メアリーはクレアに──そして成行きでシャドウガーデンのメンバーに全てを話した。
自身が血の女王エリザベートの配下である事──
エリザベートは自ら血を絶ち、人との共存を望んだ心優しき吸血鬼であった事──
同じ配下であるクリムゾンの裏切りにより、赤き月の夜、エリザベートが暴走し、主君が望んだ安息の地が一夜にして滅びた事──
二度と同じ過ちを繰り返さぬように、エリザベートは自らの心臓を突き刺すも、その体は灰化せず、残り続けた事──
主君の安眠を妨げぬよう、墓守をしていたが、クリムゾンとその配下の手によって、主君の肉体が盗まれた事──
それ以降、主君の肉体を取り戻し、二度と悲劇を繰り返さぬように、主君の心臓を完全に破壊して弔う事を目的に、ヴァンパイアハンターとして世界を放浪する人生を歩み始めた事──
その全てを語った。
「メアリー……」
クレアの声は震えていた。メアリーの壮絶な過去を聞き終え、彼女の心に複雑な感情が渦巻いている。
特に血の女王エリザベートが赤き月によって暴走し、人との共存を望む温厚な『人間』から、本能のままに人を襲い、血を啜る『怪物』に成り果てたという話は、クレアにとって他人事とは思えない話だった。
かつて背中に広がった痣が脳裏に蘇る。
「…………」
クレアは自分も秘密を明かそうと決意して──アルファ達の姿を見て一瞬躊躇う。
「私達は席を外すわ……」
その言葉にクレアは一瞬安堵の表情を浮かべたが、同時にメアリーの秘密はシャドウガーデンにも知られたのに、自分の秘密だけ彼女達に知られないというのはアンフェアだという考えが過ぎる。
「私達が知りたかったのは、最古のヴァンパイアハンターの秘密よ。多少名が知れているだけの貴方の秘密に興味はないわ」
その葛藤を見抜いたかのように、アルファはそう言い残すと、シャドウガーデンのメンバーを連れてその場を去った。
その背中を見送って、クレアは今度こそ内に秘めていた秘密を明かした。
「私……悪魔憑きかもしれないの……」
「なっ……!」
その言葉にメアリーは一瞬たじろいだ。
しかし、直ぐに真剣な表情を浮かべ、クレアの目を見つめた。
「昔、背中に黒い痣ができて、それがどんどん広がっていった……でも、ある日を境に急に良くなったの。だから、最初は悪魔憑きなんかじゃない。どこか打ちつけてできた痣だったって……そう思ったの。でも、悪魔憑きは治らないって文献で知って、それで……私……」
クレアの言葉が途切れる。その目には今にも零れ落ちそうな涙が溜まっていた。
メアリーはクレアを優しく抱きしめて「大丈夫……大丈夫よクレア」と優しく背中を撫でた。
「私の経験則から、悪魔憑きの痣は決して消えないわ……痣が消えたのなら、きっとそれは悪魔憑きじゃないわ……だから大丈夫……」
その言葉にクレアの不安が和らいだ。
「ありがと……1000年以上生きたヴァンパイアハンターの言葉なら、きっと大丈夫ね」
誰にも言えなかった秘密を打ち明けて、心が少し軽くなった。
「湿っぽくなっちゃったわね。先を急ぎましょう」
「そうね。今度こそエリザベート様を眠らせる……」
「違うわ。眠り姫を助けに行くのよ」
「……助けに?」
その提案はメアリーの選択肢にない物だった。
「ええ、そうよ!」
どうするべきか悩み、固まるメアリーにクレアは続ける。
