エリニュス-慈しみの神達へ-   作:ライト鯖

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それは、いつから始まったのか分からない。
ただ、両者は、互いを敵である、と認識してきた。
そして、互いの武力をぶつけ合ってきた。
剣を、弓矢を、銃を、そして魔法を。
何百年と続くその戦いは、人間の数倍の寿命を持つエルフすらも、最初の原因を忘れるほどに、激しく長く続いている。



憎悪、後悔

 

「......?」

レオ・アルバートは、見知らぬ天井の下で目を覚ました。

 

「ここは...」

 

やけに重く感じる身体を起こし、レオは周囲を見渡した。

白い壁、白い天井、薬の匂い。

レオは行ったことがなかったが、知識として知っている病院、というところなのだと彼は当たりを付けた。

 

「...」

 

頭にボヤがかかったようで彼は、何故自分がそこにいるのか、理解出来ていなかった。

 

「ソフィア...?母さん...?父さん...?」

 

家族が周りにいないかと周囲を見渡した瞬間、彼の頭に激痛が走る。

 

「ううっ...!?」

 

モヤが、痛みと共に、晴れていく。

「あ...」

首のない村人。腹を貫かれた女性。炎に包まれた父母。そして…。

「あ゛あ゛!」

彼は、首が取れてしまうのでは、という勢いで頭を振り、脳裏に浮かんだ情景を打ち消そうとする。

 

「はっ..はっ..はっ...」

 

そうだ、父さんは、母さんは、ソフィアは…。レオは、必死に振り払おうとしたが、消し去れるはずのない、事実が、襲ってくるだけであった。

 

「あああ...」

 

掠れた慟哭も、静かな部屋に消えていくだけだった。

 

「起きたか..」

 

ガチャリ。と、扉が開けられ、白衣を来た初老の男と、黒いローブを纏った、筋骨隆々といった風貌の若い男がレオの寝るベッドへと歩み寄ってくる。

 

「その様子だと、何があったか、覚えているみたいだね」

 

白衣の男は、そうゆっくりと口を開いた。

レオは、それには答えず、ひたすらに、涙を流すだけだった。

 

「ソフィア..父さん..母さん...」

「私達が君の村へ到着した時点で、既に君以外の生き残りはいなかった。奴等は、大半が逃げていったが、村は壊滅した」

 

ローブの男が、そう淡々と告げる。

 

「........!!」

 

それを聞いたレオの脳裏に、家族以外にも、いつも優しく、畑で取れた野菜なんかを良くくれた、おじさんや、共に遊んだ仲間達、教会の牧師であり、学校の先生。そんな村の人達のことが、次々と浮かんでは、消えていった。

 

「うあぁあああ...」

 

レオは、頭を抱え、上半身を踞らせた。

 

「おい、マルティン。いきなり言い過ぎだ。こういうのはゆっくりとだな」

 

白衣の男は、そう怒り気味に、マルティンと呼ばれたローブの男を睨み付ける。

 

「事実は事実。伝えねばならんだろ。ゆっくりやってる時間だってない。彼一人にばかりかまけてられんのだからな」

「はあ...確かにそうなんだが...」

 

こめかみに手を起き、ため息をつく、白衣を他所に、マルティンは、なおも踞るレオに向き合う。

 

「お前はどうしたい?死にたいか?生きたいか?復讐を望むか?あるいは..」

「なんでもっと早く来てくれなかったんだよ!!!」

 

マルティンの言葉の途中で、レオが叫ぶようにして憤りのままに叫んだ。

 

「あんたらが、もっと、もう少しだけ、早く来てれば、ソフィアは...」

 

ボロボロとシーツに涙を溢すレオを、マルティンは静かに見下ろしながら、また、淡々と答える。

 

「..他の村も襲われていたんでな。其方に対処していた」

「じゃあなんで...」

 

俺達のところに最初に来なかったんだ、そう口にしたレオだったが、ふと、村の燃え盛る情景を思いだし、何かに気付いたようにハッとして、そのまま押し黙ってしまった。

それを見たマルティンは、小さく頷き、レオの視線に合わせるようにしてしゃがんだ。

 

「うん。もし、君の村に初めに駆け付けていれば、他の村で、君と同じ悲劇が起きていただろう」

 

その通りだとレオは思った。だが、それでも、完全には納得出来はしなかった。

例え、他の村がどうなっても自分達を助けて欲しかった、そんな思いも間違いなくあるから、むしろ其方の方が、やはり強いからだ。

 

