ここだけシド君に人間性をブレンドした世界線   作:読者その1

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第3話 紅の塔

 紅の塔──その書庫の暗闇に蠢く複数の人影があった。

 

「外が騒がしいわね」

 

 独り言のように呟いた疑問に、銀髪エルフの少女──ベータが答えた。

 

「なんでも、街にグールが溢れているらしいです」

「グールが?」

「はい。それも並みのグールではなく、かなり強化されているみたいです」

「そう……これも赤き月の影響かしら?」

 

 そう言って、金髪を揺らす人影の一人──アルファは窓の外に浮かぶ赤い月を見つめた。

 

 赤き月──それは1000年に一度、吸血鬼とその眷属の能力を飛躍させるとされる伝説の月。

 前回の赤き月では、月の力によって力を増した吸血鬼達によって3つの国が滅ぼされた伝承が残っている。

 

「ゼータ、そっちはどう?」

「うん。流石は吸血鬼の書庫、貴重な資料ばかりだよ。正直全部アレクサンドリアに持ち帰ってゆっくりと情報の精査をしたいくらい」

「それができれば良いのだけど……」

 

 チラリと今回の任務に同行させたシャドウガーデンのメンバーに視線を送る。

 

「うへへ〜それは流石に無理ですよ」

 

 のほほんとした銀髪エルフの少女──665番は困った様に言う。

 

「泣き事言わない!──って、言いたい所ですけど、こればっかりは665番に同意見です」

 

 と、小柄な黒髪ショートのエルフ少女こと664番。

 

「数万冊では済まない程の量ですからね……人力では不可能、汽車でも何往復も必要です」

 

 新人の666番は元王族の観点から輸送に必要な物を考え、現実的ではないと遠回しに述べた。

 

「いっその事、この塔を制圧しますか?」

 

 ピンクブロンドを靡かせたエルフの少女──559番はスライムソードを形成し、尋ねる。

 

「……いいえ、今回の目的はあくまでも調査よ。それに血の女王──エリザベートの強さは未知数。こちらから仕掛けるのはリスクは多いわ」

「イータから求められた始祖の血はどうするの?」

「血の採取を行うには、血の女王と一戦交える必要があります」

「そうね……」

 

 ゼータとベータの言葉に思考を巡らせる。

 始祖の血が手に入れば、一気に研究が進む可能性がある。

 そのメリットは理解しているが、命の危険を冒してまで手に入れるべきものではない。

 それがディアボロス教団を滅ぼす一手になるのであれば、命くらい賭けるが、そうではない。

 

(シャドウに救われたこの命、使い所を誤る訳には行かない)

 

 シャドウの手によって救われ、力を得た。

 しかし、伝説の吸血鬼を相手に戦えるとは思わない。

 そこまでは驕っていない。

 

(シャドウなら別なんでしょうけど……)

 

 アルファはここに居ない主の姿を思い描く。

 報告では学友と共にシド・カゲノーとして無法都市に向かったとのことだった。

 

「今回の件にはシャドウも独自に動いているわ。私達が高いリスクを冒す必要はないわ」

「つまり、始祖の血は諦めると?」

「入手機会があれば、逃すつもりはないわ。けれど高いリスクを背負ってまで入手するつもりはないわ──尤も、向こうから仕掛けてくれば交戦する事になるわ」

「承知しました。では、こちらから仕掛けることはせず、重要度の高い書物を厳選して持ち帰る事を優先するという事で宜しいでしょうか?」

「ええ、その様に行動して頂戴」

 

 アルファがそう指示を出した直後だった。

 物陰からガコンと何かしらの仕掛けが動く音がした。

 その場にいる全員が作業の手を止めると武器を構え、周囲を警戒した。

 

「「「うわぁぁぁぁ!!?」」」

 

 程なくして隠し扉が開き、書庫に2人の少女と、1人の青年が転がり落ちてきた。

 

