騎士団本部に帰ってから、レオは自室で一人、静かに考えていた。
魔族が自身の村を滅ぼしたことは疑いようのない事実。
しかし、軍も魔導士もエリオスが数日に一回見回りにくる以外にいなかったのは、人員が、ひいては金が足りなかったからなのだろう。
騎士団の財源は国庫からの援助もあるが、そもそもが国家財政の圧迫を避けるために、かつて王国への忠誠心厚かった貴族達が作った、ある種の私兵組織が始まりである。
故に、独自の所領を殆ど有していない平民であるマルティンの黒龍団は、収入が限られているのだ。
しかし、なればこそ本来は、国の富裕層であり、権力者でもある貴族達の協力が不可欠なはずだ。
にも拘らず、彼らは平民出の黒龍団への援助には消極的どころか非協力的であり、彼らへの国庫からの支出を増加させることにも反対している。
奴隷を購入する余裕はあるにも関わらず、だ。
それが、レオの村が全滅することになった理由なのではないか、とレオは考えるに至っていた。
妹や家族を守れなかったのは自身のせい。
そこは今も彼の内心では変わってはいない。
しかし、もし、貴族達がもっと国のことを考えていたならば、そもそも襲撃を撃退出来たのではないか?被害を抑えることは出来たのではないか?
そう考えずにはいられなかったのだ。
先日のアルバーニの件もそうだ。
住民は全て死亡が確認されたか、行方不明となっていた。
2ヶ月も魔族の占領下で放置されたのだ。
不思議はない。
なぜ、2ヶ月も放置したのか。
なぜ、放置しておきながら、黒龍団が介入することに難色を示し、許可を必要としたのか。
前線に近いムラゴシアで奴隷を引き連れ、優雅に過ごしていた連中が、マルティンに苦情を入れ、正統な評価を取り消したことも。
考える程に、釈然としない違和感。
いや、もっと強い、不満、嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
「...」
今まで、魔族という悪魔から人を守る為に騎士団があるのだとレオは思っていた。
魔族への復讐、これが一番重要だったが、それに加え、自身と同じような目に会う人が一人でも減るようにと、戦っても来た。
だが、この国の支配階層を形成している貴族達は、そんなことを露程も考えていないと知った。
彼らが、少しでも人を、国民のことを思っていたならば、救われた命が多くあったはずだ。
今のこの国で起きている悲劇は、根本の理由は魔族だが、果たして、それだけなのだろうか。
この半月、魔族からの攻撃が殆どなく、任務としては楽であったことが、より彼の思考を深みに落とし、より強くレオにそう感じさせるのだった。
「レオ、大丈夫か?」
そんな悶々とした状態で半月程過ごしていたある日のこと、レオはルシアにそう心配された。
「最近、何か悩んでるのか?」
「いえ...大丈夫です」
ルシアは、仲間の不調や変化に目敏く、団員達の潤滑剤のような存在だ。
それ故に慕う団員は多く、それ故に、一人で抱え込むレオにとっては、出来れば距離を置いておきたい人物であった。
「ふーん...まあ、なら良いが」
とはいっても彼女は深入りしない為、その点はレオにとってもありがたかった。
「あんたが何もないってんなら、アタシの用件を話させてもらおうかね」
「何です?」
「ちょっと付き合ってくれないか?手伝って欲しいことがあるんだよ」
ルシアは、レオにそう笑顔を向けた。
「...手伝うって、何をです?」
「今日、明日は暇かい?」
「....」
こういう時、彼女に用件を聞いても無駄で、付き合わされることは既に確定している。
レオも諦め、「予定はありません」と答えるのだった。
「よし!じゃあ今日の深夜に出発するぞ!」
ルシアの快活な声の下で、レオは小さく肩で溜め息をついていた。
翌朝。
エスパニア王国-マルカス-
レオはルシアに連れられて、黒龍団の管轄で、最も王都に近い、マルカスという街の郊外に建つ、大きな学校のような場所へと来ていた。
「ここは?」
「孤児院だよ」
門を潜ると、塀に囲われた広場で、多くの子供達が遊んでいる様子が、レオの目に飛び込んできた。
「アタシの育ったね」
そう付け加えながら、ルシアは子供達の方へと歩み寄っていく。
彼女に気が付いた子供達も、嬉しそうな声を挙げながら、ルシアへと駆け寄り、何人かの子達は抱き着いて、出迎えた。
「ルシア姉ちゃんだ!」
「なんで最近来なかったのおー」
