それから僕は、アウロラの案内に従い、聖域を進んだ。
最初の部屋で聖域は記憶の牢獄と言っていたけれど、進めば進む程、彼女の言葉の意味が分かった。
部屋を出た直後に現れたのは、黒髪の女の子が膝を抱えて泣いている場面。その女の子はどことなくアウロラと似ていた。
「泣いていても何も変わらないわ」
アウロラは容赦なく女の子の頬を叩いた。
直後、パキンと世界が割れ、場面が変わった。
次に現れたのは、戦場だった。
周りには鎧を来た死体で埋め尽くされ、地面は血と臓物で汚れていた。
正しく、死屍累々とはこの事だ。
「先に行きましょう」
アウロラが歩く。僕はそれに続いた。
暫くすと、大きなクレータに辿り着いた。
その中心にいるのは、血塗れの少女だった。
然し、その少女が怪我をしている様子はなく、膝を抱えて泣いていた。
「それ、貸して」
アウロラは僕が腰にぶら下げている剣を見て、手を差し出した。
「何に使うの?」
「次に進むのに使うわ」
「……まあ、良いや」
僕は剣を抜いて、アウロラに差し出した。
剣を受け取ると、アウロラは剣先を引きずりながら、クレータの中心へと歩いた。
魔力で身体能力を強化すれば、一飛びだっただろうけど、そうとも行かないのが現状だ。
僕はスライムソードを作ろうと魔力を錬るが、それは失敗してスライムが飛び散る。
「学園の時と同じ魔力妨害。……いや、それよりも数段厄介な代物だね」
最初の部屋の時は何ともなかったけど、先へ進めば進む程、魔力阻害の効果が大きくなる。
これは、僕でも魔力を錬るのに一苦労する。
「……ッ!」
僕はアウロラの下へ駆けた。
「え、なに!?」
困惑する彼女を抱え、その場を飛び退いた。
アウロラが居た場所には、剣が振り下ろされていた。
「死体が動いてる!?」
「やっぱりホラーじゃないか」
周囲に転がっていた死体が、のそのそと立ち上がって行く。
その様子はさながらゾンビ映画のワンシーンだ。
「私は魔力が使えないから」
守ってね。と、剣を返してくるアウロラ。
僕はそれを受け取り、襲い掛かる死体達を両断する。
「わお、魔力を制限されているとは思えない動きね」
「ただの動く死体相手に魔力は必要ないよ」
数は多いとは言え、魔力による身体強化もしていなければ、統制も取れていない。
ただ、侵入者に襲い掛かる様にプログラムされただけのモンスターとでも言えば良いのか、僕にとってはただの案山子同然だ。
「これ、どういう状況?」
「恐らく、聖域が私達を拒んでいる状況ね」
「記憶の牢獄。成程、さしずめ彼等は牢獄に囚われたお姫様を逃がさない為の看守って所かな」
「あら、お上手。なら、貴方は囚われのお姫様を助けに来た王子様?」
「僕はそんな主人公ポジは御免だね」
僕が目指しているのは、陰の実力者であって、主人公ではない。
どちらかと言えば、攫われた姫を助けるべく冒険する主人公に試練を課して成長を促す存在になりたい。
主人公ポジって誰だろう?アレクシア?姉さん?
どっちも攫われてるし、ヒロインポジションな気が、…………しないね。うん。
「はい終わり」
僕は周辺の死体をバラバラにした。
立ち上がれない様に、四肢を切り飛ばしたり、胴体を真っ二つにしたりしたから、死ななくても立ち上がれないだろう。
「中々、えぐい戦い方をするわね」
「戦いにえぐいも何も無いでしょ?」
殺し合いに倫理観を求めるのは間違いだ。
それを守って死んだら目も当てられない。
所詮世界は弱肉強食。生き残った者だけが勝者で、正義だ。
「それもそうね」
僕は剣にこびりついた血を振り払い、アウロラに剣を渡す。
剣を受け取ったアウロラは、そのままクレータの中心で虚ろな目で僕達を見る少女の胸を刺した。
パキン!
