第1話 意外な一面
学園が半壊して、前倒しになった夏休みが始まって直ぐの頃。
【暇なら聖地に来て】
暇を持て余していた僕の下にアルファからの手紙が来た。
聖地リンドブルム。
この世界で最もポピュラーな宗教聖教の中で、唯一神と定められる女神ベアートリクスが魔人ディアボロスを討伐する為、英雄達に力を授けたという伝承が残る聖地だ。
世界的な影響力が強く、毎年多くの要人や観光客が訪れる。
僕も一回行った事があるけど、積極的に行こうと思わない程度には、面白味が無かった。温泉は魅力的だったけど。
「けどまあ、アルファから誘われたなら、行っても良いかな」
そうと決まれば、何で行くかだ。
聖地への道のりは学園から馬車で4日。
汽車なら半日も掛からない距離だ。
走って行けば一晩も掛からないだろう。
汽車は論外だな。
速いけど、金が掛かる。
馬車は安いけど、遅い。
「よし、走るか」
良い運動になるし、途中で盗賊狩りが出来れば小銭も稼げる。
今夜にでも出掛けるか、そう考えていたら、部屋の外から足音がした。
この歩き方は姉さんだな。
ガチャガチャ……
ドアノブが震える。鍵が閉まっているから開かないよ。
ノックをしようよ、姉さん。
ガチャ。
……鍵が開いた。何故?
「シド。居る?」
当然の顔で入ってくる姉さん。
「うん。居るけど、ノックしようよ」
「そんな物不要でしょ?」
「親しき仲にも礼儀ありだよ」
「何それ、私が礼儀知らずだと言いたいの?」
言いたい。
「もし、僕がアレクシアと寝ていたらどうするんだよ」
「…………」
あ、失言だったかも。
姉さんが迫る。
僕は後退する。
姉さんが迫る。
僕は部屋の隅まで追い詰められる。
姉さんが迫る。
僕はベッドに押し倒された。
「貴方、あのクソ王女とセックスしたんですって?」
「してないよ?」
学園にはセックス所か、子供まで作ったって噂で持ち切りだったけど。どれも謂れのない噂だ。
「本当に?」
「本当だよ?」
「じゃあ、まだ純潔なのね?」
「…………」
僕は目を逸らした。
「……上書きしなきゃね」
「何を!?」
僕のズボンに手を伸ばす姉さん。
中世の王族貴族はより濃い血を残す為に、近親相姦に寛容なのは知ってるけど、遺伝性疾患の子供が産まれるリスクがあるから、僕的にはNGだよ!
僕は姉さんの背後に回り込み、手刀を繰り出した。
「うっ!」
バタリとベッドに倒れて気絶する姉さん。
「さて、どうしたものか……」
正直、このままリンドブルムに逃げたいけれど、部屋に放置したままだと後が怖い。
悩んだ末、結局姉さんが目覚めるまで待つ事にした。
姉さんは疲れが溜まっていたのか、それともガンマから少し前に送られてきたベッドの寝心地が思いの外良かったのか、珍しく熟睡していた。
「ふえ、私、寝てた?」
「うん。熟睡してたよ」
目を覚ましたのは、4時間程が経過した頃だった。
「嘘!もうこんな時間。シド。直ぐに支度しなさい!リンドブルムに行くわよ」
その後、身支度をする間もなく、姉さんに引っ張られてリンドブルム行きの汽車に乗った。
僕達の様な下級貴族は本来なら三等車両に乗るべきなのだろうけど、何故か僕達は二等車両に乗っていた。
王族や大商人が乗る一等車両程ではないが、二等車両も中々豪華な造りで、個室でゆったりとした空間での旅が堪能出来た。
「ふふん。どう、凄いでしょ。二等車よ。二等車。このチケットを取るのに苦労したのよ」
姉さんは凄い自慢げな表情を浮かべていた。
「うん。凄い凄い」
実際に凄い事なのだけれど、こうも自慢げになられると素直に褒める気が湧かないね。
「そう、凄いでしょ!」
「うん。姉さんは凄いよー」
こんな棒読みな称賛でも喜ぶんだから。
それから姉さんは色々と自慢げに話した。
何でも、姉さんは女神の試練に挑戦するらしい。
その勇姿を見せる為に、僕を聖地リンドブルムに連れて行くのだとか。
僕は女神の試練について詳しくは知らないけど、凄いねー。頑張ってねー。とか、適当に応援した。
それから汽車に揺られる事数時間。
聖地リンドブルムに着いた。
聖地リンドブルムは正教会を中心として、白を基調とした街が広がっている。
街のあちらこちらには、銅像や露店が立ち並び、観光客で賑わっていた。
そんな観光客に対して牧師の恰好をした男性が、聖典を読み上げ、正教の布教活動に勤しんでいた。
「そうして、英雄オリヴィエは魔人ディアボロスの左腕を斬り落としたのです!斬り落としたディアボロスの左腕は英雄達の手によって封印され、聖域に今も尚、封印されております」
「そんな逸話の残るこの地に相応しいお土産はこれだ!一つ3000ゼニー!お買い得だよ!」
露店のおっちゃんが剣が突き刺さった左腕のキーホルダーを掲げた。
「よし、買おう1つくれ」
「私は3つ貰おう!」
