-ムラゴシア郊外-
『漸くだな』
『全く長い待機だったぜ』
『今回も余裕だろうな。前と同じくらいの規模感の街らしいぜ』
『人間は大したことねえな!』
魔族の部隊は、余裕そうな表情で、銘々に数人単位で固まり、森林の中、ムラゴシアへの道を進んでいる。
『そう簡単に行くかねえ?』
ベルアスナは、既に勝った気でいる仲間達に溜め息を付ながら、新たな司令官であり二本角の生えた馬、"魔馬"に騎乗するゲルバラナ・ル・サリスバラ大佐に随行していた。
アルバーニで構えてれば良いというベルアスナの説得空しく、自ら陣頭指揮を執ると言って聞かなかったのだ。
強いから良いものの..。
ベルアスナは、感知できるその膨大な魔力からゲルバラナの強さを疑ってはいなかった。
それでも、司令官に陣頭へ立たれると気がかりなのも当然だろう。
彼はやきもきとした想いを抱えざるを得なかった。
数十分後。
『...大佐』
『ああ』
平原へと抜け、ムラゴシアに隣接する山が見えた瞬間、二人は魔力を感知する。
それと同時に、彼らの頭上、空中数十メートルの辺りに紫色の穴が出現した。
「雷魔法:フ
声と共に、穴から大量の雷が、彼らの隊伍に降り注ぎ始めた。
『敵襲!』
誰かが叫んだが、そんなことは全員が分かりきっている。
魔族達は後手に回ってしまったのだった。
『空間魔法か...!』
紫の穴を、ベルアスナは憎々しげに睨み付ける。
この空間魔法は、ヴーゴのものではない。
別人の魔術であり、此方は、目視出来ている範囲にワープ出来るというものである。
近郊の山、その頂上に構え、魔族の姿を視認した瞬間に、全員をワープさせたのだ。
「ムラゴシアには指一本触れさせるな!」
マルティンは、そう全員を鼓舞する。
そして。
「ベルアスナってのは、あっちか!」
司令官らしき騎馬している男の横に立つ、他の魔族とは明らかにレベルの違うエルフへ、抜剣しながら、一直線に向かった。
ビュンッと、剣が空を切る。
「チッ...」
ベルアスナは、上手く身を躱し、マルティンの剣を避けていた。
『私もいるぞ?』
再びベルアスナに剣を向けたマルティンの背後を、ゲルバラナが狙う。
「はっ!」
だが、それを意に介さず、マルティンは地面を蹴りあげ、再びベルアスナに向かった。
「雷魔法:
『ぬ!?』
ゲルバラナが構えた魔力は、突然の急襲への防御で打ち消されてしまう。
「団長。こいつが私の担当ですか?」
バチバチと拳に雷を走らせながら、ゲルバラナを襲った、赤髪でまだ青年とも言える風貌の男が尋ねる。
「ああ、任せるよ。イグナシオ」
氷で防がれ、凍てつかされた剣を力ずくで氷から取り出しながら、マルティンは応えた。
「御意。雷魔法:
雷で作られた槍を手に、黒龍団副団長イグナシオ・サアグンは、強襲されたことで下馬していたゲルバラナに向かって飛び上がった。
「やるね」
氷を割って剣を救出したマルティンを、ベルアスナが挑発する。
「それは、此方のセリフじゃないかな?」
ニコリともせずマルティンに言い返されたベルアスナは、不敵な笑みを浮かべながらも額に、一粒の汗を浮かばせていた。
「炎魔法:
今回は出来る限り身軽である必要がない任務な為、レオも剣を持ってきていた。
その剣に、炎を纏わせる。
イグナシオの放った初撃で、ある程度数が減っているとは云え、まだまだ多くの魔族が健在である。
故に、可能な限り魔力消費を抑える必要があると判断したのだ。
『死ね!』
未だ混乱状態にある魔族達は、銘々が銘々に行動している。
チームプレイも何もなくレオを後ろから襲った魔族は、瞬時に炎の剣で半身を泣き別れにされてしまった。
「炎魔法:フリントロック」
一気に襲ってきた三人のオークを、軽くいなしながら、飛び上がり、宙返る。
それと同時に、ゴッと土の塊がレオのいた場所に落ちた。
『チッ。土魔法:ブラ..』
「植物魔法:
鞭のようにしなる巨大なツタ植物がレオに土塊を撃ち込んだエルフを襲った。
「ありがとうございます。ルシアさん」
「一々礼はいらないよ!」
ニッと笑うルシアの後ろに影が現れる。
「ガンロック!」
レオの飛ばした火球が、ルシアを狙った土塊を弾いた。
「助かったよ」
「お礼は不要ですよ」
「こいつは一本取られたね」
言いながらルシアは、土魔法のエルフに巨大な棘でもって止めを差すのだった。
ムラゴシア近郊の爽やかな整備された草原は、ものの数分とせずに、激しい戦場へと様変わりしていた。
あちらこちらで魔法が、血が、臓物が飛び交う。
炎、雷、氷、土、植物、水。
万物が揃っているのかと錯覚する程に、あちら此方で様々な物質が交錯する。
『水魔法!』
「岩魔法」
「炎魔法!」
『布魔法』
『花魔法』
「棘魔法!」
