エルフのベルアスナは、顔に笑顔を張り付けたまま、掌をレオらに向けた。
『氷魔法:アイシクル・フィフス バレット』
魔術を発動する際には、慣れ親しんだ言語でなければ、無詠唱と変わりがない為、ベルアスナは、魔族の言語で詠唱する。
五つの氷柱状に形成された氷が、凄まじい速度でレオ達に向け、撃ち出された。
「!...炎魔法:ガン..ロック!」
レオはフリントロックよりも巨大に形成された炎の弾を瞬時に自身の周囲に浮かび上がらせた魔方陣から撃ち出すことで、氷柱の弾丸を相殺した。
「炎か。これは厄介だね」
言いつつも、ベルアスナは余裕たっぷりであった。
対してレオは、冷や汗ばかりが増えていく。
フリントロックよりも魔力消費が大きく強力なガンロックで、どう考えてもジャブ程度なベルアスナの軽い氷柱の攻撃をギリギリ相殺した格好だったからだ。
魔術の属性による相性は良好。炎には氷を溶かすことなど容易である。
その相性の良さもあって、ギリギリの相殺。
普通に戦えば、間違いなく、負ける。
「翼魔法:ウィングガン・連!」
マルクも広げた魔力によって作られた翼から大量の羽根を飛ばす攻撃を始めた。
『氷魔法:アイスウォール』
しかし、ベルアスナは巨大な氷壁を出現させ、マルクの翼を糸も簡単に全て弾いて見せる。
『氷魔法:フローズン・ルーツ』
間髪いれず、地面に手を置き、そこから一気に、巨大な刺となった氷柱を地面を割るようにして噴き出させる。
二人は、どうにか飛び退き回避したが、その隙に再びベルアスナが攻撃に入っていた。
『氷魔法:アイシクル・シェル』
先程のアイシクルバレットよりも巨大になった氷柱が、レオを襲った。
どうやら、先に相性の悪いレオを始末するつもりのようだ。
「...炎魔法:ブレイジング・コラム!」
その名の通り、強力な火柱を噴出させ、レオを襲う氷柱が包まれた。
だが、氷柱の速度の速さと、ベルアスナの魔力の強力さによって、完全には溶けきらすことが出来なかった。
小さくなったとはいえ、尚も鋭利な氷柱が、レオの腹に突き刺さる。
「ぐっ...!」
「硬化!翼魔法:ウィング・ブレイド!」
レオに攻撃の照準を定めた隙を付き、マルクは羽根の力と魔力で強化した身体能力を合わせて、瞬時にベルアスナと距離を詰める。
そして、魔力で十数本の羽根を固め、羽根の剣となし、ベルアスナに切り着けた。
当たった?!
そう、確信するマルク。
だが━━。
「弱いな」
無傷。
確かに切ったはずだが、傷一つ、付いてはいない。
防御魔法を使うことすらなく、純粋に身体に纏わせた魔力のみで、マルクの本気は防がれたのだ。
マルクは、理解した。
自分が後回しとされた理由を。
相性によるアドバンテージすらないマルクは、相手にすらならないからなのだと。
「マルク、離れろ!炎魔法:紅蓮・ジャベリン!」
突きつけられた実力差に、放心しかけていたマルクは、レオの声で再起動した。
彼が身を捩ると、その直ぐ横に、炎の槍が飛来する。
氷。
ベルアスナは瞬時に氷壁を形成していたようで、溶けかかった氷に、炎の槍は突き刺さっていた。
「どうした?これで終わりか?」
今の僅かな隙に、再びマルクはベルアスナと距離を取る。
「軽い切り傷だ。ギリギリ溶かしきれなかっただけ、問題ない」
レオは、マルクが口を開く前に、自分に言い聞かせるようにしてそう言う。しかし、手で抑えている腹からは、赤いものが滲んでいた。
このままでは、魔族の増援が来てしまう。
モタモタしてはいられない。
一か八か、賭けに出るしかないのか。
レオは、ベルアスナのゆったりとした動きを目で追いながら、思考する。
だが、そのベルアスナが突然視界から消え去った。
「?!」
「レオ!!」
マルクの叫びが耳に届くが早いか、レオの身体は、近くにあった倒木に叩きつけられていた。
「がっ.. !」
どうにか捉えた視界の先には、ベルアスナが足を蹴り上げている姿があった。