牧師の話を聞いていた観光客は露店に殺到した。
「あ、僕も一個下さい」
その輪の中に僕も加わり、キーホルダーを購入した。
「そんなの買ってどうするの?」
「お土産」
アレクシアへの。とは、口には出さない。
絶対面倒な事になるし、かと言って、何もお土産買わなかったら、今度はアレクシアが拗ねるだろうし。
正直、お土産のチョイスとしてはどうかと思うけど、何も無いよりかはマシだろう。
そう言えば、ヒョロとジャガにお土産を買う必要は……、無いな。
彼等も僕にお土産を買って来る事なんてないだろうし。
それから暫く歩くと、長蛇の行列に遭遇した。
「なんの行列だろう?」
「さあね、興味も無いわ」
姉さんはそう言ったけれど、僕は少し気になり、行列を観察した。皆、手に何かしらの本を持っており、行列の先には誰かに本を渡して、何かを書き込まれた本を返してを繰り返していた。
それを見て、僕はピンと来た。
「ああ、サイン会か」
「サイン会?」
「うん。なんか、有名著者が来てる様子だよ」
「ふーん」
姉さんは相変わらず興味なさそうだった。
まあ、姉さんは本なんか読まないか。
「何か、失礼な事を考えた?」
「ソンナコトナイヨー」
相変わらず、変な所で感が鋭い。
「僕、ちょっと本を見てくるよ」
僕は姉さんから逃げる様に、露店に並べられた本を見に行った。
えっと、何々。
吾輩はドラゴンである。名前はまだない。
著者ナツメ・カフカ。
うん。何か一発目から既視感の湧くのが来た。
いや、まだ同じ感性を持った人間が居ただけかも知れない。
汽車だの、ワインだの、何かと地球に似た文化が発展してる異世界だし、大いに有り得る。
ロメオとジュリエッタ。
…………あ、うん。
シンデレーラ
紅ずきん
もはや、捻りすらない。
他にも同一著者として、聞き覚えのある書物がずらりと。
これはもう、間違いない。
僕以外にも居るな。転生者が。
いやまあ、僕だけが特別だとも思わなかったけれど、まさかここまで大々的な事をしでかす輩が居るとは。
「あれ?シドさんではありませんか!」
「うん?」
姉さん以外に僕を呼ぶ声、一体誰だろうと、声のした方を振り向くと、そこには金髪ロールの如何にもお嬢様ヘアの女性。
……見覚えがあるな。誰だっけ?
「これはこれは、ローズ生徒会長。私のシドに何か用でしょうか?」
あ、思い出した。
ローズ先輩だ。私服姿だったから分からなかったや。
「クレアさん。貴方もいらしゃったのですね」
「何か不都合でも?」
「いえ、そんな事はありませんけど……」
姉さんや、なんでそんなに喧嘩腰なんだい?
「ローズ先輩は何をしに、ここに?サイン会に参加しに来たんですか?」
僕はこれ以上雰囲気が悪くならない様に、話題を振った。
嫌だよ。旅行に来てまで喧嘩なんて。
「あ、そうでした。元々は女神の試練の来賓として訪れたのですが、そこで思い掛けずナツメ先生のサイン会があると知ったので、お忍びでこっそりと来ました」
「へえ、僕は今日初めてナツメ先生の事を知ったのですが、どんな作家何ですか?」
「興味があるのですか!」
ローズ先輩は目を輝かせた。
「ええ、まあ、……少し」
「なら、私に任せて下さい。ナツメ先生の魅力を余すことなく語ってみせます」
「結構よ。先を急いでいるから」
「先ずは、何と言っても、その壮大な発想力が魅力ですね」
「聞いてない……」
「恋愛、ミステリー、アクション、童話。様々なジャンルに精通し、そのどれもが今までに無かった新しい物語と斬新な世界観に登場人物。まるで別人が書いているようでいて、物語の節々でこれはナツメ先生にしか書けないと思わせる何かがあります」
ローズ先輩は早口で語った。
ナツメ作品を語るその姿は、芸術の国の王女様と言うよりかは、好きな物を早口で語る典型的なオタクを連想させた。
今の先輩には、瓶底眼鏡とバンダナとジャージが非常に似合いそうだ。
「……この王女様、大丈夫?」
その熱量には姉さんも引いていた。
「先輩の熱量は分かりました。せっかくですし、先輩のお勧めを紹介してください」
「でしたら、これがお勧めです。最近出版された新作ですよ!」
「じゃあ、これ買おうかな。姉さんも良いかな?」
「……はあ、まあ良いわ。好きにしなさい」
姉さんの了承も得た事だし、僕はローズ先輩からお勧めされた本とその他数冊の本を購入した。
そしてそのまま、サイン会の行列に並んだ。
この本の著者ナツメ・カフカを一目見る為だ。
行列に並んでいる間に、本を捲る。
うん。内容は前世と若干違うが、異世界風にアレンジされているだけで大まかには前世で読んだ作品と同じだ。
これ程までに内容が符合しているのなら、やはりナツメ・カフカなる人物は同じ転生者という事で間違いなさそうだ。
