僧侶ちゃんの闇堕ちカウントダウン   作:拗馴染

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 悲しそうな顔をした勇者モドキは、私に顔を近づけてくる。彼女は偽物なはずなのに、その表情を見ると、ひどく胸が痛んだ。

 もっと悲しませたい。偽物相手でも、ついそう思ってしまう。彼女が本物ではないのなら、嫌われても大丈夫なはず。

 つまり、ここでなら、安心していくらでも悲しませられるのかもしれない。

 

「ねえ、なんでそんなこと言うの?あたしはあなたの勇者だよ?」

 

 なぜ勇者じゃないなんて言ったのかって?

 挙動がらしくないからだ。勇者が、あんないやらしい手つきで私に触れるわけ、ない。この私が言うんだから間違いない。というか、無垢の二つ名を知らないのだろうか?勇者は、私に触れるときは、少し動きがぎこちなくなるのだ。

 本当に可愛らしいと思う。

 

「信じてくれないの、僧侶ちゃん?」

 

 ほら、これでも?勇者モドキが肌をさらす。その凹凸は、確かに勇者のものだけれど、私はそんなに浅くない。勇者がそんな姿勢をするはずがないし…今更だけれど、これは敵の攻撃なのか?

 そういえば、私はヴァンパイアが殺され続けているのを見ていたはずなのに、いつの間にか宿にいた。そんなことにも気づけないほど頭が働いていかったというのならば、これは夢か幻なのだろう。こんなものを見せられるのは敵、それも魔族に違いない。

 

「あなたが、勇者なはず、ない」

「……あはは、どうやらダメみたいだね」

 

 勇者モドキが卑屈な笑みを浮かべる。その笑みを最近どこかで見た気がする。私は、以前にも夢による干渉を受けていたのだろうか?

 

「でも、いいの?」

「何なの…?」

「せっかく夢の中なんだから、この勇者ちゃんのどんな姿でも見れちゃうんだよ?」

 

 悪夢。

 勇者が傷つき、再生し、また痛めつけられて、傷だらけになってしまう。勇者は痛みに怯え、恐怖で剣を握ることができなくなっている。勇者は私に救いを求めてくるが、その顔はよく見えない。私の感情は勇者への愛と勇者を傷つけたものへの苛立ちで整理がつかない。そうして、私は迫ってくる勇者を拒絶できない。

 

「いや…あなたは……」

「僧侶ちゃん、私を拒まないでよ」

「私に近づかないで…!」

 

 私の暴力で勇者がまた新たな傷を負い、そして場面が転換する。

 

「僧侶ちゃん!僧侶ちゃん、大丈夫?すごくうなされてた」

 

 また目の前に勇者が現れて、私は苛立ちをぶつけてしまう。

 

「また私を惑わそうとして…!」

 

 しかし、そういった瞬間、それが間違いだと悟った。勇者の傷ついた表情が本物だったから。

 信じられない。

 私って何様のつもりだったんだろう?

 私の様子を心配してか、勇者が恐る恐る話しかけてくる。また私が狂気に陥って、自分に心ない言葉をかけないかと、勇者は怯えているのだ。軍場ではあんなに頼もしいのに、今の勇者は気の小さな兎みたいで、その原因は私なのだった。

 

「僧侶ちゃん、あたしは大丈夫だよ」

「無理…今の私は、自分を制御できてないの。あっちに行きなさい」

「…僧侶ちゃんは、いつも強気に振舞うけどさ。たまには、あたしのことを頼ってくれてもいいんだよ?」

 

 勇者は震える手で私を抱きしめてくれた。でも、現実と虚構の区別がつかない私は、勇者が悲しんでいる様子を観察する余裕がない。

 

「私……、きっとまた、あなたを傷つけるわ。だけど」

 

 嫌いにならないで頂戴。言いかけたけど、そんな虫のいい事は言えない。

 私がしっかりしないといけないのに。

 

 ともかく、私は自分が夢から覚めたことを自覚した。夢を見せる魔法を使うことができる魔族は、この世界において、サキュバスと名乗り、またそう呼ばれてきた。曰く、性格が悪く、攻撃的な魔法も使いこなすが、その悪辣さは人間の夢に自由に入り込んで精神に、魔力に干渉するところにあるそう。心を折られた人間は無抵抗になるので、魔物に簡単に殺されてしまう。

 

 魔族の最終目的は人間の支配。その能力は他よりも支配向きである。しかし、なぜ今?私たちが戦闘後に疲労したところを狙って干渉した?

 

 この後。私は、なぜサキュバスが今になって攻撃を仕掛けてきたか、知ることになる。

 

▼▼▼

 

 今日は魔物の一種・魔狼がやけに騒がしい。

 

「今日は魔狼が多すぎだ。

「こっちを襲ってくるわけでもなく、気味が悪い」

 

そんな声もちらほら聞こえる。ふと、あり得ない感覚を覚えて、私たちは顔を見合わせる。

 

「ああ、そんな!」

「この魔力って…!」

 

私たち二人は城壁の上に走った。

 

 遠くに見えるのは、狼の群れ。その群れの奥の方に、ひときわ大きな狼がいる。その魔力は、確かに弱体化はしているものの、ヴァンパイアと同じ禍々しさを備えていた。

 

「でも、どうして…?」

 

 勇者の疑問ももっともだ。壁の上にいた魔女さんが口を開く。

 

「この街にいる魔族が、魂を写し入れたのでしょうね……わたしが勇者の魂を封じ込めたように」

 

 やってられない。

 

「…原因となる、この街に潜む魔族は、おそらくサキュバスです」

 

 言ってから、私はああしまったと思った。魔女さんは時折意地が悪い。そして、私は、この件に関して対策を考えていない。

 

「なぜわかったの?」

 

 私が恐れていたとおりの一言が来て、私はとりあえず時間を稼ぐことにした。魔女さんを勇者から遠くへ連れて行ってから、声を潜めて話しかけた。

 

「魔女さん…その情報が必要ですか?」

 

 魔女さんは黙って微笑んだ。沈黙を答えにするのはやめてほしい。

 

「今はそんなこと。話している場合ではないと思います」

「こんなとき、だからこそよ。言い伝えによると、夢魔サキュバスは、夢の中で思い人の形を取るのでしょう?あなたが見た夢は確かに悪夢だったかもしれないけれど……」

 

 彼女はその先をあえて口にしなかったが、伏せられた内容に気づいた私は、驚きのあまり無防備になってしまう。今まで認めないようにしていたのに、私は本当に彼女を愛してしまっているというの?こんな戦争の最中に、そんなことを考えている場合じゃないのに。

 

 夢の中では、自身を偽ることができない。すぐにその結論に辿り着いた魔女さんは鋭かったというべきだろうか。

 視線を感じた。私たちがひそひそ話しているのを見て、勇者が不満げな表情をしている。

 

「ともかく、私は夢を見せられてしまっていて、覚めたのは日の出…その直後は状態が悪かった。サキュバスはその隙を突いてヴァンパイアの魂を奪ったのでしょう。魔女さんは気づけなかったのですか?」

「…。ごめんなさいね」

 

 魔女さんは気まずそうに目を反らした。魔女さんが飲み過ぎなければ…。

 

 まあ、ヴァンパイアよりははるかに弱くなっているだろう。このときの私は、まだそう思っていたのだ。

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