エリニュス-慈しみの神達へ-   作:ライト鯖

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何故憎みあっているのだろう。
そんな素朴な疑問は、大勢の罵声に欠き消される。
ただ殺しあっている、この事実だけで、元の理由も知らぬまま、憎み合うには充分なのだ。
そうして生まれ続ける憎悪は、ゆっくり人を蝕んでいく。



心傷

 

「さて、いいかな?」

 

一区切りついたところを見計らって、マルティンが口を開く。

 

「案内はこいつ、エリオスに任せるから。知り合いみたいだしな」

「俺ですか!?」

「不服か?」

「いや、さっきのやり取りの後は気まずいといいますか..」

「ならこの間に気まずさを無くすんだな。これからは毎日顔を合わせるんだ」

 

マルティンはニコリともせずそう言い、レオに向き直った。

 

「君は問題ないか?」

「はい」

 

レオにとってはどうでも良いことなので、そう即答する。

 

「よし。じゃあ、私は執務室に戻るから、一通り案内を終えたら来てくれ」

 

そう言い残し、さっさとマルティンは去ってしまう。

それに合わせるようにして、一部を残し、広間に来ていた団員達はそれぞれめいめいに散っていくのだった。

 

広間は再び静まり返った。が、その静寂の中、案内に任命され少し気まずそうなエリオスの肩からバシリと良い音が響く。

 

「いつまでうじうじしてんだい。他にも大勢行ってたってのに、自分のせいだーってか?」

「俺は、あそこの担当でしたから..」

「なら尚更だろう。あんたは居合わせた村で充分やったさね。悪いね。レオ、だったかい?こいつ、色々溜め込んじまうタイプでね」

 

そう言って、アダルフィトと肩を組むようにして気持ちの良い笑顔を浮かべる、こちらも金髪の女性がやって来た。

 

「はい。レオ・アルバートです」

「そうかい。私はルシア。よろしくね」

 

ニッカリと笑うその女性は、エリオスから離れ、まだ小さなレオの頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

「ほら、あんたもしゃんとする!」

 

エリオスは、ルシアにそう怒鳴られ、身体を竦める。

 

「いや、しかし..」

「エリオスさんは悪くないですよ」

 

ルシアの手の温もりで、父の手を思い出し、少し、泣きそうになったレオだったが、その気持ちに、必死に蓋をしながら、そう言った。

 

「後輩に慰められてちゃ世話ないね。レオ、あんたはいくつだい?」

 

ルシアは、エリオスには溜め息を付きながら、レオに対しては笑って尋ねる。 

 

「11です..」

「......そうかい」

「...」

 

一瞬ルシアは表情を曇らせたが、直ぐに微笑を浮かべ直した。しかし、エリオスは顔を更に曇らせてしまう。

 

「じゃあ、エリオス、案内してやんな。私はちょっと、団長のとこ行ってくるわ」

「あ、ああ..」

 

レオは、ルシアが振り返り、去っていく瞬間に、顔を強張らせたことに気が付いた。

 

「......」

「じゃあ、行こうか」

 

エリオスは、なおも気まずそうに、レオに声をかける。

いつも、村の皆と笑い合っていたエリオスの姿は見る影もなくなっていた。

余程、堪えているのだろう。

レオは、小さく頷き、エリオスの後ろに付いていくのだった。

 

そうして、1時間程かけて本部を案内されたレオは、最後に、団長の執務室の近くへと来ていた。

窓の外は、夕日も落ち、すっかり暗闇に覆われている。

星は、いつものように、レオが、毎日故郷で見ていたように、同じ美しさを保って、残酷に輝いていた。

 

執務室へと続く廊下を歩いていると、何やら騒ぎ声が二人の耳に聞こえてきた。

 

「なんだ?」

 

エリオスは、不審に思い、小走りで廊下を進んでいく。

すると、その騒ぎは、団長の執務室内で起きているらしいことが分かった。扉の向こうから何やら言い合いが起きているらしい声が飛んできていたのだ。

 

