ささやかなプレゼントをどうぞ。
ブシン祭。それはミドガル王国で2年に一度開催される国際大会だ。
世界中から腕に覚えがある猛者が集い、その武力をぶつけ合う。
まともなスポーツが無いこの世界に於いて、数少ない娯楽の一つと言って良い。
そして今年はブシン祭の開催される年。
開催までにはまだ暫く時間があるが、ブシン祭に備えて各国から武人や商人が集まり始める時期だ。
僕の通う魔剣士学園でも、今はこの話題で持ちきりだ。
なにせ、この魔剣士学園にはブシン祭に参加する為の学園枠が用意されている。
この枠に入りさえすれば、ブシン祭の予選は免除され、本選からブシン祭に参加が出来る。
ブシン祭選抜学園剣術大会。それが今日開催される学校行事だ。
それに今日。僕は参加する。
勿論、僕の本意じゃない。
『ほら、シド。大会にエントリーしてやってやったぞ!』
『感謝してくださいよね』
ヒョロとジャガの仕業だ。
あの2人、チョコレートプレゼントの作戦が失敗した腹いせに、僕を勝手に選抜大会にエントリーしやがった。
『いや~。お前もこの国の第二王女と交際する身。それ相応の実績を積まなきゃならんからな』
『ブシン祭で華麗な活躍をして、王女様に相応しい人間である事を示す良いチャンスだと思い。エントリーしておいてあげました』
『俺達って、何て優しいんだ』
『僕達に感謝してくださいよね!』
いっそのこと、本当に学園枠を掴んでやろうかと考えたが、止めた。
「ローズ・オリアナ対シド・カゲノー。試合開始!」
僕の第一回戦の相手がローズ・オリアナだったからだ。
彼女は芸術の国と称されるオリアナ王国の王女。
一昨年まで学園最強と名高いアイリス王女の卒業後、次期学園最強の座を懸けた戦いを制し、現学園最強に名を連ねる強者だ。
流石に彼女に勝つのは不自然だ。適当に戦って負けよう。
「シド・カゲノー君」
「はい、何でしょうか?」
ローズ王女は不思議な事に、試合開始の合図がなっているのに、直ぐに斬りかかって来なかった。
「貴方がこの大会に掛ける思いは理解しております」
…………ん?
「ですが、私も国を背負っている身。勝利は譲れませんわ」
何を言っているのだ、この王女様は?
「申し訳ありませんが、勝たせて頂きます」
ローズ王女が駆ける。
得物は細剣。狙いは胸元に一突きと言った所か。
美しく、速い剣だけど、対処は難しくない。
僕は一歩引き、体を捩らせる事でローズ王女の突きを躱す。
「なっ!?」
ローズ王女が驚愕の表情に満ちる。
僕は体を捩った時の回転を利用して、剣を振るう。
当たりはしない。転びかけの体勢で振るった剣だ。
ローズ先輩の前髪を掠めるだけに終わる。
だが、ローズ王女は警戒して後ろに大きく跳んだ。
僕はそのまま体制を崩して地面に倒れる。
あのまま追撃していれば勝てたのに、勿体ない。
「やりますね」
「偶々ですよ」
僕は起き上がり、剣を構える。
今の動きは全て、シド・カゲノーとして動ける範囲での身体能力を駆使しての動きだ。
技術も目に見えるレベルでは学生レベルにまで制限している。
言ってしまえば、その程度で凌げてしまえる程度の一撃だった。
「今のが本気ですか?」
「…………いいえ、貴方を過小評価していました。申し訳ありません」
まあ、そうだろうね。
現学園最強の剣技がこの程度の訳が無い。
これならまだ、アレクシアの方が強い。
「ここからは本気で参ります」
ローズ王女の突きが放たれる。
先程と比べ物にならず、速く洗礼された一撃だった。
これは流石に躱しきれないな。不自然だ。
僕は敢えて前に踏み込む。
「ぐうっ」
左肩に良い一撃を貰うが、この程度じゃ戦闘不能にはならない。
僕はローズ王女の胴に目掛けて剣を振るう。
その剣を直前で躱される。
「良いカウンターです。先程の一撃と言い。ヒヤヒヤさせられます」
「そりゃ、どうも」
もう少し、試合が長引きそうだ。
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シド・カゲノーと言う少年を甘く見ていた。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」
彼は既に何度も私の攻撃を受けて、満身創痍。
対する私は無傷。
試合展開は私の優勢。そう見えているでしょうね。
ただ、彼は私の攻撃を受ける度に、カウンターを繰り出していた。
そのどれもが、精々私の髪や衣服を掠める程度の一撃に過ぎない。
けれど、そのどれもがまともに入っていれば、試合が決まりかねない急所ばかり。
たった一度。その油断が命取りになりかねない程に、彼は強かった。
観客には彼が、苦し紛れに剣を振るっている様にしか見えないでしょう。
けれど、見る人が見れば、彼の剣技が目を見張る物がある事に気が付く筈。
「貴方のその剣。何時身に付けられたのですか?」