全く本気じゃなかったってのか..。
そして━━。
マルクは、翼魔法で空に逃れようとしたが、間に合わない。
レオを蹴り飛ばしたかと思った次の瞬間には、マルクも地面に叩きつけられていた。
「ぐうっ...!」
「この程度、か」
拍子抜けと言わんばかりの態度で、ベルアスナは、マルクに掌を向ける。
『氷魔法:アイシクル』
氷柱が、マルクの腹に突き刺さった。
「あぐあっ!?!?」
「マルク..!」
どうにか、痛む身体にムチ打ち立ち上がることは出来ていたレオだったが、その様子を見ていることしか出来なかった。
氷柱は、マルクの身体を基盤にして、真っ直ぐと立っていた。
「あ..ああ..」
瞬間、レオの脳裏に、マルクとの記憶が次々と去来する。
「レオか。改めて、よろしくな」
「レオ!訓練行こうぜ!」
「大丈夫か?ルシアさんも容赦ないよな」
「休日なんだしもう少し寝かせてくれよぉ。洗濯物は自分でやっとくからさあ」
「何でお前そんなピンピンしてんの..?」
「雨かー。暇だし遊ぼうぜ..って部屋出るのはええよ!」
「友達だからさ」
「レオ...逃げろ..」
レオの意識は、弱々しい、口から血を垂らしながら呻く、マルクの声で引き戻された。
どうやら、一瞬の出来事だったようで、ベルアスナはまだ動き出してはいない。
一か八か、やるしかない。
賭けに出るしかなかった。
「...」
レオは、魔力で自身の身体が耐えられるギリギリまで身体能力を強化し、地面を蹴り上げ、右側に弧線を描くようにして、駆け出した。
ベルアスナにとって、このスピードと、動きは予想外だったようで、レオがマルクが倒れる横に滑り込んだ時には、ベルアスナは、一瞬前にレオのいた場所に現れていた。
「炎魔法..」
これで隙を作れなければ、死ぬしかない。
レオは、そう覚悟を決めた。
「誰かの助けに、使ってあげてくれ」
瞬間、脳にその声が響く。
「ボルケーノ・エラプション!」
火口から噴出する溶岩のような、巨大な炎を滝のごとき勢いで、ベルアスナに向け、撃ち出した。
現状のレオに使える最大威力の魔術であり、この技をフルパワーで使うと、その日一日中は、まともに魔力を使えなくなってしまう。
しかし、今までこの攻撃の後、立っていた者にレオは出会ったことがない。ある程度の格上でも、これで倒せてきた。
つまり、自身の魔力を、極限まで使い尽くす、ピーキーな必殺技なのだ。
だが、今回は、僅かだが威力を絞った。
逃げる為に魔力を残す必要があったからだ。
本来の9割にまで威力を絞ったことは、賭けだった。
ただでさえ勝ち目の見えなかった相手に、僅かとは言え威力を絞ったのだから。
それでも、そうするしかなかったのだ。
マルクを、助けるためにも。
魔術を発動した次の瞬間、レオは、横に倒れるマルクを抱き抱え、魔力で強化した身体でもって、ムラゴシアのある方角へ向かって飛び上がった。
そうして、地面から足が離れると同時に、足の裏に出現させた魔方陣から、残る魔力の殆ど全てを、撃ち出す。
「炎魔法:ボルケニックロック」
火口から噴出する火山岩の名を付けたこの魔術は、地面に炎を凄まじい勢いで噴出することにより、その反動でもって、超スピードで移動することが出来る技だ。
足の向けた方向で、どこに向かって飛ぶかを調整する。
レオは、斜め下に足裏を向け、前方に、砲弾が飛ぶようにして飛び出したのだ。
この魔術で出るスピードは、今のレオの反射神経では目で追えず、途中で方向転換をしたりといったことは出来ない。
ただ直線的に飛べるだけの、使い処が難しい魔術である。
しかし、今はそれが最適解。
逆に言えば、それだけのスピードを出せるということだから。
頼む。追い付いてくれるなよ。
そう願いながら、レオはそのスピードに身を委ねるのだった。
