ここだけシド君に人間性をブレンドした世界線   作:読者その1

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第6話 降臨!満を持して──これ、どういう状況?

「これ、どういう状況?」

 

 シャドウは目の前の惨状に思わず素の声が漏れた。

 紅い月明かりに照らされた塔の上に広がる血の海、そしてそこに転がる見覚えのある面々。

 

(血を流していない人物は一人も居な──いや、物陰に誰か隠れているな)

 

 姿は陰になって見えないが、確かに感じる人の気配──しかし、敵意は感じられないので、一旦捨て置く事にした。

 

(意識があるのはベータに、ゼータ、そして赤髪の魔剣士と宙に浮いるなんかやたらと強そうな吸血鬼……)

 

 無事とは言えないが、一先ず大丈夫そうだと考え、視線を意識のない者達に移す。

 

(傷跡に対して、命に別状はない……既に治癒が施された後かな?)

 

 一番重症なのは胸を貫かれた跡が残ってるアルファだったが、それでも辛うじて息はある。

 心臓が人工物(アーティファクト)になってるのが気になるけど、一先ず大丈夫そうだ。念の為魔力を注いでアーティファクトが止まらない様にしておく。

 他の面々も全ての傷が癒えている訳ではないが、命に別状はない程度には治療が施されている様に見受けられた。

 

(姉さんに至っては無傷か……)

 

 シャドウはこの中では最も治癒能力が高いゼータに視線を向けた。

 

「治療はゼータが?」

「そうだと、良かったんだけどね……」

「アルファ様達の傷はクレアさ……クレア・カゲノーの体を媒体に、アウロラが降臨し、彼女によって治療を……」

「アウロラが?」

 

 その言葉を聞いて思い起こすのは、聖地で戦い、聖域で行動を共にした妙齢の女性。

 

(アウロラってあのアウロラだよな。なんか、凄いイベントを見逃した気がする──って、考えてる場合じゃないか)

 

 視線を宙に浮く吸血鬼の少女──エリザベートに戻す。

 先程までは一糸纏わぬ姿だったが、今は血のドレスに身を包んでおり、眠たげに細められていた目は見開かれ、シャドウを獲物としてではなく、警戒すべき強敵として見ていた。

 

「彼女は?」

「血の女王エリザベート」

「血の女王?ほう、奴が……」

 

 シャドウは最後に交わしたクレアとの会話を思い出す。

 

(確か姉さんは血の女王を討伐する為に無法都市に来たんだっけ?アルファ達がここに居るのも同じ理由かな?──だとしたら、血の女王は恨めないかな)

 

 クレアやアルファ達を傷つけられ、思う所はあるが……こちらから仕掛けておいて、返り討ちにあったのに、よくも姉さんを!アルファを!と激怒するのは逆恨みも良い所だし、何より陰の実力者らしくない行動だ。

 

 これがシャドウとしてではなく、シド・カゲノーとして行動してるなら、よくも姉さん達を!と血の女王に挑み、返り討ちに遭って表世界から死亡偽装(フェードアウト)──数年後に嘘よ、貴方は死んだ筈!?と長年謎に包まれていたシャドウの正体は死んだ筈の弟だった!?という物語に繋げる事も出来たが──今回は巡り合わせが悪かった。

 

「か、彼女は──エリザベート様は永い眠りから目覚めたばかりだ!」

 

 エリザベートへの警戒は怠らず、視線を声の主──メアリーへと向ける。

 

「貴様は?」

「──ッ!」

 

 最古のヴァンパイアハンターメアリーに1000年振りの緊張が走る。

 

(これ程の重圧……赤き月で暴走したエリザベート様以来!)

 

 メアリーはその重圧に怯んだ。

 

「わ、私は最古のヴァンパイアハンターのメアリー」

 

 しかし、同時に彼なら、敬愛する主の暴走を止められると──

 

「頼む、私に払える対価は何でも払う!だから、彼女を、エリザベート様を終わらせてくれ!」

 

 確信と希望を抱いた。

 

「このままでは誰もエリザベート様の暴走を止められなくなる。1000年前の赤き月の惨劇が繰り返される……そんなこと、私も、エリザベート様本人ですら望んでない!!」

 

「ふむ……」

 

 メアリーの言葉を聞いて、シャドウは状況を推測する。

 

(最古のヴァンパイアハンター、エルフには見えない容姿、赤き月の魔力に呼応しているような魔力の流れ、それに暴走というワード──)

 

 以上の事から導き出せる答えは──

 

(彼女は血の女王エリザベートの従者で、1000年前の赤き月の伝説は血の女王自らの意思で国を滅ぼしたのではなく、本人も望まぬ暴走によって引き起こされた悲劇だった。そして1000年来で繰り返されそうになる惨劇を止めるべく、姉さんやアルファ達と協力したって感じかな?何それ、主人公適性高すぎない?)