「ぜぇ、ぜぇ……。この剣技は、最近、ですかね……」
「最近……」
それはきっと、アレクシア王女との交際を始めてからでしょうか。
彼の剣は戦う為、というよりかは守る為の剣です。
アレクシア王女はつい最近、ゼノン先生。……いえ、ゼノンによって誘拐されました。
彼はゼノンの策略に貶められ、王女誘拐の犯人として処刑される寸前まで行ったという話も聞きます。
今回は運良く、アレクシア王女は救出されましたが、今度は自分の手でアレクシア王女を助ける為、彼はこの剣を身に付けたのでしょう。
「少し、アレクシア王女が羨ましいですね」
「ぜぇ、ぜぇ……何故、そこでアレクシアの名が?」
「失礼しました。今の貴方を前に、考え事をするのは無礼ですね」
次で決着を付ける。
これ以上は今後の彼の剣士生命に関わる。
私は確実に決着を付ける為に魔力を解放する。
その膨大な魔力は大気を震わせ、黄金の輝きが会場を照らす。
できればこの魔力を前に、戦意を喪失して頂ければありがたいのですが。
「ははは!」
なんと彼は、この魔力を前に不敵に笑った。
強大な力を前に彼が戦意を喪失するなど、それは彼に対する冒涜でしたね。
ならばせめて、死なない事を祈ります。
「そこまで!勝者ローズ・オリアナ!!」
「「え?」」
「すまない。ローズ王女。シド・カゲノー。ここで君達の戦いを止めるのは、本意ではないだろう。だが私は、これ以上は死者が出かねないと思い。試合を終わらせてもらった」
審判は涙を流していた。
それが苦渋の決断であった事は、彼の顔が物語っている。
「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」
けれど、彼の判断は正しかった。
それを証明するかの様に、会場は歓声に沸いた。
「ローズ先輩!!」
「ローズ生徒会長万歳!」
「次の試合も頑張って下さい!」
「シド・カゲノーも良く頑張った!」
観客から聞こえる歓声の多くは、私を称賛する声だった。
然し、その声の中に紛れて、彼を称賛する声も確かに存在した。
「シド・カゲノー。貴方の事は生涯忘れる事はないでしょう」
誰がなんと言おうと、貴方は紛れもない気高い騎士であると、私は貴方を称賛しましょう。
アレクシア・ミドガル。彼の想い人。少し、……いえ、かなり羨ましいですね。
彼女は良い人と巡り遭えました。
「私も、何時か貴方の様な人に巡り遭いたい物です」
王女と下級貴族。決して叶う筈の無い恋。
ですが、彼ならきっと、そんな困難を乗り越えて、アレクシア・ミドガルと添い遂げる事が出来るでしょう。
私はそう、確信しました。
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「あら」
「あ?」
医務室へと続く廊下。
そこでアレクシアとクレアは鉢合わせた。
「あらら~、アレクシア王女様ではないですか。こんな所に何か用ですか?」
「ええ、恋人のシド・カゲノー君のお見舞いにでも行こうかと」
「そ、そうですか~。そのお気持ちだけで結構ですよ。お見舞いには姉である私が行きますので~」
「いえいえ、義姉さまはもう直ぐ試合でしょう?お見舞いは私に任せて、義姉さまは試合の準備をされた方が宜しくては?」
オホホホホ。っと、笑う2人。
だが、その目は一切笑っていなかった。
「誰が義姉よ!私はまだ貴方とシドの交際を認めてないわよ!」
「認めるも何も、既に付き合っていますので」
「突き合ってる!?やっぱり、貴方がシドの初めてを奪ったのね!?」
「…………?」
初めて?何の事かと首を傾げるアレクシア。
ふと、屋上でしたキスを思いだし、顔を赤らめる。
「……ええ、まあ。彼が初めてかは知りませんけど、私の初めては捧げさせて頂きました」
「なっ!シドの嘘つき!大きくなったらお姉ちゃんと結婚するって約束したのに~~~!」
「ええ!?それは何時の話ですか?」
「シドが5歳の時の話よ!」
「…………それ、本気にしてるんですか?」
アレクシアが少し頬を引き攣らせながら、聞いた。
「なによ!弟が好きで悪いの!?」
「あ、いえ、別に……」
悪くはない。……悪くはないのだが、正直引く。
それがアレクシアの率直な感想だった。
「ふん。貴方、本当にシドの事が好きな訳?」
「うぇ!?…………ええ、まあ。一応は」
アレクシアは照れくさそうな表情で、髪を弄りながら答えた。
「ふーん。シドの何処に惚れた訳?」
学園ではクレアの方が先輩という立場とは言え、王族に対するアレクシアに対して不遜な態度。
恐れ知らずと言うか、何と言うか、物怖じしない態度に、アレクシアはやっぱり姉弟なのだと思った。
「そうですね。最初は打算でした。婚約者候補であるゼノンを煙に巻く為の当て馬として、シドを利用していました」
「その結果、シドが大変な目に遭ったのだけれど」
