試合を終えた僕は、医務室に連れ込まれていた。
ローズ先輩との試合で負った傷はどれも軽傷で、精々打撲程度なのだけれど、それじゃあ不自然だ。
ダメージ覚悟のカウンター戦術を行った僕が、いざ医務室に運ばれた時に軽傷だった事がバレたら色々と面倒だ。バレたら、ね。
「これで応急処置は終わったわ。もう、あんな無理はしないでね」
「はい。ありがとうございます」
彼女は最近この学園の医師として就任したイーシャ先生。
「…………それにしても、こうも変わるとは驚いたよ」
「お褒めに与り光栄です」
に、変装したニューだ。
ニューは変装が得意という事なので、顔を変えてこの学園の医師として潜入してもらっている。
今回の様に僕が大怪我(偽装)をした場合に、あたかも本当に大怪我してますと偽装する為の協力者だ。
現在の僕は彼女の手によって、全身包帯だらけのミイラ状態だ。動けない。
「ふふふっ。その怪我では暫く入院が必要ですね。私が付きっ切りでお世話させて頂きます」
……捕食者の目をしている。
「えっと、流石にこれは大袈裟過ぎるから、もう少し軽傷な感じにしてくれる?」
これは逆に重症過ぎて怪しいからね。
決して、彼女の視線に恐怖を感じた訳じゃない。
「そうですか。残念です。…………あわよくばシド様の寵愛を頂きたかったのですが」
「ぼ、僕に出来る範囲でなら褒章を与えるよ」
「ふふふっ。では、簡単な事ですよ。シド様は天井のシミを数えていれば良いだけなのですから」
その間に僕に何をする気!?
コンコン。
医務室の扉が叩かれる。
ニューは少し怪訝そうな表情を浮かべた後、イーシャとしての表情を浮かべた。
「どうぞー」
ガラっと、ドアが開かれる。
現れたのは、白髪オールバックの男だった。長身の割には肉付きが少ない。けれどその姿勢と歩き方からかなりの強者である事が伺える。
「これはこれは、ルスラン副学園長。こんな所に何用でしょうか?」
ルスラン副学園長。
この学園の副学園長で、シェリーの義父だ。過去のブシン祭で優勝経験もある剣豪らしいのだが、それ程の覇気は感じられない。
年老いた影響か、或いは……。
「ゴホッ、ゴホッ。いや、何。最近就任した医師が優秀だと聞いてね。少し視て貰おうかと」
病か。
どんな強者も老いと病には勝てない。
かつて世界に名を馳せた伝説の存在を主人公と戦わせる。或いは主人公の助っ人キャラにする為の常套手段だ。
強すぎるキャラは必ずと言って良い程、弱体化される運命なのだ。
副学園長がどちらになるかは知らないけど、物語に関わる重要ポジションに位置する存在である事は間違いない。この世界が物語の話ならだけど。
「私はあくまで学園の医師ですよ。怪我の応急処置や風邪程度なら兎も角、大きな病気までは治せません。王都の病院に行ってください」
「ははは、それもそうだ。いやすまない。本当は彼に会いに来たのだよ」
そう言って、僕の方を向く副学園長。
「最近。娘のシェリーが君の事ばかり話してね。どんな子なのか、一目見ようと思って来たのだけれど、…………いやはや。君、強いね」
眼鏡越しに見える副学園長の目が鋭くなる。
「本当は大した怪我もしてないだろう」
ギクッ、とイーシャが体を震わせる。
「……やはり、そうか」
イーシャが申し訳なさそうな視線を向ける。
「いやー。バレちゃいましたか。流石はシェリーのお父さん」
しょうがないよ。副学園長の見る目が良かっただけだから。
「君がどの様な理由で実力を隠しているかまでは聞かないでおこう。半端な実力を持った下級貴族など、碌な目に遭わない。実力を隠すのも一種の生存戦略だ。まあ、君のお姉さんは君とは真逆な道を歩んでいるのだけれど」
うん。全くその通りですね。
下級貴族出身なのに、成績優秀な特待生。
嫌がらせをしてくる者は皆返り討ちにして、その腕前だけで学園に名を轟かせる有名人。
ローズ先輩に並んで、ブシン祭選抜大会の優勝候補筆頭とされている。
「……君にその気があるのなら、特待生待遇を用意する事も可能だが。どうだね?」
「遠慮しておきます。僕はまだ平凡な一般生徒であろうと思いますので」
それに今更特待生なんかになっても、姉さんの2番煎じな感じがする。
なるなら入学当初からなってる。
「平凡か、……君はアレクシア王女と交際しているらしいね。今の状況的に考えて、実力を隠すより、曝け出した方が身の為になると思うのだが?」
一理ある。
でも、それじゃつまらない。
周りの環境に流されて、自分を曲げるなんて、陰の実力者らしくない。
「僕には僕の考えがありますので」
「そうか、……ならば私から言う事は何もない。気が変わったら、言ってくれたまえ」
副学園長が踵を返した。
「今後とも、娘シェリーとは仲良くしてくれ。あれは研究一筋で碌に友達も居ない。父としての願いだ」
「……ええ、言われなくとも」
「ありがとう」