「ーー!もう少しーー。あんな小さなーー」

 

エリオスは、おっかなびっくりと言った様子で、扉をノックする。

途端に、扉の向こうは静まり返った。

 

「入れ」 

 

数秒程間を置いて、団長マルティンの声。

エリオスがおずおずと扉を開け、中へと入る。

レオも、それに付いて入ると、そこにはマルティンと、ルシアがいた。

 

 

「ルシア?どうしたんだ?」

 

エリオスが驚いた声を挙げる。

 

「ちょっとね」

「さあ。ルシアもういいだろう?30分も議論したが、ここに答えが来てくれた」

「あんたねえ..」

 

険悪なルシアを余所に、マルティンは、レオに目を合わせる。

 

「ルシアが、まだ11歳である君を、いきなり騎士団に入れるのはおかしい、と抗議してきたんだ」

 

ルシアは、マルティンを一度睨み付けたが、はあ、と溜め息を付き、レオに向き直った。

 

「レオ。あんたが魔族を恨んでるのは分かる。だから、仇を討つために強くなりたいんだろう?」

 

レオは、それに頷く。概ねその通りだからだ。

 

「そういう子を私は沢山見てきた。そんな子が沢山死んでいくのも。あんたは、まだ小さい。まだ、選択するには早いんじゃないかと思うんだ。

...だって、あんたにはまだ未来がある。別に騎士団に入らなくたって、国王が造った孤児を保護する施設だってある。ここだけが、あんたの未来じゃないんだ」

 

拳を握り締めながら、ルシアは訴えかけた。

 

優しい人なんだな。

レオはそう感じていたが、彼女のそれに応えることは出来ない、とも考えていた。

 

「ありがとうございます。ルシアさん。でも、ごめんなさい。俺は、もう、決めたんです」

 

レオは、真っ直ぐに、ルシアを見つめる。

 

「...っ」

 

レオの目を見たルシアは、何かを感じ取ったのか、ほんの僅かに、後ずさった。

そして、悲しみ、悔しさ、憤り、そんな感情がまぜこぜになった顔になり、そのまま、押し黙るのだった。

 

「本人の希望なんだ。諦めたまえ」 

 

マルティンは、そう言い放つ。

完全に蚊帳の外となったエリオスは、おろおろした様子で、三人を代わる代わるみているだけだった。

 

「さて、エリオス、案内は終わったか?」

 

そんなエリオスは、マルティンに突如として話を振られたせいで、上擦った声になりながら、答えた。

 

「は、はい!完了致しました!」

「そうか、では、最後に、レオの部屋に案内してやってくれ。寮の310室だ」

 

言いながらマルティンは、エリオスに鍵を投げて寄越す。

 

「本来四人部屋なんだが、生憎四人組がきっちり埋まっていてね。暫くは一人で使ってくれ」

「分かりました」

 

レオの返事に、マルティンは頷き、エリオスに視線を向けた。

 

「それじゃあ、下がれ。レオも、明日はゆっくり過ごせ。明日が最後の休息日だと思いなさい」

「はい」

 

エリオスが、人差し指と薬指の二本をぴっちりとくっつけ、頭に当て、敬礼をしたので、レオも、見よう見まねで敬礼し、二人揃って、団長室を後にした。

 

「あの目...団長も気付いてますよね?」

 

静寂が戻った執務室に、ポツリとしたルシアの声。

 

「何のことだろうな?」

「とぼけないでください。あれは、あの目は、真っ黒だった。口は笑っていたけど、目は笑ってないなんて言葉じゃ現せられん。黒く、暗い、復讐だけじゃない。あの目は、きっと...」

「そりゃあ、レオの目は元々黒だからな?」 

 

自身の片腕をぎゅっと握り、目を赤くさせながら言うルシアに、何を言っているんだ、と言うように、マルティンは事も無げにそう言ってのけた。

 

「...っ。もういい!」

 