「姉ちゃんー!」
沢山の子供達に囲まれ、ルシアは、普段の不敵な笑みとは違う、柔らかく、優しげな笑顔で、子供達を抱き止める。
「ははっ。悪いね。大切な任務があったんだ。皆元気そうで良かった」
「このお兄ちゃんはー?」
指を指されたレオだったが、ルシアの見せた新鮮な顔に見いっていたせいで、反応が遅れた。
「ああ。そいつはアタシの仲間だよ。レオってんだ」
「レオです。よろしくお願いします」
子供相手に固すぎたな。とは思いつつも、どう接するべきか分からず、レオは丁寧に頭を下げるのだった。
「あっはは!何であんたが固くなってんだい」
ルシアが可笑しそうに笑う。
「ルシア姉ちゃんの仲間ってことはさ、お兄ちゃんも騎士なの?」
「うん。そうだよ。ルシアさんと同じ、黒龍団の騎士なんだ」
少し砕けた口調を心がけ、答える。
「かっこいい!ねえ!おれも騎士になりたいんだ!」
「そっか。でも、その夢は叶わないよ」
えっ。と騎士になりたいと叫んだ男の子はショックを受ける。
「君が大人になる前に、魔族は全員..」
そこまで言って、ふと、過る。
マルクの言葉が。
そして、思い出す。
国王から聞いた貴族のことを。
「...いや、俺が戦争を、終わらせるからね」
気付けば、言い直していた。
魔族は、全員、敵。
憎むべき相手。
しかし、人間にも━━。
一瞬怪訝な表情となった子供達だったが、レオの言葉に目を輝かせ、特に騎士になると言った男の子は、興奮し、より、憧れを強めたようだった。
そんな中で、一人密かに苦悶するレオを、ルシアはじっと、見つめているのだった。
そんな二人のもとへ、子供達にきゃいきゃいと纏わりつかれながら、一人の紳士的な立ち居振舞いをした初老の男が、やって来た。
「騒がしいと思ったら、もう来られていたのですね。ルシアくん」
物腰の柔らかな雰囲気のその男に気付いたルシアは姿勢を正し、頭を下げた。
「先生、ご無沙汰してます」
「もう貴方の先生ではないですよ」
上品に笑う男は、レオにもその優しげな視線を向ける。
「此方は?」
「ああ。私の仲間のレオです。今日は手伝って貰おうと思って」
「レオ=アルバートと申します」
「そうですか。わざわざすみません」
頭を下げられたが、レオは未だに何をしに来たのかは分かっておらず、反応に窮してしまっていた。
「ああ、挨拶が遅れましたな。私、ここの院長をしております。クローシュ=ラ=バルガスです」
「先生は貴族なんだが、商売もしてらしてね。その利益でここを運営してるんだ」
「そんな大層なモノではありませんよ。利益なんて殆ど出ていないんですから」
「"ここ"の運営の為に財宝やらも売り払った変人さ」
ルシアがそう言うと、クローシュ卿は微笑んだ。
「そうですかね」
「失礼ながら、何故そこまでして..ご商売や財宝の売却などなさらずとも..」
レオは、つい、不思議に思ってそう尋ねた。
何せ、昨日聞いた国王の言っていた貴族とは似ても似つかない印象を受けていた。
奴隷を見せびらかすようにして歩いていた、ムラゴシアの貴族を見ていたからこそ、国王の話には納得していた。
しかし、目の前の男はそれとは真逆なのだから。
「財宝はもう仕方のないことですが、我々の財産は全て、国民からの血税ですからね。
それは領民の為に使うべきお金です。
故に、売り払った財宝やらで商売を始めたのですよ。商人にも協力してもらってね」
「そして...」、と既に彼らの存在に飽きて広い庭へと駆け出している子供達や、ルシアに纏わりつく子供達に視線を移し、クローシュ卿は目を細めた。
「"理由"の方は、これで充分ではありませんかな」
レオも釣られて彼らの顔々を見る。
「子供達の笑顔、これに勝る宝石があるでしょうか」
「...そうですね」
子供達は、とても、幸せそうに見えた。
「ま、手伝って欲しいことってのは簡単さ。ここの職員の人が急病でね。人手が足りてないから、あんたにも子供達を見てて欲しいってだけ」
子供達をあやしながら、ルシアがそう説明する。
「また貴方は騎士様を雑用に..」
「アタシも騎士だからいいんだよ」
「全く。すみませんねレオさん」
「いえ、どうせ予定などありませんでしたから、是非お手伝いさせてください」
「ありがとうございます」
そう丁寧に頭を下げ、クローシュ卿は、再び建物の中へと戻っていくのだった。
その後、レオはルシアに言われるまま、子供達の遊ぶ様子のよく見える、庭の草地で、彼らを見守ることとなった。