「いたた、だから言ったでしょ、迂闊に触らないでって!」

 

 赤髪の女──メアリーが帽子を拾いながら元凶に非難の視線を送った。

 

「滑り台とは聞いてねーぞ」

 

 槍使いの男──ランサーが言い訳をした。

 

「どこ触ってんの!さっさと退きなさい。股にぶら下がった短槍引き抜くわよ」

 

 黒髪の少女──クレアが自分に覆い被さり、胸を触るランサーを恫喝した。

 

「おおっと、悪い悪い。わざとじゃないんだ」

 

 ランサーは慌ててクレアの上から飛び退く。

 その手には柔らかい感触はしっかり残ってる。

 

「これは……」

「どうしましょう?」

 

 ゼータとベータは少し戸惑った様子でアルファに指示を乞う。

 

「目撃者は始末するのが原則よ」

「えっ!?」

 

 クレアとシャドウの関係性を知る面々がギョッとした視線を向ける。

 

「何よ?殺る気?」

 

 クレアが剣を抜き、尋ねる。

 メアリーとランサーも武器を構えたアルファ達の姿を見て、臨戦態勢を取る。

 

「……いいえ、危害を加えるつもりはないわ」

 

 その言葉を聞いて、何人かがほっと胸をなで下ろした。

 

「私達はシャドウガーデン。陰に潜み、陰を狩る者」

「へぇ、シャドウガーデンか……」

 

 その言葉にランサーは目を細め、アルファに槍を向けた。

 それに反応して、何人かがいつでもランサーを仕留められる様に臨戦態勢を取る。

 

「なんでお前らがここに居る?今度は何を企んでいる?」

 

 アルファはガーデンメンバーに武器を下ろすように手で合図して答える。

 

「ここには調査目的で潜入してるわ」

「調査だと?何について調べてる?」

「悪魔憑きと始祖の血の関係性について」

「悪魔憑き?」

「血の関係性だと?」

 

 前者の言葉にクレアが、後者の言葉にメアリーが反応した。

 

「それを調べて何をする気だ?」

「そこまで答える義理はないわ」

 

 ランサーの追求をアルファがばっさり切り捨てた。

 

「今度は貴方達の目的を聞いても良いかしら?」

「それに答える義理があるとでも?」

「ええ、私達の目的が被ってないか、敵対する理由がないか、確認する為にも貴方達の目的を知る必要があるわ」

 

 ランサーは数瞬の思考の末に、槍を下ろし答えた。

 

「ここには血の女王の討伐に来た」

「そう、なら私達が敵対する理由はないわね。なんなら加勢しても良いわよ?」

「要らねーよ。学園を焼いて、ブシン祭を台無しにした敵に預けられる背なんかねーよ」

「あら、後者は兎も角、前者は寧ろ貴方達を助けたつもりなんだけど」

「後者だけでも十分問題集団(テロリスト)だろ」

「…………」

 

 確かに、と思わず納得してしまった。

 騒動の原因である666番は気まずそうに視線を逸らす。

 

「……私達は調査が終われば撤収する予定だけど、状況に応じて血の女王と一戦交える可能性もあるわ」

「背中には気をつけろってか?」

「そうね。目の前の敵に気を取られて、背後の敵に刺されるなんてことはよくある事よ」

「ご忠告どーも。ゆめゆめ気を付けるとするよ」

 

 ランサーは警戒は解かず、しかし書庫の出入り口に向かい歩き出す。それにメアリーも続く中、クレアはアルファ達に尋ねた。

 

「一つだけ良いかしら?」

「何かしら?ブシン祭優勝者のクレア・カゲノーさん」

 

 ブシン祭優勝者という単語にクレアは眉を顰めつつ、質問した。

 

「……悪魔憑きを治す方法はあるの?」

「あるわ」

「──ッ!?」

 

 期待していなかった答えにクレアは動揺する。

 メアリーとランサーは真偽を疑い怪訝な視線を向ける。

 

