エリーア村に攻め込んだ魔族は250名。
殆どが、三級魔導士以上であり、強力な魔獣を引き連れている。
対する黒龍団は、第二陣の到着時点で副団長含め、一級魔導士が3名。二級が10名。三級が70、四級が100、五級40の、計223名である。
人数に大差はないが、質が圧倒的に魔族有利であった。
そして、人数差を覆し得た第三陣は、自爆攻撃によって壊滅。
五級魔導士は術式の利便性が高い者が選ばれていたので、ある程度までは食らい付けていたが、最早魔力も無くなり、次々と負傷、あるいは殺されている。
四級魔導士も同じくである。
魔族側は三級クラスばかりで、一対一では基本的に敵わないからだ。
故に残る団員はあと、100名に満たない状況となっていた。
黒龍団は各団およそ5000名程度。
その内の1割弱が僅か数時間で失われようとしていた。
アルバーニの時とは正反対の、大敗である。
だが、大敗といっても、まだ全滅はしていない。
レオ達は、戦い続けている。
王国の国民が住む土地を、守り抜く為に。
「フリントロック!」
炎に燃やされた魔族はそのまま崩れ落ちる。
「クリーピー・ウィップ」
ルシアにとっては残る魔族の殆どが格上だが、その技巧で翻弄しつつ、レオのサポートをすることで、多対二の状況下であっても、二人とも上手く立ち回れていた。
だが、仲間は多くが既に戦闘不能であり、二人にかかる負担も時間を追う度に増していく。
「うおああ!!」
ついに刃こぼれと、血の付着によって使い物にならなくなった剣を、最後と言わんばかりに向かってきていた魔族の一人に投げつけ、レオは、徒手空拳で戦わざるを得なくなってしまった。
「キリがない..!」
自分と実力が近いか下手をすればそれ以上の魔族達が続々と集結しつつあり、最早、敗北は時間の問題であった。
「ルシアさん!皆で固まりましょう。まだそっちの方が戦いようがあります!」
レオの提案に、ルシアは息を切らしながら、首を振る。
「ダメだ...これだけの奴等が...揃ってるんだ。高火力..の範囲攻撃でも...出されちゃ..おしまいだよ..」
八方塞がり。
「だけど..イグナシオさんらは、魔獣を..倒しきったみたいだ..」
言われてレオも気が付いた。
先程まで、空を、地を自在に飛び回っていたドラゴンやガーゴイルといった魔獣の咆哮が、影が、消えていることに。
「こっちの負担...は、そろそろ減るはずさ...あの人達を..相手しなきゃ..いかんだろう..からな」
だが、二人の体力は限界である。
この上で、格上の魔族と戦うことなど、出来る状況ではなかった。
「その可能性に、賭けますね..ルシアさん!」
故に、レオは決断する。
「炎魔法」
体力の残量には似つかわしくない程に残る、レオが誇る巨大な魔力を用いた、格上をも葬る威力の、必殺技を、放つことを。
「ボルケーノ...エラプション!!」
前方から一斉に向かってきていた魔族達十数人に向かって、レオは一挙に、残る魔力の大部分を放った。
レオの全身を守る盾のように出現した魔方陣を通し、豪炎となった焔が噴火する。
『?!』
多くの魔族は、レオの捨て身とも言える一か八かの大技に反応出来ず、ただ、炎に呑まれるのみであった。
『ぐうぅう..』
僅かに二人、防御を間に合わせた魔族がいたが、防御をしてもなお、全身に火傷を負っている。
二級魔導士、一級魔導士下位クラスでは、レオの、現状の実力に似つかわしくない、大量の魔力を存分に用いたこの技を、防ぎきることなど、出来はしないのだ。
『ぐそっ...』
魔族は苦し紛れに魔術を放とうとするが、炎によって全身を守っていた魔力も薄くなり、防御が疎かになっているところに、ルシアの魔術が襲い、ただ、貫かれるだけであった。
「どうにか、凌いだね」
ルシアが、肩で息をしながら笑う。
彼女も既に、殆どの魔力を使い果たしていたようだ。
「そう、ですね」
レオも膝を付く。
まだ戦いは終わっていないので、全ての魔力を使いきった訳ではないが、それでも大量の魔力を一度に放ったことと、体力はとうに限界を迎えていたことで、僅かに気を緩めてしまったのだ。
「イグナシオさん達が、一級連中の相手を始めてくれたみたいだ」
魔族の側も、黒龍団の奮闘あって、数をかなり減らしており、残る一級クラスの魔族達は、今まで魔獣の処理をしていたイグナシオ達に注力を始めていた。
「ルシアさんの予測が当たりましたね」
レオが安堵の笑みをルシアに向けると、彼女も、僅かに息を付いて笑った。
