エリニュス-慈しみの神達へ-   作:ライト鯖

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証言 憐憫

 

街中を歩いている間中、奇異の視線を人々から向けられていたレオ達だったが、石が飛んでくるだのといった事態にはならなかった。

既に国王の命であることが広まっているのだろう。

故に、大した問題は起きず、役場近くにある迎賓館の様な建物へと魔族らを連行することが出来た。

 

「...さて、国王陛下が到着後される前に、ある程度此方で情報を把握するため尋問を行う。大人しくしていろよ」

 

マルティンの指示を翻訳し、伝えると、魔族達は、大人しく首を縦に振った。

 

こんなことのために、勉強した訳じゃないんだがな。

レオは、やはりまだ不満であった。

魔族の言葉だって、魔族を侮辱するために、捕虜を"尋問"するために学んだからだ。

会話を通訳するためなどではない。

だが、マルティンも不満があるのだと分かっている以上、職務を果たそうとは考えていた。

 

「座れ」

 

マルティンの命令の通訳を聞くと、魔族らは直ぐに椅子に着席した。

 

「さあ、話してもらおうか?何故、我が国へ侵入したのかを」

 

椅子に足を組み、マルティンはそう、厳しい表情で、問いかけた。

 

彼らは、可能な限り衆目に晒さないよう被らされていたフードを取り、その顔をさらけ出した。

彼らは全員エルフで、子供を除いて全員女性であった。

その中の初老の女エルフが、口火を切る。

 

『私達は..逃げて来たんです..』

 

訳しながらも、レオは困惑していた。

自分の聞き間違いではないだろうか、と。

意味が分からなかったからだ。

敵である魔族が、人間の領土に逃げてきた、等あり得る筈がない。

魔族にも幾つもの国があるのだ、逃げるなら、何処か別の魔族の国に逃げるだろう。

にも関わらず、このエルフは、逃げてきた、と言ったのだ。

 

「どういう意味だ?誤訳じゃないよな?」

 

マルティンも信じられないようで、レオにそう尋ねる。

 

「確認してみます」

「ああ、頼む」

『逃げてきた、と言ったのか?』

『はい。逃げてきました』

「間違いありません...逃げてきた..と」

「....そうか。...何からだ?」

 

マルティンは一先ず話を先へ進めることを優先した。

 

魔皇(まおう)...そう、名乗る者から..』

 

震えながら話す魔族に、レオは妙な感覚を覚えていた。

 

「魔皇..?魔王とは違うのか?」

 

魔王とは、魔族側の連合軍盟主を勤める、ルシフェル王国国王の俗称である。

しかし、魔族は、魔王(King)ではなく、魔皇(Emperor)と言った。

 

『魔王は...陛下は..弑逆されました..』

 

レオは、通訳しながら、困惑していた。

何が起きているのか、全く理解の範疇を越えていたからだ。

 

「殺された?!...いかん、意味が分からない。もっと詳しく、何があったか話してくれ」

 

マルティンも、最早魔族への嫌悪等他所に、困惑が勝っているようだった。

 

請われた魔族は、ゆっくりと、確かめるように、ポツリポツリと話し始めるのだった。

 

半月と、少し前。

-魔族領 エルファル王国 ハーナルセイラン村-

 

その日も、村は平和そのものであった。

村に住む者達も、いつも通りの日々を送っていた。

後にエスパニアへ逃亡することになる二つの家族の内、一つ以外は、安穏としていた。

その一つの家族、マカナリオ家だけは、少し前に、魔族連合軍で出世していたベルアスナという長男が戦死した報せを受け取り、暗く、沈んでいたのだ。

 

だが、それでも平和であった。

ヒトとの前線からはそれなりに距離もあり、戦火とも無縁。

美しい、村だった。

だが、その日、異変が起きる。

 

マカナリオ家の次男、長男と同じく軍人となったアレバリウスラが慌ただしく村へ戻ってきたことから、それは始まった。

 

「よかっ...間に合った..」

「どうしたんだ?アレバリウスラ。任務じゃなかったのか?王都で護衛任に着いたと..それになんだそのケガは..」

 

父親であるカラレウスンダが驚き、アレバリウスラに問う。

アレバリウスラは、肩で息をしながら、服を赤黒く染めていたのだ。

 

「逃げてきた..」

「何があったっていうんだい?」

 

母親、逃亡後、マルティンからの尋問に答えることになるヘラベウスも驚き、困惑する。

だが、困惑しながらも、応急処置の道具を取りに行き、回復魔法を施していく。

家に残る三人の娘達も、不安そうな目で、兄達を見つめていた。

 

