「下等種族にしては多少やるようだが、所詮はこの程度か……しかし、あの方が最初に口にする食事としては及第点といった所か……」
クリムゾンは笑みを浮かべながら、棺に近づく。
塔に広がる血の海を操り、自分の血とそれ以外の血を分ける。
「さあ、復活の時です。我が女王──」
そしてアルファ達が流した血の中でも、極上と言える血を選別し、棺の中に注ぐ。
エリザベートの心臓に血が触れると、血は次から次へと吸収されていき、心臓が脈打つ。
そこに更にアルファから抜き取った心臓を握り潰し、血を棺桶へと注いだ。
心臓から血を絞り取ると、クリムゾンは残った皮を己の口へと入れて飲み込み顔を歪ませた。
「参ったな。私がこれまで口にした心臓の中で最も美味い……復活の贄としてではなく、食事として献上すべきだったな。勿体ない事をした」
判断を誤ったと後悔する傍ら、棺桶に注がれた血はやがって血管のように広がり、棺の中に残る僅かな残骸を吸収し、一人の少女の肉体を象る。
少女が──血の女王エリザベートが目覚めた。
「嗚呼、美しい……我が女王よ」
1000年振りに目にするその姿に、クリムゾンは歓喜した。
「さあ、舞台は整えました。共にあの鮮血と恐怖に満ちた赤き夜を──1000年前の続きを行いましょう。そして私と夫婦の──ッ!!?」
クリムゾンの言葉は最後まで続かなかった。
言葉を紡ぎ終える前にエリザベートの指先から放たれた7つの尖血がクリムゾンの心臓を的確に貫いた。
「がはっ……何故、です……我が、じょう……お」
「あなた……きらい……」
「そん、な……私は、貴方の為に、貴方の為にこんなに尽くしたというのにィィィィィィィィ」
残当過ぎるエリザベートの言葉に、クリムゾンは絶望した表情を浮かべながら灰となり爆散した。
「ねえ、メアリー。あの女王は味方──って、事で良いのかしら?」
クレアは傷付いた体を癒しながら、尋ねた。
「…………自我があれば、ね」
メアリーは床に広がる血を舐め、傷を回復させながら答えた。
2人の視線が復活したばかりのエリザベートに固定される。
彼女の容姿は驚くほど美しいものだった。透き通る白い肌は月光を浴びて輝き、長く艶やかな深紅の髪が肩から流れ落ちている。瞳はルビーのように紅く煌めき、小さく端正な唇が静かに開かれた。
「おなか……すいた……」
血の女王として恐れられているとは思えない幼さを帯びた声色での呟き──その直後、ドスッという鈍い音が響いた。
「えっ……」
クレアが体を見下ろすと、そこには赤い管のような物が深く突き刺さっていた。
「クレア!」
メアリーが悲鳴を上げる。
「くっ……」
クレアは自分に突き刺さる管を断ち切ろうとするが、剣を握る力が抜け、剣が手から滑り落ちた。
カランと剣が落ちる音が響くと共に、膝をついた。視界が霞み始める。急速に血が吸い取られるのを感じる。
「お止め下さいエリザベート様!!」
メアリーが懇願する。
しかし、エリザベートの耳には届かない。
彼女は眠たげな表情で、ただ、本能のままに食事を求めただけだった。そこに善悪の意思など存在しない。
「ゼータ……まだ、動ける……?」
ベータは血だらけの顔を上げて問いかける。
「かろうじて……ね…」
ゼータが力なく答える。
2人とも急所を魔力強化で守る事で致命傷は免れたものの、全身の裂傷から止めどなく血が滴っていた。直ぐにでも止血しなければ待っているのは死だった。
「片方が血の女王の注意を引き、片方がクレア様の救出」
「動けるガーデンメンバーを連れて、そのまま撤退──いや、敗走か……」
「ええ……」
ベータは苦々しい表情でうなずいた。彼女の視線が倒れているアルファに向く。胸が上下することもなく、肌は血色を失い青白くなりつつある。
「人工心臓は機能しなかったか……」
ゼータの落胆した声が響く。
人工心臓と血管の接続は完了している……しかし起動する様子はない。一縷の希望は絶たれ、アルファの死は確定した。
(いつか、誰かが命を落とすのは覚悟していた)
けれど、いざその場面に直面すると、現実を受け入れられずにいる。
(切り替えないと……)
そう理性では理解していても、ベータは目尻に溜まる涙が抑えきれない。
「──血の女王の注意は私が引くよ。ベータはクレア様の救出と撤退の指揮をお願い」
「──ッ!いえ、血の女王の注意は私が!」
「血の女王の注意を引くって事は、そのまま殿を務める事になるよ。獣人で俊敏性が高い私が務める方が理に適ってる」
「それは……そうですけど……」
ベータの声が詰まった。血の女王を相手に殿を務め、生き残れる可能性は極めて低い。ましてや満身創痍の状態では間違いなく死ぬ。
「犠牲なくして、この場を切り抜ける事は不可能だよ」
決断できずにいるベータに、ゼータが現実を突きつけた。彼女はベータの肩に手を置くと、微笑みを浮かべた。
「ベータ──リリムを頼んだよ」
その言葉を最後に、ゼータは決死の覚悟でエリザベートへ駆け出した。
「ゼータ!」
ベータの悲痛な叫びが塔内に響き渡る。だが既にゼータの姿はエリザベートに接近していた。
エリザベートが血の管を伸ばすが、それをゼータは素早く斬り進んだ。
(さっきの吸血鬼と比べて弾幕が薄い!)