「ええ、でも、その後も変わらず前と同じ様に接してくれる。そう言った部分に惚れたのかも知れませんね」
本来なら、お前の所為で死ぬ所だった。酷い目に遭ったと糾弾されてもおかしくなかった。いや、寧ろ糾弾しない理由がないと言える。
普段は気だるげで、他人に興味がない様な態度を取っているが、なんやかんやで優しい。アレクシアはそう思った。
「…………そう、シドを愛しているの?」
「そ、そんな訳……」
ない。何時ものアレクシアなら、反射的にそう答えていた。
けれど、クレアの真剣な表情を見て、口を噤んだ。
嘘偽りは許さない。そんな気迫がクレアからは感じられた。
「…………はい」
切っ掛けは自分が嫌いだった剣を好きだと言ってくれた事だったかも知れない。
けれど、決定的に彼を、シド・カゲノーに好意を抱く事になったのはきっと、あの屋上で何事も無かったかの様な態度で接してくれた事なのだろう。アレクシアは屋上での出来事を思い出しながら、そう考えた。
「…………そう、玉の輿なら、シドの将来も安泰かしら?」
クレアは消える様な声で呟いた。
「貴方、私の弟に手を出したんだから、責任取りなさいよね」
「…………責任?」
「…………シドと、結婚、…………しなさい!」
身を斬る様な苦痛に満ちた表情で呟くクレア。
「けっこん?…………結婚!?」
アレクシアは言葉の意味を飲み込むのに少し時間が掛かった。
「いやいやいや、何言っているんですかクレアさん。こう言ってはなんですが、シドは下級貴族ですよ。……流石に結婚までは行けないですよ」
言っていて、少し胸が痛くなった。
そう、どこまで行ってもアレクシアは王族で、シドは下級貴族。
学生の間なら兎も角、学園を卒業すれば政略結婚が待っている。
考えようとしなかった現実が突き付けられた気分だった。
「問題ないわ。あの子は本当は強いんだから。私なんかよりよっぽっど」
クレアが自慢げに言った。
「…………それは重々承知していますけど、彼は本気を出す事を嫌いますよ?」
「あら、見る目あるのね。正直意外」
「人を見る目があると、彼に褒められるぐらいには、目は良いですよ」
「そ、そう、……シドの事は私が何とかするわ」
「何とかって、何をするのですか?」
「シドの本気を引き出す。それで貴方のフィアンセに相応しいだけの実績を積ませる」
アレクシアは考える。
シドの本気が如何ほどの物かは知らない。
屋上での一件では惚けられたが、もしシドの正体がシャドウであるのだとすれば、その実力はアイリスよりも圧倒的上。
世界最強と豪語した事も、現実味のある話になる。
もしそうならば、王族の婚約者としては申し分ないだろう。
「何故そこまで?クレアさんは私とシドとの交際に反対されていましたよね?」
「今も反対してるわよ!」
「え、えぇ…………」
反対したり、結婚を促す様な事を言ったり、情緒が不安定なのだろうか?
「でも、シドの将来を考えるのであれば、貴方と結婚した方があの子の為になると考えたのよ。本当は業腹なのだけど、非常に不本意なのだけれど、悪魔に魂を売る程の葛藤があるのだけれど!!」
「そ、そこまで言いますか……」
仮にも王族なのですが、喉元まで出てきたその言葉を、アレクシアは飲み込んだ。
「私じゃ、シドを守ってあげられない。……いいえ、そもそも守る必要などないのかも知れないけれど、私に出来る事は多くはない。なら、今出来る事であの子の幸せな未来を残してあげたいの……」
そう語るクレアの表情は悲哀に満ちていた。
まるで、自分は長く生きられないのだと、そう悟っている様な雰囲気だった。
不治の病でも患っているのだろうか?
「兎に角、シドの事は私が何とかするから、貴方は責任を取って結婚しなさい。分かったわね!」
「あ、はい」
「言質は取ったからわね。シドを不幸にする様な事になったら赦さないからね!」
そう言い残すと、クレアはその場を去った。
目元からは雫が零れていた様に見えたが、気の所為だと思いたい。
「嵐の様な人だったわ」
勢いに押されて思わず返事をしてしまったが、王族であるアレクシアの結婚は国王である父が決める事だ。
クレアとの約束は公の場でもない口約束に過ぎない。
アレクシアに約束を守る義理はないのだが……。
「…………ま、まあ。約束をしたからにはしょうがないわね」
アレクシアはニヤけそうになるのを、必死に我慢していた。
(す、凄い場面に居合わせてしまいました)
その様子を陰で見ていた芸術の国の王女様は、その日の夜は興奮で眠れなかったとか、何とか。
この話は難産でしたね。
ローズ先輩との試合まではスムーズに書けましたけど、クレアとアレクシアのやり取りで筆が止まりました。
どんな絡め方をするのか考えるのに悩みに悩み、3日ぐらい書いては消してを繰り返しました。
でも、方向性が決まると30分程度で書く事が出来たのだから、人間って不思議だな〜って、思いました。