「けれど、その方法を教えるつもりはないし、貴方がそれを気にする必要はないわ」

「どういう意味よ?」

「そのままの意味よ。貴方は悪魔憑きの治し方なんて知る必要はないわ」

 

 だって既に完治してるもの──とは口に出さない。

 アルファはクレアが幼少期に悪魔憑きを発症した事、それを既にシャドウが治した事を知っている。

 けれど、そんな事を知る由もないクレアは、何としても悪魔憑きを治す方法を知る為に追求しようとして、メアリーに袖を引かれた。

 

「クレア・カゲノー、彼女達の言葉が真実とは限らない。少なくとも私は1000年の生の中で悪魔憑きを治す方法なんて聞いたことがない」

「そいつらもこれ以上問答をするつもりはねーようだし、先を急ぐぞ」

「……そうね」

 

 クレアは後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。

 

ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー

 

 書庫を後にして程なく、クレア達は吸血鬼と遭遇し、交戦していた。

 

「その心臓──貰い受ける!」

 

 真紅の魔力を帯びたランサーの槍が吸血鬼の心臓を貫いた。

 

「ぐふっ、き、さまら……どこから」

 

 心臓を貫かれた吸血鬼が絶命寸前の言葉を吐こうとしたが、言葉は途中で途切れた。次の瞬間、肉体は内側から膨れ上がり、白い灰となって四方八方に飛び散った。

 

「ふうっ……吸血鬼共の根城って言うから、もっと吸血鬼やグールがうじゃうじゃ湧いてんのかと思ったが、そうでもねーのな」

 

 吸血鬼を灰を払う様に槍を振るいランサーが一息吐いた。

 

「どうやら出払っている様ね。この赤き月によって力を増している内に白の塔と黒の塔の攻略に乗り出したのかもしれないわ」

 

「確か、この無法都市を牛耳っている三柱だったかしら?」

 

「ええ、その通りよ。普段は拮抗してそれぞれが牽制し合うパワーバランスだったけれど、この赤き月の影響で力関係は完全に吸血鬼が率いる紅の塔勢力に大きく傾いたわ」

 

「月が赤いだけで、そんなにパワーアップするもんなのか?」

 

 ランサーが塔の外から見える赤い月を見ながら尋ねた。

 

「ええ、所感で魔力も身体能力も普段の数倍は向上するわ……」

「所感ねぇ……」

 

 ランサーはメアリーの言葉に違和感を覚えた。

 しかし、追求するつもりはなかった。

 

「赤き月によるパワーアップも問題だけど、一番厄介なのはこの赤き月は数日間続く事よ。弱点の日光を気にせず暴れ続けられるというのも吸血鬼にとっては大きいわ。きっと吸血鬼達はこの赤き月が続いている間に無法都市の覇権を握ろうと行動している筈よ」

「随分と詳しいのね。まるで経験者みたい……」

 

 しかし、クレアは違った。

 

「…………」

「貴方はエルフには見えないわ──けれど、貴方は1000年の時を生きたような口振り……何か隠してるわね?」

「……隠し事は誰にでもある事でしょ?」

「…………」

 

 沈黙するクレアに、メアリーは「貴方が悪魔憑きの治療法に拘るのは何故?」と話題を変えた。

 

「それは……」

「悪魔憑きと聖教の関係は知ってるでしょ?仮に悪魔憑きの治療法があったとして、それが表に出る事はないわ」

 

 聖教は悪魔憑きを処刑する事で信仰を集めている。

 もし悪魔憑きが治療可能な病であることが流布されれば、聖教の教え、在り方を揺るがす一大事となる。

 故に聖教は悪魔憑きの研究を固く禁じており、過去に悪魔憑きの治療を試みた医者や研究者が異端者として処刑され、歴史の闇へと葬られていった事をメアリーは知っている。

 