「まあ、頭では分かっても納得は出来んよな」

 

ずっと仏頂面であったマルティンだが、少しだけ、表情を柔らかくさせた。

 

「俺は、マルティン=ガレンシアだ。君は?」

「レオ...レオ・アルバート」

「そうか。レオ。もう一度聞かせてくれ。君は、どうしたい?」

「マルティン」

 

白衣の男が、呆れた様にして、会話に割り込んでくる。

 

「もっとちゃんと話さんか」

「ん?ああ、そうか。そうだな」

「お前はいつも説明が足りん」

 

白衣に言われつつ、マルティンは姿勢を正して、レオへと向き直った。

 

「俺は、エスパニア王国に仕える5の魔法騎士団が一つ、黒龍団の団長、マルティン・ガレンシアだ」

 

マルティンは、そう名乗った。

そして、「知っている部分もあるだろうが」

と前置きし、彼は説明を始めるのだった。

 

エスパニア王国魔法騎士団。

それは、魔族との戦争において、魔族側と境界線を接する最前線の国、エスパニア王国において主力を勤める軍事組織である。

国王に団長へと任命された魔術を操ることの出来る貴族が、主に団長を勤める。

 

魔族は、ほぼ全員が魔法を使うことが出来るのに対して、人間の側は、基本的に、一割程度の人間しか、魔法を使うことが出来ないため、魔力を操れる人材は希少なのだ。

人間は、魔族に比して、圧倒的な人口を誇る故に対抗出来ているが、剣や弓矢だけでは、全く効かないわけではないものの、到底、殆ど全員が魔法を扱える魔族には敵わない。

銃や大砲であれば、多少は戦えるが、此方は、連射出来るものではなく、人間側の主力は、魔法を操れる者、"魔導士"が担ってきたのだ。

 

魔族と人間は長く戦争を続けており、エスパニア王国は、ここ数十年ずっと、最前線であり続けている。とはいっても基本的には前線は膠着していて、国境近辺が戦場にこそなるものの、他地域は概ね安定している。

しかし、稀に空間魔法や、認識阻害魔法を利用した魔族の小集団が、国境から少し離れた地域を襲うという。

レオの村はそれによって狙われた。

 

そして、エスパニア王国は長らく続く戦争のせいで、多くの魔導士を失っており、人手不足であるため、全土に魔導士を配置することが出来ないのだ。

 

「君の村にも、エリオスという男が来てたろう。悔しいが、彼一人を配置するので限界だったんだ」

 

マルティンの説明は終わり、レオは、それらを咀嚼しながら、ふと、村人を惨殺した魔族の下卑た笑みを思い出した。 

 

「魔族って、何なんですか」

 

存在自体は知っていた。しかし、漠然と戦っている相手らしいとしか知らなかった。

 

あんな酷いことを平気で、笑いながらする連中、あいつらを同じ生き物とは思えない。

そんな溢れるままの嫌悪感から、彼はマルティンに問うていた。

 

「さあね。俺も詳しくは知らん。同じ人類なのかも別の生き物なのかも分からん。そういうのを研究してる物好きもいるが、俺には興味がないから。ただ一つだけ言えるのは、あいつらは、悪魔だってことさ」

 

悪魔、その言葉を発するマルティンには、他の瞬間の、無感動な様子からは考えられないほどの憎悪が籠っていた。

 

村人を突き刺した魔族。レオの両親を、村人を焼いた魔族達、ソフィアを炎へと投げ捨てた魔族。

その全てが、レオの心に、黒く暗い炎を灯していた。

 

「俺は、あいつらを殺したい。父さんを、母さんを、ソフィアを殺した悪魔を殺して...仇を討ちたい..」

「なら、うちに入れ」

 

マルティンは即座にそう誘ったが、白衣の男が、驚いた顔で再び割り込んできた。

 

「マルティン!まだほんの子供だぞ?もう少し考えさせるべきだろう。情報を整理する時間だって必要なはずだ。大体お前はいつも事を急ぎすぎるのが--」

「あの!」

 

白衣がマルティンに説教を始めたが、そこにレオが割り込んだ。

 

「おれは、入りたいです」

 

その言葉に、白衣の彼は、悲痛そうな顔をし、マルティンは小さく頷いた。

 

「...とりあえず暫くは休め。動けるようになったら、団員に君を紹介する」

 