「元気だなあ」
とても、柔らかな感情が彼を包んでいた。
きゃいきゃいと遊び続ける子供達を静かに見つめる。
その光景は、平和そのもので、レオに懐かしい想いを溢れさせていた。
爽やかな風が吹き抜け、彼はかつて、自分が駆け回っていた故郷の草原を思い出す。
そうだ。
いつだったか、あそこから林に入って迷子になって━━。
「ねえ」
気付けば、一人の女の子がレオの真横に立っていた。
「どうしたの?」
「お兄ちゃんは、ルシア姉ちゃんの彼氏さんなの?」
「違うよ」
子供は変なところでませているよな、とそんなことを思いつつ、否定する。
「じゃあ、どういう関係なの」
「...」
「仲間だよ」
大切なね。と付け足し、女の子に視線を合わせる。
「ふーん。つまんないの」
浮いた話でも期待したのだろう。興味を失ったような声色で、そのまま他の子達の方へと走り去っていく。
レオはその様子を苦笑しながら見送るのだった。
「ねえ!お兄ちゃんも遊ぼ!」
今度は、数人の男女が、レオの手を掴み、せがんだ。
既視感。
「いや、おれは」
「鬼ごっこしようよ!」
まるで、ソフィアみたいに。
彼らは純朴な笑顔で、遊ぼうと、手を引っ張
る。
「分かったよ」
「じゃあお兄ちゃんが鬼ね!」
━━━━。
そうして、数時間が経って、日も暮れ始めた頃、見送りに来たクローシュ卿と挨拶を二人は交わしていた。
「本日はありがとうございました」
「いえ、私は何も...」
実際子供達を見ているだけの時間が大半だったレオは、恐縮しながら、頭を下げ返す。
「ルシアくんも、ありがとう」
「またいつでも呼んでください。暇な連中引っ張って来ますから」
「程々にね」
そう笑ったクローシュ卿だったが、ああそうだ、と再び二人に向き直った。
「マルティンさんにも、よろしく伝えておいてください」
「あの人もあんたによろしくだってさ」
「そうですか。では、またいらしてくださいと」
「了解。じゃあ、また来ます。先生」
「ええ。またいつでも。レオさんも、是非またいらしてくださいね」
「..はい。必ず」
そうして、二人は見送られながら孤児院を後にする。
徐々に薄暗くなっていく道を歩みながら、ルシアがレオに、水を向けた。
「今日はありがとうね。どうだった?」
「..家族を、思い出しました」
「...そうかい」
「でも、とても、優しい記憶で」
「うん」
「心地良い感じ、です」
いつになく正直に、スラスラと話していた。
「...また行ってやってくれよ。騎士に憧れてる子は多くいるし、あんたなら歓迎されるよ」
「そうですね..また、行きたいです」
妙な感覚だ。
家族のことを思い出しても、憎悪も、怒りも、悲しみも浮かばなかったのは、いつぶりだろうか。
いつか見た、優しい景色。
それが、レオの思考に影響を与えているようだった。
それに、貴族といっても、皆が皆、国王の言うような人間ばかりではないんだな。と、レオはそんな当たり前とも言えることに漸く気が付いてもいた。
それを、魔族に置き換えることは、まだ出来なかったが。
「ああ、それと」
レオは、ルシアに目線を合わせる。
「ん?どうした?」
「今日は、俺の気分転換も考えてくれたんですよね。ありがとうございます。気を遣って頂いて」
「...野暮だねえ」
小さくボソッとルシアは呟き、レオの背を叩いた。
「何のことだか、さっぱりだね!」
「誤魔化し方..」
「ま、いいってことさ」
そうはにかむようにして笑う彼女の横顔が夕陽に照らされ、それがレオには、美しく、思えた。
夜もすっかり深まった頃、本部に戻った二人を待っていたのは、喧騒だった。
「何かあったのかい?!」
「ルシアさん!レオもか!丁度良かった。今さっき緊急の連絡が入ったんだ。前線に近い村に、魔族が大量に侵入してきた!」
これにて改訂版の投稿は終了です。
次回更新は来週中を目指しますが、未定です。
それ以降も従来通り不定期更新となります。
どうぞよろしくお願いいたします。
残酷な描写タグは必要?
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必要
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必要でない
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どっちでも良い