エリニュス-慈しみの神達へ-   作:ライト鯖

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喪失と違和感

 

レオは、物言わぬ塊となったルシアの身体を守るようにして、残る僅かな体力を振り絞って、なおも襲い来る何人かの魔族を相手にし続けていた。

しかし、既に限界だった。

 

レオがもう戦う力もないと、肩を上下させ、荒くも掠れた呼吸をすることしか出来なくなってきた時。

 

砲声が、轟く。

 

「...くそっ..」

 

やり場のない、憤り。

 

あと少し早ければ、ルシアが死ぬことはなかったかもれない、そうレオが感じるのも当然だろう。

だが、奇襲に対する非魔導士主体の軍隊ならば、対応は凄まじく早い方だ。

 

そう、王国軍が、騎士団以外で魔導士が所属する軍事組織である王立魔導部隊を帯同して戦場へと到着したのだ。

 

「まだ騎士団が戦っている!砲撃は控えよ!」

 

声。

そして、隊列を組んだ軍人達が、一挙に戦場である、エリーア村へと雪崩れ込んできた。

 

「よし!」

 

肩から血を流し、息を荒くさせながらも、なお、空中で一級相当の魔族複数人を相手していたイグナシオは、僅かに安堵の息を漏らす。

 

人数差は、圧倒的に、ヒト有利となる。

 

更に、魔族も相当消耗しているため、一級魔導士等殆どいない王立魔導部隊と普通の歩兵でも問題なく対処出来る範囲となっていた。

 

この段階になって、生存していた100名弱の魔族は殿がイグナシオの足止めをしつつ、さっさと撤退していくのだった。

 

そこから更に数十分後、生存者の救助活動や消火活動が行われている所に、憔悴した様子のマルティンが到着した。

 

「.....間に合わなかったか..」

 

手当てを受けるイグナシオから報告を聞き、ギリ、と歯を噛みしめるマルティンが、視線を動かしたその先に、地へと膝を着くレオの姿があった。

 

「レ...」

 

無事だったか、と声をかけようとした所で、彼は気付く。

レオがボンヤリと眺めるモノに。

 

「...ルシアが..そうか..」

 

何が起きたかを察して、レオへどう声をかけたものかと、逡巡するマルティンよりも先にレオが彼の存在に気が付いた。

 

「マルティン団長...」

 

あの時のように、マルティンに憤りをぶつけることはなかった。

 

「すまない..。俺のミスだ」

 

拳を握り締めるマルティンは、それ以上、多くは語らなかった。

他貴族達の運営する騎士団の素行や任務への非積極性の問題について、忙しい合間を縫って、プロビデンス卿と会談出来るタイミングが近辺ではこの日しかなかったこと、半月以上の間、殆ど魔族が攻撃をしかけてきておらず、それ故に攻勢作戦が同盟国軍の要望もあって強行されたこと、言い訳は幾らでもあった。

だが、マルティンはそれをしなかった。

 

それでも、主力のいないタイミングで本部を離れる決断をしたのは他ならぬ彼自身だったから。

 

「...団長は、言い訳をしないんですね」

「ああ。...それは命を散らした皆への侮辱になるから」

「...そうですね」

 

言ったきり、レオは黙りこくってしまったが、暫くすると、のっそりとルシアの遺体を抱き抱え、立ち上がった。

 

「どのくらい、無事でしたか?」

 

声色は、既に普段の調子に戻っていた。

だが、彼の目は、五年前のような濁った黒い目へと、戻っていた。

 

中に燃えるは、魔族に対する、黒く、激しい憎悪。

 

「...無傷な者は誰もいない。重軽傷者が21名。それ以外は...死んだ」

「そうですか...」

 

正しく壊滅。

しかし、敗北とも言いきれないだろう。

命を散らす激しい抵抗によって、村は傷だらけであるが守られ、村民が全滅することにはならなかった。

 