迫りくる無数の管を切り裂きながら、チャクラムを連続投擲する。銀の円盤が弧を描き、エリザベートの腕と足を次々と切断した。
クレアとエリザベートの間に繋がっていた管も断ち切られ、その隙にベータが血塗れのクレアを抱えて回収する。
その様子を見て、ゼータはスライムソードを生成し、エリザベートへ迫る。
(行ける!)
勝てるかもしれない。そんな考えがゼータの脳裏に過ぎる。
しかし──
「駄目よ……確かに、貴方達は強い。でも、エリザベート様の力はこんな物じゃない……何せ、彼の御方は、エリザベート様は超低血圧があったのよ!」
メアリーの悲痛な叫びが虚空に響く。その刹那──
シュッ!
鋭い音と共にゼータの体がエリザベートの胸から突如伸びた血の管によって射抜かれた。予想外の場所からの攻撃だった。
「がふっ……まさか、そこからも……攻撃、できるだなんて……ね……」
ゼータの唇から鮮血が溢れる。
(油断、したな。アルファ様も、こんな風にやられたのに……)
急所は外した。
けれど、手足を貫かれ、急速に血が抜かれていき、力が入らない。
スライムソードを維持出来ず、スライムに戻る。
「ゼータ!」
ベータの悲鳴が聞こえる。
視線を向ければ、無事クレアを回収して塔の外へ飛び出そうとするベータの姿があった。
自分の犠牲が無駄になる事はなさそうだと安堵する。
(どうせ、死ぬなら……最期に挑戦してみるかな)
瀕死のゼータから膨大な魔力が吹き荒れる。
「アイ──」
挑むのは最強にして至高の一撃。
自分の身の丈に合った模倣の技ではなく、その基となった原点──
「アム──」
全身から血が噴き出した。筋肉が軋み、関節が悲鳴を上げる。これから放とうとする至高の一撃に肉体が耐えきれない。
これを撃てば間違いなく死ぬ。それどころか肉片一つ残らず周囲を吹き飛ばす──正真正銘の零生絶死の自爆技だった。
(主、ごめん……先に逝くね)
心の中で敬愛する主に別れを告げる。ゼータの瞳に決意の炎が燃え上がった。
「アト──」
その時だった。
「その覚悟は認めるけど、それを撃たれると彼に合わせる顔がないわ」
凛とした声が響く──
直後、誰かが背中に触れた感触、そこから急速に魔力が吸い上げられ、至高の一撃を放つ為に高めた魔力が急速に萎んでいく。
「なっ!?」
視界が急に変わった。
「ゼータ!」
目と鼻の先にいた筈のエリザベートの姿が遠く、代わりにこちらを心配そうに覗き込むベータの顔があった。
「私は、彼程得意という訳ではないのだけど……」
声の主がそう呟いた瞬間、周囲が紅い魔力の膜で包まれた。その暖かな光がゼータ達の傷を優しく包み込み、傷が癒えていく。
完治とまでは行かずとも、命に別状はない程度に傷が回復した。そして──
「かひゅ……」
「アルファ様!」
奇跡が起きた。
完全に静止していたアルファの胸が上下し始め、青白かった唇に色が戻りつつあった。
「有り得ない……こんな事が……」
「人工心臓?面白い物作るのね……」
そこでやっとゼータは声の主を見た。
「でも、起動に要する魔力量が多過ぎるわね」
声の主はクレアだった。
「まだまだ改良は必須ね」
けれど、その声は普段の調子とは異なり、その表情には余裕があった。
「貴方は、一体?」
ベータが尋ねる。
「私はアウロラ──最悪の魔女と呼ばれていたわ」
アウロラがそう答えると、クレアの体が変化し始めた。