マルティンは、そう言って、部屋を去り、白衣の男も、不服そうではあったが、近くの部屋からの呼び声に答え、出ていくのだった。

 

「おれが..もっと強ければ...皆は..皆..は..」

 

そうだ。

遊んだりなんかせずに、もっと司祭やエリオスから魔法の使い方を本格的に教わっていれば、守れたかもしれないのに。

せめて、妹は、ソフィアだけは守れただろう。

ほんの少しの時間があれば、ソフィアは助けられたのだ。

 

「おれの...せいだ...」

 

一人残ったレオがポツリと漏らしたその言葉は、誰の耳にも届くことはなく、彼は孤独に、自分を責め続けるのだった。

 

数日後の夕方、漸くベッドから立ち上がり、歩けるまでに回復したレオは、「これから君には、騎士団に入るための訓練を積んでもらう」というマルティンと共に、病室を出ていた。

 

「まあ、その前に、だ。先ずは、君の寝床となるこの騎士団本部を案内しよう」

 

病室を出て直ぐ、マルティンはそう言って、レオに向き直る。

 

「ここは、私の騎士団の本部、その病棟だ」

 

それは、レオも、彼を治療していた白衣の男、ダニエルから聞いている。

 

「訓練って、どんなことをするんですか?」 

 

レオは、抑揚のない声で、そうマルティンに尋ねた。 

 

「...色々さ。本来は、軍組織に入るには学校に行かねばならんのだが、騎士団にはスカウトした人材を自由に育てることも認められているんだ。君、教会学校にしか通ってなかったろ?」

「はい」

「国王がどうにか貴族達を説得して設置したものだけどな。あそこの教育だけじゃあ軍学校や魔導学校の試験は突破出来ん。だから、学校に行かせようと思うと試験に向けた勉強をせねばならんのだ。だが、我々が育てる分には、試験のために奪られるだろう一年や二年の時間を短縮出来る、というわけさ」

「そうですか..」

 

レオは、余り関心の無さそうな生返事を返す。知りたいのは訓練の中身だったからだ。

 

「...まあ、いいさ。今日は案内、明日は休養、明後日から訓練だ。明日はしっかり休めよ」

 

言いながら、再び踵を返し、廊下をマルティンは進み出す。

レオも、暗く、黒いものを抱えながら、後を付いていくのだった。

 

「さあ、まずは、俺の部下達を紹介しよう。今日からは君の仲間になる連中だ」

 

廊下を渡り、階段を降りて、一度建物を出たマルティンは、レオがこれまで、見たこともない程大きな病棟の正面にある、その更に二倍か三倍はありそうな建造物を指差しながらそう言って、其方に向かって歩き出した。

 

そして、建造物の前に着き、扉に手を掛けた彼は、チラリとレオに視線を向け、言う。 

 

「ここが、我が黒龍騎士団本部だ。ここに踏み入れれば、レオ、君は私の部下になる。覚悟はいいな?引き返すなら、今だ」

「.....」

 

引き返す。レオはその言葉を反芻する。

引き返したところで、自分に帰る場所はない。

友人も、家族も死んだ。

頼れるものは何もない。

それに、魔族を許すことなど出来なかった。

そして、何より....。

 

「引き返すつもりはありません。マルティン団長」

 

レオの迷いのない答えに、マルティンは小さく頷き、扉を開け放った。

 

静寂。

夕日が差し込み薄暗くなりつつある大きな広間は、静寂に包まれていた。

誰もいない?。

マルティンの背後に立っていたレオは、不思議に思い、チラリと首を動かし、中の様子を見ようとした。

瞬間、彼は、背筋が凍り付いてしまう。

殺気。それまで、人生で感じたことのない、自分を狙う視線。魔族に身体を掴まれた時に感じたそれよりも、遥かに、強力で数多くの。

それは、レオを凍てつかせるには充分過ぎるほどであった。

 

その場にへたれこんでしまったレオを余所に、マルティンが声を張り上げる。

 

「新入りの到着だ!!」

 

その声の数秒後、レオに向けられていた殺気が消える。

 

「団長?」

「新入り~?」

 

そうして、誰もいなかったはずの広間に、三々五々、何処に身を隠していたのか次々と人が集まってきた。

 

「団長、事前に言っといて下さいよ。莫大な魔力を突然感知して、侵入者かと思ったじゃないですか」

「そうですよ。てか、なんで団長は魔力抑えてるんすか。気が付かなかったじゃないですか」

 