「氷魔法」
魔族の方が平均的には魔力が強い。
しかし、今回はその魔族の平均と同等かそれ以上の者だけが来ていることと、イグナシオの初撃で魔族が混乱させられていることによって、黒龍団が僅かな間で優勢を確保することが出来ていた。
イグナシオの無差別な雷撃によって倒された魔族も多く、更に次々と討ち取られていく状況で、司令官らは団長と副団長によって足止めされ、魔族側はまともな統制が執れなくなっていたのだ。
混乱、恐怖。
これらは、感情によるものである。
感情によって、魔族達は劣勢に立たされてしまっている。
しかし、この戦場で数が多いのは魔族である。
正面からぶつかれば、本来不利なのは騎士団だ。
だが、感情が、魔族を追い詰めている。
ならば━━。
「うわあああ!?」
「なんで. .!」
「来るな!」
戦場の一角から、突如として騎士団員達の悲鳴が上がった。
この優勢な戦況で、突如として、恐怖にうち震えた、そんな声が響いたのだ。
レオ達の注目も、自然、其方へと向いた。
「こいつらは殺したはず...!」
「待っ...!」
「何で動いて..!!」
「ルーファス、どうして..」
悲鳴の先には、数人の騎士団員と、それを襲う、血塗れのエルフ。首のないオーク。胴に風穴の空いた獣人。
━━そして、先程まで仲間だった骸。
それら十数体が蠢いていたのだ。
明らかに死んでいるであろう身体が、騎士団員達を、静かに追い詰めている。
『死霊魔法...』
動く骸達の後ろに、憎しみの籠った目を騎士団員達に向けた、一人のエルフが構えていた。
感情によって、混乱、恐怖は生まれる。
それ故に、統制が乱れる。
ならば、物言わぬ、感情のない同質の兵隊があるならば。
純粋に、数の力で勝負は決まるだろう。
『行け...』
エルフが指揮を執る様にして腕を振ると、それに合わせて、死体達が動き出した。
「うわあああ!」
先程まで自分達の仲間であったはずのモノにも襲われ、すっかり戦意を喪失してしまった団員に、剣が振り落とされる。
「炎魔法:クリムゾン・クレッセント!」
駆け付けたレオは、炎を纏わせた剣を振るうと同時に炎を噴出させることで、三日月状に炎の斬撃を繰り出し、周囲にいた骸達を打ち倒すことで、殺されかけていた団員を救出した。
「植物魔法:クリーピー・ウィップ」
死霊魔法の主であるエルフごと貫く勢いで、ルシアも骸達を薙ぎ払う。
『チッ..!』
エルフは跳躍と骸を盾にすることで回避した。
「お前達!仲間の身体だからって躊躇するんじゃないよ!こいつらに殺されたとして、お前達あの世でこいつらに顔向け出来るのかい!?」
すっかり戦意を喪失していた団員達は、ルシアの叱咤にはっとする。
「分かったら戦いな!こいつらの身体を解放するんだ」
「おう!」
何人かは戦意を取り戻し、骸達に向かっていく。他の者も、まだ及び腰ながらも、どうにか戦闘態勢は取り戻した。
『...仲間の死体も躊躇なく吹き飛ばされるとはな。何を言っているかは分からんが、戦意も取り戻されたか』
エルフは、面倒だ、と頭をかき、再び指揮を執る様に腕を振る。
「炎魔法:ブレイジング・ブレイド」
その隙を付き、レオが炎を纏わせた剣で襲う。
「..!」
しかし、レオとエルフの間に倒れていた骸が、勢い良く起き上がり、エルフの盾となった。
「バカな。こいつは今倒し..」
『死体だぞ?倒そうと無意味。俺が魔法を解除するか、粉々にでもならない限りな』
レオの反応を楽しむようにして、エルフはせせら嗤う。
『ご丁寧にどうも!』
『!?貴様我々の言葉を!..しまった!』
どうやらエルフは、魔族の言葉が分かる者がいるはずないとたかをくくり、余裕ぶって魔術の説明をしたようだった。
「ルシアさん!死体は全て粉々にしてください!そうじゃなきゃ何度でも使われてしまう!」
叫び、情報を共有する。
「了解!..だが。植物魔法:ルーツ・ニードル!」
ルシアは巨大な根を地面から生やし、仲間の骸達の胴、足、腕をそれぞれ串刺しにした。
「こいつらは後で弔いたいからな。これなら動けないだろ」
『ちっ..死霊魔法:
エルフがそう唱えると、幾つかの骸が、動きを変えた。
「...?」
警戒し、少し距離を置いたレオに、凄まじい速度の土塊が襲ってくる。
「..!今のは...」
見ると、先程レオとルシアが倒したばかりの土魔法を使うエルフの死体があった。
「魔法を使わせることも出来るのか...!」
死霊魔法。
死体を操ることが出来る魔術。
自由度は小さく、死体を操作する以外の術は存在しない。
しかし、死んだばかりの死体であれば、その骸に残る魔力を使わせることも出来る。