ルシアはそのまま乱暴に団長室の扉を開けて、走り去っていく。

 

「...分かっているさ。あの目が、復讐だけを写しているわけじゃないことくらい」

 

レオは、アダルフィトに案内され、自室となった空き部屋に用意された部屋の両端に用意された二段ベッドの下部の一つに寝転んでいた。

月明かりのおかげで薄暗い部屋に、小さな穴でもあるのかと思える程の、暗く、黒い、漆黒の瞳は、静かに、窓外を見つめていた。

 

「仇を討って償わなきゃ、そうでなきゃ、俺が、俺なんかが、生きてて良い筈がない」

 

誰にも聞かれることのない、哀しく、確信に満ちた彼の悲壮は、部屋の石壁に、溶けていくだけだった。

 

 

二日後。

レオは、朝食を終えて直ぐ、マルティンに呼び出された。

 

「言っていた通り、本日から訓練を開始するぞ」

「よろしくお願い致します」

 

レオは、そう頭を下げる。

 

「ああ。だが、残念ながら俺が直接指導することは余りないと思っていてくれ。忙しいからな。私が適任だと思った者に数名、交代で見させる。しっかり付いていけよ」

「はい」

「では、入ってくれ」

 

 既に外に待機していた、レオの教官となる人が、マルティンに呼ばれ、マルティンの執務室へと入って来た。

 

「あれ?」

 

思わずレオは首をかしげてしまった。

 

「うちの団長は性格が悪い。気を付けな」

 

現れたのは、不服そうな面持ちのルシアだった。

 

「よろしく頼むよ。ルシアくん?」

「分かりましたよ。こうなった以上、手は抜かないからな?レオ」

 

溜め息を付きながらも、レオに向き直る時には、真剣な顔で、ルシアは言った。

 

「はい。よろしくお願いします」

 

そうして、二人は執務室を辞し、本部の正面にある、訓練場へと移った。

 

まるで村の畑みたいな広さだな。

ふと、そんな比較が頭を過り、一瞬だけレオは目を伏せた。

 

「さて、レオ。君にはまず、体力を付けてもらう必要がある。魔導士は、魔力で身体能力を強化出来るが、それは簡単に言えば、自分の体力や筋力×1.2といった仕組みだ。つまり、素の体力や力は大きければ大きいほど良い」

 

というわけで、とルシアは広い訓練場を見渡しながら、朗らかにレオに告げる。

 

「ここを20周行こうか」

「はい」

 

レオは、指示を受けて直ぐ、間髪いれずといった勢いで走り出した。

 

「普通嫌そうな顔を少しはするんだがなあ..」

 

ルシアは既に駆け出して行ったレオの背中を見つめながら、頭をかいた。

 

早く。早く。早く。戦えるようにならなくちゃ。俺の命の意味を。償いを。あの魔物共を、殺さなきゃ。

 

「おーい」

 

走り出して直ぐ、後ろからの声に気が付き、レオはチラリと後方へ視線を向けた。

 

「焦るな。自分の体力を考えて走れ。20周持たないぞ」

 

かなりのハイペースで駆け出していたレオに、ルシアが涼しい顔で一瞬にして追い付き、そう注意を始める。

 

「...」

「焦っても良いことなんてないよ。ちゃんと戦えるようになりたいなら、その辺もしっかり考えなくちゃな」

「...はい」

 

レオは、ペースを落とした。

 

その後、2周しても併走を続けるルシアに、いつまで併走するつもりか、いい加減気になったレオが口を開きかけた時のことだった。

 

「なあ、レオ」

 

先にルシアが口を開いた。

 

「はい?」

「君さ、夢は、あるかい?」

「仇を討つことです」

 

急になんだろうと思いながら、レオはぶっきらぼうに答えた。

 

「...その前は、何が夢だった?」

 

一瞬、過る。

エリオスからかけられた言葉。

 