 

 となれば、陰の実力者としてすべき行動は──

 

「我らは我らの道を征く──故に貴様の望みを叶えるつもりはない」

「──ッ!」

 

 あえて冷たく突き放す。

 それと同時にエリザベートに殺気を乗せた視線を向ける。

 

 直後、シャドウの殺気に反応してエリザベートから血の槍が振り注ぐ。雨のように降り注ぐ槍雨の中、シャドウは右手を軽く振った。その動作に応じて無数のスライムの槍が出現し、上空から迫る血の槍と衝突する。爆ぜるような音とともに二種類の槍が消滅し、血とスライムの粒子が空中に散った。

 

「しかし、我らに降り掛かる火の粉であれば、振り払うまで──」

 

 ヒロインの願いを聞き入れたからではなく、脅威として立ちはだかる敵だから、ヒロインの願いを聞き入れたからではなく、向こうから仕掛けてきたから、だから戦う。これぞ敵でも味方でもないミステリアスな陰の実力者らしい行動。

 

(挑発に乗ってきてくれて助かったよ。陰の実力者として建前って必要だからね)

 

 シャドウはエリザベートの元へ一直線に駆け出した。漆黒のコートが風を切る音すら許さぬ速度だった。

 

「……ッ!」

 

 エリザベートの表情が初めて明確な感情──驚愕に染まった。 

 彼女は反射的に両手を前方に掲げると、鮮血が渦巻き巨大な鎌を形成した。

 

 二人の距離が一瞬で縮まる。シャドウの手にスライムソードが出現したのと血の鎌が振り下ろされたのは同時だった。

 

 スライムソードが縦横無尽に走る。縦横斜め、多方向からの斬撃は全て計算された軌道だった。対するエリザベートも驚異的な反射神経で血の鎌を操り受け流す。

 

 その打ち合いは最早、当人達以外の目には捉えられない程に速く、激しい物だった。

 

(──強いな。聖地で戦った時のアウロラと同等か、それ以上だ。これで目覚めたばかりって訳だから恐ろしいよ)

 

 剣を打ち合う度に、エリザベートの動きが洗練されていく、瞳には好戦的な光が宿り始めていた。

 エリザベートはシャドウの一挙手一投足を捉え、シャドウの剣筋に適応し始めている。血の鎌の軌道は複雑さを増し、時には刃先が枝分かれして攻撃パターンを変えてくる。

 

(戦いが長引けば僕でも手が付けられなくなりそうだ。なら、僕の勝機はただ一つ)

 

 シャドウの周囲に膨大な青紫の魔力が吹き荒れた。それは先ほどゼータやアウロラが発した魔力の奔流とは次元の異なる密度と威圧感を持っていた。

 

(究極の一太刀を以ての短期決戦のみ)

 

 大気が悲鳴を上げるかのように震え、塔全体が軋み音を立てる。

 

「……ッ!」

 

 それを見てエリザベートは血の雨を降らせる。無数の血の矢が豪雨のように降り注ぎ、空間を埋め尽くす。その密度はクリムゾンがアルファ達を全滅寸前に追い込んだ攻撃以上だった。常人なら瞬時に微塵と化すであろう弾幕。

 

 しかし──

 

「アイ──」

 

 シャドウから渦巻く魔力が障壁となり、エリザベートの血の攻撃を悉く弾き返している。この魔力渦の中では彼女は血を操る事すらままならなかった。

 

「アム──」

 

 エリザベートは動かなかった。

 

「リカバリー・アトミック」

 

 赤き月に照らされた無法都市を青紫の光が包んだ。

 しかし、それは破壊を齎す一撃ではなく、シャドウの魔力によって赤き月明かりによって乱れた魔力を是正する裁定の光だった。

 赤き月によって乱れた魔力が正しい流れへと修正され、狂気に満ちていた都市の気配が浄化されていく。

 

