紅く、紅く、染まった空。
何重奏にも、重なっていた悲鳴。
飛び交った、あらゆる物質。
そして、はためく。新たな地獄の、生誕を祝うようにして。
-エスパニア王国と魔族領の最前線付近-
「後少し、少しよ」
「頑張りましょう」
「でも、行ったところで、結局..」
「今は考えるな。生きるためには、これしかないんだ」
8つの人影が、森の中を励まし合いながらも、息を潜め、ひっそりと何かから逃げるようにして移動している。
「そう..だね。後にする」
「でも...あいつらは兄さんを..」
「他に方法はない。行くしかないんだ」
不安、恐怖。
彼らは、自分達を支配するそれらを、抑え込みながら、森を、素早く進んでいくのであった。
エスパニア王国-黒龍団本部-
毎日のように絡んできていたルシアは、もうレオの下へはやって来ない。
望んでいた筈の、静かな食事を、彼は味わっていた。
今にも、声をかけられるんじゃないか。そんな想いを微かに抱いていることにすら気付かずに。
「....っ...」
黙々とスプーンを口に運び、咀嚼する。
食堂は、ザワザワと音に溢れているが、今は、心なしか、少し寂しげだ。
そうして、食事を終えたレオは、何も詰まってなどいないのに、つかえるモノを感じながらゆっくりと立ち上がった。
そこに、団員の一人が駆け込んでくる。
「レオはいるか?!」
「...どうしました?」
覇気の感じられない声で応じたレオに、その団員は捲し立てた。
「ダニエルさんが、直ぐに病棟に来いってよ!大至急らしい!」
言われ、レオは、ハッと瞬時に嫌な予想を巡らせてしまう。
同時に足は、反射的に全速力で病棟へと向かっていた。
マルク。マルク。お前までいなくなったりしたら...俺は...。
最悪の想像ばかりが頭を循環し、どうにか打ち消そうと頭を振る。
医師のダニエルは病棟へ駆け込んだレオを待っていたようにしてロビーに立っており、飛び込んできたレオを見た瞬間、指であっちだと指し示した。
「マルク!」
その方向に飛ぶようにして駆けていき、レオは病室へと飛び込んだ。
「...騒がしいな」
レオは、目を信じられないモノを見たとばかりに、大きく見開いていた。
「マルク...目...え..覚め..」
困惑するレオ。
「なんだ?何を想像してたんだ?」
元気そうに笑うマルクから心を見透かされた一言を受け、レオは若干ばつの悪い想いを抱きつつも、漸く少し冷静さを取り戻した。
「もう、大丈夫なのか..?」
「腹に穴空いてたみたいだけど、大して大きくはなかったから、回復魔法と治癒魔法の重ねがけでどうにかなったらしい」
何でもないことのように言うが、レオの記憶には鮮明だ。あの日の鮮血は。
だがそれ故に、今、目の前で普通に笑う彼の姿に、心からの安堵を、抱いた。
「そっ..か。無事で..良かった...本当に、良かった」
ゆっくりとマルクに近付き、レオは、絞り出すように、そう口にするのだった。
言いたいことも、言わなくてはならないことも沢山ある。
だが、今の彼は、ただただマルクの生を喜ぶだけだった。
「良かった...」
「何度目だよ。...でも、ありがとう」
「何を..」
「お前が俺を助けるために頑張ってくれたって聞いてね」
「あれは...」
そこまで言いかけて、レオは口をつぐんだ。
起きたら、誤魔化したりせずに、はっきり伝えなくてはと決めていたのだから、逃げに走っては駄目だ。と、レオは自らを奮い起たせた。
「お前が死ぬんじゃないかと、本当に肝を冷やしたんだ。死んで欲しくなかったから」
素直に吐露するレオの顔を、マルクは驚いたように見つめる。
「どうした?」
「少し、色々あったんだ。だから、言いたいことがある」
居住いを正すレオに、マルクも真面目な表情となる。
「マルク...その、すまなかった。俺は君に残酷なことを言った。本当に申し訳ないと思っている」
「...なんだ、そんなことか」
「そんなことって..!」
「悪い悪い。でも、それなら、俺の方こそごめんな。君の過去を知っていながら、随分無責任なことを言った」
「...俺には理解は出来ない。魔族に同情なんて、尚更、出来なくなった」
レオの言葉を、マルクは黙って待つ。
「ルシアさんが、殺されたんだ。下らない奴に..」
「ルシアさんが..?!そうか...」