「君のその力は戦いじゃなく、誰かの助けに使ってあげてくれ。村の皆のためとかね」

「....」

 

それを、レオは振り払うために、強く瞼を瞑った。

 

「元から、騎士になりたいと思ってましたよ」

 

誤魔化すように言う。嘘ではない。

 

「...そうかい」

 

ルシアは、特段それ以上何か言うこともなく、レオが20周を終える最後まで、黙って併走をするのだった。

 

「はっ...はっ...はぁっ...」

 

走り終えたレオは、全身で呼吸をしていた。

身体からは湯気が立ち上る程で、今にも倒れそうな様相だ。

対して、ルシアはケロリとしており、良い準備運動になった。と笑っている。

 

「くっ...はっ...はぁ..」

「さて、水を飲んで10分したらもう10周行こうか」

 

その言葉に、レオは、「はい」と言いながらも、少しだけ、眉を潜めた。

ルシアはそれに目敏く気が付いたようで、レオには見られないようにしながら、小さく嬉しそうに笑うのだった。

 

そうして、初日は走り込みや筋トレだけで終わった。翌日は座学だけ。

そこから、基礎トレーニング、座学、そんなスパンの日々が一月程続くことになるのだった。

 

一月後、久方ぶりにルシアが担当となったその日、レオは、日常の変化を彼女から告げられた。

 

「これから週一で、魔術の訓練を組み込んでいく」

 

ついにだ。

レオは、高揚感を覚えた。

漸く、奴等を殺すための術を、手に入れられる。

レオは、ニヤリと、それまで浮かべたこともない、憎悪に満ちた笑みを浮かべた。

 

「...一応、エリオスから魔力による身体強化は身に付けていると聞いてるが...魔術は使えないんだな?」

「..はい。まだ上手くは..」

「魔力感知はどうだい?」

「多少、見えはしていますが、よく分かってないです...」

「まあ魔導士をろくに見たことがなけりゃそんなもんさね。よし、見てな」

 

ルシアは、そう言って、掌を上に向けた。

そして、ルシアの掌から、突如として、ツタ植物が現れた。

 

「!!」

 

続いて、その出現させたツタが、光を放ち、それと共に、ゆっくりと、小さな光の粒へと分解されていき、再び一つに纏まっていく。

最終的に、ツタは、光球へと変化した。

 

「最初に出現させたのが、私の術式による魔術、植物魔法だ。魔導士は一人一種の術式、を持っている。そして、この球体は、ツタを作るのに使った魔力を纏めたモノさ。どうだい?視覚的に魔法を間近で見て、何か感覚が変わったりしたか?」

 

ルシアに言われて、レオは、自分の手や、身体を見てみる。

 

「うーん...?分かりません」

「そうかい。なら」

 

と、ルシアは球体を掌から消す。

 

「私の身体から何か見えるかい?」

 

言われて、レオは気付く。

先ほどまでは、ルシアからうすぼんやりと湯気が立ち上るようにしか見えていなかったモノが、今やはっきりオーラのように、彼女の身体を包む光として認識出来ていることに。

 

「光が、見えます...」

「!よし。じゃあ、次は魔術だね。自分の身体に神経を集中させな。なんどか惜しいところまでは行ってるそうだし、後は簡単に出来るはずさ」

 

レオは言われるまま身体に神経を集中させ、掌に、魔力を集めていった。

そして、魔術を発動させ、炎を掌に出した。

それを視認した瞬間。

 

「放せ!放せえええ!!」

 

あの日の記憶が、彼を襲った。

ソフィアを、助けることの出来なかった、未熟な魔術。

そして、それと同じ炎が、村を、家を包んでいた光景が。

 

「はっ...はっ...はっ...」

「レオ?どうした?」

 

レオは、突如呼吸を荒くさせる。

炎。美しく、大好きだった、村を覆った、炎。

村人を、父母を焼いた炎。

生まれ育った家を包んだ炎。

ソフィアが、落ちていった炎。

 

 

「あ゛あ゛あ゛...」

 