燃え盛る木々の中に、巨大な氷塊、というよりも、水がどうにか形を保っているというレベルの氷と、その横に、一つの人影が残っていた。
『逃げられたか。最後のは直に喰らってたらちょっとヤバかったな』
ベルアスナは、そう頭をかきながらボヤいた。
『ベルアスナさん!!』
『ご無事ですか!!』
その時になって何人かの魔族が、応援に駆けつけたが、当然、遅かった。
『もう逃げられたよ』
『申し訳ありません!奴等の魔力を隠しての逃走によって撹乱されてしまいまして...』
『なるほど。まあ仕方ない。俺が勝手にここにいただけで巡回の連中も遠かったしな』
『ベルアスナさんはどうして侵入者がここに来ると分かったのですか?』
その魔族は、辺りの惨状から戦闘が行われてていたことに気が付き、そう尋ねた。
『川も池も、岸壁もなく、つまり、魔力をオフにし、林に身を隠しながらヒトの支配地へ逃げ戻ろうとするならば、この辺りを通るしかないのだよ。だから待ち構えていたんだ。まあ、まんまと逃げられてしまったがな』
レオ達の逃げ去っていった方角を睨みながらベルアスナは自虐気味に笑うのだった。
暫く、真っ直ぐとただ飛び続けていたレオは、速度が徐々に落ちていき、彼の目にも反応出来るようになるころまで、気を抜くことはなかった。
速度が落ち、レオが周囲を確認できるようになった頃には、既に高度は地面にかなり近付いていた。
このために残していたごく僅かな魔力でもって、地面に足を向け、炎を噴出、逆噴射することで、勢いを殺し、地面へと着地する。
マルクの顔は、どんどんと青くなっていた。
刺さった氷柱はそのままにしていたのだが、ベルアスナの魔法の効果範囲外へ出てしまったのだろう、少し前に氷柱は消えてなくなってしまっていた。腹には、穴が空いていた。
「急がなくちゃ..」
残る搾りかすのような魔力でなけなしの身体強化をして、走り出す。
腹に穴が空いている状態で、地面において応急措置をすることは躊躇われる。
そして、街は、ムラゴシアはそう遠くはない。走るしか、なかった。
頼む。
この時のレオは、ただただ、純粋に、友の無事を願う、一人の少年であった。
もう、奪わないでくれ。
もう沢山だ。
家族も、恩人も...。
こいつは、俺なんかに、構い続ける優しい奴なんだ。
ああ、どうか━━━。
ムラゴシアに到着したレオは、全速力で街を駆け抜け、病院へと向かった。
しかし、病院は、病院といっても、個人が家屋の一部を利用して運営しているような小規模なものだが、は、寝静まっていた。まだ、空は真っ暗である。
「お願いします!!開けてください!お願いします!!助けてください!!」
レオの必死な呼び掛けに寝ていたであろう医者が出てくる。彼は、レオが抱き抱えるマルクに気が付くと、直ぐに彼らを招き入れてくれた。
そうして、マルクを治療台に寝かせたレオは、医者に頭を下げる。
「どうか、マルクをお願い致します」
「ああ。だが、君も横になりたまえ。止血をせねば」
医者に言われ、レオは自らの腹を見た。
必死になっていて、忘れていたのだ。
ベルアスナの攻撃を受け、出血していたことを。
マルクの出血が服に着いていたこともあって、視覚的にも分かりにくくなっていた。
今まで、意識していなかった痛みが襲ってくる。
そして、視界がボヤけ出した。
どうやら、かなり出血していたようだ。
倒れるわけには行かない。
そう思いながらも、レオの身体は、全く言うことを聞かなかった。
「マルクを、先に治療してくださ...」
そこで彼の意識は途絶えた。
「治癒魔法と医術、双方で懸命な治療を行っていますが、正直、五分五分といったところです」
医者は、無念そうにそうダニエルに告げた。
「...っ!」
レオが倒れた直後、街では、凄まじい速度で走る男が騒ぎになったようで、軍人がやって来たのだが、彼らは事情を聞くと、気を利かせて、黒龍団の本部へ連絡を入れたのだ。