世界が崩れた。
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アルファ達は白い廊下を歩いていた。
廊下の左右にはガラス張りの牢があった。
その中には子供がいた。
まだ幼い。10にも満たないであろう子供が何人も捕らわれていた。
「ひっ!」
「酷い」
「これが、聖教が隠していた事実って奴?」
アイが小さな悲鳴を上げ、ローズは顔色を青くして口元を押さえた。
アレクシアは拘束されたネルソンを睨み、ネルソンは顔を背けた。
「この程度、氷山の一角に過ぎないわ」
アルファが先に進む。
それに続く様にアレクシア達も進んだ。
廊下が進むにつれて、捕らわれている子供達の様子も変わっていく。
金髪のエルフの少女が恐怖に歪んだ表情で牢の隅へと縮こまっている。
銀髪の人間の少女が泣き叫んでいる。
黒髪の獣人の少年が悶え苦しみ、暴れ回っている。
「「「……………」」」
目の前に広がる光景に、アレクシア達は言葉も出なかった。
「いったい、ここで何が起きているのですか?」
「実験よ」
「実験?」
「ええ、魔人ディアボロスから抽出した細胞を移植し、それに適応する子供を生み出す実験」
「なんて酷い!」
その通りね。と、アルファはネルソンを睨んだ。
「よくこんな酷い事が出来たわね。ネルソン大司教代理」
「…………仕方なかったのだ。魔人ディアボロスに対抗するには、人の身を超えた力が必要だったのだ」
「滑稽ね」
そのディアボロスの復活を目論む組織の人間が、ディアボロスに対抗する力を欲する。
そしてその力を得る為に行った手段も滑稽だ。
「この犠牲の果てに生まれたのが、英雄オリヴィエって事ね」
アルファは牢の中で藻掻き苦しむ子供達の姿を今一度見渡し、一つの牢を見た。
虚ろな目で天井を見上げている金髪のエルフの少女。彼女こそが、英雄オリヴィエの幼き頃の姿だ。
「ディアボロス細胞に適応し、莫大な力を得たオリヴィエは、それでも教団に忠実だった。理由は定かではない」
もしかしたらと、アルファは檻の中でじっと佇んでいるオリヴィエを見つめた。
「彼女はただ、魔人ディアボロスを倒し世界に平和が訪れる事を望んでいたのかも知れない。……私達はそう考察している」
世界が砕ける。
次に現れたのは戦場。
成長し、大人となったオリヴィエが魔人ディアボロスと戦っている。
ディアボロスの姿はモヤが掛かっていて見えないが、オリヴィエの姿ははっきりと見えた。
オリヴィエがディアボロスの左腕を斬り落としたタイミングで、再び世界が砕ける。
次に現れたのは、研究所の様な場所だった。
そこでは斬り落とされたディアボロスの左腕を厳重に拘束し、その状態でディアボロスの左腕を観察する様に、白衣に見を纏った研究者らしき人物達がいた。
「ディアボロスの左腕、それはオリヴィエに斬り落とされて尚、生きていた。教団はその生命力の高さに目を付け、ある薬を開発する」
研究者らしき人物が、赤い錠剤を宝石の様に持ち、歓喜の声を上げた。
「あれは…………」
アレクシアはその錠剤に見覚えがあった。
少し前、己を監禁したゼノンが莫大な力を得る為に口にした薬に似ていた。
「恐らく、貴方が思い浮かべる薬とは、また少し違った物ね」
「違う物?」
「ええ、教団の人間は不相応の力を得る為に赤い錠剤を呑み、莫大な力を手にするけれど、それはあの薬の失敗作。完成した薬は莫大な力のみならず、不老の肉体を得る」
「不老の肉体?」
そんなお伽噺みたいな話、本気で言っているのかと、少し前のアレクシアなら失笑しただろう。
けれど、これまでの経験、そして今体験している聖域での記憶、この出来事を前にアレクシアはアルファの言葉を黙って聞いた。
「あそこにいる研究者、どこかの誰かさんに似ていないかしら?」
「うぐっ!」
短い悲鳴を上げるネルソン。
その顔と赤い錠剤を手に、歓喜の声を上げる研究者を見比べる。
ある一点を除いて、よく酷似した顔立ちと体格だった。
他人の空似とも言えなくもないが、不老の肉体というワードを聞いた後なら、それがただの空似ではない事が分かる。
「確か、ディアボロスの雫、だったかしら?」
「どこでその名を!?」
「我々の情報網を甘く見ない事ね」
「不老の薬。お伽噺で出てくる英雄達が追い求める薬ですけど、それにはある欠点がありました」
そこで今まで黙っていたアイが口を開いた。
「ええ、そのようね」
アレクシアは私にも分かるわ!と、胸を張って研究者、否、若かりし頃のネルソンを指差した。
「過去のネルソン大司教代理には髪がある!」
そして拘束されたネルソンを指差した。
より正確には、その頭、頭皮を指差した。
