闘技場から少し離れた高い建物。そこから僕は闘技場を遠目から見下ろす。
どうやら、女神の試練は指名手配中のシャドウが現れた事により、中止される様だ。
良かった良かった。これで中止されなければ、僕の努力が無駄に終わる所だった。
これで次の挑戦者シド・カゲノーの存在を皆が忘れてくれれば万々歳だ。
さて、この後はどうするか。姉さんは医務室に運ばれている様子だし、闘技場に一旦戻るかな。
そう考えた直後、僕の前には赤く発光する扉が現れた。
「……………………」
怪しさ満点だ。
異変を見つけたら引き返すに限る。
僕は扉とは反対方向へ歩き出した。
扉が現れた。あ、詰んだ。
前門の扉、後門の扉。扉は独りでに開き僕を飲み込んだ。
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一方その頃。
時を同じくして、闘技場にも光の門が現れていた。
「これは……」
「……巨大な扉?」
「また、古代の戦士が出てくるのでしょうか?」
「あれよりも凶暴なのが?だとしたら、終わりね私達」
勝てる訳ないもの。と、アレクシアが呟く。
ローズはそうですね。と、同意する。
「まさか、聖域の扉か?……シャドウに応えたと言う、のか?」
そんな馬鹿な。と、驚愕するネルソン。
「応えた?」
「どういう事ですか?」
「……ご存知の通り、今日は聖域の扉が開く日。あれはその扉の一つです」
「一つ、扉は複数存在するのですか?」
「原則は大聖堂の中にある扉のみが開きます。ただし、扉は時として姿形を変え、相応しい者の前へと現れます」
今の様にと、ネルソンは闘技場に現れた扉を睨んだ。
「こうなっては、女神の試練は中止だ。扉が開く前に観客を外へ出せ!」
ネルソンが指示を出すと、それに従い側に使えていた神官達が観客の誘導を始めた。
「さあ、皆様も退場をお願いします」
「悪いけど、暫く大人しくしてて貰うわよ」
「「「ッ!?」」」
アレクシア達が声のした方を振り向く。
そこには黒いローブに身を包んだ者達が並んでいた。
顔はフードに覆われ、隠されており、その手には漆黒の剣が握られていた。
その佇まいからして、アレクシアとローズは一人一人が自分以上の実力者である事が分かった。
「何時の間に!」
「気配もなく、一瞬で現れた!?」
「貴様ら、シャドウガーデンか!?」
狼狽えるアレクシア達。
「ええ、我々はシャドウガーデン。陰に潜み、陰を狩る者」
答えたのは、フードの隙間から金髪の髪を覗かせたアルファだった。
「貴方達には、聖域の扉が閉じるまでの間。じっとしててもらうわ。あ、そこのハゲとナツメ・カフカには一緒に来てもらうわ」
「ハゲと言うな!」
「えぇぇ!何故、私もですか!?」
「ハゲには案内役として、貴方には人質として来てもらうわ。逆らえば殺すわ」
次の瞬間には、ナツメはシャドウガーデンの一人に拘束されていた。
「いやー。殺される~~」
「ナツメ先生!」
「……………………」
ローズはナツメの身を案じ、アレクシアはどこか棒読みに感じられるナツメの悲鳴に嘘臭さを感じていた。
「ほら、来なさい」
「ぐべぇ!?」
アルファがハゲ、……間違えた。ネルソンの首を掴んで聖域の扉へと飛び込んだ。
それに続く様にシャドウガーデンのメンバーは次々と扉に飛び込んだ。
「あれ~~。助けて~」
「ナツメ先生!!」
最後にナツメを抱えたシャドウガーデンのメンバーが飛び込んだ。
聖域の扉が閉じてゆく、周りにシャドウガーデンのメンバーは居ない。
このままじっとしていれば、無事が保証される。
その事にローズは安堵し、アレクシアは奥歯を噛み締め葛藤した。
「傍観者はごめんよ!」
アレクシアは飛んだ。
「え!?アレクシアさん!?」
閉じかけの扉へ消えていったアレクシアを見て、ローズは驚愕した。
「ええい、ままよ!」
ローズはアレクシアを追って、扉へ飛んだ。
その直後に扉は閉じ、闘技場には静寂が訪れた。
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扉が閉じる直前。ベータはナツメとしての演技を辞め、シャドウガーデンのメンバーへと指示出しを行った。
「カイとオメガは、欠席したイプシロンの穴埋めを、それからアイ」
「は、はい!」
名前を呼ばれ、一人の少女が声を上げる。
彼女は周囲のメンバーとは少し異なる格好をしていた。
先ず、纏っている服がスライムスーツではなく、普通のローブだ。これは彼女の魔力操作が未熟で、スライムシーツを維持出来ないからだ。
次に佇まい。
周りのメンバーは未知の領域に足を踏み入れても、堂々としているのに対し、アイと呼ばれた少女は不安げな表情で周囲を見渡している。
「貴方は弱いんだから、遺跡の解析に集中しなさい。危険からは仲間が守ってくれるわ」
「仲間、……はい!がんばります!」
ベータの言葉に、アイは明る気な表情を浮かべ、拳を握った。
「「わぁぁぁぁぁ!?」」
その直後、閉じ掛けの扉からアレクシアとローズが降ってきた。
「え、えぇぇぇぇ!?」
不意の出来事に、アイは反応できず、アレクシアとローズの下敷きになった。
「ま、守って、くれるのでは……」
「あ、ごめん。それは予想外」
ガクッ。と、アイは力無く崩れた。
「アイ。死んじゃった?」
「新しい研究者探さないとね」
し、死んでません。と、助けを求める様に呟くアイ。
そんなアイの上に覆い被さるアレクシアとローズをアルファは睨んだ。
「大人しくしていろと、言った筈よ」
「あら、失礼。足が滑ってつい」
アルファの眼光に怯む事なく、堂々と嘘を吐くアレクシア。
「……………………」
門は既に閉じている。
聖域外に放り出すのは不可能。
ならば、殺すか?