「だから..俺には、分からない。でも、お前はそれが正しいと思ってるんだよな」
レオは、マルクの目を見据えた。
「ああ。思っている。人間に、善人も悪人もいるように、魔族も同じなんじゃないかって。まあ、良い魔族なんて、まだ見たことはないけどな」
マルクは苦笑し、続ける。
「けど、少なくとも、奴等を奴隷にしたりして、同じ土俵に落ちるのは間違いだと思っている」
「そっか...だよな」
寂しそうにレオは笑う。
そして。
「それだけだ。じゃあな」
立ち上がろうとする。
もう一つの言いたかったこと。
それは、胸に仕舞うことにした。
「考え方は違うけど、だからって関わらないようにした方が良い。なんてことはないと俺は思うよ」
見透かされたようなマルクのセリフに、レオは動きを止めた。
「何で..」
「君の考えそうなことだ。俺が不快だろうとか、色々面倒なこと考えてるんだろ?」
「っ....」
図星を付かれ、レオは黙り込んでしまう。
実際、その通りだったからだ。
マルクの考えを受け入れられない自分が側にいたところで、不快にさせるだけ。
ならば、関わらない方が良いんだ、と。
「君がその想いを持つに至った理由は知っている。だから、否定するつもりはないよ。君が優しい奴だってのも知っているし。
それに、寂しいだろう?考え方が違ったからって、お互い望んでもないのに関係を断つなんて」
マルクの言葉に、レオは、「敵わないな..」と漏らし、再び、マルクへと向き直った。
「ならさ...これからも、俺と友達でいてくれますか」
思いきって言い切る。
言おうとしていた、大切なことを。
「...ハハッ。俺は数年間でも寝てたのかな?変わったな。本当に」
マルクは、拍子抜けしたような顔になったかと思えば、そう吹き出した。
「笑わなくても良いだろ..」
「ごめんごめん。それと..勿論だよ。レオ。これからも、よろしくな」
ニッコリと笑うマルクに、レオは安堵したような、崩れた笑顔を向けるのだった。
その日の夜。
レオは、悪夢を見なかった。
ルシアが死んだ日にも見たいつもの悪夢。
レオは、復讐に関係のないことに現を抜かしたのだから、見るだろうと思っていた。
しかし、一切、そんなものは見なかった。
理由は、彼には分からなかった。
だが、少しだけ赦されたような想いを抱いたのも確かであった。
翌朝。
マルクはまだ起きたとは言え、療養が必要であり、まだまだ病棟から出ることは出来ない為、実質的に一人部屋となっている居室で、レオは目を覚ました。
久方ぶりに、呼吸も心音も安定した目覚めであった。
そこに、丁度連絡係によって扉をノックされる。
「団長がお呼びだ。直ぐに準備をして一階の玄関ホールに来いとさ」
「分かりました。ありがとうございます」
レオは急いで身支度を整え、ホールへと向かうのだった。
「やあ。おはよう。レオ。朝から悪いな」
既に騎士団の正装で待機していたマルティン
の出迎えに、レオは敬礼で応える。
「おはようございます。団長。何か御用でしょうか?」
「一緒に来てくれ。詳細は馬車で説明する」
「飛んではいかないんですか?ヴーゴさんの転移は..」
「ヴーゴは別任務。どちらにせよ直通はしていない。それに、国境近くなんでな、飛行魔法では持たないよ」
「なるほど。そういうことでしたか。すみません」
「とにかく、急ぐぞ」
「はい!」
騎士団本部前に停められていた大型の幌馬車が二人を載せると同時に進み出す。
「移動中に軽く説明するぞ」
馬車が速度を上げていく中、マルティンはそう前置きし、説明を始める。
「国境近くの街、"サラマーニ"に魔族が現れたらしいんだ」
「魔族が?!二人で大丈夫なのですか?」
「まあ聞け。どうやら、戦闘意思はないらしい。だからといって、特使というわけでもなさそうなんだ。着の身着のままといった様相らしくてな。皆目、正体に検討がつかんらしい」
「とすると..」
「まあ、もう大体分かったろう。街には魔族の言葉が分かる奴がいないようでな。ウチの管轄の街だし、黒龍団で魔族の言葉が分かるお前に、通訳をしてもらおうって訳だ」
「はあ...なるほど..」
「嫌か?」
レオの生返事を受け、マルティンがそう尋ねる。
「いえ、そういうわけでは..」
「まあ、どうあれ割りきってもらわにゃならん。それと、場合によっては対象の護衛も任務になる。分かるな?」
「護衛...はい..」