「聞けば、全ての元凶はクリムゾンってクソ野郎の仕業なんでしょ?ならクリムゾンをぶっ倒して、お姫様を助ける。そして赤き月が終わって暴走の危険がない時に目覚めさせるのよ」
「……それは」
「貴方達もそれで良いわよね?」
もう決定事項だとばかりに、クレアは物陰に声をかけた。
「気づいていたの?」
「隠す気なかったでしょ?興味がないとか言っときながら、ちゃっかりと聞き耳を立てるのね」
物陰から見え隠れしていた金髪が揺れ、アルファが姿を現す。
「我々は血の女王の血をサンプルとして欲している」
「つまり、私達の目的と対立することはないってことね。討伐してしまっては血の採取なんてできないから」
「そうね」
「なら、共闘と行きましょう」
そう言ってクレアは手を差し出す。
「良いの?私達は学園を焼き、ブシン祭を台無しにした
「バレなきゃ良いのよ。バレなきゃ」
その豪胆さにアルファは一瞬目を丸くしつつも、姉弟ねと心の中で呟くと、クレアの手を取った。
「ところで、もう一人居た槍使いの青年はどこ行ったの?」
「──ッ!そうだ。ランサー!!」
「ああ、アイツなら大丈夫でしょ。運は悪いけど、悪運はあるし……多分、何やかんやで生きてるんじゃないかしら」
「んなバカな。人間があの高さから落ちて生きてる訳が──」
ーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーー
「いてて、あのクソ野郎。派手に吹き飛ばしやがって……」
生きてた。
ーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーー
「ふふふっ……はははっ!ははははははははっ!」
紅の塔の頂上の広場に、冷たく澄んだ夜気に乗って吸血鬼の哄笑が響き渡る。満天の赤き月を背に立つその男──クリムゾンは両腕を大きく広げて天空を仰いでいた。
「遂に来た。幾千……幾万の夜を越え、遂にこの時が!」
彼の赤い瞳には狂信的な光が宿っている。塔の中央には豪華な装飾を施した黒檀の棺が置かれ、その中には朽ち果てた遺体があった──自ら心臓を穿ち、活動を停止した女王の遺体だ。
肉体は1000年の時を経て朽ち果て尚、骨は残り、黒ずんだ肉片と思わしき物体が棺の中にはの残っている。
その中でも、特に目を引くのは左胸付近に鎮座する刺し傷らしきものがある干からびた心臓──突き刺さったナイフすら原型を留めていない中──それだけはハッキリと残っていた。
心臓は水をかければ、今にも脈動しそうな生命力を感じた。
事実、吸血鬼の栄養である血を与えれば、心臓は再び脈動し、血の女王エリザベートは復活する。
しかし、それをしなかったのは血の女王エリザベートを恐れたから──
「私がどれだけこの日を待ち侘びたか……」
──ではない。
「再び赤い月が昇り、我が君の復活の準備が整った……」
クリムゾンは1000年前の惨劇──赤き月の惨劇の続きを行う為、この日を待ったのだ。
「…………同じ主君に仕えた身だ。共に主の復活を見届けるのであれば同席を許可するが?」
背後に感じる気配に向かって、クリムゾンはそう語りかけた。
「ええ、エリザベート様の復活は見届けるわ……」
1000年振りに聞く、懐かしき同僚の声を聞き、クリムゾンは背後を振り向く。
「クリムゾン、貴方を打倒し、綺麗な金色の月明かりを眺めながらね!」