(恐らく、悪魔憑きの治療法が存在する事(彼女達の言葉)は真実──彼女達はきっと、長い歴史の中で世界の闇に葬られる事なく、脈々と悪魔憑きの治療法を研究し、遂には治療法を見つけたんでしょうね……その執念と努力は賞賛に値するわ)

 

 10歳の少年が1ヶ月で治療法を見つけました。

 

「オイ、ここは敵の本拠地だぞ。互いに痛い腹探って疑心暗鬼になってる場合か」

 

 ランサーが身内争いを始めそうな2人を諌めた直後だった。

 通路の奥から突如として轟音が鳴り響く。壁の石が崩れ落ちる音に混じって、何かが激しく衝突する音がした。

 

「「「──ッ!?」」」

 

 新手かと思ったが、違う。奥で誰かが戦っている様子だった。

 3人は視線を通わせ、警戒しながら奥に進む。

 

「赤き月で強化されてるって話だったが──弱ぇな。雑魚は幾ら強化されても雑魚のまんまか……」

 

 低い声が広間に響く。

 

「がはっ……」

 

 そこに居たのは巨大な鉈を持った大男だった。

 左手には四肢をもがれた吸血鬼の頭が握られていた。

 

「最後にもう一度だけ聞くぞ、クリムゾンのクソ野郎は何処にいる?」

「はっ、……クソ喰らえ」

 

 吸血鬼の返答を聞いて大男は吸血鬼の頭を握り潰した。

 脳漿が飛び散り、大男の左手に吸血鬼の血が伝う。

 大男が手を離すと、頭を失った吸血鬼が地面に転がるが、直ぐに頭部が再生を始める。

 

(うそっ、頭を失っても死なないの!?)

(信じられねー光景だな)

 

 その光景を物陰から見ていたクレアとランサーは驚愕した。

 

「鈍い……」

 

 大男が大鉈を吸血鬼の胸に振り下ろした。心臓を正確に捉えた一撃だ。再生が始まっていた頭部の形成が止まり、吸血鬼の体は灰となり爆散した。

 

「なんだ、あの野郎……」

 

 ランサーが声を押し殺して尋ねる。

 

「黒の塔の盟主──暴君ジャガノートよ」

 

 メアリーが小声で答える。

 

「あいつ本当に人間?人間の頭を握り潰したわよ?」

「彼とは戦わない方が良いわ。純粋な身体能力で言えば、ジャガノートは無法都市最強よ」

 

 その言葉にクレアとランサーが表情を強張らせる。

 今の光景を見れば、異論はない。

 ジャガノートが立ち去るまで、やり過ごそうとするが──

 

「俺は感が鋭いんだ──丸聞こえだぞ?」

 

 悪寒が走り、咄嗟にその場を飛び退く──直後、投擲された大鉈がクレア達が居た場所に突き刺さった。

 少しでも回避が間に合わなければと思うとゾッとする。

 

「はっ、得物を自ら手放したな!」

 

 ランサーが好機と判断し空かさず前に出て槍を放つ。正確にジャガノートの胸を狙った一撃だったが──

 

 パシッ!

 

「なっ!」

 

 巨大な掌が槍をしっかりと掴み、突きが止まる。ランサーの顔から血の気が引いた。

 

「俺は得物を選ばねーんだ」

 

 ジャガノートの獰猛な笑みが浮かぶ。

 直後、ジャガノートの蹴りがランサーの腹部を直撃する。防具など意味を成さない圧倒的な威力で、ランサーの体は宙に舞い上がる。

 

「がはっ!」

 

 ランサーは蹴りの衝撃で槍を手放し、ジャガノートに奪われてしまう。ジャガノートは奪った槍を軽々と回転させながら、遠心力の乗った槍で宙に舞うランサーを塔の外へ打ち飛ばした。

 

「ランサー・ガーシンダ!」

 

 メアリーが咄嗟に身を乗り出し、ランサーに手を伸ばすが、ランサーの体を掠めることなく、ランサーの体は落下した。

 この高さから落ちて無事な訳がない。メアリーは歯を食いしばった。

 

「この人でなし!」

 

 クレアが剣を抜き斬り掛かる──しかし、ジャガノートは奪った槍を巧みに操り、クレアの連続攻撃を悉く弾き返す。

 

(武術じゃない──並の獣人を上回る反射神経と圧倒的な身体能力!こいつ、私の剣筋を見てから対応してるッ!)