自分の炎が、それらの記憶を思い起こさせる。

そして、一人一種の魔術を持つ。そのルシアの言葉が彼の脳内に反芻されていた。

皆を焼いた、炎が、俺の魔法...。

ここ数日、無意識に、恐らく本能が、考えないようにしていた事実。

しかし、厳然たる事実として、彼の目が脳に情報を届けてしまう。

俺の魔法は...。

炎は...。

村を、皆を、父さん母さんを、ソフィアを殺した炎が、俺の...。

受け止めきれない嫌悪感と、絶望感が彼を包み、そのまま、レオは意識を暗転させる。

 

「まさか...」

 

その場に倒れたレオに駆け寄ったルシアは、レオの倒れた原因を察したのだろう。

申し訳なさと、まだ子供である彼に、ここまでの傷を負わせた存在に対する怒りの混ざった表情でレオを抱えて走り出した。

 

病棟に駆け込み、医師のダニエルに、状況を説明したルシアは、ベッドに寝かされたレオを見ながら、尋ねる。

 

「先生。これって...」

「ああ、心因性のものだな。トラウマと言われるやつだ。炎か...確かに、自分の力が、家族を殺したものと同じとなると...」

「....っ...」

「とにかく、暫く安静にさせておく。君はもう戻りなさい」

「...分かりました。団長には私から報告しておきます」

「そうか」

 

ルシアは、拳を強く握りしめ、悔しそうに下唇を噛み締めながら、病棟を後にするのだった。

 

その日の夜。

 

真っ暗で、静まり返っていた病室に、突如として、レオの呻き声が響き始めた。

 

「うぅうううぅ...」

 

レオは、夢を見ていた。

夢か幻覚か、はたまた現実か。

少なくともそれは、レオにとって都合の良いものではなかった。

 

真っ暗な闇に佇むレオは、背後に気配を感じて振り向く。

 

「役立たず」

 

暗闇に浮かぶその姿は、レオの母、アデラであった。

 

「あんたのせいで、ソフィアは死んだ」

「あんたが、魔術を使えてたら、私達も燃やされなかったかもねえ」

 

レオは、思わず踵を返して走り出していた。

だが、その先に。

 

「よお。死にぞこない」

 

父、マデオが待っていた。

 

「父さ...」

「お前が、ソフィアを一人にしなきゃなあ」

「何でお前が生きてるんだ?」

「やっぱりお前は、大人にゃなれん」

 

逃走。

それでも、背後から、二人の声が聞こえ続ける。

役立たず。能無し。ソフィアを見捨てたグズ。

 

分かっていた。レオには、分かっていた。

二人が、そんなことを言う筈がない、と。

少なくとも、信じていた。信じたかった。

だが、もう、レオの心は限界だったのだ。

 

「違う。父さん。母さんはそんなことを..」

 

必死に言い聞かせるが、振り払うことなど出来はしない。

 

「お兄ちゃん」

 

レオは、ピタリと足を止める。

声のした方を向くと、ソフィアが、感情を感じさせない目をして、静かに佇んでいた。 

 

「ソフィア..」

「ねえ、お兄ちゃん。どうして、もっと早くに戻ってきてくれなかったの?」

「...!」

「お兄ちゃん。私は、ずっと、怖かったんだよ?でも、お兄ちゃんに言われたから、私は、ちゃんと待ったよ」

「ごめん...」

 

消え入りそうな声で、レオは呟いたが、ソフィアは、お構いなしに続ける。

 

「とっても、怖くて、痛かった」

「ごめん...」

「ねえ、お兄ちゃん。とっても、熱かったんだよ?」

 

レオは、崩れ落ちるようにして、へたりこんだ。

 

「お兄ちゃん。約束したよね?直ぐに戻るって」

「ちが...あれは...ごめ..」

 

レオは、頭を抱え、踞る。

 

「お兄ちゃん」

 