「陛下が...弑逆された..」

 

まだ信じたくない、というように首を振りながら、アレバリウスラは呻くように言った。

 

「は..」

「まさか...誰が..?」

「分からない。一週間前、突然、王都が正体不明の賊に襲われて、近衛隊が悉くやられて...俺は..王都で住民の保護にあたっていたんだ..」

 

途切れ途切れに纏まらない様子で彼は話す。

 

「そしたら..王城が燃えていて..拡声魔法か何かで、王都中に、国王陛下を殺した、と賊が発表したんだ...多分..事実なんだと思う。通信魔導具は..王城の近衛隊長に繋がる魔導具は..通じなくなってて...」

 

混乱しながらも言葉を紡ぐ、アレバリウスラ。

 

「残った仲間達で、提案があったんだ...皆、それぞれ軍の基地や駐屯地に向かって、報告するって...そして、応援を引き連れて、王都を...」

「なら、どうして村に..」

 

嫌な感覚を覚えながらも、父、カラレウスンダが問うた。

 

「俺が向かった..この近くの基地は...既に壊滅していた...そこで、俺は捕まったんだ...それで...っ..どうにか逃げ出して..奴等から...あいつら、こっちに向かってたから..戻ってきたんだ..」

「!!」

 

その言葉に、カラレウスンダとヘラベウスは目を合わせた。

 

「村長に話しに行こう」

「...奴等...同じ魔族なのに...女子供も...」

 

話を始めて、フラッシュバックをしたのか、震えを止めることと出来ず、ただただ、呆然と呟き続けるアレバリウスラを引っ張っていき、村の重鎮らにことの経緯を説明しにいくのだった。

 

そして。

 

「村の男共を集めろ。もし、その正体不明の賊が此方に来るのであれば、村を守らねばならない」

 

村長の決断に、反対する者はいなかった。

だが、翌日。

果たして本当に攻めてきた賊に、村の者達は僅か数時間で敗北する。

抵抗した多くの者達は殺され、残った者も捕らえられた。

 

アレバリウスラは、精神の混乱と、処置こそしたものの、かなりの出血であったため、戦闘には参加出来ず、それ故、村で老人を除き、残った唯一の男になった。

カラレウスンダや村長らは賊に、斬首されたのだ。

 

そうして、村を占拠した賊は、こう自称した。

 

「魔導皇帝軍」

 

魔族連合王、"魔王"を殺した、魔族の新たなる支配者の軍隊である、と。

 

そうして、その"魔導皇帝"、魔皇による支配が、始まったのだ。

村が制圧されてから三日後、映像付きの通信魔導具により、魔皇の姿が、魔族領中に伝えられた。

 

『魔族諸君。私が、魔導皇帝 ラグナ・カ・クローザである』

 

その恐らく体格から男と推測される者は、鼻より上の顔が隠れる、仮面を装着していた。

 

『ルシフェル王国国王は、私が殺した。そして、各魔族国家も次々我が手へと落ちつつある。我が支配は、一月もせぬ内に、全魔族に及ぶだろう』

 

魔皇はニヤリと笑う。

 

『私を認めぬ者は、遠慮なくかかってくるが良い。ただし、その者らの家族や友人の身は、保障しかねるがな』

 

魔皇は、フハハハハ。と悪どい笑い声を挙げた。

 

『そして、私から最初の命令を諸君に伝えよう。私に反抗した者を通報せよ。軍人、民間人に関わらず、だ。通報した者には褒賞を与える。

もし、隠しでもすれば、その家族諸とも処罰する。

なに、殺しはしない。ただ、少し働いて貰うだけだ』

 

クックックッと笑い、魔皇は言う。

 

『友人、恋人、家族であろうと、躊躇いなく通報することを勧める。さもなくば..君たち自身の命も、他の大切な者も、どうなるか分からないぞ?』

『ああ、ただ、殺しはしない、と言ったが、例外がある。王立近衛隊、魔王の親衛に属していた者は例外なく死刑だ。その近親者は、通報した本人を除き強制労役である。また、各国親衛隊に類する組織に属していた者と近親者も強制労役である』

 

ヘラベウスと娘達は、戦慄した。

正に、自分達のことであったからだ。

アレバリウスラは、確実に殺される。

そして、自分達は、労役の対象。

心なしか、村に残る村民達からの視線を感じていた。

気のせいであると、信じたかったが。

 

『旧体制に忠誠を誓っていた兵力を放置する理由はない。我が支配を磐石とするためにも、"臣民"の積極的な協力を期待するものである』

『...それと、私は魔力の過多など大した問題にはせぬ。私への忠義を示した者を、魔力量に関わらず登用しよう。期待しているよ。臣民諸君』

 