 

「ほう……」

 

 ジャガノートは感心したように目を細めると、力強い踏み込みが床を砕いた。その振動で一瞬だけクレアの動きが止まる。

 

 その隙を逃さず、ジャガノートの掌底が胸に撃ち込まれた。

 

「うっ!」

 

 凄まじい衝撃と痛みにクレアの体が吹き飛ばされる。華奢な体が宙を舞い、石壁に激突した。

 

「クレア・カゲノー!!」

 

 メアリーの絶叫が塔内に木霊する。

 

「ごふっ……」

 

 壁際に蹲るクレアの唇から血が零れ落ちる。咄嗟に胸部を魔力で防御したおかげで即死は免れたが、肋骨は折れ、肺や心臓に無視できないダメージを受けた。

 壁に打ち付けられた衝撃で脳震盪を起こした。手足が痺れ、意識が朦朧とした。

 

「ははっ、今のを凌ぐか!雑魚じゃねーな!」

 

 ジャガノートは牙を剥いて嗤う。

 

「塔に持ち帰って俺の女にするか……良いガキを産みそうだ」

 

「させない!」

 

 メアリーが即座に突進する。燃えるような赤髪が翻り、紅く輝く細剣を構えて閃光のごとき速度で突きを放った。

 

「遅せぇ……」

 

 ジャガノートは巨体に似合わぬ敏捷さで身を反らす。完璧に避けてみせる──が、次の瞬間。

 

「──ッ!?」

 

 彼の目が見開かれる。メアリーの剣が突如として伸びたのだ。まるで蛇のようにしなやかに蛇行しながら、彼の首筋に迫る。

 咄嗟に大きく後ろに飛び退くジャガノート。掠めた刀身がわずかに頬を切った。細かな血が飛び散る。

 

「……成る程な」

 

 彼の目が興味深そうに光る。

 メアリーは再度攻撃を仕掛ける。鋭い突きと共に放たれた刀身が今度は幾重にも分裂し、ジャガノートを取り囲む様に襲い掛かる。

 

「悪くねぇ……」

 

 それをジャガノートは持ち前の反射神経と身体能力で回避し、回避しきれない物は槍で弾き、手を伸ばす。

 

「メアリー後ろ!!」

「なっ!」

 

 クレアの警告が飛ぶ。

 メアリーが咄嗟に背後を振り向くと、そこにはジャガノートが最初に投擲した大鉈が回転しながらこちらに飛翔していた。

 

 ──しかし、気付いた所でもう遅い。

 

 メアリーの体は回転する大鉈によって上下に両断され、ジャガノートが伸ばした手に収まった。

 

「──が、俺の女にする程ではないな。ちと歳を食い過ぎてる」

 

 ドサッという鈍い音を立てて、メアリーの上半身と下半身が別々に床に崩れ落ち、夥しい鮮血が床一面に広がり始めた。

 ──明らかな致命傷だった。

 

「うっ……」

 

 断面から溢れる内臓と、立ち込める異臭にクレアは血とは別に、胃液が喉元まで込み上げた。

 

「な、ぜ……」

「おっ、まだ生きてんのか?まあ胴体真っ二つにしたくらいじゃ死なねーか」

 

 大鉈に付いた血糊を振り落とすジャガノート、その手には銀色のブレスレットが付けられているのが見える。

 