何人かのマルティンと同じローブを着用した団員達に不平を言われたマルティンだったが、涼しい顔で受け流しながらやはりな、と呟いた。

 

「君らで確かめたかったんだ」

「何をです?」

「レオ、この子供の魔力量をね」

 

ああ、と何人かが頷く。

 

「やはり、私の勘違いではなかった。お前達が総員で構える位には、凄まじいものというわけだ」

「ええ、結構ビビりましたよ。突然現れたのもあって」

「魔力を遮断する病棟から来たからな」

 

そこまで話して、マルティンは未だへたり込んでいるレオにチラリと一瞥をくれる。

 

「これから、君が相手する連中が向けてくるものは、こんなレベルじゃ済まない。まだ怖いのは分かるが、耐えれるようになれ」

 

そして、レオを助け起こすことなく、中へと彼は入っていく。

 

「...っ..はい..」

 

まだ震える足腰を奮い立たせ、レオはどうにか立ち上がり、足を踏み出した。

そうして、扉を潜ると、何人かの、マルティンに文句を言っていた者達と目があった。

その内の一人、金髪の男が目を丸くさせてレオに近付いてくる。

 

「レオ!やっぱりレオなのか!」

「エリオスさん..」

 

レオの姿を見て心底嬉しそうな顔を浮かべた後、彼は、神妙な面持ちへと移り変わった。

そして。

 

「すまなかった!後少し、早く到着していれば...」

 

レオには何を言っているのか分からなかった。困惑していると、エリオスもそれに気が付いたようだった。

 

「あ、もしかして覚えてないのか..?ほら、君がオーク、魔族に掴まれてたろ?あの後に..」

 

そこまで言われて、レオは漸く気が付いた。

自分を助けたのは、てっきり団長だと思っていたが、そうではなく、エリオスだったのだと。

意識が混濁していたので、気付いていなかったのだ。

 

「エリオスさんが助けてくれたんですね」

「そうだ..。俺が弱かったばかりに、前の村で手間取ってしまった。皆を守ることが出来なかった。本当にすまない。恨まれても仕方ないと思っている」

「恨みなんてしませんよ」

 

レオの、明るい声色に、エリオスは顔を上げた。

 

「むしろ、助けてくれてありがとうございました」

 

反対に頭を下げられたエリオスは、慌てて言う。

 

「止してくれ。礼なんて言われる立場じゃない。私が未熟者だったから..」

「悪いのは貴方じゃありません。あんなことをした魔族です。エリオスさんが謝る必要はないと思います」

「ありがとう。そう、だな..」

 

まだ自分の中では納得出来ていないようだったが、これ以上傷を抉る様な真似をするわけには行かない、とエリオスは引き下がった。

 

「皆さん。これからよろしくお願い致します」

 

レオはそう丁寧に、広間にいる者達に向かって頭を下げた。

 

そうだ、エリオスさんに落ち度はない。仕方のないことだ。

そう、悪いのは魔族。そして、役立たずの、俺自身。

妹一人を助けることも出来なかった。魔力を持っているのに、のうのうと暮らした俺自身。

ソフィアを、家に残していってしまった。

ソフィアを抱えて行っていれば、少なくとも命は助けられたかもしれない。

様子を見に行くなんてことをせず、もう少し森に隠れていれば、二人とも助かった。

もう少し、早く広場を後にしていれば、ソフィアを逃がせた。

それか、魔術を使えればエリオスさんが来るまで時間を稼げたはずなんだ。

能無し。役立たず。のろまのグズ。

魔族に、父さん、母さんは殺された。

もし、魔術が使えてれば助けられたかもしれない。そして、俺のせいで、俺の判断ミスで、行動の遅さで、ソフィアは死んだ。

役に立たない息子でごめん。

不甲斐ない兄でごめん。

死ぬべきは、俺だったんだ。ソフィアを殺したのは、俺だ。

だからせめて、せめて皆を手に掛けた、あいつらを殺して、仇を討って、償うよ。

...いや、償わせてくれ。そうじゃなきゃ、俺なんか...。

 

丁寧に頭を下げ、挨拶をするレオの暗い心中に気が付く団員はいなかった。

 

レオは魔族を許すことなど出来なかった。

そして、何より...自分自身を赦すことが出来なかったのだ。

 

 

 

 

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