伏し目がちに返答を重ねるレオに、マルティンは、一呼吸置き、一喝する。
「レオ。君は騎士団員だ。軍人なんだ。命令には全力で以て従わなくてはならない。国王陛下直々の命だ。手を抜くことは許されない」
「陛下の...」
「ああ。分かったな?」
「はい。団長閣下..」
レオはまだまだ少年と言える年であり、職務と思想、それを完全には割り切れないでいた。
魔族という憎むべき敵を守らねばならないかもしれない。
更に、国王直々の命令であるという言葉がレオを混乱させてもいた。
あの、自分という一騎士団員をも気にかけてくれるような人が、と、呑み込めなかったのだ。
だが、彼がそう言うのなら、という気持ちもあった。
とにかく、通訳をすればいいんだ。と一時的に折り合いを付け、レオは、これ以上深く考えないようにするのだった。
エスパニア王国-サラマーニ-
「港の方らしい」
マルティンの先導に、レオは付き従っていく。
港が見えてくると、同時に何やら騒ぎとなっている喧騒が二人の耳に届いてきた。
「困ります!」
「魔族を引き渡せと言っているだけだ」
「ですから、奴等は一時的に目的が判明するまで捕らえると」
「魔族を守るのか?貴様は」
「そういうわけではありませんが..」
「魔族を出せ!」
「そうだ!街に入れるな!汚らわしい!」
どうやら魔族の噂が街に広まってしまっているようで、数十人程が、衛兵を取り囲んで騒いでいるようだった。
「...はあ。全く..」
マルティンは呆れたように息を吐き、衛兵を取り囲む者達へと近付いていった。
「失礼。黒龍団だ。これより、対象を移動し、尋問を行う」
群衆を無視するようにしてマルティンは衛兵に話しかけた。
「あっ...マルティン殿..はい、直ちに!」
群衆の注目がマルティンに集まった瞬間を狙い、衛兵はするりと抜け出す。
「なんだ?貴様らが魔族を匿うよう指示したのか?」
小綺麗な服に身を包み、群衆の代表かのように振る舞う、恐らく貴族の男がマルティンに不快感を顕にしながら目を向けた。
「目的が不明な為、尋問し明らかにする必要がある」
マルティンの説明に、男は嘲笑をする。
「はっ。どうせスパイか何かだ。聞けば全員エルフらしいじゃないか。私達に見た目が近いのを良いことに、スパイにきたんだろう」
「断定は出来ないので、確認の必要があります」
「魔族を街に入れるなど、断じて容認出来ん。魔族は対話の出来ない悪魔だ。殺さなくてはいかんだろう」
憎悪と苛立ちを表出させ、男はマルティンに詰め寄るが、マルティンは全く意に介さない。
「国王陛下からの御指示です。これ以上の反論は、勅命に対する反発と見なされる」
冷めた目で男を見下ろし、マルティンはそう告げた。
「国王陛下の...チッ..。相変わらずだな黒龍団は」
そう悪態を付きながら、男は肩をいからせながら去っていき、群衆も国王と出された瞬間にばつの悪そうな様相になりながら散っていくのだった。
「こちとら好きでやってんじゃねえよ」
小さく呟き、マルティンは先程走っていった衛兵が魔族らを連れてくるのを待つ。
「.....」
レオは、マルティンのその様子に、先程の説教を思い出していた。
君は騎士団員だ。軍人なんだ。命令には全力で以て従わなくてはならない。
団長も同じなんだ。
そう、気付いたのだ。
「お待たせ致しました。マルティン殿」
「ああ。ありがとう」
衛兵数人が、計8人の魔族を囲み、連行してきた。
「さて、ではレオ。私の言葉を伝えてくれ」
「..分かりました」
「私に付いてくるように。また、余計な会話はしないよう。街の者達を刺激しかねない挙動は慎むこと」
言われた通りにレオは魔族の言葉に訳した。
8人は、小さくこくこくと頷いたので、マルティンは先頭に立って、目的地へと向かい始めるのだった。
一月ぶりですね。
今回は少し短くなってしまいました。
次回から色々動いていきます。
残酷な描写タグは必要?
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必要
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必要でない
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どっちでも良い