悪魔憑きの少女を助けて3年程が経過した。
彼女にはアルファと名付けた。
僕は表では平凡な下級貴族の少年を演じながら、裏ではディアボロス教団の企みを陰ながら妨害する秘密結社シャドウガーデン。その盟主シャドウとして過ごしている。
アルファは副リーダー的な地位に居てくれているけど、実質的に組織を運営しているのは彼女だ。
僕はリーダーの立場にはいるけど、特に役目は無い。
「シャドウ。新しい悪魔憑きの子だわ。治療をお願い出来るかしら」
「ああ、任せておけ」
いや、無い事は無かったな。
アルファは稀に悪魔憑きの少女を隠れ家に連れて帰って来る。
それを僕は治療して、元の姿に戻す。
悪魔憑きなんて、中々遭遇する物じゃないと思うんだけど、アルファは捨て猫を拾って来るぐらいの頻度で悪魔憑きを拾ってきた。
いやまあ、悪魔憑きを積極的に探すアルファと、悪魔憑きよりも盗賊狩りに精を出す僕とじゃ、悪魔憑きとの遭遇率に大きな差があって然るべきなのかな。
そんな訳で、気が付けばアルファと2人で始まったシャドウガーデンは、8人にまで増えた。
今住んでいる隠れ家も手狭になってきたことだし、そろそろ隠れ家を移した方が良いかも知れない。
それは兎も角、最近、僕は13歳に、姉さんは15歳になった。
僕にとってはだから何だって話だけど、姉さんにとっては色々と転機を迎える歳だ。
なんでも、この世界の貴族は15歳になると王都の学園に通い、そこで3年間、貴族としてのあれやこれやを学ぶ風習があるらしい。
姉さんは大々的な送別会を終え、今日王都に旅立つ。
「大変だ!クレアが攫われた!」
……筈だったのだけど、姉さんは何者かに攫われた。
部屋は酷い有様だった。
窓ガラスは割られ、本は散らばり、家具も倒されていた。
けれど、斬撃の跡が無い事を鑑みるに、寝込みを襲われ、剣で応戦する間もなく連れ去られたと考えるべきか。
「何てことだ!あのクレアを攫うとは、相手は相当な手練れに違いない!」
「ああ?だから何だハゲ。さっさと探しに行かんかァ!」
「ひえぇぇぇ!」
親父の断末魔を背に、姉さんの部屋を去った。
決して、おっかない母さんから逃げ出した訳ではない。決して。
「ベータ居る?」
誰も居ない廊下を歩き、独り言の様に呟いた。
「ここに」
何処からともなく現れたのは、銀髪少女のエルフ。
シャドウガーデン3人目の構成員、ベータだ。
「姉さん生きてる?」
「恐らくは」
「居場所は?」
「現在捜索中です」
「そっか」
僕の寝室に着くと、ベータは地図を広げた。
地図には古代文字やら、暗号やらが記載されていた。
「犯人はやはりディアボロス教団の者です」
「ディアボロス教団ね……」
この3年。僕らは単なる盗賊をディアボロス教団の先兵だとして、狩っていた。
アルファ達には、この世に蔓延る悪には少なからず、ディアボロス教団が関与しているのだと語って盗賊狩りに積極的に参加させた。
まあ、実際にはディアボロス教団なんて存在しない架空の組織で、盗賊は所詮は盗賊に過ぎない。
盗賊が悪である事に違いはないし、アルファ達に戦う術を身に着けさせるのも必要だったので、盗賊団の彼等には尊い犠牲になってもらった。
今回の誘拐犯も、恐らく身代金目当ての盗賊が起こした犯行だろう。
僕でなく、姉さんを選んだのも、将来跡取りとして有力視されている姉さんを誘拐した方が、得られる身代金が多いと判断したか。
或いは奴隷として売り払うつもりで誘拐したのかも知れない。
