴァンパイアに届けば、それ以降も戦闘が続けられる。
逆に、向こうは私をすぐさま殺すのが目的になるだろう。ヴァンパイアは炎を操るくせに、私の体を供物にするため、なるべく質の良い死体にしようと考えているのが想像できる。
しかし、私も自分で思っているより勇者に依存していたらしい、勇者が遠すぎると、気丈に振る舞うことができない。
私が今まで出会ったことのある魔族は数人。だが、そのいずれも、戦闘以外の搦め手を使ってくる魔族だった。
だから、この重圧は思いの外、応える。なるほど、これなら兵士が発狂するのも頷ける。現に今、目の前の兵の剣を抜く手は震え、周囲も身を引きながらも武器を構え始めている。私も、短剣を引き抜く。切れ味が鋭いだけの剣。これの用途は限られる。
気配がいっそう引き絞られた感じがして、来る、来る……来る!
「勇者、来なさい!」
「うてェーーーーッ!」
私が勇者を呼ぶのと同時に弓が放たれるが、全てがあらぬ方向へ飛んでいくように見える。ヴァンパイアの身体はばねのようにしなやかで、それが容易く壁の上に飛び乗り、そのまま私の方へ向かってくる。目の前の兵士が私を守ろうと身体を滑り込ませるが、突き飛ばされるようにして壁の下へ落ちていった。
頭蓋が割れる音が聞こえるより早く、私の頚が握られる。
絞められる。相手は私が僧侶だとわかっている。
「か、ひっ」
酸欠で失神するのはまずい!「欠損かつ喪失」以上の傷を負ったら私の負けだ!しかし、ヴァンパイアが逃げられないように足止めしないといけない!彼女なら、迷いなく私ごと攻撃してくれるだろう。
魔女さんの魔法は温度を操るもの。冷気が私の足ごと発生し、ヴァンパイアを拘束しかける。一瞬、ヴァンパイアの目に迷いが見えた。結局、彼は私を殺すのより、逃げることを優先したようだった。奴は力任せに離脱した。
ヴァンパイアが離脱した瞬間、奴の右腕が飛んだ。
「あたしの僧侶ちゃんに触れたその手…許さない…許さない!」
現れた勇者は呪うように喋っている。こんなのは、私も聞いたことがない。彼女がどんな表情をしているのか気になったが、あいにく私の足は感覚がない。ヴァンパイアの腕は、すぐに再生してしまった。
「オマエの弱点はその僧侶か」
「もう二度と触れさせないよ」
二人の戦いが始まり、私の凍った足も魔女さんの魔法で徐々に溶けていくのが感じられた。早く治さないと。足までなくなってしまったら、勇者の心が本当に壊れてしまう。
▼▼▼
ヴァンパイアは私を害そうと勇者を煽り、幼い勇者は怒りに剣先を鈍らせた。勇者はヴァンパイアの体術を食らい、さらに掌から湧き出る炎に腹を灼かれた。魔女さんの補助がなければ私はすぐさま殺されていただろう。
「…ぃたい…痛いよ…」
「勇者、勇者!しっかりしなさい!私を絶対に守るのよね?」
でも、あなたが傷つくのも、私は見たくないの。
「…そうだった。あたし、こんな状態じゃダメだ」
でも、まずい。それでは遅すぎる。魔女さんの警告の声が聞こえる。勇者が立ち上がった瞬間、私の両腕をヴァンパイアが掴んでいた。どうやら、迷わず燃やしに来たようだ。しかし、右側の袖の中には何も入っていないことにヴァンパイアは気づく。さらに、私は掴まれた左腕の皮膚を、肉ごと、くわえた短剣で切り取る!
それから、私の目では追えない動きがあって、私の腕はなんとか燃え残り、勇者はヴァンパイアの首を切り取っていた。しかし、勇者の掲げた首が口を開く。
「油断したな勇者!夜のうちオレは不死身だ!」
「対策済みだよ」
勇者は再生途中のヴァンパイアの首を持って駆ける。向かった先には針の山があった。勇者がそこにヴァンパイアを落とす。
すると、待機していた兵士たちが槍衾を作って一斉に突き刺した。断末魔が上がる。これから、朝日が昇るまで、これが繰り返されるのだ。
「僧侶ちゃん!大丈夫?僧侶ちゃん!」
「あなたがしっかりしてないから…」
私はいつも通り悪態を吐きながら腕を治していく。痣が残らないといいけれど。直し終えと、それを見計らったように、勇者が抱きついてきた。
「ごめんね…僧侶ちゃん…あたし、全然守れなかった…!」
「そ、そんなに泣くことないじゃない…。言い過ぎたわね。私は生きてる。そして、あなたはよくやったわ。だから、大丈夫よ」
「あたし、もっと強くなって…次は絶対に守るから!」
勇者は、また、できない約束をしようとしている。私はあなたを困らせるために、これからも自分から身を投げ出すだろう。
「さあ、宴よ!」
魔女さんは、準備していた酒を飲み始めた。兵士たちも騒ぎに騒いでいる。肴は、ヴァンパイアの針に貫かれた姿だ。朝まで血の宴。私は昨日、『魔女さんは以前と変わりない』なんて思っていたけれど、それは私の勘違いだったようだ。魔女さんも、今までの魔族との戦いの中で、どこかおかしくなってしまったようだった。そんな衝撃を受けながらも、私はヴァンパイアを滅ぼせそうという結果に満足していた。
気づくと、私たちの宿に戻っているようだった。
「僧侶ちゃん、寝よう…?」
勇者の態度はどこか色っぽくて、私は違和感を覚える。ベッドに入った私の体を勇者が触ってくる。おかしい。
私の勇者は、私の体をこんな風には触らない。意を決して口を開く。
「あなた、勇者ではないわね?」
勇者のふりをした何かは、黙ったままその顔を歪ませた。