視線の先には剣を構え臨戦態勢を取ったメアリーとクレア、そしてシャドウガーデンのメンバーたちが堂々と立ちはだかっていた。
「愚かな……」
クリムゾンはメアリーの選択に失望し、それと同時に足元から黒い血溜まりが広がり始めた。血溜まりは急速に丸みを帯びると、その形を槍へと変えてメアリー達に襲い掛かった。
「回避!」
アルファの号令が飛ぶや否や、全員が反射的に身を翻す。血の槍は床から天へと跳ね上がり、一部は塔の外へと空を切り、一部は石柱や壁を破壊した。
「なんて威力!?」
「赤き月だけの力じゃない。素の能力も1000年前と比べ物にならないくらい強くなってる!」
血の槍の破壊力に驚愕するクレアとメアリー。
「気をつけなさい。一発でもまともに受ければただじゃ済まないわ!」
「手足が簡単に吹き飛んじゃいそうだよ〜」
「厄介ですね!」
「ふん。何を臆している。この程度の攻撃、あの御方の配下ならば捌いてみせろ」
シャドウガーデンのメンバーもまともに受ければただじゃ済まないと警戒心を高めた。
「確かに威力は強力だけど」
「攻撃速度はそこまでじゃありませんね」
「欠伸が出ちゃうくらいにはね」
そんな中、七陰達は余裕を見せた。
「ほう……どうやらただ数を揃えた訳ではないようですね──ならば、少し本気を出すとしましょう」
一方のクリムゾンは今の一撃で、メアリーが連れてきた者達の実力を認め、次の一手を打つ。
「ベータ!ゼータ!」
「はいっ!」
「分かってるよ!」
アルファの指示を聞くまでもなく、ベータはスライムの矢を、ゼータはスライムの巨大チャクラムを放つ。
「悪くない反応だ──しかし遅い」
ベータとゼータが放った遠距離攻撃はクリムゾンの足元から迫り上がった血の防壁によって弾かれた。
血の壁は形を変え、防御から攻撃へと転用する。
「これは避けきれまい……」
威力よりも手数を優先させて放った血の矢が、雨の如く降り注ぐ。文字通りの血の雨だった。
「くっ!」
「わわ、避けきれない!」
血の矢が664番と665番の腿を貫いた。2人は苦痛に顔を歪ませながら膝をつく。
手数を優先した攻撃でなければ今の被弾で足が吹き飛び、降り注ぐ追撃の雨でバラバラの肉片と化していただろう。
「666番、559番!2人を連れて前線を離脱しなさい!ベータ、ゼータ援護して!」
刹那に状況を理解し、指示を飛ばす。
「承知しました!」
「チッ、世話の焼ける!」
666番は素早く負傷した2人の腕を掴み、559番が降り注ぐ血の雨に対処しながら戦線を離脱する。
(ふむ、一人一人が並の吸血鬼を圧倒する実力を持っているな。それでいて黒スーツの女達は高い練度で連携が取れているな……)
その様子を見て、クリムゾンはアルファ達の実力を分析していた。
(メアリーと黒髪の女との連携はぎこちないが、それでも互いの邪魔にならない程度には連携出来ている。それを指揮するのはあの金髪のエルフ……奴が一番の脅威だな)
剣を構えたアルファが一直線に突進する。
迎撃をしようとすれば、ベータとゼータの遠距離攻撃によって阻害される。
アルファの剣が目前に迫りつつある状況でも、クリムゾンは冷静だった。
(獲った!)
アルファの剣がクリムゾンの左胸に深々と突き刺さった。心臓を貫く確かな手応えがアルファの手に伝わった。
「やったか!」
背後から上がる歓喜の声。だが次の瞬間──
ドスッ──!