強気な性格だけど、容姿は整ってるからな。悪徳貴族にでも売れば莫大な金が手に入るかも知れない。
「この周辺のアジトは既に突き止めています。ですが、この中の何処にクレア様が幽閉されているかまでは……」
「ふむ」
僕はナイフを取り出し、投げる。
トン、と音を立てて地図に突き刺さる。
「先ずはそこだ、そこから探す」
「ここ、ですか?何故、ここを?」
「そこには未完成の遺跡がある」
「遺跡?そんな情報はどこにも……」
「知らずとも無理はない」
最近、適当に散策した時に偶々見つけた場所だし。
カゲノー家の文献にも載っていない遺跡だ。
地下には堅牢な造りの牢もあった。
カゲノー家からもそんなに遠くない。
僕が誘拐犯なら、そこに連れて行くね。
「七陰を全員集めろ」
「仰せの通りに」
ベータは一礼をして姿を消した。
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薄暗い地下牢の一室。
そこには両手を鎖で繋がれ、拘束されている少女が居た。
男はコツコツと音を立てながら、少女に近付いた。
「クレア・カゲノーだな」
「ええ、貴方は確かオルバ子爵だったかしら?王都で見覚えがあるわ」
「……余裕そうだな」
男はそういうと、蹴りを放つ。
鎖に繋がれた少女、改めクレアは首を少しずらす事でそれを避けた。
「ほう、魔封じの鎖に繋がれ、これを避けるか。高い魔力に振り回されるだけではないらしいな」
「魔力は量ではなく、使い方だと学んだわ」
「良い父を持ったな」
「あのハゲじゃないわよ。弟よ」
「弟?」
「生意気な弟よ」
クレアはどこか自慢げな表情を浮かべて言った。
「やれば出来るのにやらない。本当は私なんかよりもずっと凄い可能性を秘めているのに、それを表に出さない」
「随分、過大な評価だな。報告では座学は積極的に取り組んではいるが、剣術はサボり気味で怠け者な少年だと聞いていたが」
「よく調べているわね。その通りよ。……あれは5年前の事よ」
クレアは昔を懐かしむ様に語り出した。
「子供の大会に優勝して浮かれていた私は、弟の根性を叩き直してやろうと思って、弟を連れて盗賊退治に向かったわ」
「無謀だな。この領の周辺は立地的な関係上、盗賊が潜伏し易い。貴族の子供が2人、格好の獲物だ」
「ええ、その通りよ。世間知らずのお嬢様だった私は、結果として弟を危険な目に合わせるだけだった。私は下っ端の盗賊に足蹴にされて、あっさり負けたわ」
今なら、あんな無様は晒さないけれど、とクレアは付け加えた。
「それでよく無事だったものだな。腕の良い魔剣士にでも助けられたか?」
「ええ、弟にね」
「…………は?」
「私が盗賊に倒された後、弟は立ち上がり、盗賊を圧倒したわ」
その光景は、今もクレアの脳裏に鮮明に浮かび上がる。
あまりの速さと、朦朧とした意識でシドの動きを捉える事は出来なかったが、辺り一面に舞う血飛沫と盗賊の首と断末魔。
その光景を引き起こしたのが、シドである事を、クレアは何となく理解した。
『ヒャッハー!盗賊は皆殺しだ!』
クレアの意識はそこで途絶えた。
次に目を覚ました時には何時ものシドだった。
頭が悪い訳でも、運動が苦手な訳でもない。
座学には積極的に取り組んでるが、剣術は最低限の事しか熟さない。
基礎鍛錬を終えると毎日ふらりと居なくなっては小屋や屋上などで昼寝をする。
自堕落で平凡な少年。
それが周りがシド・カゲノーに与えた評価だ。
正直、シドが盗賊を鏖殺したあの景色は、幻覚だったのではないのかと思えるぐらい普段のシドとかけ離れていた。