そこで、通信は終わった。

そして、村を占拠する魔皇軍の者が告げる。

 

「一週間の猶予をやる。この中に、近衛や親衛隊がいるのであれば、自首することだ。

そして、知己の者がいるのなら、通報せよ。よく、考えることだな」

 

村民達は解散させられ、ヘラベウスと娘達は全速力で家へと戻った。

 

「アレバリウスラ!」 

 

ことの経緯を隠れているアレバリウスラに伝えると、彼は、血相を変え、青くさせた顔で、呟くように言った。

 

「騙されるな。強制労役は、実質的に死刑だ..通報した奴以外は、死ぬことになる」

「....どういうこと」

「俺は、一度奴等に捕まったと言ったろう。あの時、本来俺は非番だったから私服だった。おかげで、殺されはしなかったが..その労役をさせられたんだ」

 

たった三日だったが、酷いモノだった。そう、アレバリウスラは続ける。

 

 

「食事なんてろくに与えられん。水も。ただただ、働かされるだけで...あれは..衰弱するのを待つだけだ...男女が、別の房に分けられることもなくて..房内でも、鬱憤を晴らすために...看守達も..女子供を...恐らくあそこは..もう少しすれば、もっと酷い、地獄絵図になるだろう」

 

確かに先日逃げ帰ってきた時のアレバリウスラは少し窶れていた。

そのことを思い返し、彼女達は、それが無限に続くことも想像し、背筋を寒くさせた。

 

「俺を...皆で通報してくれ..そうすれば..もしかすると」

 

諦めたように言うアレバリウスラ。

だが、ヘラベウスも、娘達も承知する筈がなかった。

それに。

 

「魔皇は、通報した本人と、そう言った。つまり、お前を通報しても、誰か一人しか助からない可能性が高いのよ」

「それは...」

「そうよ。それに、お兄ちゃんを見捨てて自分達だけ助かるなんて、嫌!」

 

娘の一人もそう抗議する。

 

「...だが、村民の誰かが通報するやも..」

「なら、逃げましょう」

 

ヘラベウスが手を小刻みに震わせながらも、強い意志を感じさせる声で、そう提案した。

 

「逃げるたって何処に..奴等、どんどん勢力範囲を広げてるんだ。何処に行っても、時間の問題だろう」

「..エスパニア」

 

ヘラベウスの言に、全員がぎょっとした。

 

「ヒトの領域に逃げるってのか?!」

「それしか、ないでしょう」

「殺されるかもしれないんだぞ?!」

「どちらにせよ、じゃないの?」

「っ...良くても奴隷だ」

「貴方が死んで、私達全員が奴隷のようになる未来しかないのなら、せめて、皆で生き残る可能性に賭けましょう」

 

彼女自身、震えていることから、恐怖がないわけはない。

しかし、それでも、目の前でなす統べなく夫を殺された彼女は、家族の命を守る為に決断すべきと考えていたのだ。

 

「ヒトの奴隷になるんだぞ?」

「お兄ちゃんが殺されるよりは良いよ!」

 

娘の一人も、そう叫ぶように言った。

 

「...それに、エスパニアは、奴隷であっても、勝手に殺したりするのは禁止されてるらしいから、きっと助かるよ」

「そうなの?」

「ベルアスナ兄さんが、色々話してくれたんだ。敵のことは調べてるって。エスパニアは前線にある国で、余計な反乱が起きたりしないようになのか、奴隷の扱いはマシなんだって」

 

一番年長の娘が、ヒトとの戦闘で亡くなった兄との記憶を思い起こしながら、希望を手繰るように話す。

 

「だが..労働ならまだしも、性奴隷になるかもしれんのだぞ」

「あんたの話聞く限り、それもどっこいどっこいじゃないか」

「....」

 

悉く反論を潰され、アレバリウスラは、ついに何も言い返せなくなってしまう。

 

「同じような未来しかないのなら、せめて皆が生き残る未来を選ぼう」

「...考えさせてくれ。少し冷静になるべきだよ」

 

アレバリウスラは、皆が奴隷になってでもなどと言うのは興奮しているせいだと考えていた。

時間を置けば、考え直してくれるだろう、と。

 

「家族全員で通報すれば助かる可能性も消えたわけじゃないんだ。一週間ある。とりあえず、三日ほど考えよう。な?」

「でも、明日にも捕まるかも..」

「村の皆も、そんなに直ぐ通報したりしないさ。皆、良い人たちなんだから」

 