「あーてぃ、ふぁくと……」

「正解だ。このブレスレットは遠くの物を引き寄せる効果があるんだ。正面に気を取られ過ぎたのが敗因だな。次は背後を気を付けると良い──まあ、次なんてないんだがな」

 

 その残酷な宣告と共に左手に持ったままの槍を高く掲げた。その動きは緩慢でありながら、確実にとどめを刺す意思を感じさせる。

 

(……ここまでか、申し訳ございません。エリザベート様)

「止めて!」

 

 クレアの悲痛の叫びが響く。

 その声は──

 

「背後には気を付けるべきよ」

 

 ──届いた。

 

「は……?」

 

 凛とした声が突如として響き渡った。

 それに遅れて肉を断つ音と、カランと鉄が転がる音がした。

 

 音のした方へと視線を落とす。

 槍を握った左手──否、左手の付いた槍が地面に転がっていた。

 その左手には見覚えがあった──毎日目にする己の手だ。

 その槍には見覚えがあった──槍使いの男から奪った槍だ。

 

(何故、俺の手が転がってる?──何故、俺が握っていた槍が転がっている?)

 

 その疑問に答える様に左手から痛みが走った。

 その疑問に答える様に左腕に生暖かい液体が伝う感覚を感じた。

 

 答えを確かめる様に掲げた左手を下ろす──手首から先が無くなっていた。

 

 漸く自分の左手が斬り落とされたのだと、気付いた直後──再び肉を断つ音と共にジャガノートの視界が回った。

 

(何が……)

 

 紅い月明かりに照らされた長髪のエルフと、首を失った己の体──その光景を最後にジャガノートの意識は闇に沈んだ。

 

(強いとは思っていたけれど……まさかここまでとはね)

 

 自分達が手も足も出なかったジャガノートを相手に、背後からの奇襲とは言え討ち取った長髪のエルフ(アルファ)の強さ、直前まで気付けなかった隠密技術の高さにクレアは警戒心を強めた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 そんなクレアの元へ、559番が駆け寄る。

 

「今、治療を──」

「要らないわ。このくらいの傷、自分で治せるわ」

 

 559番の手を振り払い、クレアは胸に魔力を集中させる。

 折れた肋骨が定位置に戻り、内出血が治り、痛みが引いていく。

 

(流石はシャドウ様の姉君、高い治癒技術だ)

 

 その手際の良さと魔力効率の良さは、七陰にも届き得ると評される559番を以てしても感嘆する物だった。

 

 一方、クレアよりも重傷を負ったメアリーは多才なゼータによって、切断された縫合されている最中だった。

 

「これは……治るのでしょうか?」

 

 666番から見れば、メアリーの傷は手の施しようがない致命傷に見えた──事実、これ程の傷を治す術をアルファ達は持ち合わせていない。

 

「一応確認だけど、生き血じゃないと駄目とか、そういうのはないかしら?」

 

 しかし、メアリーは例外だった。

 

「だい、じょうぶ……」

 

 メアリーの返事を聞き、ベータが切断されたジャガノートの首を手渡す。

 首を受け取ったメアリーは切断面から流れ落ちる鮮血を啜った。

 

「わー、この男の人、立ったまま死んでるよ……」

「アルファ様の剣技が凄いのか、この男が凄いのか……」

 

 665番と664番は左手と首を失って尚、不動の死体に驚いていた。今にも動き出しそうな迫力に、僅かな恐怖すら感じていた。

 

 その一方で血を摂取したメアリーからは紅い魔力が立ち込めて、切断された胴体が繋がった。魔力が止んだ頃には傷跡一つない綺麗な肌がそこにはあった。

 

「メアリー……貴方、吸血鬼だったのね」

 

 その様子に、クレアは驚愕と同時に納得した表情を浮かべた。

 

「ええ、こうなった以上、全部話すわ……」




メアリーの吸血シーンの絵面がエグいことなってる……

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