「些か信じられんが、まあそれはどうでも良い事だ。クレア・カゲノー。貴様は悪魔憑きである疑いが掛けられている。最近、魔力が扱い難い、体が黒ずみ腐り始めるといった症状は無かったか?」
「何故、誘拐犯の貴方がそんな事を気にするの?」
「素直に答えろ。私にもかつては娘が居た。これ以上手荒な真似はしたくない」
「……良いわ。終わった事だし、答えてあげる」
「終わった事、だと?」
「ええ、あれは1年程前の事よ」
クレアは再び語り出した。
シドが盗賊を鏖殺した日から月日が流れ、あの景色はきっと、朦朧とした意識の中で見た幻覚だったのだ。そう考える様になった頃の話だ。
クレアは魔力の制御が上手く行かず、魔力を使うと痛みが走り、体が黒ずむ症状が発生した。
悪魔憑き、そう呼ばれる症状が発生したのだ。
『いや、嘘よ……、私が、そんな……』
クレアは絶望した。
悪魔憑きの末路は誰もが知っているのだから。
教会に異端審問に掛けられ、浄化と称されて処刑される。
『きっと、何かの間違いよ。一晩寝ればきっと、治る。そうに決まってる』
クレアは毎晩、そう言い聞かせて眠りに就いた。
然し、悪魔憑きの症状は日々悪化した。
体を動かす度に鈍い痛みが走り、魔力を練ろうとすれば激痛が走る。
黒ずみも日に日に範囲が広がり、服で隠すにも限界が訪れた。
クレアは己が辿る運命に絶望する日々を送った。
そんなある日、
『姉さん。ストレッチの練習に付き合ってよ』
ストレッチとは、運動前と運動後に筋を伸ばす事で柔軟性を高め、体調を整えるマッサージの一種。シドはそう説明し、クレアにストレッチを施した。
効果は覿面だった。ストレッチを終えた後、クレアの体を蝕んでいた黒ずみは綺麗に消え去り、体の痛みも魔力を練る際の痛みも無くなっていた。
やはりシドは凄い。周りに力を隠しているだけで、本当は凄いのだと、そう再認識したのだと、クレアは自慢げに語った。
「ふむ。お前の話を信じるなら、シド・カゲノーという少年は、盗賊を一方的に鏖殺出来る程の武を持ち、悪魔憑きを癒す高度な医療技術を持つ少年となるな……」
全てを聞き終えた男は顎に手を当て、考え込む。
やはり、信じ難い話ではある。だが、不確定要素は排除するに越した事は無いだろう。
「……やはり殺しておくべきか?」
男がそう呟いた瞬間、バキンと鎖が千切れる音がした。
「がぶぇ」
「弟に手を出したら許さない。お前も、お前の愛する者も、一族郎党皆殺しにしてやる!」
そして次の瞬間にはクレアの拳が男の顔面を捉えて、柵格子まで吹き飛ばした。
「馬鹿な、魔封じの鎖を引きちぎっただと!?」
男は驚愕した表情でクレアを見る。
そして、その血に塗れた両腕と、内側から弾け飛んだ様な手錠の残骸を見て、何をしたのか理解した。
「……魔封じに引っかからない程微細な魔力を強固に凝縮し、それを放出した事で鎖を吹き飛ばしたのか!」
「はぁ、はぁ……」
息を上げるクレア。
その様子は満身創痍だった。
「は、その微細な魔力操作は驚嘆に値するが、最後の最後で魔力制御を誤ったな。もう少し時間を掛けて冷静に魔力を練れば、反動で腕を怪我する事も無かっただろうに、そんなに弟が大切か?」
「当たり前よ!」
「ならば、その弟の命が惜しければ、大人しくしていろ。さもなくば部下にお前の弟を殺させる」
「くっ……」
クレアは奥歯を噛み締め、男を猛禽類の様な瞳で睨んだ。
だが、それ以外に出来ることは無かった。