援軍到着まで持ちこたえる、即応戦力としての役目は十二分に果たしたと言えるだろう。

 

だからといって、犠牲者の命が戻るわけでも、仲間を失った者達の心が戻るわけではないが。

 

こうして、突然の魔族による襲撃事件は終わりを迎えたのだった。

 

分かっていたこと。

 

騎士団として、兵士として戦う以上、いつ訪れても可笑しくはない、終幕。

しかし、本当には理解出来ていなかったのだろう。

マルクは、意識不明ながらも命は取り留め、エリオスはその死に目を見たわけではない。

今まで失ってきた仲間達は、仲間といってもただの同僚で、彼らに深く踏み込んでいたわけでもない。

 

レオにとって、ルシアはそのどれもにあてはまらなかった。

 

勝手に踏み込んできて、強引に、彼女はレオに、その"故郷"を示して見せた。

 

知ってしまった。

ただの同僚などではなくなってしまった。

そんな"仲間"の目前での死。

 

レオは、初めてそれを受け止めていた。

 

自分の未熟さと、弱さと、傲慢さにうちひしがれ、その情念を魔族に転嫁することでしか、彼は平常を保てなかった。

 

エスパニア王国-マルカス-

 

ルシアの育った、孤児院。

戦闘から三日後、レオはルシアのことを伝えるために、孤児院を訪れていた。

 

「はーい。どなた?」

 

門扉を開けて出迎えたのは、前回レオが来た時には見なかった女性の職員だった。

 

「ルシアさんの同僚の者です。クローシュ卿にお伝えせねばならないことがありまして」

 

騎士団の正装であるローブを見せ、レオはそう伝える。

 

「ああ、もしかしてレオさんですか?」

「...はい」

「先日はありがとうございます。私の代わりに子供達を見てくださったそうで」

 

どうやら、休んでいた職員とは、彼女のことだったらしい。

 

「いえ。大したことはしていません」

「いえいえ。本当に助かりました。クローシュ先生ですよね。此方へどうぞ」

 

促されるまま、付いていき、院長室と札のかけられた部屋の前へと、案内される。

 

「それでは。私はこれで」

「...はい。ありがとうございます」

 

コンコンと扉をノックし、「どうぞ」と声がしてから、扉を開ける、

 

「失礼致します。クローシュ卿、ご無沙汰しております」

「ん?ああ、レオくんか。どうしたんだい?ルシアくんは━━」

 

言いかけたクローシュ卿は、レオの表情に気付き、言葉を止める。

 

「まさか━━」

 

思わず漏れてしまったというような小さな声で、彼は呟いた。

 

「....申し訳ありません。私が、弱かったばかりに━━」

 

レオの言葉を聞き、クローシュ卿は厳しい形相へと様変わりする。

 

「彼女は、その言葉を許さないのではないですかね」

「!━━はい..」

 

ルシアのあの考えは、クローシュ卿から教えられたのだろう。

 

「━━彼女、ルシアは、立派に戦いましたか?」

 

直ぐに柔らかな表情へと戻り、彼はそう尋ねた。

 

「はい。彼女のおかげで、私は今、ここに立っています」

「そうですか。━━大変な中、伝えに来てくれて、ありがとうございます」

 

堪えるようにして、クローシュ卿は頭を下げた。

 

暫くして、部屋を辞そうとしたレオに、クローシュが語りかけた。

 

「また、いつでもいらしてくださいね」

「!━━━━。」

 

レオは、その言葉に答えることは出来なかった。 

クローシュの寂しそうな笑みを視界に捉えながらも、静かに、扉を閉める。

レオは、子供達に合わせる顔もないと、逃げるようにして孤児院を去るのだった。

 

本部に戻ったレオを待っていたのは、今次戦闘の報告会であった。

 

「皆、親しい者を失い、多くの仲間を失って、大変な中であることは重々承知している。しかし、王国の為にも、人類の為にも、出来るだけ素早く情報は共有されるべきだ。悪いが、各々、報告を頼む」