黒髪と赤い瞳は瞬く間に濃厚な紫色へと変わり、髪は更に長く、小さいとも大きいとも言えない平均的な膨らみは豊満と言える程に膨らんだ。
「うーん。ざっと1ヶ月ぶりの自由ね……ちょっとキツイわね」
シャツのボタンをいくつか外し、緩めた。
「その体の主はどうした?」
ゼータはアウロラを鋭く睨んだ。
命の恩人ではあるが、自分を助ける為に
それは死よりも恐ろしい事だ。
「──そう警戒せずとも、私は味方よ。この
彼女の言葉が終わるか終わらないかのうちに、傷を回復させたエリザベートから無数の血の槍が放たれた。
「残念、オリジナルは私よ……」
アウロラは同じく血の槍を放った。両者の槍が衝突し、空中で火花のような光を散らせて相殺される。
「さて、どこまで耐えられるかしら?」
今度はアウロラの方から攻撃を仕掛ける。
無数の血の槍がエリザベートを襲い、今度はエリザベートが迎撃する。
先程とは逆の構図──違いは先程の攻防と比べて、攻勢側が更に激しく、防御側が攻撃を捌ききれず、防戦一方になっていた。
「す、凄い……」
「寝起きとはいえ、あのエリザベート様を圧倒するとは……!」
「クリムゾン──だっけ?最初の吸血鬼の攻撃が児戯にすら思える攻防だね……」
まあ、そんな児戯に全滅させられそうになったんだけどね。と、ゼータは自虐気味に笑う。
アウロラの血の槍がエリザベートの四肢を穿ち断つ。血が霧のように噴き上がり、白い肌が一気に赤く染まった。
しかし彼女の肉体は即座に再生を開始した。血の糸が絡み合い、欠損した部位が急速に修復されていく。
「ふふっ、中々やるわね」
それでも尚、エリザベートは余裕の笑みを崩さなかった。
「じゃあ、これはどうかしら?」
次の瞬間、アウロラの体内から膨大な紅い魔力が迸った。
それは先ほどゼータが展開したものと酷似していたが、その規模と密度は比較にならないほど強大だった。
「アイ──」
「なっ、まさか──ッ!」
ベータの顔から血の気が引いた。
「アム──」
「ははっ、それはちょっと……へこむな」
ゼータは苦笑いした。
「ジ・オールレンジ──」
しかし、その至高の一撃が放たれる前にアウロラの肉体から血が吹き出した。肌の至るところに亀裂が入り、紅い血潮が床に滴り落ちる。同時に集約されていた魔力が拡散して霧散した。
「あら、肉体の方が耐えられなかったわね」
「お、おま、それ誰の体だと思ってんだ!?」
他人事のように血まみれになった手を見て呟くアウロラに、ゼータが怒りと焦りの混じった声で非難する。
「大丈夫よ。この程度、直ぐに治るわ──ほら」
その言葉通り、彼女の傷は見る見るうちに塞がっていった。新たに形成された皮膚が滑らかに融合し、傷の痕跡すら残っていない。アウロラは得意げな表情で治った腕を見せびらかした。
「どうやら、私の出番はここまでのようね」
アウロラはそう呟くと、クレアの姿に戻り崩れ落ちる。
慌ててベータとメアリーが体を支えた。
ゼータはアウロラが最後に見つめていた方角に視線を移す。
夜空を切り裂くように飛来する紫の光点があった。流星のように光るその物体が急速に接近してくる。
直後、轟音と共に塔が揺れる。
立ち込める土煙の中から現れたのは──
「これ、どういう状況?」
──敬愛する主の姿。
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