先の魔力放出により、クレアの両腕は使い物にならなくなっており、そこから溢れ出る血はクレアから力を奪うのに十分な量だった。
血液不足で震える足で立ち、男を睨む。それがクレアの取れる精一杯の抵抗だった。
正直、何時意識がとんでもおかしくなかった。
だが、そんな事実を知らない男は、剣を抜きクレアの動きを牽制する以外の手段を取れなかった。
魔封じの鎖を魔力で吹き飛ばすなんて芸当を披露したクレアに対し、警戒を解くなんて事は出来ない。
背中を見せた瞬間にも、首元に食らいつく、そんな気迫がクレアからは感じ取れたのだ。
だが、殺す事も出来ない。
クレアはこれまでに症例の少ない人間の悪魔憑き、その疑惑のある少女だ。
是が非でも生け捕りにしたい。
殺す事は論外、されど、拘束するにしても下手に動けない。
結果、硬直状態が生じる。
コツコツ。
そんな均衡を破るかの如く、地下牢に足音が響いた。
「なんだ?ぎゃあ!」
「おいどうし、ぎゃああ!?」
男の背後に居た部下2人が突如として、断末魔と血飛沫を上げた。
「どうしたお前達!」
これには思わず、男も廊下の方を振り向いた。
「ビンゴ」
「何者だ!?」
コツコツと音を立てて現れたのは、漆黒のコートに身を包み、黒い剣を手にした謎の人物だった。
性別は声質からして男、背丈は少年と言えるぐらいに小柄。
だが、その雰囲気は異質だった。
その身の熟しに隙は無く、手にした剣、身に纏うコートからは凝縮された濃い魔力を帯びていた。
そして深いフードから除く眼光は赤く光り、男を睨んでいた。
「何なんだ、お前は!?」
男は叫ぶ。
己の中に溢れ出る恐怖を誤魔化すかの様に。
「我が名はシャドウ。陰に潜み、陰を狩る者」
「シャドウ……」
男がシャドウと名乗る謎の男に恐怖する中、クレアは別の感情を抱いていた。
それは安堵。
まるで長年連れ添った家族と出会った様な信頼感を抱き、自分はもう大丈夫なのだと、そう安堵して、クレアの体から力が抜ける。
地面に倒れる寸前、シャドウはクレアを優しく受け止めた。
「なっ!いつの間に!?」
「…………少し、黙ろうか」
「……っ!」
フードから除くシャドウの眼光に、男の恐怖は増した。
口を開くどころか、呼吸すら止めた。
己の息遣い一つで、シャドウに不快感を与える事を危惧したのだ。
ドクドクドクと心音が煩い。
ええい、煩い。この音が奴に聞こえたらどうする!
男は己の心音にすら苛立ちを覚えた。
「…………シド」
「我が名はシャドウ。安心して眠るが良い。目が覚めた時には全てが終わっている」
クレアはシャドウの言葉に安心したのか、静かに目を閉じ、寝息を立てた。
「…………さて」
シャドウが口を開いた瞬間、男は命を諦めた。
男は理解した。己は決して触れてはならない龍の鱗に触れたのだと。
「お前も眠れ。……永遠の眠りにな」
男にとって幸いだったのは、次の瞬間には全てが終わっていた事だろう。
シャドウが無造作に手を振るった瞬間、男は青紫の光に包まれると同時にこの世から消え去った。
文字通りの意味だった。
男が存在した痕跡は血の一滴から、髪の毛一本に至るまで、その全てが青紫の光によって消滅した。
原作シド君との相違点
1.本作シド君はクレアに盗賊狩りの一部始終を見られている。
その所為で、クレアはシドは本当は凄い子なんじゃと思っている(事実)
2.本作シド君は一般人程度には家族愛を持ち合わせているので、両腕血まみれのクレアを見てブチ切れた。
名も無き男は泣いていい。