 それと同時に傷付いたアルファ達の体が癒えていった。

 

「これは……」

 

 エリザベートは自身の制御下から離れ、ただの血となったドレスが床に滴り落ちる様子を呆然と眺めていた。

 今まで体の奥底から湧き上がっていた吸血衝動は嘘のように消え去り、永い眠りから覚めたような爽快感を感じていた。

 

「本当の意味で目が覚めたようだな」

 

 シャドウは静かに尋ねた。

 

「貴方は一体──」

 

 エリザベートは逆に問い返す。その赤い瞳には理知的な光が宿っている。一糸纏わぬ態にも関わらず羞恥の気配はなく、むしろ解放されたような清々しさを湛えていた。

 

「我が名はシャドウ──陰に潜み、陰を狩る者」

「陰を……なら、私は狩られるのかしら?」

 

 いたずらぽい表情を浮かべて尋ねるエリザベート。

 シャドウは少し考える素振りを見せてから答えた。

 

「さて……俺の目には狩るべき陰も、凶悪な吸血鬼も見当たらないな」

「あら?じゃあ、紳士様の目には私はどう見えるのか、お聞かせ頂けますか?」

「そうだな……差し詰め、永い眠りから目覚めたお姫様かな?」

「ふふっ、お上手ね……」

 

 和やかな雰囲気で会話を続けるシャドウとエリザベート。

 つい数秒前までの雰囲気が嘘のようだった。

 

「エリザベート、様……」

 

 躊躇う様な震えた声が響いた。

 声の主を見て、エリザベートの表情が一変し、慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべた。

 

「メアリー……久し振り、で良いのかしら?」

「エリザベート様!!」

 

 メアリーは叫ぶように主の名を呼ぶと、立ち上がる体力もないまま這うようにしてエリザベートの足元へ向かった。

 そんなメアリーをエリザベートは優しく抱き寄せた。

 

 1000年来の感動の再会だった。

 

 シャドウは無言で背を向けた。彼の視線は自然と意識を取り戻しつつあるアルファ達の方へと移る。

 ベータとゼータ……それに意識を取り戻したガーデンメンバーが立ち上がろうとするのを手で制して、シャドウは今も呼吸が浅いアルファの元に膝をついた。

 

「調子はどうだ?」

「しゃ、どう……」

 

 アルファは弱々しく目を開けた。まだ焦点が定まらず、声も掠れている。

 

「お前がここまでの傷を負うとはな……」

「ごめ……なさ……」

「良い。今は休め」

 

 シャドウがそう言うと、アルファは安心した表情を浮かべ、ゆっくりと瞼を閉じた。

 

「あぁシャドウ様……私はどれほど無能なのでしょうか。肉壁としての役目も果たせず、貴方様の偉大なる業績を目にする栄誉さえみすみす逃してしまうとは……私はなんと罪深い……」

 

「えっと、559番(彼女)はどうしたのです?」

「ああ……ほっときなさい。666番(あんた)は入ったばかりで分からないでしょうけど、うちには偶に居るのよ。盟主シャドウを神の如く崇拝する狂信者が……」

「でもでも、本当に神様みたいな御方だよね?シャドウ様。血がびゅびゅびゆーんって飛んできたのに、全部スライムでばばばーんって撃ち落としたり、なんか色々と凄かったよ〜!」

 

 塔の壁際に立つベータは遠巻きからシャドウの姿を眺めていた。その視線には崇拝の念と共に、深い悔しさが滲んでいる。

 

「何も……出来なかった」

 

 エリザベートとの壮絶な戦いの中、自分達は殆ど無力だった。

 アウロラとシャドウのお陰で何とかなったが、一歩間違えればアルファが、そして殿としてゼータが死んでいた。

 その事実に無力感に苛まれる。

 

「もっと、強くならないとね……」

 

 ゼータが静かに言った。彼女は瓦礫に寄りかかりながらも真っ直ぐに前を見据えていた。

 

「そうね……」

 

 その言葉にベータは強く頷いた。

 もう、誰も失わない様に、更なる強さを手にしなければ……そう決意を胸にした。




もう少しだけ続きます。

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