それは魅力的な選択肢だが、それをすればシャドウからの信頼を失う事に繋がる。
「はぁ…………」
アルファは深い溜息を吐いた。
「取り敢えず、その子の上から退いてくれない?可哀そうだわ」
「ふみゅ…………」
「あ、ごめんなさい……」
「す、すいません!」
今にも死にそうなアイの様子に、慌てて飛び退くアレクシアとローズ。
「私達の邪魔をしない事。それを条件に同行を許可するわ」
「邪魔すると言ったら?」
「明日の朝刊でアレクシア・ミドガル。聖域で行方不明と報道される事になるわ」
実際、この聖域は自分達でも未知の領域だ。
同じ扉からでも、別々のタイミングで侵入すれば別の領域に飛ばされる可能性だってゼロではなかった。
この領域内でアレクシア・ミドガルを始末したとしても、シャドウには私達は聖域の中でアレクシア・ミドガルとは遭遇していないと言えば…………、いえ、賢明な彼に嘘を吐いても直ぐに見破られて終わりね。
やはり、ここでアレクシア・ミドガルを殺す事は出来ないか。もどかしい。
「無事に帰りたければ、大人しくしていなさい」
「……アレクシアさん。ここは彼女の言う通りに」
「……………………ええ、分かったわ」
アルファが視線で指示を出し、シャドウガーデンのメンバーがアレクシア達を囲む様に散開する。
「貴様ら、こんな事をして無事で済むとは思うなよ」
拘束されていたネルソンが、アルファを睨む。
「心配ありがとう。でも、今は自分の心配をした方が良いのでは?」
ボキッ!
ネルソンを拘束していたメンバがネルソンの小指を折った。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
ネルソンの悲鳴が鳴り響く。
「反抗的な態度を取る度に、骨を折るわ」
貴方達も、自分の骨が折られない様に言動には気を付けなさい。と、アレクシアとローズを睨むアルファ。
アレクシアとローズは無言で頷いた。
「では、行きましょう。隠された真実を暴きに」
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扉の先は真っ白な空間が広がっていた。
中央にはポツンと置かれた椅子に腰かける紫色の長髪と同色の瞳をした女性。
いや、腰かけるというよりも拘束されている感じかな。
体は白い布に覆われて、手足を一切動かせない様に至る所をベルトで固定されている。
「あら、さっき振りね」
「…………ああ、さっきの」
闘技場で戦った魔女か。
「僕を呼んだのは君?」
「そのつもりはないけど、貴方とはまた会って話したいと思っていたわ」
「そりゃ光栄だ。今度からはもっと穏便に呼んでくれると嬉しいな」
あんな、ホラーな展開じゃなくてね。
「次があるかは分からないけど、分かったわ」
「ところで、君は何で拘束されているの?趣味?」
「私に縛られる趣味は無いわ」
「助けてあげようか?」
「お願い」
僕は魔力の斬撃を放ち、彼女を縛っていた拘束具を切断した。
「魔力の斬撃を飛ばしたの?」
「うん」
「凄い技術ね」
「それ程でも」
拘束から解放された彼女は椅子から立ち上がり、手足を伸ばした。
白い布がずれ落ちた。
あれ、服じゃなかったんだ。
「ん~~~!ざっと千年振りの自由ね」
布の下から、ナイスバディな豊満な体が露わになる。
「取り敢えず、隠してくれる?興奮する」
「…………欲に忠実ね」
彼女は照れくさそうに頬を赤らめながら、魔力で衣服を作り出し、纏った。
「凄い技術だね」
「それ程でも」
どうやったんだろう?
僕がスライムを媒体に色々作り出す様に、何かを媒体にしたのかな?
だとすれば、
「……血かな?」
「正解。この衣服は私の血を媒体に作り出した物よ。貴方がスライムで剣や服を作っていたのを、私なりに真似てみたのだけど、上手く行ったかしら」
「見事だよ」
単純な魔力操作だけなら、イプシロンと同等かそれ以上だ。
「そう言えば、名乗っていなかったわね。私はアウロラ。貴方のお名前を聞いても良いかしら?」
「表ではシド・カゲノー。裏ではシャドウと名乗っているよ」
「そう、貴方強いわね。私の記憶は不完全だけれど、私の知る限り最強の存在ね。私の時代に居てくれれば良かったのに」
「それは朗報だ」
彼女が何時の時代から生きているかは知らないけど、暫くは最強を名乗れそうだ。
「シド。貴方の目的は脱出で良いのかしら?」
「うん?まあ、そうだね。君が出してくれるの?」
「私にそんな力は無いわ。私の目的は解放」
「解放?何から?」
「この聖域から」
「ふーん」
「聖域は記憶の牢獄。私はそれに囚われた記憶の一端。聖域の中核にある核を壊せば、私は聖域から解放され、貴方も聖域から脱出出来る」
「つまり?」
「協力しましょ」
彼女は微笑みながら、手を差し出して来た。
僕はそれを握った。