「良かったよ...それにしても、あんたに助けられちまったね。正直..限界だったし、アタシより強いのばっかだったから、本当に、助かったよ」
「..お礼は不要、でしょう?」
「前もそうだったが、生意気言うようになっちまって」
二人は、軽口を叩きつつ、呼吸を整えていく。
「...さて、まだ三級程度の魔族も残っているし、そいつらを相手して、イグナシオさん達の支援をしようか」
「ですね。恐らくもうすぐすれば、王国軍も到着するでしょうし」
「ああ。後少しの辛抱だな」
そうして、二人は駆け出し、二人で相手を出来る位の残存魔族を狙いに━━。
ビュオンと勢い良く吹く、つむじ風のような音。
一瞬遅れて、ルシアがぐらりと体勢を崩す。
「え?」
レオが目を向けると、肩の辺りを、真っ赤に染め、今にも倒れそうになっているルシアの姿があった。
「ルシアさん?!」
倒れる彼女を腕で支え、背後を睨む。
『風魔法:ブレード・ゲール!』
が、その瞬間にはもう、今まで潜み、騎士団が疲弊しきったタイミングを狙って、魔力量の低い自身の活躍の機会を伺ってきたその魔族が、魔術を放っていた。
避けれな━━。
死を覚悟する暇もない。
━━━━━━。
反射的に防御体勢を取ろうとしていたレオは、自身が地面に倒れていることに気が付いた。
そして、自身を覆う、影があることにも。
「ルシアさん..?」
ルシアが、身を捩り、レオの盾となったのだ。
「どうして...!」
彼女の肩から赤い雫が、レオの頬に滴り落ちる。
「レオ..よく聞いてくれ..」
ルシアは小さな声で、レオに伝える。
「...分かりました」
「合図をしたら、動いてくれ」
魔族は、二人の様子など気にも止めず、高笑いをする。
『さーて、もう一人の方も始末しなくてはな。魔力の少ない俺が、権力を握れる折角のチャンスなんだ。活用させてもらうぜ』
そして、掌をレオ達の方へ向けた。
『風魔法..』
「今だ」
ルシアの言葉と同時に、レオは軽く力をかけて、ルシアを仰向けに倒し、自身はそのまま真横に飛び退いた。
「植物魔法:シードレット」
ルシアが指先に出した魔方陣から種の弾丸が、魔族に向かって飛ぶ。
既に威力も弱っている魔術は、簡単に避けられてしまった。
だが、それは想定通りだ。
魔族の背後に、種が回った瞬間、"それ"は発動する。
魔方陣。
術式を魔術として発動する際に、魔導士が浮かび上がらせる方陣。
武器や素手など、身体や直接身体と接触しているモノに魔術を付与する以外は、この魔方陣を通す必要がある。
そして、魔方陣は、術者の魔力が濃い場所にしか出現させることが出来ない。
つまり、術者から漏出する魔力が漂う術者の周囲十数cmが原則だ。
だが、例外はある。
特殊な術を組み込んだ複雑な方策。
そして、体外に漏出する魔力を繊細なコントロールによって、遠方へと糸のように延ばしす方法だ。
だが、前者は特別な才能が、後者は戦闘中には不可能な程の微細な魔力コントロールが求められる。
しかし、ルシアは最早自分は動けないことを逆手にとり、この微細なコントロールを実現させた。
彼女の放った種は、彼女の魔力が濃縮されている。
つまり、魔方陣発動の条件が、満たされているのだ。
種の弾丸を放った瞬間から自身の魔力を種に繋げ続けていた。
魔族の背後に回った種を中心に、魔方陣が発動する。
「植物魔法:クリーピー・ウィップ!」
残る魔力の全てを使い、ルシアはその巨大な蔓の鞭で、魔族を地面へ、叩き落とした。
『ぎっ..!』
だが、魔族はすんでのところで意識を止める。
とはいっても、最早それに、何の意味もない。
何故なら、レオが既に、彼の背後に回っていたからだ。
「...ヒートフィストスパーク」
炎の拳が、立ち上がろうとしていた魔族の頭部に、思い切り叩き付けられ、魔族はそのまま意識を失うのであった。
弧線を描く炎の軌跡を、安堵を浮かべ見つめるルシアの脳裏には、不思議と一月前の記憶が駆け巡っていた。
一月前。
「エリオス!!」
魔族に押し負け、炎を纏った剣によって、袈裟懸けに斬られたエリオスが視界に入り、思わずルシアは叫んでいた。
叫び声も出せない状態となっていたエリオスだが、最後の力を振り絞り、魔族の腕を掴んで、雷魔法を走らせた。
感電した魔族と、限界を迎えたエリオスがそのまま倒れ落ちる。
「エリオス!」
ルシアは、まだ戦闘は集結していなかったが、思わず彼の下へ駆けつけていた。