連絡を受け、数時間後、空が白んで来た頃になって、黒龍団の医療要員である、ダニエルが団員で空間魔法使いのヴーゴ・アヴレヴを連れてやって来た。
「...これは...」
ダニエルは、マルクとレオの状況を見て、顔を青ざめさせた。
「...騎士団本部の病棟には、もっと薬や設備がある、そっちに移そう」
ダニエルに指示され、空間魔導士のヴーゴは、病院から本部を魔術で繋げる。
彼の魔法は、マーキングした五ケ所に何処からでも移動出来るというものだ。
こうして、マルクとレオを寝かせたまま、その身を、本部の病棟へと移送したのだった。
「お兄ちゃん」
声。
何度も何度も聞いた声。
何百回聞こうと、慣れることはない。声。
レオは、ゆっくりと目を開けた。
此方も、何度となく見た、暗闇。
そして、目の前にはソフィア。直ぐ近くに、マデオ、アデラ。
「皆...」
レオは、何を言われるか察していた。
復讐に殉じるよりも、マルクの身を優先した。
いや、それ以前に、あのベルアスナというエルフと相対した瞬間から逃亡を考えてしまっていた。
きっと、そのことなんだろう。幾ら力量差があろうとも、魔族と相対しておきながら、逃げることしか頭になかったなんて。
本当に、俺はダメな人間だ。
レオは、目を伏せながら、震える口をゆっくりと開く。
「ごめ..」
だが、それは遮られた。
「ねえ、お兄ちゃん」
ソフィアの、いつになく、快活な声によって。
「.....?」
顔を上げると、そこには、いつもの、真っ黒な瞳の妹ではなく、不思議そうな顔をした、レオにとっては、本当に懐かしい、あの時のソフィアがいた。
「お兄ちゃんにとって、あのマルクさんって、どういう人なの?」
どういうことだろう。
レオは、困惑していた。また、責められるものと覚悟していたからだ。
だか、何かが違う。
「分からないんだ..」
混乱しながらも、正直にレオは答えた。
「お友達じゃないの?」
「友達..か。俺がそれを名乗る資格はないよ..」
「よく分かんないけど、お兄ちゃん、マルクさんと一緒にいる時は、少し楽しそうだよね」
笑顔。
本当に、何が起きているのだろう。いつもなら、こんな優しい声色でする話題ではないはずだ。
「...うーん。お友達じゃなかったら何なんだろう。でも何だか言い合いもしてたみたいだし...」
目の前の、彼の妹は、心底不思議そうな顔をしているだけだった。
「フフッ。レオ、友達は大切にしなきゃダメよ」
アデラが会話に入ってくる。
此方も、優しい声色だった。
「いや、俺にそう名乗る資格は..」
「だが、向こうさんはそうは思ってなさそうだ」
マデオも。
「お母さん達は分かるの?レオの気持ち」
年相応といった様子のソフィアが二人を見上げて尋ねる。
「なんとなくね。ソフィアもその内分かるわよ」
アデラはそう笑った。
「皆...?」
レオは、訳が分からなかった。
都合の良い、夢?
皆が優しくしてくれる。そんな、自分の願望が反映された夢なのだろうか。
そんな疑問が僅かに頭をもたげる。
だが、そんなことよりも、三人のやり取りが、無性に懐かしく、疑問よりも、皆に触れたいと、そんな思いが、強まっていた。
「まあ、自分で考えることだな。レオ」
立ち上がろうとしたレオをニヤリと笑ったマデオが押し止める。
そして、マデオにゆっくりと、肩を押され、レオは三人から離れていった。
「━━━━━━」
最後に、三人が何か手を振りながら言った気がしたが、聞き取ることは、出来なかった。
残酷な描写タグは必要?
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必要
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必要でない
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どっちでも良い