副学園長は満足そうに微笑んだ。
「陰ながらで構わない。できればあの子を守ってやってくれないだろうか。あの子が今行っている研究は何かと狙われやすい物だからね」
「構いませんよ。シェリーはお茶友達だ。世界最強のボディーガードになって上げますとも」
「はは、それは頼もしいな。今度は茶菓子でも持たせるよ。あれが作るクッキーは中々美味だからね。きっと気に入る筈だ」
「楽しみにしてます」
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その翌日。僕はアレクシアと共に医務室に訪れた。
彼女に治癒を教える為だ。
やはり何事も実践に勝る経験はない。
負傷した僕を実験台に、アレクシアに治癒を教える良い機会だと思い、今回の事を提案した。
最初、アレクシアは渋い顔をしていたのだけれど、僕が自分自身で軽傷程度に治癒して、後の治癒をアレクシアに行って貰うつもりだと言うと彼女はそれなら。と、提案に乗った。
正直、アレクシアなら、重症の僕を嬉々として失敗上等の実験台として使い倒すぐらいの事をするのかと思っていた。彼女が変わったのか、僕の見る目が無かったのか、彼女は僕が思ったよりも心優しい少女なのかも知れない。
「おじゃましまーす」
「いらっしゃい。シド君と、…………アレクシアさん」
君もか、ニュー。
僕は露骨にアレクシアに嫌悪の視線を向けるイーシャの姿に、頭を抱えた。
「え、えっと……」
戸惑うアレクシア。まあ、無理もない。
彼女からしたら、嫌悪の視線を向けられる心当たりがないのだから。
「ごほん」
「ッ!ごめんなさい。最近目が疲れていて、つい睨んでしまう様な表情になってしまったわ」
「え、ええ。それはしょうがないですね」
やれやれ、七陰の皆は兎も角。アレクシアに対する悪感情はナンバーズにまで普及しているとは。
シャドウガーデンの皆は、僕の事を好いてくれている。皆が皆という訳ではないだろうけど、命を救ってくれた組織の盟主として多少なりとも好意を抱いてくれている。
特に初期メンバーで僕が直接命を助けた七陰の皆は、それが顕著だ。
『お前の妄想じゃないのか?』
『シド君の勘違でしょ?』
ヒョロとジャガの幻聴が聞こえた気がするが、もし深い関係にまで発展した七陰の子達の好意が勘違いなら、僕は人間不信になる自信がある。
そんな彼女達だからこそ、僕がアレクシアと交際した当初は荒れに荒れたし、屋上でアレクシアとキスした日にはアレクシアが暗殺されそうになった。
僕が夜通しで彼女達を止めなければ、アレクシアは無残に殺されていたと思うとゾッとする。
止めた方法?愛の力だよ。
…………流石に7人まとめては疲れた。
「それじゃ、始めようか」
アレクシアに対する悪感情に関しては、追々考えるとしよう。
「ええ、宜しく」
僕は医務室のベッドに腰かけた。
イーシャ先生が僕の包帯を丁寧にゆっくりと外して行く。
ボディタッチが多いのは、この際我慢しよう。
「…………」
アレクシアからの無言の圧力が凄い。
「……少し、時間が掛かり過ぎじゃありませんか?」
アレクシアが笑みを浮かべて問う。
「シド君は重症なのですから、このぐらいが丁度良いのです」
イーシャ先生が自慢げに微笑む。
「「…………」」
怖い。
「い、イーシャ先生。ある程度傷の治癒は終わってますので、そんなに気を使わなくても良いですよ?」
「そうですか、残念です」
イーシャ先生は不満げに頬を膨らませながら、僕の包帯を取った。
包帯の下には青黒い痣が体のあちらこちらに存在していた。
どれも、僕が敢えて受けた怪我だ。
「中々に酷いわね」
一つ一つは大した怪我じゃないけど、それが体中にあって、中々に重症に見える。
「骨折は治したし、今体に残っているのは打撲程度の怪我だよ」
治癒は方便で、ローズ先輩から受けた傷は一切治癒していない。
今体にある痣がローズ先輩から受けた傷だし、逆に言えばそれ以上のダメージは受けていない。
「……そう」
「因みに君は、どのくらいの傷を癒せるの?」
「掠り傷の治癒や止血が精々ね」
「打撲の治癒は?」
「氷で冷やした方がよっぽど効率的ね」
ふむ。アレクシアは意外と治癒が苦手らしい。
「しょ、しょうがないでしょ!剣術一筋でその手の事を疎かにしてたのよ」
「今度からは魔力操作の技術も伸ばそうね」
「うっ……」
魔力操作の技量を上げるだけでも、彼女の剣は格段に向上するだろう。
「先ずは手本を見せるよ」
僕は左手の甲を見せる。
青タンが酷い。
「うへぇ……」
「痛そうですね」
「痛くは無いよ」
痛覚遮断してるから。
僕は左手の甲に右手を添えて魔力を流す。青紫の光が手の甲を覆う。
本来なら一瞬で治せる怪我だが、今回はアレクシアにも分かりやすく丁寧にゆっくりと治す。
イーシャ先生も興味津々の様子だ。……君はこの程度の事は朝飯前でしょ?