本来、魔導士が死ぬと、身体から魔力は徐々に失われていき、3日も放置すると、完全に魔力が身体から抜けきってしまう。
しかし、直後であれば、つまり、こうした戦場で生まれたばかりの死体であれば、生前と同様の魔法を使わせることが出来るのだ。
勿論、死霊魔法の術者が骸の魔力の漏出を自身の魔力で防がなければ、3日で全ての魔力は消え去るが、対策をすれば、その身体が死んだ時点で残っていた魔力全てが尽きるまで、魔法を使わせることが可能なのだ。
魔法を使わせるには魔力漏出の防止等、普通の死体を操るよりも多くの魔力が必要だが、自身より格上であろうと操れるため、それを補って余りある程のメリットがある。
また、死亡直後であれば、簡単な命令でもある程度の自立した動きをする。
そして、時間が経つ程、より単純な人形へとなっていく。
つまり、激しい戦場であればあるほど、この魔法は、活きるのだ。
「炎魔法:ガンロック!」
骸を燃やし尽くすことで、行動不能にしようと、レオは骸を燃やす作戦に出た。
「炎魔法:
キリがない..。
本体に近付くことが出来ず、魔力だけが消費させられていた。
エルフは、次から次に、新たに戦場で生まれた死体を援軍として駆け付けさせているのだ。
だけど、死体をこっちに持ってくれば持ってくる程、こちら側の人員にも余裕が出る。
直ぐに応援が来るはず。
レオはそう考えていたが、それは叶わぬ希望であった。
エルフは、2つ骸が生まれれば、1つは、自身の援軍に、もう1つは、その場にいる騎士団員の足止めに残す形をとっていたのだ。
足止め程度は、それなりの魔導士であればやりようは幾らでもある。
更に、既に魔力を多く消費している団員にとっては、本来足止め程度の相手でも、致命傷になりかねない。
犠牲者も、増えていた。
つまり、レオに援軍は来ないということになる。
そして、レオは目前の対処に手一杯で、それに気が付けていなかった。
「レオ!あんたは術者を叩きな!あいつ自体は差程強くはないはずだ!死体達はあたしらに任せろ!」
暫く膠着していたが、見かねたルシアが、そう叫んだ。
「ですが..!」
「大丈夫。少しぐらい相手する死体が増えても、数分程度なら持つさ」
ルシアの方も、死体を必死に捌いていたが、彼女は笑って言った。
「...」
「早くしな。このままじゃじり貧だよ」
「..はい!」
レオは、向かってくる骸達を、炎の噴出を利用した跳躍で飛び越し、術者、つまり本体であるエルフへと向かう。
「はあ!」
燃える剣を振りかざしたレオだったが、それは、間に割って入った鎧を来た骸に邪魔をされてしまった。
「.. !」
ギイン。と刃同士が激しくぶつかり合う。
『こいつは、お前らの国で活躍していた剣士だそうだ』
鎧は、エスパニア王国のものだった。
「くっ...!」
骸との剣撃をせざるを得なくなったが、レオはかなり押されてしまう。
レオはその剣士を知らなかったが、強さだけははっきりと分かった。
魔導士ではないその骸は、魔力で身体能力を強化したレオを剣術のみで防戦一方に追い詰めていく。
「植物魔法:
硬化した種が、剣士の骸、その腕を正確に撃ち抜いた。
「ルシアさん...!」
骸達を捌きながら、ルシアは一瞬、レオの援助を行ったのだ。
だが。
「後ろ!!」
仲間達の叫びに、ルシアは背後から襲いくる骸、いや剣を握った腕に気が付いた。
避けられない。
ルシアはそう覚悟したが、間に、片腕を失っていた団員が入り、刃を受けた。
「バカ!何してるんだい!」
ルシアを庇った団員は、剣を握っていた骸の腕を魔力で粉砕し、倒れる。
「俺より、姐さんのが役に立ちますから..」
最後にそう笑って、その団員は事切れるのだった。
「炎魔法:
ルシアによって生まれた隙を付き、レオは剣士の骸を、強力な魔力を込めた一撃で、両断する。
そして、身体能力をギリギリまで強化し、死霊魔法のエルフの背後へとハイスピードで回った。
「炎魔法:クリムゾン・クレッセント!」
炎を纏わせた剣を怒りに任せ、エルフの首もとへと斬りつける。
『しまっ..』
振り向こうとしたエルフの首は、宙空を舞い、彼の視界には、レオではなく、青空が写っていた。
そして、頭を失ったエルフの身体が崩れ落ちると同時に、ルシア達を襲っていた骸達も、全てが無機質に、倒れ伏すのであった。
残酷な描写タグは必要?
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必要
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必要でない
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どっちでも良い