「そして、今のあなたには髪がない!」
つまり、ディアボロスの雫は完璧な不老ではないのだと、アレクシアは勝ち誇った表情で語った。
「違うわ!髪が抜けたのはストレスだ!どいつもこいつもも、死なぬからと、無理難題を押し付けよって!普段は啀み合ってる癖して、儂に面倒事を押し付ける時に限って結託しやがる若造共のせいだ!今回だってそうだ、自分達で大司教を消しておきながら、後処理を全部儂に押し付けよってからに!覚えておれよ、若人共がぁぁぁぁぁ!」
「「「…………」」」
それは悲しい雄叫びだった。
余程不満を抱えていたのであろう、今までの不満を全て曝け出すかのように、ネルソンの咆哮は続いた。
その様子は、敵ながらに同情を禁じえない哀れな姿だった。
「えっと、ごめんなさい……」
これには思わずアレクシアも謝罪した。
「えっと、きっと良いことありますよ」
ローズは労いの言葉をかけた。
「ふぁ、ファイトです」
アイは何となく、禿げました。
訂正、励ました。
「まあ、そんなハゲの事は置いておいて、ディアボロスの雫はあくまでも一定期間の老化を止める薬、違う?」
「ハゲ言うな!」
「大人しく質問に答えなさい。残りの毛も毟り取るわよ」
「……その通りだ」
「その期間は?」
「……1年」
「年間で作製できる薬の数は?」
「……12粒だ」
「教団の最高幹部。ナイツ・オブ・ラウンズと同じ数ね」
「ああ、そうだとも、ナイツ・オブ・ラウンズは限定的ながらも、不老の力を手にした存在。誰もがその存在に憧れ、それの地位を目指す。そして私は、その栄光の地位の一席を担う存在。第11席強欲のネルソンである!」
直後、ネルソンはシャドウガーデンの拘束を振り解き、膨大の魔力を発した。
「ここで知った事は全て、墓場へと持って行くがよい!」
その魔力がアルファ達を襲おうとするその瞬間、ネルソンの胸から手が生えた。
「がはっ」
吐血するネルソンから手が引き抜かれ、崩れ落ちるネルソンは研究所から蹴り落とされた。
ドボンと、培養液の中へと落ちるネルソン。
透明な培養液はあっという間に、赤く染まる。
「あいつの肉、ぶにぶにして気持ち悪いのです」
手に残る感触に嫌悪感を滲み出させる下手人デルタ。
「………………」
「ひっ!ご、ごめんなさいなのです!」
アルファの無言の圧力に縮こまるデルタ。
「……はぁ、仕留めるなら仕留めるで、ちゃんと急所を狙いなさい」
来るわよと、ネルソンが落ちた培養液を指差す。
その直後、ぬはははは!とネルソンの高笑いと共に、世界が割れた。
世界は研究施設から真っ白な、何もない世界へと変わる。
「今度は何よ。やたらと目がチカチカする空間ね」
「真っ白で何もありませんね」
「はわわわわ、カイさん達が居ません!」
「分断されたようね」
「問題ないのです!」
この空間に居るのは、聖域に紛れ込んだアレクシア、ローズ、ナツメの3人に、アルファ、デルタ、アイの合計6人のみ。
他のシャドウガーデンメンバーは別の空間へと飛ばされたのか、この空間には居なかった。
「ぐへへへへ!聖域は我ら、教団の領域である」
黒いボディースーツに身を包んだネルソンが現れる。
「領域内へと入り込んだ貴様らは、既に我らの腹の中に居るも同然」
ネルソンが分身する。
「我ら教団に」
2人、
「牙を向いた事」
3人、
「その身を以て」
4人、
「悔いるが良い」
ネルソンは次々と分身し、気付けば、アルファ達を囲む様に無数のネルソンで溢れかえっていた。
正直言って、絵面がキモイ。
「な、なんて数!?」
「行けません。これ程の数で一斉に攻撃されたら」
その分身の数に驚愕するアレクシアとローズ。
「あわわわ、どうしましょう。どうしましょう」
慌てふためくアイ。
謎に包まれた陰の組織の一員にあるまじき慌てふためきようだ。
「獲物がたぁ~くさん♪」
そんな中、デルタは獰猛な笑みを浮かべガルルルルと、低く唸った。
「アルファ様!もう殺っちゃって良い?殺っちゃって良い?」
「……ええ、やっちゃいなさい。デルタ」
あ、どうも。最近このすば熱が燃え上がったり、例年12月から開催されるカクヨムコンテストに参加すべく、オリジナル作品の執筆にチャレンジしたり、転職したりで中々本作の執筆時間が取れない状況だった読者その1です。
今日のカゲマスニュースを見て、陰実熱が燃えて執筆途中だった第6話を仕上げました。
いやぁ、勢いって大事だね。
このまま陰実熱がほっとな間に聖域編を書き上げようと思います。
高評価とお気に入り登録、そして感想をくれたら執筆を加速させるバフが掛かるので、皆さん、僕にバフをお願いします。
取り敢えず、当面の目標は平均評価を9以上に戻したいです。