「こんな感じ」
僕が右手を離すと、そこには痣の消えた左手の甲があった。
「痣一つとは言え、ここまで綺麗に治る物なのね」
「お見事です。将来は医師になられては?」
「良いわね。紅の騎士団の専属医師として雇う様に姉さまに進言してあげましょうか?」
「ふふふっ、王女様のお遊び騎士団と揶揄される所よりも、良い場所がありますよ。今ミツゴシの融資で病院が作られている所です。そこでしたらより好待遇でシド君を迎えられますよ」
病院にまで手を出していたのか。
手広くやるな……。風呂敷広げ過ぎて首が回らなくならなきゃいいけど。
「はん。貴方にそんな伝手があるの?」
「これでも私、ミツゴシ商会の会長とは個人的な付き合いがありますので」
あ、そこまでオープンにするんだ。
「へ、へぇ……。で、でもまだ開業もしていない病院でしょ」
「ふふふっ、僅か8人しか在籍していないなんちゃって騎士団よりかはマシかと」
「「…………」」
怖い。
「えっと、手本は見せたんだし、実際にやってみれば?」
「それもそうね」
アレクシアは僕の手を取った。
「コツは魔力の流れを掴む事だ」
「魔力の流れ?」
「うん。人は怪我や病に掛かると魔力の流れが乱れる。治癒で重要なのは、そんな乱れた流れを正常な流れに戻す事だ」
悪魔憑きを治すのと同じだ。
体が腐り、人型を保っていない肉塊に成り果てようと、乱れた魔力を正常に戻すだけで元の姿に戻る。
何がどうなって治癒されるかは分からないけど、僕の仮説では全ての病と怪我は魔力操作によってどうにかなる。
少なくとも肉体の欠損は治せる。こないだ捕まえた実験台3号で実験したから間違いない。
「まあ、兎に角やってごらん」
「だ、大丈夫ですか?王女様が魔力操作をミスって、悪化なんて事になりませんか?」
「大丈夫大丈夫」
危なくなったら、レジストするし。
「や、やるわよ」
アレクシアは珍しく緊張している様子だった。
こんな彼女は初めて見る。
まあ、骨折とか刺し傷とかの大きな怪我なら兎も角、痣の治癒ぐらいならそんなに難しくないだろう。
アレクシアの手が僕の腕に出来た痣に添えられる。
彼女は目を閉じて、集中した様子で魔力を錬る。
黄金の様な輝きを放つ魔力が腕に出来た痣を癒して行く。
「へえぇ……、やりますね」
イーシャが感心した様子で呟いた。
僕も同感だ。思ったよりも悪くない。
粗は多いけど、成長の見込みはある。
魔力が徐々にではあるけど、正常な流れに戻るのを感じる。
「うん。悪くない」
黄金の輝きが止むと、腕にあった痣は消えていた。
「こ、これは、中々疲れるわね……」
「最初にしてはまあまあの出来かと、アイスコーヒーでも飲みますか?」
「お願いするわ」
「シド君も如何ですか?」
「じゃあ、遠慮なく」
どうぞ、と差し出される大き目の紙コップ。用意が良い。
「うん。美味しい」
「うへぇ、甘い…………」
イーシャが差し出したコーヒーはカフェオレだった。それもかなり甘い奴。
「ふふふっ、御口に合って何よりです」
「これ、甘過ぎない?」
「苦いだけがコーヒーじゃないんですよ。コーヒーの一種でカフェオレという新商品候補です」
「……新商品候補?」
「ええ、現在、ミツゴシのカフェに新メニューとして追加予定の試作品です。会長が是非味見をしてくれと、送ってきてくれたんですよ」
「…………本当に、ミツゴシに伝手があるのね」
「ええ、今度はチョコレートでも用意しましょうか?」
「…………………結構よ」
結構葛藤してたな。
「僕は貰おうかな」
「ええ、用意しておくので、何時でもいらっしゃって下さいね」
「やっぱり、私も頂くわ」
「…………そうですか」
「なんで、私に対して当たりが強いのよ」
「気のせいですよ」
それから僕達は暫くのブレイクタイムを挟んで、僕の治療を建前にアレクシアの特訓を再開した。
オリキャラ紹介
イーシャ先生。
最近学園の専属医師として就任した新米。
その正体はシドの学園での活動をアシストする為に潜入したニューの変装。
アレクシアの治癒能力は原作に描写が無かったので、捏造です。
僕が見落としてるだけかも知れませんが……。
治癒の理論については全て捏造です。
原作とアニメ描写から、僕なりの仮設を立ててみました。
今後、何回かオリキャラを登場させる予定があるのですが、物語にどのくらいの影響を与えるオリキャラを登場させるか悩んでます。
アンケートを実施しますので、皆様の意見を聞かせて下さい。
今後、登場するオリキャラに対する許容範囲は?
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モブキャラ程度で物語に影響無い範囲
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原作キャラの変装程度なら許容
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物語に影響のある重要キャラも許容
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オリキャラなど不要!
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作者のおまかせコース