漫画作品や映像作品を文章化した技量には感服するが、それだけに残念だ。これだけの文章力があるのなら、面白いオリジナル作品も書けるだろうに。
「次の方どうぞー」
僕の番が回って来た。
さて、ナツメ・カフカ。一体どんな人物なのか、その尊顔を拝見してやろう。
「本をこちらに♪」
「……………………君が、ナツメ・カフカ?」
「はい!」
サインペンを片手に、笑顔で微笑むのは銀髪エルフの少女。
僕はその少女に非常に見覚えがある。
「そう、……儲かっている?ベータ」
僕は本を渡し、ベータにしか聞こえないであろう声量で尋ねる。
「はい。ボチボチです」
ベータは本を受け取り、手慣れた手付きでサインを書く。
偉人達の名作を盗作してボチボチとは、炎上しそうな発言だ。
「主様の叡智のお陰で、今話題の新人小説家として名を広めています」
いや、確かに昔、陰の叡智として前世の物語を語った事はあるけど、まさかそれをそのまま小説にするとは思わなかったよ。
「私は来賓として、女神の試練に招かれています。内部情報はある程度流せます。詳細はこちらに」
ベータから返された本を受け取った。
成程、シャドウガーデンの諜報活動の一環として、小説家として名を広めたって事ね。
それならまあ、……心情としては複雑だけど納得は出来る。
「ああ、うん。頑張ってね」
「はい!今後とも応援を宜しくお願いします♪」
最後に僕はベータと握手を交わして、列を離れた。
姉さんとローズ先輩の下に戻ると、そこにはナツメセレクションについて熱く語るローズ先輩と、それを聞いてダウンしている姉さんの姿があった。
「ナツメ先生はどうでしたか?シドさん」
「ああ、うん。凄く若かったね……」
「そうですよね!あの若さでこれだけの物語を構築出来るとは驚きです!長命種のエルフである事を加味しても、あの若さでどんな経験を積めばこれ程の小説が書けるのか、とても興味深いです!」
「ああ、うん。ソウダネ」
僕は視線を逸らす、そこには机に附してダウンしている姉さんの姿。
ローズ先輩の熱量に殺られたらしい。屍の様だ。
「見て下さい。私、ナツメ先生のサインに名前を入れて貰ったんですよ!ナツメ先生の本に私の名前が!感激です!!」
ローズさんへ。
いつも応援ありがとうございます。
ナツメ。
そんな事が書かれてるページを開いて興奮した様子のローズ先輩。
そう言えば、詳細がどうのこうのって、言って本を渡されたな。僕は気になって本を開く。
そこには暗号文の様な文字がずらり。
「これは、古代文字?」
ローズ先輩が僕の本を覗き込んで呟く。
「そうみたいですね」
僕は軽く読み流す。
「シドさん。読めるんですか?」
「少しなら」
構文までは分からないけど、単語程度なら読める。
けれど、この本に書かれた文字はかなり崩されていて、読める単語も少ない。
なんか、聖域とか、聖剣とか、雫とか、そんな単語が辛うじて分かるぐらいだ。
ベータは計画がどうのって言っていたし、何か僕に伝えたい事があったのだろうけど、残念ながら僕には解読が出来ない。
今度、さりげなく聞いてみよう。
「す、凄いです。シドさん!」
「……ずっと気になってましたけど、シドさんって何ですか?ローズ先輩の方が歳上だと思うんですけど」
「確かに、歳は私の方が上ですが、茨の道を突き進む貴方を、私は尊敬しているのです」
「茨の道?」
何それ、また変な噂立ってるの?
「軽々しく口に出せない事は承知しております。表立って力になれる事は少ないかも知れませんが、私は陰ながら貴方方の事を応援します」
何の事?
「あ、もうこんな時間。私はそろそろ行かなければなりません。シドさん。クレアさん。私はこれで失礼します」
なんか、訳も分からぬまま、立ち去った。
ローズ先輩って、結構怖い人なのかな。色々な意味で。
「姉さん。起きて」
「……………………あの王女様は行った?」
「うん。もう居ないよ。……大変だったね」
「ええ、大変だったわ」
あの姉さんを相手にそう言わしめるとは、ローズ先輩恐るべし。
今後、ローズ先輩とは距離置こう。
そう心に誓い、僕は机に伏している姉さんを起こして、宿泊先のホテルに向かった。
解説
本作シド君は陰の実力者として振舞うなら、力だけでなく、知力も必要だと考え、かなり知力が高いです。
具体的には学生時代の成績は学年1位でした。
テストの順位表とかは発表されてませんでしたが、教員の中で意外な一面のある生徒として注目されてました。
原作シド君は武力に全振り、本作シド君は武力と知力に能力を振り分けている状況です。
ただ、異世界転生してからは、大体の事は前世の知識で保管出来るのと、文明が中世レベルなので、如何なる者にも負けないだけの武力が必要だと考え、武力優先で己を鍛えました。
活動報告で今後のシェリーの名前のアイディアを募集しています。
もし宜しければ、コメントをお願いします。