取り成すようなアレバリウスラの物言いに、今度は彼女達が、妥協を迫られた。

 

「分かった...三日だからね」

「ああ」

 

果たして、三日の間に起きたことは、全て彼女達の決断を後押しするものでしかないのだった。

 

まず、公開処刑。

通信魔導具を用い、全土に向けて、ルシフェルの貴族と、近衛隊員数名の斬首が報じられた。

 

次に、噂。

隣街からのものだった。

そこにも、近衛隊に関わる者がいたようで、家族全員で通報に行ったにも関わらず、免除されたのは、家長のみであった、と。

 

次に、アレバリウスラが一時捕らえられていた、強制労役の施設。強制収容所の噂。

殆ど、彼の言葉通りであり、それに加え、既に過労死者や、餓死と思わしき事例まで発生している、というものだった。

 

そして、極めつけに発表された、法令。

翌週から、隣近所の家、5戸ずつが一つのグループを形成し、"互助"し合うための組織、5人組の結成が義務付けられる、というものであった。

"互助"という名の監視組織の誕生。

もはや、アレバリウスラの生存を偽り、隠しておくことも不可能だと悟るには充分過ぎる情報であった。

 

故にもう、彼女達の決断は、不変のものになっていた。

 

「やっぱり、逃げるべきよ」

「......分かったよ。俺の敗けだ」

 

そうして、マカナリオ一家は、エスパニアへの逃亡を計ることとなったのだ。

 

そして、尋問室。

 

「...そのアレバリウスラはどうしたんだ?」

 

マルティンが尋ねる。

マルティンは、レオも、薄々、察してはいたが。

 

『殺されました。逃げる途中で、見つかって、戦闘になって...そこで..』

 

二日前。

エスパニアとの前線付近

 

「後少し、少しよ」

「頑張りましょう」

「でも、行ったところで、結局..」

「今は考えるな。生きるためには、これしかないんだ」

「そう..だね。後にする」

「でも...あいつらは兄さんを..」

「他に方法はない。行くしかないんだ」

 

出立してから少し冷静になったのか、長女は長男、ベルアスナを殺したエスパニアへ行くことに不安を感じていたが、アレバリウスラが出発前とは逆に、励まし、宥めていた。

それもそうだろう。

既に逃亡を計っているのだ、捕まれば、全員処刑となることは、目に見えているからだ。

 

直前に、同じような境遇にあり、行く宛もなくさ迷っていた別の四人家族、ハリーヴェ家も合流しており、八人は、ひっそりとエスパニアの支配域を目指していた。

 

しかし、あと少しというところで魔皇軍の者に見つかってしまったのだ。

 

「先に行け」

 

魔皇軍の集団と向かい合うアレバリウスラに、ヘラベウスが泣きつく。

 

「ダメよ!貴方も一緒に!」

「お兄ちゃん!」

 

姉妹も、同様であった。

当然だろう。

何のために、逃げる決意をしたのか。

それはひとえに、アレバリウスラを助けたかったからなのだから。

 

「大丈夫。後で追い付く。あんなチンピラに敗けやしないさ」

 

アレバリウスラは、憂いを感じさせない笑顔を見せた。

 

「ハリーヴェさんらと一緒に、逃げて、待っててくれ。きっと、追い付くから」

「...約束だよ..?」

 

長女の言葉に、音では返さず、ただ、笑みによって応えるのみだった。

 

「さあ、行け!━━雪魔法!ドームストーム」

 

魔皇軍の攻撃を防御し、そのまま攻撃へ転じる。

 

「さあ!速く!!」

「.....っ!待ってるからね!」

 

アレバリウスラが産み出した隙を利用し、彼女らは逃走に成功するのだった。

 

そして、尋問室。

 

「つまり、お前達の兄とはそこで別れたまま、というわけか」

『...はい。...あの、他に、亡命者の噂などは..聞いておりませんか..?』

「聞いていない」

『...そう、ですか..』

 

レオは、通訳をこなしつつも、行き場のない感情を抱えていた。

 

同情、しているのか?魔族に..?

 

憎むべき存在である筈の魔族。

その彼女らの口から紡がれる証言に、彼は、素朴な反応として、同情、或いは憐憫のような感情を抱いていた。

ざまあみろなどとは思えなかった。

少なくとも、レオは、思うことなど出来なかった。

 

奴隷にされてる連中を見た時には、何も思わなかったのに。むしろ、快感さえ感じていたのに。

何故...。何が違うんだ...。

 

彼は、自らの感情の正体に向き合うことが、出来なかったのだ。

 

 

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