急に、ソフィアの声色が、優しげなものに変わった。

「...?」

レオは、つい、顔を上げてしまう。

 

「どうして、助けてくれなかったの?」

 

目の前にあるその顔は、あの時、魔族に足を捕まれ、炎に投げられた時の、ぐちゃぐちゃになった、歪んだ妹の顔だった。

 

「ごめん!ごめん!俺が!俺が!」

「どうして、その炎で、あいつを燃やしてくれなかったの?」

 

再び踞ったレオの耳元に、気配が近付く。

 

「お兄ちゃん。私を見殺しにしておいて、炎を見たから倒れました。だなんて、許されると思う?」

「ごめん...ソフィア...」

「約束も守れない、私を見殺しにしか出来ない、そんなあなたに出来ることって何?何もしないまま泣くこと?」 

「ごめん...ごめん ..」

 

まだ、4歳だったソフィアがここまで話せる筈などない。

これは、レオ自身が、自分を責める精神が、家族の形を伴って、現れているだけである。

しかし、今のレオに、そんな冷静な感覚が存在するわけもなかった。

 

「ねえ、何も出来ないのなら、せめて、あいつらを燃やしてよ。私を、母さんを父さんを灰にしたように、あいつらを、真っ黒に、燃やし尽くしてよ」

 

レオは、嗚咽を漏らしながら、ソフィアの形をしたそれの、責め立てる言葉を聞き続けていた。

 

「そんなことも出来ないあなたなんて、生きている意味、ないわよ」

 

いつの間にか、母、アデラも来ていた。

 

「そうだ。ただ踞るだけなら、俺の子供ですらないな」

 

マデオも。

 

「ねえ、どうして、あなたが生き残っちゃったの?」

 

黒い笑顔で、こちらをねめつけるソフィアの顔を最後に、レオは"意識"を失った。

 

月明かりの差し込む薄暗い部屋で、ムクリと影が起き上がる。

 

「...ソフィア」

 

ポツリと呟かれたその声は、誰の耳に入ることもなく消えて行く。

星が瞬く空を、夜空をも呑み込んでしまいそうな、漆黒の瞳が見つめていた。

 

「...俺は..」

 

翌朝。

団長室に飛び込んできた彼の姿は、マルティンを驚愕させた。

 

「レオ...?」

「団長。俺はもう大丈夫です。訓練を再開してもらえませんか?」

「待て待て。昨日の今日だぞ。それに、ルシアから事情は聞いている。さすがに..」

「お願いします!俺は、もう大丈夫なんです!」

 

マルティンの言葉は、レオの叫ぶような声にかき消される。

 

「今、ここでお見せします」

 

レオはそう言って、自らの目前に掌を起く。

そして、彼は、先日、掴んでいた魔術の発動方法は。

ボッと小さな音を立て、レオのまだ小さな掌に、更に小さな、だが確かに赤く燃える炎が出現する。

それをマルティンと、自身の視線の中間に起き、レオは言った。

 

「どうです?問題ないでしょう?俺は、やれます。だから...」

 

マルティンは気圧されたようにして、一瞬視線を逸らした。

しかし、直ぐに彼は歯をぎゅっと噛み締め、視線を戻す。

 

「...分かった。だが、今日はダメだ。休め」

「ありがとうございます!」

 

マルティンの言葉で輝くレオの目は、何も知らない者が見れば、年相応の男の子に見えただろう。

しかし、マルティンは、彼のそれに対して、ただ拳を握りしめることしか出来なかった。

 

レオの去った後、マルティンは額に手をつき、深いため息を付いた。

 

「俺は、とんでもないバカをやってしまったのかもしれんな...だが...」

 

天井を仰ぎ見、マルティンは、覚悟を決める。

 

「奴等を滅ぼせるならば、俺は悪魔になったって良い」

 

拳を握りしめながらも、彼は、愛していた妻や子、友人、そして散っていった仲間達の姿を瞼に浮かべ、一人、決意を固めるのだった。

 

 

 

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