 

マルティンが目の下に隈を作りながら、挨拶をする。

 

「では」

 

副団長のイグナシオが手を挙げ、先陣を切った。

 

「今回、妙なことが多くありました」

「ふむ?」

「今までの魔族軍の傾向から考えると、過剰なほどの使役魔獣数であったことが第一」

「たしかに、普段は多くとも数匹。二桁単位で、ドラゴンなんかの強力な魔獣が運用された例は殆どないな」

 

魔馬やホーンバイソンのような南方大陸にはありふれた魔獣ならば使役は容易いが、ドラゴンのような魔獣は手なずけるのが容易ではなく、仮に従わせる魔法があったとしても、魔力消費は莫大なものとなる。

それを、複数、それも二桁単位で使役していたのであるから、明らかに異常であった。

 

「そしてもう一つ、自爆攻撃が用いられたことです」

「それは希にだがあることだろう」

「いえ、従来、魔族が自爆を用いるのは自身が追い詰められ、残された手段がなくなった時です」

「ふむ。確か今回の報告では━━」 

「ええ、明らかに新たな援軍を阻止するために一人の魔族が戦略として自爆を用いました。今までの魔族からは考えられもしないことです」

「ふむ。確かに妙だな。━━妙だが...」

 

二つの報告は、違和感をもたらすものだった。

しかし、それ以上でも以下でもなく、それだけでは、何も断定することは、出来ない。

たまたま、ドラゴンを簡単に操れるような魔術を有する者がいたのかもしれないし、たまたま、自爆してでもヒトを殺そうとする、魔族を勝たせようとする者がいたのかもしれないからだ。

 

「あの」

 

だが、そこに、レオが声を上げた。

 

「何か他に気になることでもあったか?」

 

マルティンに聞かれ、頷く。

思い返せば、違和感を覚える言葉を、彼は聞いていたからだ。

 

『魔力の少ない俺が、権力を握れる折角のチャンスなんだ。活用させてもらうぜ』

 

ルシアを殺した魔族が、吐いた言葉。

 

「...おかしな話だな。魔族は魔力が絶対の世界。軍人にすらなれんはずだ。よしんば、なれたとしても魔力の少ない者が権力を握れる筈もない」

 

違和感が疑念へと変わる。

 

「魔族領で、何かが起きている?」

 

イグナシオの呟きに、マルティンが頷いた。

 

「もしかすると、政変、内紛なんかが起こっているのかもしれんな」

 

マルティンの指摘に、室内はざわめく。

 

「まさか..」

「いや、魔族内でシステムが変わるよう何かが確実に起きている。レオ、その魔族の魔力はどうだった?記憶にあるか?」

「はい...。万全の状態であれば、私の敵にも、ルシアさんの敵にもならなかったと思います」

「ルシア、つまり三級魔導士でも相手にならん程の弱さ。そんなのが魔族で活躍の可能性が与えられること自体希だ」

「ですが、内紛なのだとしたら何故我々の土地へ攻め来んで来たというのです」

「功を焦ったか。既に新たな政治体制が確立しているか、だろう。そうであるならば、イグナシオからの報告にも全て偶然以外の理由が付く」

 

マルティンの推測に、ある者は圧倒され、ある者は自身も感じた違和との答え合わせをしていた。

 

「そういえば、魔族の軍服を着ていない奴等もいましたね」

 

ある者がそう報告した。

 

「恐らく、確定的だな。何が起こってるのかは分からんが、大きな変化が起きようとしている。国王やプロビデンスと共有せねばならんな」

 

魔族の領内で大きな変化が起きている可能性、それに彼は気付いたが、その変化がヒトに、エスパニア王国に大きな、大きな渦を巻き起こすことになるとは、マルティンにもイグナシオにもレオにも気付きようなどありはしなかった。

 

 

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