「しっかりしな!直ぐに回復魔法使える奴のとこに..」
「無理ですよ...ルシアさんも分かるでしょ..」
ゲホッと血を吐きながら、どうにか口を開いたエリオスの浮かべる苦しそうな微笑に、彼女は眉を歪ませる。
「...あんたまでいなくなったら..アタシは...ただの..」
ルシアの言葉に、エリオスは首を振る。
「貴方が誘ってくれたから...俺は強くな..れた。沢山の...人を救えた。あいつらも同じですよ...」
「...っ...」
「でも...もっと、強くなりたかったな..レオ...彼が、魔導士になるしかなくなった..のは...おれが弱かったから...」
「...あんたも、同じだったってわけかい?」
「そう..ですね...この罪は..廻り続けるんでしょうね..」
「...いや、きっと..いつか..」
ルシアは、悔しそうに唇を噛み締める。
「そう、だと良いな━━。..ルシアさん...お願いが..あります」
「なんだい?」
「俺が、言えることじゃ...ないけれど...俺の、エゴでしかないけれど..レオを...お願いします...あの子には...せめて、生きてて欲しい...から...」
そうして、眠るようにして目を閉じたエリオスは、もう二度と動くことはなかった。
そして。
「ルシアさん!!」
レオが自身の下へ駆けつける様子を目に捉えながら、彼女は、思っていた。
ごめんな。エリオス。約束果たせそうにないよ。
息も絶え絶えといった様子のルシアはレオの呼び掛ける声は聞こえていたが、録な反応を返すことも出来なかった。
それでも。
「レオ...」
「ルシアさん!」
「悪いね...もう、ダメみたいだ」
「そんな...。ダメです...ルシアさんまで、いなくなったら...俺は...」
レオの精神は、最早限界であった。
その腕に抱えるルシアの身体からどんどんと力が抜けていっていることを、感じていた。しかし、それでも、半日前には談笑を交わしていた彼女の、眼前に迫る死を、受け入れることなど、出来る筈もなかった。
「レオ...すまない。君に...酷なお願いを、しなきゃ..ならない..」
レオの抱える闇は、憎悪は、簡単には動かせない。
それを、ルシアはこの数年で、よく分かっていた。
訓練をこなす時の、ほの暗い表情。
魔族と戦っている時の、濁った目。
自分を責める、彼の苦悩を。
━━だから、レオは、きっと、これくらいのことを言わないと、変わらない。きっかけにすらならない。
エリオスから託された願い。
そして、自身の抱く、願い。
二つを乗せて、彼女は口を開く。
「私の分も...生きて...世界を..見て欲しい..」
「!!....っ」
ルシアの言葉に、レオは身を震わせた。
「色々な..モノを見て..色々、食べて....長く...生きて欲しい..」
「それは...」
ルシアは、ゆっくりと、レオの顔に、手を伸ばし、頬に、添える。
「ごめんな...レオ。でも...アタシは..エリオスも..あんたに...出来れば━━━」
パタリ、と腕は倒れ、ルシアに残っていた重みが消えたように、感じられた。
「無理ですよ...そんなの..」
レオは、彼女から魂の抜ける直前に、動かされた唇が、紡ごうとしたその言葉に、返した。
ルシア自身、言わないでおこうとしていた。それでも、最後の最後で、漏れ出た、本音。
「出来れば━━━幸せに」
「幸せになんて、なれませんよ..」
レオは物言わぬそれを抱き抱え、慟哭した。
限界だったのだ。
家族を失い。
恩人を失い。
友人は意識が戻らない。
その上で、ずっと、うざったく感じることもある程に、自身のことを気にかけてくれ、心配し続けてくれた、優しい仲間を。
この上、彼は何を失えるのだろうか。
まだ終わっていないと警告する理性に関わらず、心が、その溢れ出るモノを抑えることが出来なかった。
だが、それでも、魔族から狙われようと、座して死を待つことなど決してしない。
レオは、憎悪という名の呪いに加えて、願いという名の呪いにかけられてしまったのだから。
次回更新→未定
残酷な描写タグは必要?
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必要
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必要でない
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どっちでも良い