「えっ……?」
クリムゾンの腕がアルファの胸を貫いた。
「吸血鬼は心臓を貫けば死ぬ……その常識に囚われすぎたな」
クリムゾンの腕が引き抜かれた。その手には脈動する心臓が握られていた。
「かふっ……」
アルファの唇から鮮血が零れ、心臓を失ったアルファはその場に崩れ落ちた。
「アルファ様!」
悲鳴が塔に響く一方、クリムゾンは脈動が止まり、血の滴る心臓を愛おしそうに見つめ、口角を歪ませた。
「嗚呼……なんと瑞々しく美しい心臓だ。丁度良い。あの方を復活させる為の贄に加えよう。少し味気ないと思っていた所だ」
直後、クレアとメアリーが鋭い剣閃を放つ。クリムゾンは顔色一つ変えず、後方へ跳躍し避けた。
その僅かな隙を突いてベータとゼータが動き、アルファの体を素早く拾い上げると塔の隅へと撤退する。
「メアリーどういう事!?吸血鬼は心臓が弱点じゃないの!?」
クレアの怒声が塔内に響き渡る。彼女の表情には焦りと困惑が浮かんでいた。
「弱点だ。弱点の筈だ──私の知る限り心臓を剣で刺されても死なない吸血鬼は一人しか知らない!」
メアリーの脳裏には
「くふふっ……メアリー、貴様と違い、私は1000年の時をただボーとして過ごしていた訳ではないのだよ──日の光に心臓、そんな弱点が下等種族に知れ渡って、私が対策しないとでも?」
「なん……だと……!?」
メアリーの驚愕に歪む表情に、クリムゾンは優越感に満たされ、得意ざまに語る。
「私の体には7つの心臓が宿っている。7つの心臓は互いに補完し合い、心臓の一つや二つ潰された所で、心臓が一つでも無事なら残りの心臓を再生させる事ができる!」
「なっ!」
「私を殺すには、7つの心臓全てを同時に潰すか、肉片一つ残らず消滅させるしかない……そんな事は不可能だろう?ふはははは……ふむ、脳裏に過ぎる紫色の光、この記憶は一体?」
クリムゾンの言葉にクレア達が絶望する中、シャドウガーデンのメンバーもアルファの容体に絶望していた。
「ゼータ、アルファ様の容体は!?」
「見て分かんない!?最悪だよ!」
ベータの焦燥に満ちた問いに、ゼータは怒鳴り返した。
「魔力操作で何とか命を繋いでいるのがやっとだよ!けど、これも長くは持たない。血流の循環を続ければ失血死するし、止血をするにも失った心臓をどうにかしないと──ッ!」
その言葉にゼータは思い出した様に銀の箱を取り出した。
それは教団の人間が使っていた機械技術をイータが解析して魔力補助を目的として開発された
ゼータは訳あって、数ヶ月ほど前、559番にイータの研究室からひっそりと持ち出させ、性能が良いとされる方の試作品を使用した過去がある。
(ニーナは
けれど、これは最初期に作成された試作品であり、性能はニーナの人工心臓よりも劣るか、そもそも機能しない可能性すらある。
更に言えば、これを使う事によってアルファ達にも秘密にしていた事が明るみになる事となる──
「……選択肢はないか」
自分の秘密とアルファの命──天秤に掛けるまでもない。
どの道使わなきゃアルファは死ぬ。
ゼータは箱を開け、人工心臓を取り出す。
「ゼータ、それは……!?」
「イータ製の人工心臓」
「──ッ!?あれ、でもそれって確か開発中止されたんじゃ?」
「まあね。でも、他に手はない」
ゼータは人工心臓をアルファの胸に開いた穴に埋め込み、血管を繋いでいく。
「──我が女王の供物に無粋な物を入れるな下等種族」
「「──ッ!!?」」
その光景を見て、クリムゾンは血の雨を降らせた。
「七陰の皆様をお守りしろ!」
559番が咄嗟に戦列に復帰し、血の雨を切り払う。
「くっ、捌ききれない!」
「痛いのは嫌だけど〜」
「肉壁にくらいなってみせる!」
それに666番と、負傷して退避していた664番と665番も続くが、全てを防ぎきる事はできない。
クリムゾンの近くにいたクレアとメアリーが最初に倒れた──
元々負傷していた664番と665番が倒れた──
666番が倒れた──
559番が倒れた──
ゼータとアルファを庇いベータが倒れた──
ゼータが倒れた──
重傷のアルファにとどめを刺すかの如く、血の雨が降り注いだ──
「ふむ、漸く静かになったか……」
死屍累々という状況で、
本作が面白いと思って頂けたのであれば、感想、高評価、お気に入り登録のほど宜しくお願いします!